「誰も牛乳屋なんて就職先に考えない」-改革人材を求める三代目社長の決断

株式会社明治クッカー

代表取締役 社長 西原 亮

プロフィール

千葉県市川市で牛乳配達業を営む株式会社明治クッカー。同社は地域に根差した昔ながらの「牛乳屋さん」であると同時に、自社で商品開発を行ったり、独自の配達スキームを構築したりと、精力的なチャレンジを実施しています。「One Team Delivery With Happiness.――お客様にハピネスをお届けするために私たちのハピネスを追求し続ける」というキーワードを掲げ、社員の幸せを追求する経営を志向するなど、多くの人々が抱く「町の牛乳屋さん」のイメージを変えるような取り組みを行っています。

そんな同社は、dodaの転職イベント(doda転職フェアdoda転職フェア セレクト)に出展し、直近で20代の若手2名の採用に成功しました。今回は同社の社長である西原さんに、人材紹介サービスから転職イベントへと採用チャネルを切り替えた背景をお聞きするとともに、超売り手市場の中にあって「町の牛乳屋さん」が若手を採用する秘訣や、人材採用に対する独自のスタンス、これからの時代に「牛乳屋さん」として成長していくための組織の在り方、社員に対する考え方など、さまざまなお話を伺ってきました。

求人票だけでは伝わらないことも、会って話せば伝えられる自信があった

求人票だけでは伝わらないことも、会って話せば伝えられる自信があった

西原さんは採用に関して、フィルタリングされていない人と会うことを大切にされているとのことですが、どのような理由があるのでしょうか?dodaの転職フェアでも、西原さん自らブースに座って来場者へのファーストアプローチを担当されていたとお聞きしています。

西原氏:最近までは人材紹介サービスを利用していました。私が明治クッカーに参画した当初は、正直「とにかくこんな小さな会社でも一緒に働いてくれればいい」「まずは改革に必要なメンバー数を担保できればいい」と考えていたので、会社と人材のマッチングのようなものにこだわりを持っていなかったのです。しかし経営していく中で、会社の組織や私自身の考え方も大きく変わり、現在では「日本の伝統文化である牛乳屋さんという商売に、イノベーションを起こしたい」と本気で考えており、新しい社員に求めるものも大きく変わってきました。そうした当社側の変化に伴い、人材紹介会社から推薦される人材とのマッチングがうまくいかなくなってきたのです。

人材紹介サービスから推薦される人材に対して、どのような部分でミスマッチを感じていたのでしょうか?

西原氏:候補者は、人材紹介会社が作成した求人票を見て当社の面接にやってくるのですが、私からすると「どうしてその求人票を見てウチに来たの?」と感じてしまう部分もありました。求人票には「明治クッカー」という社名があって、「牛乳配達をやっています」ということぐらいしか書いていないわけです。給与だって待遇だっていいわけじゃない。面接に来た方に当社の志望理由を聞いてみると、「コンサルタントに紹介されたから」とか「安定基盤の明治ブランドだから」という答えが返ってくるのですが、実は全然安定していないんです(笑)。

西原さんの意に反して安定志向の方が集まってしまうと。

安定志向の方が集まってしまう

西原氏:当社はただの特約店なのに、明治乳業の子会社だと思って来る人もいますからね。私たちとしては、「多少リスクがあっても新しいことに挑戦したい。面白いことがしたい」と考えてくれる方を求めるようになった分、どうしてもミスマッチが発生してしまいます。もちろん、世間一般の方々がこの業界に対して抱いているイメージもわかりますし、そうしたイメージと当社との違いを、人材サービス会社のコンサルタントに説明してもらったり、求人票の内容に反映したりすることが難しいというのもわかるんです。

それで直接会って話ができる転職フェアのようなイベントを選択されたのですね。

西原氏:そうですね。ただ、うちみたいな中小企業にとって、決して安い投資ではありませんから、二の足を踏んでいたのは事実です。でも、それ以上に会って話すことができればこちらの熱量を伝えられるし、会社の目指す方向性、自分たちのチャレンジに共感してもらえるだろうという自信がありました。また、数千人単位で人が集まる大きなイベントであれば、当社の強みを発揮できるとも考えていました。実は当社はイベントによる営業活動を得意としているんです。スーパーや百貨店、駅などでイベントを行うと、1日に10件も牛乳配達の新規契約を取る女性スタッフがいるくらいですからね。事前に転職フェアを見学させていただいた段階で、「これはウチが得意とするイベント営業と同じアプローチでいけるのではないか」と感じたのです。

実際に転職フェアに出展されるにあたり、どのような工夫をされたのですか?

西原氏:周囲のブースを見回したときに、社長が来ているような会社がなかったので、「社長が来ています!」というPOPを出してみたり、周りのブースを見た上で、その中で目立つような配色にブースの装飾を変えてみたり…。当日来場されている求職者の方の層を見ながら臨機応変に改善していきました。

イベント営業のノウハウを活かして、転職フェア当日にさまざまな施策を打ったということですね。

西原氏:事前にさまざまなプランを用意した上で、当日の会場の状況を見ながらブースを作っていきました。たとえば周りのブースを見ると「年収800万円」とか、「有給取得率100%」というPOPもあったりしたのですが、「ウチはそこでは勝負できない。私たちが勝てる土俵で勝負するべく、別の方向性で攻めよう」と考えながら動いていましたね。

牛乳屋さんに興味を持ってイベントに来る人はいない。だからこそギャップを伝えたい

牛乳屋さんに興味を持ってイベントに来る人はいない。だからこそギャップを伝えたい

転職系のイベントに出展されたのは初めてということですが、全体的にどのような感想を持たれましたか?

西原氏:売り手市場ということもあると思いますが、「ウチの会社どうですか」「ぜひブースにお立ち寄りください!」みたいな感じで、求職者に頭を垂れているというか…。あまりにも下手に出過ぎている企業が多かったことが印象に残っています。上から目線で求職者に接するのは論外ですが、転職活動はフィフティーフィフティーであり、対等な関係であるべきだと思うんです。転職フェアでは下手に出ていたのに、面接に来た途端に立場が逆転するようなことがあると、違和感しか残らないと思いますし。

確かに自社に応募してほしいからといって、あまりにも下手に出過ぎるのもおかしいですよね。西原さんは転職フェアでブースに着席した求職者に対して、どのような話をされたのでしょうか?

西原氏:転職フェアに限らず普段の面接でも、対等な立場で接するように意識しています。互いにマッチしているかどうかを確認し合う場だと思っていますし、入社した後に「こんなハズじゃなかった…」というミスマッチを最小化させる必要もあるので、ネガティブなことも含めて全てを包み隠さず、正直に話すようにしています。

最初からネガティブな話もするのですね。

西原氏:「牛乳屋さん、本当にやりたいと思っていますか?やりたくないですよね」みたいな話から業界の置かれている状況なども含め、正直な内容をお話ししています。私の話の7割はネガティブな内容かもしれません(笑)。現状について包み隠さずに伝えた後に「だから私たちが牛乳屋を変えていくんです」と、私たちの思いをしっかり伝えることは大事にしています。また、こちらから話すだけでなく、候補者が抱えている問題をじっくり聞くことにも注力しています。

会って話すからこそ、良いことも悪いことも伝えられるということですね。

西原氏:そうですね。また、当社の選考フローでは転職フェアに限らず、私が一次面接を担当し、最終面接を社員が担当します。もっとも、最終面接という堅苦しい感じではなく、候補者1人に対して社員5、6人が参加して「残業はこのくらいあるよ」「こんなところが大変な仕事だよ」といった感じで、互いにオープンに語り合えるような場になっています。社長に聞けないこともたくさんあるでしょうから。

社長が一次面接を行うという選考フローはなかなか聞きませんね。驚きました。

西原氏:だから私が一次面接で言ったことを、後で社員が訂正したりするんです。「社長はちょっと盛っているけど、実際はこうだよ」といった感じですね(笑)。そうすることで、候補者は一緒に働くことになる社員たちから直接的に会社や職場のリアルな状況を聞くことができますし、入社後の齟齬も生まれにくいんです。もちろん、求職者を引き付けたいという思いはありますし、何でも包み隠さず話すことにリスクもあるでしょう。しかし、綺麗事だけを言って来ていただいても仕方がありませんからね。

求職者を引き付けたいから、転職フェアのブースの装飾やレイアウトにこだわる。しかし、興味を持って来てくれた人に対しては正直にリアルな情報を伝えると。

西原氏:牛乳屋さんに興味があって転職フェアに訪れる人は絶対にいません。そもそも就職先の選択肢にもないでしょう?(笑)だからこそ、知ってもらうため、引き付けるための努力は必要だと思います。また、業界や会社のリアルを正直に伝えると同時に、「そんな現状を変えられたらすごいと思わない?」「Webデザインができる牛乳屋さんがいたら超レア人材だよね」と、候補者に対する動機付けをすることだけは意識しています。また、既存の牛乳配達のイメージを覆すようなギャップのある話も伝えるようにしています。そのギャップこそが当社の武器ですし、売り手市場の中で人材を採用するための大事なポイントとなっているんです。

根拠のない数字を追い求めたところで、誰も幸せにならないことに気づいた

根拠のない数字を追い求めたところで、誰も幸せにならないことに気づいた

総合職的なポジションで人材を採用されていますが、宅配業務や配達マネジメント、顧客フォロー、イベントの企画など、さまざまな仕事がありますよね。業務の割り振りなどはどのように行われているのでしょうか?

西原氏:当社では、社員に対して何かを押し付けることはしていません。社員に役割を持たせる際には、Want(そもそもやりたいか)、Should(会社としてすべきか)、Can(できるか)の3つの観点をバランスよくみて判断しています。特に、「本人がやりたいか、本人ができるか」という個々人の意欲や興味によって、業務内容は変わってきます。新しい事業や取り組みに関しても、社員の「やりたい」という気持ちや賛同が得られなければ、進めないようにしています。

トップダウン型の組織ではないということですね。

西原氏:そうですね。社長、店長、チーフ、主任など、役職的な名称が付いているメンバーもいますが、基本的に正社員メンバーは私も含めて全員が横並びの関係です。社員に対しては常々、「従業員でなくパートナーになってください」という話をしています。私自身も社長と名乗ってはいますが、多くの役割のうちの一つでしかなく、全体方針や経営管理を担当するポジションといった扱いです。店長は配達と事務、チーフはWebやIT、主任は営業など、それぞれの得意分野で責任を持った仕事をしているので、私の方から「こうしなさい」と命令するようなことはなく、基本的には相談ベースで「これどうする?」というスタンスで接し合っています。

西原さんが貴社に参画した当初から、並列型の組織だったのでしょうか。

西原氏:私が入った当時はトップダウン型の組織だったかもしれません。外資系のコンサル会社を辞めて当社を継ぐと決めたころは「牛乳屋なんて簡単だろう」と思っていました。簡単に言ってしまえば調子に乗っていたんですね。その後、見事に鼻をへし折られてしまうのですが(笑)。

どのようなきっかけがあってトップダウン型の組織を変えたのでしょうか。

西原氏:当社に参画後、新卒社員を4名採用して事業を再開したのですが、すぐに赤字になってしまいました。それからは赤字を黒字にするための日々が始まって、とにかく売上を追い求めていきました。ひたすら営業、営業、営業という感じで、契約件数を追い続けていった結果、契約件数も増えて何とか黒字に持っていくことができたのですが…。

事業や売上は順調に回復したということですね。

西原氏:確かに売上は増えたし、契約件数も増えたのですが、同時に解約件数も上がっていったのです。つまり、契約したそばからお客さまが離れていってしまうという状態でした。仕方がないのでさらに営業に注力して、契約件数を追うということを続けていった結果、社員が疲弊してしまったのです。頑張って契約を増やしても、同じようなペースで解約が増えているのですから、当然そうなりますよね。数字上の売上だけを見れば、伸びていたことは間違いないのですが、お客さまも社員も、誰一人ハッピーになっていなかったのです。

それは確かに厳しい状況かもしれません。

西原氏:ある日、売上だけを追いかけていた私に対して、店長が「お客さまを守らなければ」と言いました。要は顧客フォローをしなければいけないということだったのですが、店長が何をしたかというと、お客さま一人ひとりに手書きの手紙を送ったり、お客さまの留守電に対して即座に折り返したりといったことを始めたのです。当時の私は「何でそんな非効率なことをするの?」と思っていたのですが、店長に顧客フォローを任せた途端、見違えるように解約率が減っていきました。私はそのときに気づいたのです。自分はお客さまのことを何もわかっていない。顧客視点では絶対に店長にかなわない。それならば顧客フォローは、全面的に店長に任せようと考えました。さらには他の業務領域に関しても、その領域に関して一番熱量を持っている人に任せた方が効率的に回ると考え、組織の形を変える決断をしたのです。

権限委譲や社員と並列関係が生まれていき、会社と組織が大きく変わっていったのですね。

西原氏:そうですね。先ほど社員が疲弊してしまった話もしましたが、こちらに関しても考えを改めました。まずは社員が自分たちの幸せを追求し続けなければ、お客さまに価値を提供することもできないし、事業を続けていくこともできないと考えるようになりました。根拠のない売上や契約件数を追い求め続けても社員が疲弊し、誰もハッピーになりません。そこで、当社の目標数字には全て根拠を付けるようにしています。特にノルマなども設けていないので、「これができたら、みんながこんな風にハッピーになる」といったものを具体的に提示するようにしています。

貴社の社員に対する考え方も、多くの人々が考える「牛乳屋さん」のイメージとは大きく異なっていると思います。まさにギャップですね。

西原氏:本来、労働集約型の牛乳配達業で、働き方改革を進めながら社員の給与を上げて成長し続けるというのは非常に難しいことで、常識を打ち破らなければ絶対に無理なんです。しかも常識を打ち破っただけでは駄目で、お客さまに価値を提供しなければいけないし、社員が持続可能な状態で仕事を続けていく必要もある。なおかつ、自分たちが本当にそれをやりたいと思えるかどうかも重要です。最近では、会社で何か新しいことをやるときには必ず、「Sustainable(持続可能か?)×Innovative(常識を破れるか?)×Valuable(価値があるか?)+Your Will (自らがやりたいと思えるか?)」ということを社員に伝えるようにしています。

社員に伝える

決して簡単なことではありませんが、こうしたことを本当に実現できるようになれば、今の若い人たちの中からも「牛乳屋さんで働いてみたい」と言う人が増えてくるのではないかと考えています。

最後になりますが、この記事を読んでいる経営者や人事・採用担当者の方々へのメッセージやアドバイスをいただけますか?

西原氏:採用に関して言うと、「どれだけギャップを訴求できるか」ということがキーになると思っています。結局、会社の中のことは外からは見えないので、候補者も既存のイメージにとらわれてしまっています。メディアやイベント、面接といった機会で、そのイメージに対するギャップをどれだけ意図的に訴求できるかが重要になるのではないでしょうか。また、全ての候補者が自社にマッチするわけではないですし、無理に数を埋める必要はないと考えています。「100人必要だから100人採用しよう」という定員主義は組織に良くない影響を与えてしまうのではないでしょうか。たとえ定員に達しないとしても、自社に合う人だけを採用すべきですし、10人で100人の仕事を効率的に進める方法を考えたり、場合によっては事業計画を見直したりといったことも考慮すべきでしょうね。とにかく「採用計画はヘッドカウントが全てではない」という考え方で採用を進めると、良い結果が生まれるのではないかと考えています。

最後に

【取材後記】

多くの人々が「牛乳屋さん」や「牛乳配達」に対する強い先入観を持っているからこそ、人やメディアを介して情報を伝える人材紹介サービスや求人メディアではなく、直接会って話すことにこだわる。そんな西原さんのアプローチは、業界や職種のイメージによって採用が難化している企業や、イメージが生む誤解によってマッチングに課題を抱える企業の人事・採用担当者の方々にとって、参考にできる部分も多かったのではないでしょうか。西原さんのお話を伺い、自社の強みやパブリックイメージを正確に把握した上で有効な採用手法を選択することの大切さについて、改めて気づかされました。

その一方で西原さんは「面談や面接では、ネガティブな話も正直に伝える」と語っていましたが、そうした西原さんの採用における正直で嘘偽りないスタンスは、「まずは社員自身が幸せになる必要がある」という同社の社員に対する考え方がベースになっているのではないかと感じました。どれだけ採用手法が進化したとしても、採用力の源泉は自社の根本的な魅力やカルチャーによって支えられているということを忘れずにいたいところです。

(取材・文/佐藤 直己、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)