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2004年インテリジェンス(現パーソルキャリア)へ新卒で入社。人材紹介サービスの法人営業や人事マネジャーの経験を持つ。その間、障害者就労支援事業「dodaチャレンジ」を起案、新規事業として立ち上げる。産休・育休を経て2017年 復職。育休中に起案した事業が承認され2017年7月にママお仕事がんばって(MOG)事業推進室を立ち上げ、育休中のワーキングマザーをベンチャー企業やNPO法人にボランティアとして紹介する新規事業「ママボラン」の責任者を担当している。
労働力人口の減少が加速する中、女性・外国籍・シニア・障がい者など多様な人材の活用が推進されています。特に注目したいのが子育て中の女性の活用について。他国に比べて「仕事か家庭か」の二者択一を迫られることが多かった我が国でも、働き方の多様化が進んだことでようやく両立の道が開かれるようになってきました。そんな中、パーソルホールディングス株式会社では、2017年8月31日に育児休業中もキャリアを磨きたいワーキングマザーと経験豊富な人材を必要とする法人のマッチングサービス『ママボラン』をスタート。ファウンダーである同社ママお仕事がんばって(MOG)事業推進室の稲田明恵さんに、ママボラン活用のメリットや女性活躍の今後についてお話を伺いました。
稲田氏:まず、現在の社会情勢についてお話させてください。第一子出産年齢が上昇の一途を辿っていることから、20代後半から30代で育休を取得する人が大多数を占めるようになりました。ちょうどその年頃って、男女限らず、責任ある仕事を任されるようになり、社会人として油がのっている時期なんですよね。そのときに休職するということは、あらゆる不安がつきまとってしまうんです。
稲田氏:仕事と育児の両立はもちろんですが、例えば、「残業ができないなどの制約がある中で会社からの期待に応えられるか」「子供の急な体調不良などで休まなくてはならず、周りの社員に迷惑をかけるのではないか」といった会社や職場の人に対する配慮・不安などですね。また、30代がちょうど管理職登用のタイミングである会社も多く、休職や復職後の時短勤務により、昇進昇格から遠のいてしまうという、キャリアに対する不安もあります。実際に、産休・育休から職場復帰する際に「不安があった/不安がある」とする人が74.4%にのぼった調査結果もあるほど(※日本看護協会調べ)。それは、私たちママボラン創業メンバーにとっても同じことでした。
稲田氏:そうです。たまたま同時期に育休を取得することになり、会社から離れているこの期間だからこそキャリアのためにできることが何かあるはずだと、皆で考えたのがママボラン起案のきっかけです。特に、創業メンバーである山本と金子は過去にも育休を経験していることもあり、「育休中の過ごし方で復帰後の活躍が変わってくる」と、その重要性を感じていたのだと思います。
稲田氏:私にとって育休は初めての経験でしたが、仕事や自分のキャリアについて考え悩んでいた時期だったと思います。一度会社から離れると、キャリアとか仕事のことを話す機会がなくなってしまうんですね。でも復職したら今までとは違う働き方を余儀なくされるわけで、もやもやと不安だけが募っていきました。そんな中、先輩ママである山本や金子からアドバイスをもらっていたこともあり、とあるNPOでボランティアをしてみました。リモートワーク(在宅勤務)でそのNPOの採用支援をしたのですが、私にとってはこれまでの経験を生かしたお手伝いをしただけなのに、他の組織ではこんなに自分のスキルを喜んでもらえるのか、って驚いたのを覚えています。「社会は自分を必要としてくれている」と感じたし、復帰後、こんな風に働きたいってイメージすることができた。
けれど現実は、子供が生まれて自分はどうなるんだろう、これからどんなキャリアを歩めば良いんだろうって、一人で悶々と悩み、そのまま復帰を迎えてしまう人が多い。そうではなく、子ども優先の生活の中でも、自分のキャリアについてしっかり考えられる場を作りたいって思いました。ママボラン構想のきっかけは、どちらかというと働くママ・パパである個人に寄り添った考えからのスタートでしたね。
稲田氏:『ママボラン』は育休中の不安を自信に変えるための、ボランティアを通じたキャリア支援プログラムです。期間限定で勤務先とは違う環境に飛び込んでみることで、自分の強みや本人にとっての働く目的や意義を再確認し、復帰後のキャリア形成に役立てていただくことが狙いです。キャリアを築きたい方はもちろん、「子どもと二人で閉じこもっている毎日がツライ」「休職期間が長くなればなるほど自信が失われていく」「復帰後、仕事と育児を両立するための練習がしたい」など、様々な想い・不安を持つ多くの方にご参加いただいており、現在では登録者数400名となりました(2018年4月末現在)。
ただ、ボランティアを経験しただけでは個人のキャリアにはつながりません。スタートアッププログラムとして、事前に無料のキャリア研修を用意し、同じ立場のママ同士で相互ワークをすることで、自分の強みや今後の働き方や家庭とのバランスについて考える機会を提供しています。
稲田氏:企業にとっては、採用市場ではなかなか出会えないような高スキルの人材に、スポットで事業を手伝ってもらえるのが最大の特徴です。というのも、ママボランの登録者は「育休中でもキャリアにとってプラスになることがしたい」と考えるようなキャリア意識の高い方々。マーケティングや事業企画、人事、経営管理、営業などの経験を積んできた優秀な人材が集まっており、ボランティアという形で即戦力となる人材を確保できる全く新しいカタチの人材サービスです。現在の参画企業は40社、3割がNPO団体、7割がスタートアップ企業となっています(2018年4月末現在)。
稲田氏:おっしゃる通りで、リモートワークが中心で同じ方への依頼は6カ月以内という制約があるため、仕事の切り出しイメージがつかないという声や長期で活動してもらいたいという声をいただくこともありますし、費用対効果で言うと、コスト削減のために作業的な業務を外注したいというニーズにはマッチしていません。そのような業務にはクラウドサービスやアルバイトを雇う方が満足度は高いでしょう。
企業がママボランを使うメリットは、ママたちがこれまで培ってきた豊富なナレッジを吸収できることです。スタートアップやベンチャー企業などの、まだ社内にノウハウが少ない企業において、豊富な経験を持つママたちが「アドバイザリー+実務」を担い、企業の立ち上げを支援するというのがママボランの最大のメリットですね。社内で初めて取り組む業務の企画やフローの作成をママボランに手伝ってもらい、その後の運用は社内で行う、というケースが増えてきています。一度ママボランを導入した企業やNPOからはオーダーの継続率が高く、8割を超えています。これまでにないサービスなので、最初は依頼の仕方に戸惑われるケースもありますが、一度ママさんに手伝ってもらうと、組織のことを理解して自律的に活動してくれるし、経験者だから仕事も速い。これまでにない人材活用の仕方だとおっしゃっていただいています。ママたちにとっても、経営者の近くで自分のスキルを発揮できるため、普段とは違う角度からのやりがいや新たな気づきがあるようです。
稲田氏:例えば、「PAPAMO」という週末託児を展開するGOB Incubation Partners 株式会社様。ここでは保育士の採用が不可欠であるものの、保育士の採用難易度はとても高く、同社でも苦戦していました。そこでママボランを導入し、人事のエキスパートであるママとのマッチングをしました。その方は、ボランティアをスタートして早速、現状の課題を洗い出して採用フローから見直し。経験で培った人脈もフルに活かして、外部の企業を巻き込みながら積極的に採用活動を進めていただきました。同社にとって、採用成功はもちろんのこと、採用経路の拡大という利点を得られた事例となりました。
また、高校生のキャリア支援を行うNPO法人カタリバ様は、高校生が社会課題の解決に取り組む「マイプロジェクト」という事業を実施しています。ここでは、外部コンサルティング経験を持つママが、プロジェクトの設計から参画。タスク整理、マニュアル作成、全体の進行管理、改善提案など、一連の事業を多角的にサポートしています。
稲田氏:そうですね。外部から知見のある人に手を動かしてもらいながらアドバイスをもらえるママボランは、スタートアップ企業にとってはまさに事業を加速させるパートナーとも言える役割を果たしています。
稲田氏:活動期間は週10時間程度、基本リモートワークですが、ママボランの受け入れ企業がNPOやスタートアップなのでリモートワークが浸透しているところが多く、むしろ私たちの方が「リモートワークでこんな仕事もできるんだ」と気づかされることが多々あります。私も自分の育休中に採用支援をしていた時は、携帯のSkypeで面接の代行をしていました。そんな経験が復職後、新卒採用を任されたときに地方の学生とのコミュニケーションはSkypeで十分、対面にこだわって時間をロスするよりもITを活かしてたくさんの学生と話そう、という思考につながりました。
ママボランに限らず、ワーキングマザーを雇用する企業全般に言えることですが、ママさんが活躍するためには「制約があったとしても、その方に何を求めるのか」を明確にすることが重要だと思っています。リモートを行うことが、労働力不足の解消につながるケースもあります。時間や場所の制約があるというだけで、本人の能力やスキル、経験を鑑みずに配置するのはもったいない。まず、「▲▲というスキルが、このプロジェクトに必要だ」「この課題を解決するためには▲▲の経験が不可欠」など、企業にとって何を解決したいのか、何のスキルが必要なのかを整理する。すると、それを解決するために、「正社員でフルタイムのコミットは必要ないよね」「このスキルが必要だから、リモートワークでも十分にお任せできる」と納得できる。任せたいミッションと人材要件が明確な企業は、時短で働く方のスキルを存分に発揮できているように感じています。ママに限らず、時間や場所の制約があるというだけで、戦力外とみなしてしまうのはもったいない。まずは組織のミッションを明確にすることが、多様な人材を戦力化する第一歩ではないでしょうか。
稲田氏:日本は現在、第1子出産前後の女性の継続就業率は53%と言われ、2020年には55%の目標を掲げています(※内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和推進室調べ)。エム字カーブが解消されつつあるという喜ばしい側面がある一方で、勤務時間や場所に制約がある人材が社内に多くなっており、ママのような時短勤務社員とその他の社員との公平性が問われるようになってきました。企業の人事施策も、育児と仕事の両立を支援するための女性保護施策から、その他の社員との公平性を担保するための評価施策に移行しています。そのため、これからは正社員になれば安泰、という考えでは働き続けられなくなると予測しています。しかし裏を返せば、「残業ができない」「転勤不可」などの様々な制約がある中でも、自分の強みを活かすことで生産性を向上できれば、子育てと両立しながらでも他の社員と同じように評価を得られるはず。制度に甘えず、個人がキャリア形成をしっかり考えていくことが、自分自身を守ることにつながると考えています。
稲田氏:企業にとって、今後はそれぞれ個に寄り添った人材活用が必要となっていくのではないでしょうか。例えば、働き方改革を掲げてリモートワークを導入する企業が増えてきましたが、導入すること自体が目的になってしまっている企業もあります。そういう企業は「利用ルールが厳しく、結局制度を使えている人が少数」「実際は社内にいることが求められ、リモートワークができていない」など、リモートワークを活用させたいのか活用させたくないのか分からなくなっているケースもあるように感じます。これはあくまでも一例ではありますが、社員一人ひとりに何を求め、スキルを発揮してもらうために、どんな環境を整備すればいいのかを考えることが重要です。
つまり、企業は「社員の働きやすさ」×「社員の働きがい」、両方を提供していかないといけません。「社員の保護施策(働きやすさ)」だけ重視すればぶら下がり人材が増えるだけだし、一方「働きがい」だけになれば多様な人材を活かすことができません。“個人が会社を選ぶ時代”だからこそ、企業毎に人材活用を全面に打ち出し、多様な働き方を踏まえた施策を行っていく必要があると思っています。
女性活躍の推進にあたって、子育て中の女性を見逃すことはできません。制約があるなかでも、彼女たちの豊富な経験は企業にとって大きな戦力となることは明白です。ただし、自分のスキルをどう企業で活かすのかを個々が考え、企業にしっかり伝えることが大切だと稲田さんは話します。育休からの復帰、副業、転職、起業など、個人の選択肢が増えている今だからこそ、今後ますます個人の能力が問われる世の中になっていくことでしょう。そんな優秀な人材から選ばれる企業になるためにも、多様な働き方を実現できる環境整備の必要性を再確認しました。また、今後はママボランの登場により育休の概念が変わっていくに違いありません。育児を理由にキャリアを諦めないですむ社会は、きっともうすぐそこです。
(取材・文/佐々木 智晴、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)
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d's JOURNAL編集部
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】