「労働時間を短くするよりエンゲージメントを高める」アトラエの考える働き方改革

株式会社アトラエ

代表取締役CEO 新居 佳英

プロフィール

働き方改革が唱えられる日本企業の中で、“新しい組織”を実践する東証一部上場企業があります。それが、株式会社アトラエ。求人メディア「Green」やAIビジネスマッチングアプリ「yenta」組織改善プラットフォーム「wevox」を展開しています。

取締役以外の役職が一切存在しない、フラットな組織。リモートワークを行える多様なワークスタイル。さらに、日本ではじめて全社員に特定譲渡制限付株式を付与。「ティール組織」「ホラクラシー組織」とも言われる当社の組織体系には常に大きな注目が集まっています。

そんなアトラエのCEO・新居佳英さんが最重視するのは、社員の「エンゲージメント」だと言います。社員のエンゲージメントを高めるにはどうすれば良いのか、いまの組織形態はどのようにつくられたのか、そして移り変わる世の中で採用はどのように行えば良いのか、さまざまなお話を伺いました。

大切なのはエンゲージメントを高めること

大切なのはエンゲージメントを高めること

今、日本中で唱えられている「働き方改革」についてどう思われますか?最近では労働時間の削減が推進されています。

新居氏:労働時間の削減というのは極めて短絡的な策だと思います。もちろん、エンゲージメントが低いのに長時間労働をしている人、会社をクビになると生きていけなくなるという強制力が働いている人はある意味で奴隷のような状態です。この場合は企業に是正勧告をするべきです。ただ、エンゲージメントが高くて積極的に働きたい人の労働時間を減らすのは意味がありません。イチローや錦織圭に「練習時間は1日4時間までだぞ」と言うようなものです。なぜビジネスの世界だけ管理されなければいけないのでしょう。それよりも大切なのは、エンゲージメントを高めることだと思います。その上で、本人も気づかぬうちにオーバーワークにならないような、最低限の健康管理はすべきでしょう。

ここでいう「エンゲージメント」とは、どのような意味なのでしょうか?

新居氏:「自主的貢献意欲」と我々は捉えています。エンゲージメントには2種類あります。人との関わり方に関する「エンプロイーエンゲージメント」、仕事内容に関する「ワークエンゲージメント」ですね。ポイントは、衛生要因とエンゲージメントは別だということ。衛生要因は社員の不満をなくすためのものです。給与やオフィス環境、福利厚生が満たされていないと不満が溜まります。しかし衛生要因が満たされても、パフォーマンスが上がるわけではありません。だからエンゲージメントが大切になります。自己実現ができる実感や心理的安全性が確保されることなどによってエンゲージメントが上がり、社員は力を発揮してくれるようになるんです。

少年漫画に出てくるチームのように、お金で集めたエリートチームではなく、全員が結束したエンゲージメントの高いチームが最後に勝つことって、現実でも多い。これは人間のある種の本質だと思います。

全員が結束したエンゲージメントの高いチームが最後に勝つ

エンゲージメントを高めるために何をするべきなのでしょうか?

新居氏:明確に答えがあるわけではありません。というのも、ビジネスモデルや社員の性質、企業のビジョンによって大きく変わるからです。例えば鉄道会社や水道ガス会社などのインフラ系の企業では、決められた仕事をミスなく遂行することが重要です。このような企業に向いているのは、指示されたタスクをきっちりこなして、褒められることにやりがいを感じる人でしょう。

一方アトラエの社員たちは、クリエイティビティを発揮したり試行錯誤をして挑戦したりすることにやりがいを感じます。そういう人がインフラ系の企業に行くとエンゲージメントは下がりやすいと思います。

職務に対するミスマッチをなくすためには、採用が重要になりそうですね。

新居氏:そうですね、選考でチェックするポイントは二つあります。

一つ目は業務内容やビジネスモデルにその人が合っているかどうか。仕事で活躍できることは、エンゲージメントを高める上で大切です。

そしてもう一つはビジョンに共感しているかどうか。会社の目的に共感がない人は採用するべきではないと思います。そもそも僕らは組織を「会社」ではなく「チーム」と捉えています。例えばサッカーの日本代表は「ワールドカップで勝つ」という目的を持ったチームです。会社も同じで、ビジネスというフィールドにおいて何かの目的を持ったチームなんですよ。目的はチームによって異なるので、目的に共感する人を集めなければならない。これは絶対です。

チームと捉える

この二つを採用段階ですり合わせておかないと、入社後にエンゲージメントを上げることが困難になります。本人が目指していないものを無理やり目指させても、エンゲージメントは上がりませんから。逆に会社と自分の方向性が合っている人は活き活きと働いて、長く貢献し続けてくれます。

ビジョンに共感する人を集めた後、エンゲージメントを更に高めるために社内ではどのような取り組みをされているのですか?

新居氏:コミュニケーションを密に取ることですね。「この会社は自分たちの会社だ」という当事者意識や責任感を感じてもらうことはすごく大事なので、定期的に会社の課題についてディスカッションをしたり、創業者の僕に対して抱いている疑問を発信したりする機会を設けています。

経営者の人に直接意見をする機会があるんですね。

新居氏:そもそも「経営者の人に意見をする」という概念がアトラエにはないんです。「社長」というのも僕の「あだ名」くらいのイメージですね。僕は社員の仲間の一人です。土曜日にいきなり電話がかかってきて「社長どこいますか? 今飲んでるから来てください」と言われても全く問題がない関係性なんです。

社員からの呼び出し

優秀なエンジニアと優秀なマーケター、どちらの給与を高くするべきか?

「取締役以外の役職が一切存在しない」「全社員に特定譲渡制限付株式を付与する」などアトラエの組織形態は特徴的です。 いまの形にたどり着いた経緯を教えていただけますか。

新居氏:アトラエは「ホラクラシー組織」「ティール組織」と呼ばれますけど、正直僕らはよくわかっていません。というのは、その理論を気にしていないから。結果的にそれらの組織に近づいただけです。

新しい組織形態の研究が発表される前から僕らはそういう組織でした。日本の古い会社には社員同士が責任を押し付け合って、派閥争いがあって、出世競争で足を引っ張り合うという悪しき風習がありました。社会的に正しいことが正しくできない。「何のためにこの企業に入ったんだ」と絶望してしまいます。

僕らはアトラエのビジョン「世界中の人々を魅了する会社を創る」に向かってどうすれば良いか、メンバー全員に生き生きと働いてもらうにはどうすれば良いか、それだけを考えて組織を作ってきました。すると「組織の階層は要らないよね」という話になって、「階層がないなら情報共有が必要だよね」となって。出世を目標にしないために「出世をなくせば良いじゃん」と。でも上司がいないならどうやって評価すれば良いか?「じゃあお互いにお互いを評価しよう」という形になりました。今でもどんどん改善していますね。

組織を一気に変えたわけではなく、ゆるやかに変化してきたのですね。

新居氏:本当にそうですね。さらに僕が1人でルールを変えるんじゃなく、みんなで変えてきました。みんなが働きづらかったらみんなが勝手に制度を変えればいいんです。やってみてダメだったらまた変わればいい。

優秀なエンジニアと優秀なマーケター、どちらの給与を高くするべきか?

試行錯誤を繰り返した制度のひとつに、評価があります。というのも、評価制度に理想的なものなんてないんですよ。優秀なエンジニアと優秀な営業と優秀なマーケター、誰の給与が一番高くあるべきかなんて世界中の誰も答えられません。だから自分たちで、「お前のほうが優秀だよ」「いや俺なんかよりお前が一番貢献しているよ」と話し合うのが一番良いと僕らは考えています。

御社のような組織の強みはどこにあると思いますか?

新居氏:全社員が自分の頭で考えて自分の判断で動くことですね。経営者としてはすごく楽ですよ。僕一人が考え抜いて指示を出している会社と、全社員の脳みそが120%機能している会社だったら後者の方が圧倒的に強いですよね。とくに移り変わりの早いインターネット産業の答えなんて、僕にもわかりません。今TikTokが流行っている理由もわからないし、昔Twitterが出てきたときも「絶対に流行らない」と僕は断言していましたから(笑)。ある一人が答えを持っている時代ではないので、みんなで議論をして確からしい方法を探していくしかありません。その方が成功する確率は確実に高くなると思います。

娘に20年後「アトラエって最高の会社だよ」と言えるかどうか

これから転職市場はどのように変化すると思いますか?

新居氏:人材の流動化が進むので、一人あたりの転職回数は増えていきます。さらに個人の働き方が多様になり、フリーランスや副業をする人が増えるので、そういった人たちも巻き込んでチームをつくり上げる力が企業には必要になります。

娘に20年後「アトラエって最高の会社だよ」と言えるかどうか

従来の企業は、高くて厚い壁に社員を囲い込んできました。「壁の中にいるやつの面倒は家族も含めてみてやる。その代わり言われた通りに動けよ。命令されたら部署も変わるし単身赴任もしろよ。でも壁の外は危ないから気を付けろよ」と。しかし流動化が進んで壁が崩壊しつつある今、こういうマネジメントをしてきた会社には若く優秀な人ほど定着しなくなるので、競争力は一気に衰えます。

人材が流動化する社会で会社がすべきことは、魅力的なビジョン(目指す方向)を掲げることです。ビジョナリーな経営者が「この旗(ビジョン)に止まれ!」と言って、旗の周りに「俺も人生をかけて一緒にやりたい!」という正社員が集まり、「普段やりたいことがあるけど、お前のやることも魅力的だから手伝わせてよ」という契約社員やアルバイト、フリーランスが加わる。この緩やかなチームがこれからの会社の姿になると思います。

SNSなどを通じて個人の影響力が大きくなり、企業との関係がフラットになる中、企業に入る価値はどのように提供すれば良いのでしょうか?

新居氏:一人では達成できないことに価値を感じてもらうことが大切ですね。個人のフリーランスは好きなときに働けて、効率よくお金を稼ぐこともできます。でも僕らは世界で最も世界中が魅了されるようなお城を建てようとしているんです。これは非常に優秀なチームで何十年もかけて取り組まないと達成できないわけですよ。僕らが建てたいお城、すなわち「世界中の人々を魅了する会社を創る」というビジョンに価値を感じてもらわないといけません。

ビジョンの他にもうひとつ、僕らは経営理念もとても大切にしています。経営理念とは経営をする上で最も大事な考え方のことで、僕らは「大切な人に誇れる会社であり続ける」ことを掲げています。だから意思決定のたびに自分に問うのです。「この事業は儲かるかもしれないけど、娘や息子に自慢できるか?」「友達に『使ってほしい』と勧められるサービスか?」と。

友人知人に紹介できるか

僕には娘がいますが、彼女が20年後くらいに就職活動をするようになったとき「アトラエっていう会社に行きたいんだけどお父さんどう思う?」と聞かれて「アトラエも悪くないけど○○社の方が良いんじゃない?」と僕が心底思ってしまったら、アトラエをつくったのは失敗ですね。娘には「アトラエって最高の会社じゃん。でも難しいからお前には受からないんじゃない?」くらい言えるのがひとつの成功の形です。

めまぐるしく変化する採用市場では、魅力的なビジョンを掲げて、経営理念を守り通す企業が多くの人々を魅了していくのだと思います。

【取材後記】

人材の流動化が加速する転職市場において、優秀な人材を採用するために大切なことは何か?アトラエの新居さんは、その答えの一つがエンゲージメントだと言います。そしてエンゲージメントを高める基本は、「魅力的なビジョンを掲げて、ビジョンに共感する人だけを採用する。」という、とてもシンプルなものでした。

しかしそれを徹底的に実践できる企業は多くはありません。なぜなら短期的な成果を追いかけるからです。新居さんは長期的な目線で「世界中の人々を魅了する会社を創る」ビジョンに邁進していました。理想に一直線に進む姿勢には、学ぶべきエッセンスが多分に詰まっています。

(取材・文/田中 一成、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)、齋藤 裕美子)