
「募集要項はありません」。中途採用の常識を覆したボーダレス・ジャパンの狙いとは?
株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口 一成
株式会社ボーダレス・ジャパン Backup Office Recruiter 石川 えりか
1991年生まれ。法学部専攻で公務員試験にパスしていたものの、「自分の発想で面白いことがしたい」という思いを捨てきれず、民間企業に絞って就職活動を再開し、タイミングよく新卒の採用選考を行っていた金子農機株式会社へ入社。以降、総務部総務課に在籍し、新卒・中途の採用実務、人事制度策定、労務、個人情報管理、施設管理など幅広い業務を担当。さらには独学でプログラミングやサーバなどのIT技術を身に付け、自社の業務を効率化するシステムを開発し、約100時間相当の労働時間削減にも貢献。昨年からは候補者への情報発信、情報共有が行える、独自の採用コミュニケーションツールの開発にも取り組むなど、部門や職種の枠を超えてマルチに活躍している。
埼玉県羽生市に本社を構える金子農機株式会社は、穀物用乾燥機を中心とした農機具の開発・販売を行う社員数約200名の農業機器メーカーです。長く続いている売り手市場や人手不足の影響もあって、中途採用に苦戦していた同社ですが、昨年10月、dodaの転職イベント(doda転職フェア)に出展したところ、7名の人材採用に成功したそうです。同社は今年2月の転職フェアにも続けて参加していますが、新しい人材の採用だけではなく、既存社員のエンゲージメント向上も兼ねてイベントへの参加を決めたと言います。
今回は、同社で採用業務を担当している町田さんに、dodaの転職フェアに参加した理由や、イベント会場で人材を採用するために行った工夫などに加え、「転職イベントへの参加を、どのようにして社員のエンゲージメント向上につなげたのか」についても詳しくお伺いしました。
町田氏:当社では数年内に40名弱の社員が定年退職するため、中途採用に力を入れています。ここ2、3年はWebの求人広告で採用を行っていたのですが、知名度の低さや、農業・農機というイメージだけで敬遠されている部分もあり、応募数は伸びませんでした。それでも年間で5、6名は採用できていたので、その方たちの入社経緯を調べたところ、工場見学に来てもらうなど、入社前に当社社員と会った方たちが入社に至っていることがわかりました。ならば当社の社員と求職者が直接会えるような転職イベントに参加すれば、採用効果も上がるはずだと考えたのです。「金子農機」という社名だけでは堅苦しい印象を与えてしまいますが、実際には家族的な雰囲気があり、社員同士の仲も良く、さらには農業に対する熱さもあります。候補者と直接会うことで、そうした当社の魅力をダイレクトに伝えられるという期待感はありましたね。
町田氏:最初は社内から反対されていました。「ウチがこんな大きいイベントに出てもうまくいくはずがない」と言う人もいましたし、「そもそもコストが高い」と言われるなど却下され続けていて。そんな中、doda担当者の勧めもあり、一度上司を連れてフェアが開催されている会場へ見学に行きました。圧倒的な熱気に驚いていると、上司が「こんなに人が集まるなんてすごい!」と感激して、その場で出展を決めてしまったんです(笑)。さらに上司は「ウチは中小企業だけど、日本最大級の転職イベントに出るとなれば社内にもPRできるし、社員たちも喜ぶのではないか」と言っていましたね。
町田氏:そうですね、当初からそうした考えは少なからずあったと思います。とは言え、私は「せっかく転職フェアに出るのだから、採用を成功させたい!」という思いの方が強かったですね。結果としては150名以上の方に話を聞いていただけましたし、営業職6名、技術職1名を採用することができたので、大成功だったと思います。それまでは人を選ぶことなどできなかったのですが、転職フェアに参加したことで、多くの候補者の中から当社が求める方を検討できるようになりました。
町田氏:やはり、できるだけ多くの方々にお会いしたいという思いがあったので、会場での呼び込み担当にはこだわりました。本社のある埼玉県羽生市で開かれている「世界キャラクターさみっとin羽生」というイベントで、米粉ワッフルのお店を出した際、100人以上の行列ができるなど大盛況を収めました。そのとき呼び込みを担当していた女性スタッフ2名に「転職フェアの呼び込みもやってほしい」とお願いしたんです。何事にも熱量を持って取り組んでくれる体育会系の2人なので、大きな会場でも本当に頑張ってくれました。
町田氏:会場のブースに飾る装飾看板や配布資料は、手作りのものを使いました。もともと採用予算に余裕があるわけではなく、自分たちで作らざるを得なかった事情もあるのですが、この「手作り感」が当社の雰囲気を伝えるためには効果的だったと思います。ネットから拾ってきたようなありふれた言葉ではなく、「新米の季節だから新入社員募集中」など、農機を扱う当社らしさが出るような文章表現にもこだわりました。小さなミニマムブースでの出展でしたし、隣のブースは誰もが知っている大企業だったので、最初は正直不安もありました。それでも来場している求職者に休みなく声を掛け続けたことや、手作り感あふれるブース作りなどが功を奏して多くの方々にご着席いただき、結果として想像以上の採用成功につながったのだろうと考えています。
町田氏:10月の転職フェアの成果もあり、新卒・中途合わせて20名以上の入社が決まるなど、当社としてはいったん採用が充足した状態だったので、当初は2月の転職フェアの出展を見送る予定でした。ただ、10月のフェアの盛況ぶりが評判となり、「ウチの会社がこんなに注目されることもあるんだ!」と社内でかなり盛り上がったのです。10月の成功もあって、会社からは「どんどん出なさい」と言われていたので、今回は採用以上に社員へのアピールに重きを置いて出展してみようと考えたのです。
町田氏:光学機器メーカーの方から360度カメラをお借りして、当社の製品である穀物用乾燥機のバーチャル映像を作成しました。乾燥機はかなり巨大なものなのですが、普通の方だとイメージできないですし、パンフレットでその大きさはわかりません。来場者の方々にVRゴーグルをのぞいていただくことで、製品の実際の大きさを疑似体験してもらうことができました。また製品以外にも、本社の外観や工場などを体験できるバーチャル映像を自分で作って流しました。一度出展したことで、次はどんなツールを用意すれば候補者は喜んでくれるのかを考えるのも楽しいです。
町田氏:「日本最大級・doda転職フェアに参加!」「金子農機 人気爆発」という見出しを載せた社内報を作って、全国の営業所に送りました。少し盛っているかもしれませんが、とても好評だったんです(笑)。
町田氏:本社だけでなく、地方の営業所で勤めている社員からも「ウチの会社もこれだけの人を集められるんですね」「こんな大きなイベントに出られるなんてすごい」「人手不足を心配していたのですが、安心しました」「これからも頑張ってください」といった内容のメールがたくさん送られてきました。金子農機には社外の人にも注目してもらえるような魅力があるということを、全国で働いている社員に伝えることができたと思っています。
町田氏:製造部門の社員などはPCを使って仕事をしているわけではないので、そうした方々にも見てもらうために、社内報を大きく引き伸ばしてプリントした紙を一枚だけ現場に貼っておいたのです。すると数日後、頼んだわけでもないのに誰かがそれをコピーして、別の場所にもたくさん貼ってくれていたということがありました。本当にうれしかったですね。人事として採用活動の取り組みを社員が理解し、応援してくれることは何よりもうれしいことです。
町田氏:まだスタートして1年ほどですが、会社の公式インスタグラムを運用しています。ただ、こちらに関しても採用ブランディングと社員エンゲージメント、両方の側面があります。社員は普段こんな場所でランチを楽しんでいますとか、お祭りに参加しましたとか、そういった内容の写真をアップしているのですが、ホームページだけではわからない会社の雰囲気を伝えられるので、「インスタを見て入社を決めました」という新卒社員も増えています。
町田氏:地方営業所の社員の写真をアップすることも多いですね。写真をアップされた営業所の社員は「ウチの営業所の○○が載ってるぞ!」と盛り上がることができますし、他の営業所の社員から「ウチの営業所の写真はまだですか?」といった問い合わせが来ることもあります。地方営業所の社員も金子農機の一員であることを改めて実感できると思いますし、こうした情報を発信し共有し合うことで、会社としての一体感が生み出せるのではないかと考えています。
町田氏:大きく変わったなと感じているのは、既存社員が入社してくる新しい社員に対して興味を持つようになったことです。以前は中途入社者に対して「あの人誰?」と遠巻きに見る雰囲気もあったのですが、最近では「新しく入った○○さんだよね。dodaから来たの?」というような会話が聞こえてくるようになりました。新入社員に興味を持つ既存社員が増え、気軽に声を掛けてくれるようになったことで、会社に慣れるまでの期間が短くなっているんです。そうした変化は間違いなくありますね。
町田氏:転職フェアはもちろんですが、最近では、営業や技術者といった現場の社員を巻き込んで採用活動を進めていくようにしています。そうすると協力してくれた社員を中心に、多くの人たちが「採用」ということに注目し始めるんですね。既存社員が新しい社員に声を掛けるようになったのは、そうした社員一人ひとりの意識の変化が根底にあると考えています。
町田氏:たとえば一人暮らしの社員が風邪やインフルエンザにかかったとしたら、本人のアパートまで行って病院に連れて行くとか、入院するような病気であれば家の鍵を借りて病院まで着替えを持っていってあげるとか、そんなお節介を焼くほど、会社が一人ひとりの社員を大事にしているんです。社員同士の距離も近く、一般社員でも上司や取締役と付き合いができるほどですし、上司と部下はもちろん、横のつながりも強いと思います。工場見学や面接など、候補者に来社してもらう際にはあえて飾るようなことをせず、そうした社員同士のフラットな雰囲気をオープンにすることも意識しています。
町田氏:当社はワークライフバランスも良く、有給も好きなときに取れます。家族的な社風があり、社員の意見を聞き入れてくれる風土もあります。ただ、そうした当社の自由な環境が「ぬるま湯」的な空気を生み出していることも否定できません。楽をしようと思えばいくらでも楽ができてしまうので、与えられた仕事以外は一切やらないという人もいます。やろうと思えばどんなことにでもチャレンジできますし、ワークライフバランスの面でも非常に働きやすい環境が整っているのだから、この環境を活かしてみんなが意欲的に働けば、今以上に素晴らしい会社にしていくことができるはずなんです。そうした状況があるので、当社が行っているエンゲージメント施策は、社員の定着率を上げること以上に、社員一人ひとりのモチベーションを向上させることに重点を置いて進めています。
町田氏:そうですね。「町田がまた何かやっているぞ」と注目されるようになった気がします(笑)。その成果の一つと言えるかどうかわかりませんが、最近ではうれしいことに「人事や採用の仕事をやってみたい」という若手社員も増えてきました。
町田氏:人事・採用担当者にとって大事なのは、自分の会社を誰よりも深く知ることではないでしょうか。その上で会社を代表して、会社の良さを求職者に伝えていく努力をすることが大切だと思っています。私は入社以来、ずっと総務部総務課に籍を置いていますが、営業や現場の製品修理の仕事なども含め、会社のあらゆる業務を経験する努力をしています。初めて製品の修理を経験したときは200ボルトの電流を触ってしまい、肝を冷やしたこともありました(笑)。そんな現場の大変さも理解しつつ、これからも求職者一人ひとりと向き合って、当社の素晴らしさや仕事の魅力を丁寧に伝えていきたいと考えています。
採用は会社のビジネスを成長させるために欠かせない企業活動の一つです。自社の採用活動や求職者からの反応などを社内に広報し、積極的に社員を巻き込むことによって、採用活動そのものを「社員の一体感を生み出すイベント」としても活用している町田さんのお話は、非常に興味深いものでした。
「会社がどのような人材を、どのように採用しようとしているのか」という情報を社内に伝えることで、社員のモチベーションを刺激することができますし、町田さんがインタビュー中に語ったように、「既存社員が新しく入社する社員に興味を持つようになる」という副次的な効果も期待できそうです。人材採用に加え、社員のエンゲージメントや定着率の向上も業務の範囲としている人事・採用担当者は、「自社の採用活動をいかに社内に伝えていくか」ということについて、金子農機の事例を参考にしながら、じっくり検討してみる価値がありそうです。
(取材・文/佐藤 直巳、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)
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【オンライン】前編 2020年9月29日(火)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可、後編 2020年9月30日(水)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可
【オンライン】前編 2021年2月16日(火)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可、後編 2月17日(水)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可
【オンライン】2021年1月19日(火)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可
【オンライン】2021年2月18日(木)AM10:00~翌AM10:00まで視聴可