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早稲田大学教育学部卒業後、システムエンジニア、プロジェクトマネジメントの実務経験を経て、2011年にスマートメディカル株式会社 取締役ICTセルフケア事業部長就任。音声感情解析技術「Empath」の研究・開発を始め、2017年、同社からスピンオフした株式会社Empathの代表取締役に就任。アフェクティブコンピューティング領域におけるEmpathのビジネス活用を推進している。
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2015年よりEmpathにジョイン。「ICT Spring 2018」や「Challenge Cup Japan 2017」、「Accenture Innovation Award」など、国内外の数々のピッチコンテストで輝かしい成績を収める。国内スタートアップ企業同士の連帯を深めるため、2017年7月よりミートアップ・イベント、Tsumuguを主催。
会話の音声を用い、話者の感情解析を行うサービス「Empath」を提供する株式会社Empath。多彩なサービス活用例の中には、職場における感情解析を通じ、働き手のストレスを軽減するものもあります。
コミュニケーションに対して感情解析がもたらす効果とは。そして、採用現場での活用の可能性は。エンゲージメントや働きやすさが注目されている中で、どのように共存していけばいいのかを、同社CEOの下地貴明さんと、CSOの山崎はずむさんに伺いました。
下地氏:評価者に数万人の音声データを聞かせ、どのような印象を感じるか調査することで、それぞれの声に感情のラベルを付与します。たとえば、ある音声に対して過半数以上の評価者が「喜び」を読み取ったならば、その音声は「喜び」を表現する声として定義されます。
この定義された音声群を声の高さや強さ、抑揚などの各項目において数値化し、機械学習によって傾向をマッピングします。この結果を参考にした推測エンジンによって、あらゆる声がどのような傾向にあるかを推測できるようになりました。
下地氏:8割程度の精度を実現しています。数値が類似している感情は判別が難しいものもありました。たとえば、「喜び」と「怒り」は感情の種類として対極にありますが、声のアタックが強く、立ち上がりのパワーが大きいという共通点があるため、機械の判断基準から考えればよく似た音声と判断されます。人が簡単に理解できる感情の違いを、機械が容易に判断できるとは限りません。そういった部分では、弊社のデータサイエンティストが分析に加わり、正確な判断に近づけるよう研究を重ねております。
下地氏:実は感情解析の領域では、表情や言葉の意味から解析する技術の開発が先に進んでいます。そして、それもようやく商用サービスとして広がり始めた段階。ですから、後発である音声の分野は、そもそも技術をどのように使えば良いのか手探りの段階です。
そこで、私たちは企業との連携を通じてユースケースを増やし、そもそも音声感情解析がどのような領域の課題を解決するために適した技術なのかを模索してきました。
下地氏:現段階では、コールセンターでの利用と親和性が高いと判断しています。コールセンターでは分析の素材となる会話音声がそもそも録れていて、たとえば「商品が売れたかどうか」「売れなくてもどのぐらいまで粘れたのか」などの評価も記録されている。その中に組み込むツールとして、介在しやすいと考えています。
とあるコールセンターでは、オペレーター個々の応対品質に差があることと離職率の高さが課題でした。そこで取り組んだのが、通話音声の解析による、オペレーターの感情の計測です。話者の気分の浮き沈みを「元気度」として可視化した所、オペレーターの気分と成約率との間に相関性が見られました。また計測結果を参考にしたセルフメンタルケアがストレス軽減につながるなど、さまざまな可能性を感じる結果が得られたのです。
下地氏:いろいろな場面で活用できると思いますが、特に二者間の対話における衝突や齟齬を減らすための利用に有効だと考えられます。たとえば上司と部下の1on1ミーティングにおいて「80パーセントはしっかり熱量を伴って部下に届いているが、残りの20パーセントは届いていない」といった結果が得られたとします。その際に「部下がしっかり聞いているのか」だけでなく、上司の言い方や感情なども解析することで、実は上司側にも原因があったのかもしれない。それならば伝え方を工夫してみよう。そういったバランスを見ることもできる技術です。また会議がどれぐらい盛り上がっているのか、チームが実際にうまく回っているのかなども、定期的にデータを取っていくことで把握できると思います。
コールセンターの事例では感情の計測を行ったことでオペレーターがイキイキと働けるようになり、離職を防ぐこともできています。感情や心の調子を可視化することや、それを継続的に確認しながら働くことは、社員自身にとっても、管理者側にとってもメリットが多いのです。
下地氏:レコーディングダイエットが一定の効果を発揮するのと同じ原理です。トラッキングすることで自分自身のメンタルヘルスに意識が及び、客観視できることが大きい。自分の心理状況に応じて働き方やコミュニケーションのとり方を調整することは、誰にとっても有効な方法です。
「なんとなく今日は調子が悪いなあ」と思いながら頑張るのと、「今日は元気度が低いから、無理をせず落ち着いて過ごそう」と決められるのでは、コミュニケーションにかかるコストは大きく異なる。これは管理者側の立場でも同様です。チームのメンバーがどういう状況なのかを客観的に判断することができれば、どう接するべきか選択できます。こういった相互のコミュニケーションへの配慮が、働きやすさを生み出すでしょう。
山崎氏:音声感情解析は必ずしも社員全員が使わなければならないサービスではなく、コミュニケーションのサポートツールとして、必要性を感じる人が役立てていただくものだと考えています。人事・採用の現場であれば、相手の感情を客観的に確認することで、よりスムーズな対話を図れるでしょう。
Empathは国内だけでなく世界50カ国で使用されていますが、海外に目を向けると、日本とは異なるさまざまな背景やニーズが見えてきます。転職が前提である国・地域の場合は、離職を防ぐための手法としてのニーズはありません。むしろ採用面接・面談において、相手の熱量が本当はどれほど高いのかを判断するのに利用したいという声があります。
下地氏:コミュニケーションコストが限りなくゼロに近づいている環境です。二者間が対話するとき、何かしらの衝突が起こることは珍しくありません。お互いの意見を言い合う議論の場であれば問題ないのですが、伝えたいことが正確に伝わらないことで、精神的なストレスが生じることもあるでしょう。
これらのコミュニケーションコストが減れば、私たちはより多くを伝え合い、共感を生み出せるはずです。私たちの企業理念である「共感で全ての対話を”楽”にする」は、こうしたビジョンに根ざしています。
山崎氏:弊社のオフィスには誰が入っても良いオープンスペースがありますが、これは気兼ねなく談笑ができるような環境を意識して設計しました。社内外問わず、仲間をつくることは大切です。フラットな対話の中で相手を知る機会を増やすことや、安心して本音で話せる相手を探すことは、働きやすさにつながると思います。
下地氏:社長が「右」と言えばみんなが右を向くような時代は終わり、今の企業には多様な価値観を持った人が集まってきています。それぞれ違う価値観を持った相手とコミュニケーションをする際に、可視化された感情が1つの手がかりとして役に立てると思っています。
「みんなの熱量が高い」とわかれば、テレワークや副業も安心して解禁できるかもしれない。感情を手がかりに共通認識を持てれば、お互いが幸せなまま、働き方を変えていくことができるのではないでしょうか。
山崎氏:極論を言えば、このような技術を利用しなくてもコミュニケーションコストがゼロになることが一番望ましい。ただ、それは非常に難しいことですから、共感に対して苦手意識を持つ人や、人事・採用の現場で相手を判断する第三者の視点がほしいという人のサポートとして、音声感情解析は活躍するのではないかと思います。
大きな会社の人事・採用担当者だと、必ずしも人事や採用をやりたくて入社した方ばかりではないと思うんです。社内異動で人事部に来たが、コミュニケーションを取ることや相手に共感することが得意ではない、それでも仕事はやらなければならない。そんなときに「この技術があって、ちょっと仕事が楽になったな」と感じていただけたら嬉しいですね。
仕事の現場において、異なる価値観の相手とコミュニケーションエラーなく協業していくことは、必然でありながらも難しい課題です。お互いが言葉を交わす中で相手の感情やコンディションを可視化することができれば、主観に頼った判断とは違った答えが導き出されるかもしれません。
さらに、コミュニケーションコストを削減し、円滑な意思疎通を図れる職場は、離職率の軽減や生産性の向上にもつながるでしょう。一人ひとりのセルフチェックを促せるシステムの導入は、最終的には企業全体の売上利益や顧客満足度を向上させます。
企業課題の多くにかかわるコミュニケーションを突き詰めたとき、そこには日々移ろう感情を伴った“人”がいるのだということを、改めて感じました。
(取材・文/宿木 雪樹、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)、齋藤 裕美子)
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d's JOURNAL編集部
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】