採用市場には変化なんて起こっていないー人事が意識すべき、コミュニケーションの変化

2019.09.03
株式会社キャスター

取締役COO 石倉 秀明

2005年に株式会社リクルートHRマーケティング入社。アルバイトや中途採用領域の求人広告営業、チームマネジメント、事業企画などを経験。その後は株式会社リブセンスで主力事業「ジョブセンス」事業責任者を、株式会社ディー・エヌ・エーでEC事業本部の営業責任者や採用責任者などを歴任。2016年に株式会社働き方ファームを設立して代表に就任し、スタートアップを中心とした企業の新規事業支援、採用支援などを行う。同年10月より株式会社キャスター取締役COOに就任。2018年8月より、仕事と人の出会いをカンタンにするコミュニケーションサービス「bosyu」の運営を開始。2019年7月には「bosyu」事業を株式会社キャスターから分社化し、株式会社bosyuの代表取締役に就任。

採用手法が変化しているのではなく、コミュニケーションの在り方が変わっているだけ
やるべきことをさぼらない。しかし、きれいに伝えようとし過ぎない
仕事を多様にするには、仕事を生み出す側を多様にしたほうがいい

働き方に対する個人の意識が多様化する中で、新たな採用手法も次々と生み出されてきました。採用サイトやSNSによる情報発信、リファラル採用、採用広報への取り組みなど、フットワーク軽くさまざまな手法を導入している企業も多いのではないでしょうか。一方、限られた人事リソースで効果的な採用活動を行っていくためにはどんな手段を選択すべきなのか、頭を悩ませている方も多いはず。

そこで今回は、HRに関連するさまざまなポジションや事業立ち上げの経験を持つ石倉秀明さんにお話を伺います。石倉さんは働く場所や時間、雇用形態、社内外の区別などあらゆる境界が曖昧である「ボーダレス組織」を提唱し、株式会社キャスターの取締役COOとして、“SNSを使ったカンタン募集サービス”の「bosyu」を展開。2019年7月1日には株式会社bosyuとしての分社化が発表され、新たに代表取締役に就任しました。まさに採用手法の最新トレンドにいる経営者と言えるでしょう。

これから注目すべき採用手法とは――?

(前編記事:『個人が制約なく働ける会社は、事業も強い―中小企業がボーダレス組織を目指すべき理由』)

採用手法が変化しているのではなく、コミュニケーションの在り方が変わっているだけ

かつて採用と言えば求人広告や人材紹介サービスを介することが一般的でしたが、最近では企業が独自に取り組む採用手法も増えてきました。石倉さんは今後、どんな採用手法が残っていくと見ていますか?

採用手法が変化しているのではなく、コミュニケーションの在り方が変わっているだけ

石倉氏:まず思うのは、HR市場というよりも、世の中全体で「情報の流通」に変化が起きているということです。採用手法が変わってきているというけれど、それは個人が情報を得る方法の変化によって起きていること。以前と比べて、企業と個人が出会うコストは確実に下がっています。かつては求人広告の営業担当がいないと、中小企業は求職者に知ってもらうことさえできませんでした。でも今は、ネットやSNSをフル活用すれば、中小企業でも個人事業主でも知ってもらうことができます。

採用市場そのものが変わってきているわけではない?

石倉氏:少なくとも僕は、「採用市場が変化している」という捉え方は、あまりしたことがないんです。普段みんなが使っている、コミュニケーション手法に影響されているだけだと思っています。リファラル採用やSNS採用、ダイレクト・ソーシング、採用広報などがトレンドっぽく言われているのは、「届ける手段があるんだから、それを活用して届けようぜ」ということでしかない。

とは言え、みんながみんな上手に発信できるかというと、そうではないんですよね。伝えたいことをうまくアウトプットできないからお金を払ってメッセージをくみ取ってもらい、発信してもらう。求人広告やエージェントが今も必要とされるのはそうした背景があるからでしょう。また、企業としては「“自分の会社はすごい”と自分で言うのはイタいな」と感じるシーンもあるかもしれない。そんなときは外部の人や広告に言ってもらうことにも意味があります。自分でも言うし、人にも言ってもらう。

確かに「情報を届けるための手段」という点では同じですね。

石倉氏:結果的に、自社で働きたいと思う人に情報が届けばいいということですよね。その手法は同じ会社でも、職種によって違うかもしれません。採用だけを特別に考える必要はなくて、サービスをつくって世に広めていくことと何も変わらないんです。

自社で働きたいと思う人に情報が届けばいい

やるべきことをさぼらない。しかし、きれいに伝えようとし過ぎない

世の中全体で「情報の対称性」に変化が起きている。それを理解した上で、採用担当者は何に注力すべきでしょうか。

石倉氏:今と比べて、10年前のほうが人を集めやすかったのは事実だと思います。応募者がたくさん集まることを前提にしていて、どうやってスクリーニングをかけるかが重要でした。しかし今は自社で伝えるにせよ誰かに伝えてもらうにせよ、人をたくさん集めることは難しくなりました。働く側もA社だけじゃなく、同時にB社でも働くような時代です。だからこそ、採用活動におけるコミュニケーションの在り方を考えなければいけないと思います。大原則としては「さぼっちゃダメ」ですね。

さぼっちゃダメ…ですか。

石倉氏:そう、発信することの手を抜いちゃダメということですね。なかなか人を集められない時代だからこそ、昔より「やるべきことをさぼらない」ことの価値が高いと思うんです。面倒なことでもやり続けられるかどうか。凡事を徹底できるかどうか。「自分たちのことを発信しよう」と考えるのは当たり前として、それを面倒くさがらずに続けるということですね。採用担当者が集まるイベントに登壇すると「スカウトで返信が来るコツは?」といったことも質問されますが、「それを聞く時間があったらもう1通スカウトを打ちましょう!」とお答えしています。

サボっちゃだめ

確かに行動してみることは大事ですね。では、「伝え方」についてはいかがでしょうか?

石倉氏:何をメッセージとするか、どんなふうに伝えるかは企業や経営者の考え方によるでしょう。ただ、自分たちのことを伝えるときに「きれいな言葉で伝えようとし過ぎない」ことは心掛けるべきかもしれません。たとえばベンチャーならどんな会社でも「裁量がある」と言うけれど、働く人に裁量がないベンチャー企業ってそもそもマズいじゃないですか。「働きやすい会社」と言うけれど、自分から働きにくいと言う会社もないですよね。きれいな言葉はとかく表面的になりがちで、求職者には伝わりません。自分たちの会社の良さは何なのか。それを点検すれば、まだまだ言語化されていないことに気付くのではないでしょうか。「なんかここが好きだなぁ」という定性的な部分でもいいと思います。テキストだけでは表しきれないなら、動画という方法もあります。

伝え方はさまざまにあると。御社ではどのように工夫されていますか?

石倉氏:選考過程での工夫になりますが、bosyu社ではでは選考中の方とNDAを取り交わして、社内コミュニケーションで使っているSlackに1週間ほど入ってもらうような取り組みをしたこともあります。Slackの中では日々の業務に関わるリアルな会話が交わされているので、その様子を見ることは社内にいるようなもの。そうやって実態を理解してもらうことで、面談や会食ではわからないことも伝わるようになりました。言語化しようとしてもうまく表せないことって、うちにもあるんです。そのギャップを埋めるための方法ですね。

Slackに1週間ほど入ってもらうような取り組み

仕事を多様にするには、仕事を生み出す側を多様にしたほうがいい

7月に分社化が発表された「bosyu」についても伺いたいと思います。

石倉氏:「bosyu」は、人を募集するための文言を入力するだけでSNSシェア用の画像が自動生成され、応募があればそのまま、SNS上でのテキストコミュニケーションが始められるサービスです。「募集を出す」「募集に応募する」という双方のハードルを低くして、コミュニティづくりや相談相手の募集、求職者側から自分をアピールする「#逆bosyu」など、幅広く使われています。7月からは分社化して僕が代表を務め、よりサービス開発を強化していく体制となりました。

石倉さんはどのような想いでこの事業を手掛けているのでしょう?

石倉氏:僕は、(前編でもお話しした通り)働く場所や時間、雇用形態、社内外の区別などあらゆる境界が曖昧である「ボーダレス組織」がこれから必要とされる組織の在り方だと考えています。以前からずっと、仕事のやり方や、仕事自体が硬直化している気がしていました。「週5日で働くか、週4日で働くか」といった選択肢だけではなく、働き方はもっとたくさんあっていいはずじゃないかと。働く人のパターンが多様にならないのは、仕事側が多様にならないからではないかとも考えていました。「bosyu」にはそんな仮説をぶつけています。仕事を多様にするには、仕事を生み出す側を多様にしたほうがいい。だから法人だけでなく、個人にも募集を出してもらえるようにしたんです。仕事を生み出し、成果に対して対価を払う。それを個人でもできるようにしました。

従来は企業が生み出す仕事を「引き受けるだけ」だった個人が、「仕事を生み出す側」に回れるということですね。そうしたニーズの種を察知したきっかけはあったのでしょうか。

石倉氏:いえ、ニーズ調査なんてやっていません。「こっちの世界のほうがいいはず」という僕たちのエゴから生まれたものです。ニーズとは自分たちでつくるもの。こっちのほうがいいじゃん、と旗を立てるのが新規事業です。自動車がまだ世の中に存在しなかったころ、馬車を利用している人は「もっと速く走れる馬が欲しい」とは思っても、「自動車が欲しい」とは思っていなかったはずですよね。キャスターが展開するオンラインアシスタント事業も、世の中に存在していなかったころは、そうしたサービスの可能性があることさえ気付かれていませんでした。同じような変化を「bosyu」でも起こしていきたいと思っています。大手自動車メーカーのエンジニアの仕事も、近所に住んでいる人に2時間の子守を頼む仕事も、「bosyu」では同列です。経営者が雇う側で、個人が仕事をもらう側だったこれまでの常識にとらわれず、主と従をどんどんごちゃ混ぜにしていきたいですね。

どんどんごちゃごちゃに

【取材後記】

採用市場はどう変化していくのか。生き残っていく採用手法は何か。そんなインタビューテーマを設けて臨んだ取材でしたが、石倉さんのお話を伺って感じたのは「変化にばかり目が行きがちな自分」でした。求職者に自社のありのままを知ってもらうこと。それが採用活動の入り口であることは変わらないはずなのに、世の中の変化に引っ張られて生まれるトレンドを追いかけることに時間を費やしてはいないでしょうか。「働き方はもっとたくさんあっていいはず」という石倉さんの言葉もまた本質的でした。雇う側と仕事をもらう側が柔軟に入れ替わり、仕事が多様になることで働く人のパターンも増えていく。「bosyu」が立てた旗に呼応する人が増えている今だからこそ、私たちは採用活動の原点に立ち戻って、飾らないメッセージをさぼらずに発信し続けるべきなのでしょう。

(取材・文/多田 慎介、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)