日常業務にこそ組織拡大の秘訣がある。目まぐるしいニーズ変化に対応できる組織づくりとは?

弁護士法人GVA法律事務所

弁護士/パートナー 小名木 俊太郎(おなぎ しゅんたろう)

2008年慶応義塾大学法学部卒、明治大学法科大学院を経て、2011年、最高裁判所にて司法研修。八重洲総合法律事務所入所後、東証一部上場企業法務部へ出向。2016年GVA法律事務所に入所し、2018年より現職。2016年からand factory株式会社の社外監査役を務める。

日本ベンチャー企業の海外進出を法務面で支えるためのインフラづくり
従来の法務を超えた、多方面への幅広いコンサルティング力が求められている
日常業務の積み重ねが、組織の品質向上につながる

一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会によると、日米のスタートアップ企業への投資規模は、日本の0.4兆円に対して、アメリカは14兆円に上り、実に約37倍と差は歴然としています。産業構造を変化させるベンチャー企業は、本来、成長戦略の要と言えます。その原因の一つに市場規模があります。国内市場だけで終わるのか、それとも海外市場も狙えるのか。企業の海外展開をサポートする「グローバル法務」とベンチャー企業への法務サービスの提供を行う「ベンチャー法務」の2軸を中核業務とする、弁護士法人GVA法律事務所。同所の小名木俊太郎弁護士(以下、小名木氏)は、「今後、世界中に挑戦する日本ベンチャー企業への法務面でのサポートが、海外進出を支えるためのインフラになる」と語ります。目まぐるしく状況が変化するベンチャー企業をクライアントとして対応する法律事務所の人材採用と組織づくりについて伺いました。

日本ベンチャー企業の海外進出を法務面で支えるためのインフラづくり

新型コロナウイルス感染症によって経済への影響が深刻化してきています。貴所のクライアントは7割がベンチャー企業で、そのうちの9割をIT関連企業が占めるそうですが、何か影響はありましたでしょうか。

小名木氏:総じて、ベンチャー業界は新型コロナウイルスによる影響は少なく、むしろIT関連企業は受注を伸ばしているのが特徴です。リモートワークが注目されているように、日本では再びIT投資が増えてくるのではないでしょうか。日本のベンチャー企業への投資も、この10年で様変わりしました。VC(ベンチャーキャピタル)が次々に組成され、2018年度の投資額は約4,500億円。10年前が概ね900億円規模でしたので、5倍になりました。私たちのクライアントには、FinTech(フィンテック)・HealthTech(ヘルステック)・AI・クラウド関連が多いです。特にヘルステックは今回の新型コロナウイルスによって、感染症対策や健康維持のための新しいサービスが注目されていますから、今まで以上に熱い市場になりそうです。

世界の法律事務所と提携してネットワークを広げていますが、日本のベンチャー企業の海外進出は、どのような現状なのでしょうか。

小名木氏:アメリカや中国では、投資額が1,000億円から1兆円という巨大ベンチャーが誕生しています。日本のベンチャー企業も、最初から海外市場を狙ったビジネスを構築してほしいと思います。なぜなら、日本のベンチャー企業には潜在能力があるところが多いので、海外で戦える素地は十分に備わっているのです。そのためにも、私たちはベンチャー企業が海外に進出する際に、現地法人を設立するなど企業の海外展開を法務の面からサポートすることを事業の柱としています。弊所が総合的に海外進出を支援する「インフラ」になることで、日本企業が積極的に海外進出できるようにしたいですね。いずれは海外VCと日本のベンチャー企業をつなぎ合わせる仕事にも幅を広げたいと考えています。

実際に、国際法務を柔軟に対応できる法律事務所は、まだ日本には少ないので、私たちはここを成長分野と位置づけて、海外進出のサポートに力を入れています。そのために支店をタイに設け、マレーシアやフィリピンといった東南アジアには、それぞれに担当弁護士を置いてサービスを展開しています。ベンチャー企業の海外進出を増やしていくことが、私たちのミッションですから、日本のベンチャー企業が多く進出している、アメリカや欧州の現地に、今後は弊所の弁護士を駐在させるなど、世界中に事業を拡大し、強力なインフラを構築する予定です。

日本ベンチャー企業の海外進出を法務面で支えるためのインフラづくり

従来の法務を超えた、多方面への幅広いコンサルティング力が求められている

新型コロナのまん延やIT化の波を受け、どのような対応をベンチャー企業から求められているのでしょうか。

小名木氏:クライアントからの相談は、対面ではなく、Slackなどのビジネスチャットツール上でやりとりを行うことがかなり増えてきました。緊急事態宣言下では、弊所も在宅勤務を実施していましたが、クライアントのコロナ対応に対する法務的な相談は、そのときがまさにピークでした。リモートワークが可能な環境を整えておいたことは、有事の際にクライアントを支援する重要なポイントだったと思います

IT化と言えば、企業法務を提供するためにソフトウエアやテクノロジーを活用する、いわゆるリーガルテックが弁護士業務を大きく変化させています。現在は契約書のチェックソフトを利用していますが、今回の新型コロナウイルス支援策の雇用調整助成金の申請や、自粛下での法人登記などの業務は、今後AIが担い、自動化されていくでしょう。これまで書類に書きこんでチェックをしなければならなかった業務から、弁護士や司法書士は解放されることになります。そうなったときに企業が私たちに求めることは、従来の法務を超えた幅広いコンサルティング力ではないでしょうか。それに応えられる体制づくりが急務です。

リーガルテックなどITインフラの整備や、クライアントのビジネスを推進させるための法務アドバイスを行うためには、どのような体制づくりをされているのでしょうか。

小名木氏:旧来の弁護士事務所では、個々の弁護士が自分でクライアントを探してきて、自分の仕事だけを行う傾向がありました。しかし、企業法務では複数の弁護士で仕事を共有することによって、より多くのクライアントのニーズに対応できるようにしています。なぜなら、企業法務にて取り扱う業務内容は多岐にわたります。特に弊所の場合は、法律相談や海外事業展開の経営コンサル、新しく生み出されるベンチャー企業のビジネスモデルの深い理解など業務が幅広く、スタッフ1人でこなすには限界があるからです。各々の得意分野を持った弁護士同士でお互いを補完し合えるチーム体制でないと、クライアントのニーズに柔軟に応えられなくなると考えています。

さらに、リーガルテックに加えてスタッフ同士による補完関係をつくることで、弁護士業務はますます効率化が進みます。そして、空いた時間を有意義に使うことで、ビジネストレンドの研究や、グローバルな情報を収集、あるいは人脈形成にも力を入れられるようになりますので、クライアントへの利便性の高いサービスの提供へとつながります。弁護士は法律知識を軸にして、クライアントと一緒にビジネスそのものをつくりあげる。経営判断に寄与するコンサルティングとして、クライアントの業務をサポートできる人材が求められてくると思います。

従来の法務を超えた、多方面への幅広いコンサルティング力が求められている

日常業務の積み重ねが、組織の品質向上につながる

ベンチャー法務とグローバル法務を柱に、リーガルテックを推進する上で、どのような人材を採用されているのでしょうか。

小名木氏:弁護士としての経験や実績よりも、「組織が大きくなることで自分の可能性も広がる」ことを理解できる人材を採用しています。私は、組織を大きくするための作業は、訴訟といった表向きのものではなく、法律相談や契約書のチェックなどの日常業務にあると思っています。しかし、このような日常業務を積み重ねていくことでしか、組織は大きくて力強いものにならないというのが、私の考えです。

ビジネスチャット上でクライアントとのやりとりが行えた背景にも、最初にアイデアを出して率先して整備してくれたスタッフがいます。そのおかげで、今回のコロナ自粛下であっても、事務所としての業務は滞りなく行えました。あるいは、契約書のひな型をつくる作業も一見地味ですが重要な業務です。日常業務の積み重ねが、組織の品質向上につながっています。今までは3人必要だった業務が2人で済む、あるいは業務時間が減る。その空いた人材や時間をほかの業務に回すことで、新しいことに取り組むことができます。この好循環をつくり出すため、日常業務の大切さを理解し、モチベーションを高く持った人材の採用が組織づくりのポイントです。

具体的には、どのような基準を設けているのでしょうか。

小名木氏:弊所は、「世界中の挑戦者を支えるインフラになる」という理念を実現させるために、3つのバリューを定めています。「ZENTAI SAITEKI(全体最適)」「Adapt to Change(変化への適応)」「As a Good Team(チームワーク)」の3つです。私たちの使命は、クライアントの経営判断に役立ち、ビジネスを推進させるための法務アドバイスを提供することです。これを「全体最適の法務サービス」として、各企業の成長段階に関する知見、ビジネス業種に関する知見、グローバル展開に関する知見の3つに対する経験が求められます。

特にベンチャー企業やIT業界は変化が激しく、法務環境も日々変化します。これに対応する企業法務を提供するには、変化に適応できる資質が必要です。

最後に組織としての弁護士業務ができること。弁護士や司法書士、そしてスタッフの力を最大限に発揮するための環境を整えることも、大事な仕事の一つです。「組織を大きくすることで結果として自分の可能性が広がること」をしっかりと認識して、組織に資する行動を行うことをメンバーには求めています。そのためにも、私たちはこの3つのバリューを理解し、共感してくれる人材を常に探しています。

有資格者であるかと同時に、やはり現場経験の有無も重要な採用基準の一つでしょうか。

小名木氏:有資格者ということは、実際に現場での経験があってもなくても、一定の技術、技量を持っています。それが資格というものですから、採用のときにはあまり重視しません。それよりも、考え方や目指すべき価値観が合っているかが最も重要です。そして、そういった人材の方が、もともと自分が取り組みたい分野の仕事にも挑戦できる環境をつくることも忘れてはいけません。なぜなら「全体最適」「変化への適応」「チームワーク」の3つを有している人材は自己実現が早く、モチベーションを高く持って自分がやりたかった仕事に取り組みます。弊社としてもベンチャー企業のサポートに限らず、そして国の内外に関係なく、幅広い案件を回せるような体制づくりを続けなければいけません。

日常業務の積み重ねが、組織の品質向上につながる

取材後記

ベンチャー企業の変化は目まぐるしく、激しく方向転換しながら成長していきます。そんな彼らをクライアントに持つGVA法律事務所も、その変化に対応できるような柔軟でしなやかな組織づくりを目指していました。挑戦者を支えるインフラとなるために「全体最適」「変化への適応」「チームワーク」という3つの資質を有する人材を常に探していると小名木氏は語りましたが、その3つこそが自己実現に欠かせないものだという考え方には、とても納得できました。また、弁護士という仕事であっても、日常業務によって人が育ち、組織も大きくなるという考えには、スキル重視で採用しがちな中途採用を見直すきっかけになるのではないでしょうか。

取材・文/藤岡雅 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部