博士たちがチームを組み、イノベーションに挑む。急成長するユーグレナ社、その躍進は「知の力」が支えている

株式会社ユーグレナ

執行役員研究開発担当
博士(農学)/博士(医学)
鈴木 健吾(すずき けんご)

2003年、東京大学農学部生物システム工学専修卒業。2005年、株式会社ユーグレナ取締役に就任。2006年、東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。2016年、東京大学大学院博士(農学)学位取得。2018年、理化学研究所微細藻類生産制御技術研究チーム チームリーダー就任、株式会社ユーグレナ執行役員研究開発担当就任。2019年、北里大学大学院博士(医学)学位取得。2019年よりマレーシア工科大学マレーシア日本国際工科院客員教授と東北大学未来型医療創造卓越大学院プログラム特任教授を兼任。

ユーグレナは二酸化炭素を削減する
正解の見えない課題に挑む
受け入れ側にも求められるリテラシー
博士チームがイノベーションを創発する
常にゴールをイメージせよ

人と地球を健康にするため、バイオテクノロジーで社会課題を解決したい。そんな研究者のビジョンを原動力に、株式会社ユーグレナは立ち上がりました。微細藻類ユーグレナ、つまりミドリムシを大量培養し、バイオ燃料や健康食品に変えて社会に提供する。その成果により2012年度の売上高15億8600万円が、2018年度には151億7500万円と、わずか6年間で約10倍にまで急成長しています。

微細藻類ユーグレナ(以下、ユーグレナ)を一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にも活用する、複眼的な事業展開を支えているのが、同社の博士人材です。自ら農学と医学の2つの博士号を持ち、研究開発担当の執行役員を務める鈴木健吾氏(以下、鈴木氏)は、異なる分野の博士たちがチームを組み、お互いに刺激し合う中で生まれる創発力こそが、同社の最大の強みだと語ります。一般には「使いづらい」人材などと敬遠されがちな博士の力を、同社はどのように引き出しているのでしょうか。

鈴木健吾

ユーグレナは二酸化炭素を削減する

そもそも、なぜユーグレナ、つまりミドリムシに目を付けたのでしょうか。

鈴木氏:大学の学部時代から注目していました。ユーグレナはとにかく繁殖力が強く、1日で倍ぐらいに増えるのです。言わば複利的に増える力を活用すれば、何か世の中の問題解決に役立つはずだと考えました。同じような植物プランクトンであるクロレラがすでに商品化され一定の市場を獲得していましたから、ユーグレナの市場ができても決して不思議な話ではありません。そういう意味では、最初から事業性の目算は持っていたのです。

では最初から健康食品市場が頭にあったのですね。

鈴木氏:いや、当初のテーマは二酸化炭素の削減です。ユーグレナは光と二酸化炭素があれば、あとは微量の栄養素だけで育ちます。だからユーグレナを大量培養すれば、二酸化炭素削減につながる。まず大量培養した上で、どのように活用すればいいのかと考えを進めていきました。考慮すべきポイントは、人にとって付加価値の高い利用法であること。そこからバイオ燃料や健康食品、化粧品などへとアイデアが広がっていったのです。

最近ではテレビコマーシャルをよく見かけます。

鈴木氏:今はヘルスケア領域の売上が増えています。とは言え次のビジネス、エネルギー環境事業であるバイオ燃料の生産も立ち上がっています。欧州に乗り入れる航空便に関しては国により、燃料の一部をバイオ燃料とする規制がありますから。さまざまなバイオ燃料がある中でも、ユーグレナ由来の脂質はジェット燃料への加工しやすさで注目されています。

ユーグレナは二酸化炭素を削減する

正解の見えない課題に挑む

創業以来、ずっと研究担当でやってこられて、いろいろ苦労されたのではないですか。

鈴木氏:誰もやったことのないテーマに挑戦するのですから、本当にいろいろ苦労してきました。中でも大きくは2つあり、第1が、ユーグレナの大量培養など過去に誰も取り組んでいなかったことです。だからそもそも大量培養できるのかどうかさえわからない。正解がないかもしれない課題に挑むのは精神的にかなりの負担でした。第2は、何とか培養に成功したとしても、それが売れるのかどうかもわかりません。この問題は私の専門領域である自然科学ではなく、経済学など人文科学のフィールドに属していますから、やはり容易に正解にはたどり着けなかったのです。

ベンチャーでは、研究者だからと言って研究だけしていればよいというわけではないのですね。

鈴木氏:研究とは、必然的にパラドックスを孕むものです。つまりその研究が最先端であればあるほど、研究者の価値観を理解し共感してくれる人はごく限られてしまいます。すなわち研究の価値を社会が理解してくれる可能性がとても低くなるのです。もちろん研究者自身は「世の中のためになる、すごく良いことをやっている」つもりです。ところがそうした態度は、ともすると周りには独善的に映りがちです。しかも、前例のない研究であれば、それが本当に役に立つと証明する手段も容易には手に入りません。これは研究の適切なリソース配分にも関わる重要な論点です。結果的にどうしても「わかりやすい」研究にリソース配分が偏りがちで、「現時点ではわかりづらい、けれども未来を変える可能性の高い」研究がないがしろにされる。そんな傾向が見受けられます。

受け入れ側にも求められるリテラシー

専門性の際立った研究を正しく評価するのは確かに難しい課題です。

鈴木氏:専門性が高まるほどに、評価の難易度も高まるでしょう。これは博士人材のような研究者を採用するときにも共通する課題です。その才能が専門性という観点から飛び抜けているほど、評価は難しくなりがちです。そのため当社では研究系の人材採用には、必ず私が関わるようになっています。

博士人材を評価するポイントはどこでしょうか。

鈴木氏:基本的に、論理的思考能力に極めて優れていることは当然ですが、採用側の視点としてはコミュニケーション能力も欠かせません。博士人材だからと言って一人で研究に取り組むわけではなく、企業ではチームを組んで開発に当たるわけですから。その上で、当社の理念に共感していて熱意を持っているかを見極めるよう意識しています。

博士を相手にコミュニケーションを取るのは難しいのでは。

鈴木氏:まずお互いが同じ土俵に上がることが必要です。自分は研究者なのだから、自分と同程度の専門知識を持っていない相手とは話ができない…、そんな態度ではコミュニケーションは成り立ちません。どうすれば話を理解してもらえるのかを、研究者自らが考えるべきです。一方では受け入れる側にも努力が求められます。その研究者がどのような専門性を持っているのか、研究をどのように進めてきたのか、これまでの成果を企業での活動にどのように活かそうとしているのか、こうしたポイントを理解する必要があります。受け入れる側が最低限のリテラシーを身に付けた上で、それでも理解できない部分については相手をリスペクトする。100%は理解できないとしても「解」を持っているのは研究者だとの前提で、対話する心構えが求められます

受け入れ側にも求められるリテラシー

博士チームがイノベーションを創発する

ユーグレナ社では研究者がプロジェクトごとにチームを組むそうですが、異なる専門性を持つ博士たちでチームを組めるのでしょうか。

鈴木氏:専門性を持った人材がチームに加わると、チーム全体の思考に多様性が生まれます。その結果、解決できる課題の幅が広がるのです。ユーグレナ社では新たな課題を解決するために、仮に建築関連の専門知識が必要であれば、ためらうことなくその領域の研究者を獲得します。この4月には医師免許を持つ医学博士をチームに招きました。狙いは、我々のノウハウをメディカルの領域に展開することです。一人新たな研究者が加われば、メンバーの思考の幅が間違いなく広がります。

経営メンバーとしては、博士人材の価値をどのように評価していますか。

鈴木氏:表面化していない問題を自ら発見し、仮説を立てた上で検証する。これが研究です。世界初の成果を出し、論文にまとめ上げる能力も備えていなければ、博士号は取得できません。「表面化していない問題」を「誰も気づいていないニーズ、すなわちシーズ」と置き換えて、一連のプロセスを見直してみてください。これこそはまさに、破壊的イノベーションが引き起こされる過程そのものではないでしょうか。既存の価値観の中からは生み出せない新しい価値を創造し、業績を一気に伸ばしてくれる。そんな可能性を秘めた人材が博士だと思います。

御社のように社内に何人も博士人材を抱えていれば、オープンイノベーションに取り組む必要はなさそうですね。

鈴木氏:それはまったく違います。我々はオープンイノベーションや共同研究に積極的に取り組んでいます。今や研究分野は限りなく広がっているから、その最先端に取り組んでいる研究室と協働する中で、新たな刺激や知見を得る機会は非常に多いのです。ただし、何でもかんでもオープンイノベーションすればいいというのではなく、まず自分たちがコアな領域を確立した上で、さらに研究者たちと協働するために必要なリテラシーを培っておく必要があります。パートナーとなる研究者の研究内容をできる限り深く理解した上で、自分たちにとってのゴールのイメージも明確にして共有しておかないと、一緒に研究してみたけれど思ったような成果を得られなかった、といった結果に終わってしまうのではないでしょうか。

博士と一緒に仕事をする側にも、それなりの用意が必要ということでしょうか。

鈴木氏:そこはお互いさまという部分もあります。研究者サイドが「どうせわからないだろう」と高をくくっているケースもあるかもしれません。けれども、伝わらないことを恐れず、最初は理解されないとしてもコミュニケーションし続ける姿勢を維持できれば、必ず接点は見つかります。受け入れる側は、自分にはよくわからなくても優れたサイエンスが世の中を変える、という前提で話を聴いてほしい。自分が理解できる領域にしか投資しないなどと限定せず、自分の理解とはかけ離れたところにこそ答えがあるという可能性に賭ける。そのように両者がお互いを尊重し合えるチームを組めれば、そこでイノベーションが起こるのだと思います。そもそも自社の価値観に染まりきっている人には、その価値観を打ち破るイノベーションなど起こせるはずがないでしょう。だからこそオープンイノベーションに取り組むのではないでしょうか。

博士チームがイノベーションを創発する

常にゴールをイメージせよ

おそらく今後はイノベーティブな企業ほど、博士人材の活用に力を入れると予想されます。そうした状況を踏まえて、博士たちはどのように未来を考えればよいのでしょうか。

鈴木氏:自分の研究が成功した暁には、何がどのように変わるのか。最終的なゴールイメージを常に意識し続けてください。その際には一人で考え込まずに、自分の目指す将来像をまわりにどんどん打ち明けるとよいのです。どうせわかってもらえないなどと諦めるのではなく、どう話せばわかってもらえるのかと考えてほしいですね。

ご自身がそういう経験をされてきたのですか。

鈴木氏:私も出雲(現・社長)にユーグレナの研究をしたいと相談したのが、全ての始まりです。振り返れば、学生時代の私は、ユーグレナを世の中で活用したいんだと、いつも周りに話していました。そんな中でさまざまなフィードバックをもらい、共感してくれる人と一緒に研究テーマを育ててきた実感があります。

いま社外でもさまざまなポジションを務めておられますね。

鈴木氏:理化学研究所で微細藻類のモレキュラーバイオロジーを軸とした生産制御技術を研究するチームのリーダー、マレーシア工科大学バイオエンジニアリングの客員教授、東北大学では医療系プログラムの特任教授を務めています。もちろん自分の研究を進めながらではありますが、いずれのポジションでも博士号取得を目指す人たちの指導にも力を入れています。博士とは、未来を切り拓く力を持つ人材です。しかも、一人の博士ではなく、異なる分野の博士が集まってチームを組めば問題解決の可能性は飛躍的に高まります。そんな博士を一人でも多く育てることは、私にとっての重要課題です。

常にゴールをイメージせよ

取材後記

博士は使いづらい、などとよく言われます。けれども、その問題は、使われる側だけではなく、使う側にもあるのだと鈴木氏は教えてくれました。可能な限りコミュニケーションを図る努力をした上で、相手をリスペクトする姿勢を忘れない。さらに博士を1人だけ雇うのではなく、できる限りチームを組んで課題に取り組んでもらう。しかも、異なる分野の研究者を集める。そこで自然に起こる知の創発がイノベーションにつながる。同社の躍進には博士チームの力が大きく貢献しているはずです。博士人材をいかに活用し、業績を伸ばすのか。同社の取り組みと歩みは、格好のモデルケースになるのではないでしょうか。

取材・文/竹林 篤実、撮影/カケマコト、編集/竹林 篤実