「モチベーションの自家発電」で組織課題に向き合う。製造業界に一石を投じるキャディ

2020.11.16
キャディ株式会社

CTO 小橋昭文(こばし・あきふみ)

スタンフォード大学・大学院で電子工学を専攻。在学中から航空機や軍事機器の開発製造会社、ロッキード・マーティン米国本社で4年超勤務。米クアルコムにて半導体セキュリティー強化に従事した後、Apple米国本社で電池の持続性改善や、『AirPods』のセンサー部分の開発をリード。2017年11月に、キャディ株式会社を代表の加藤勇志郎氏と共同創業。

「エンジニアが主役の組織づくり」をする理由
製造業のエンジニアがモチベーション維持のために必要なこと
ユーザーに良い体験を届けるための開発をする「最高のエンジニア集団をつくりたい」

世はまさに、エンジニア採用の戦国時代。「エンジニア採用がなかなかうまくいかない」「エンジニアのマネジメントが難しい」という課題に直面する企業の声をよく聞きます。

日本初の製造業の受発注プラットフォーム「CADDi」を提供するキャディ株式会社は、「エンジニアが主役の組織づくり」を掲げています。創業2年半ほどでサービスの利用社数が5000社を突破した同社は、約3分の1の社員がエンジニアです。急成長するスタートアップ企業は、どのようなHR戦略を立てているのでしょうか?新しいエンジニア採用・組織づくりのヒントを、キャディ株式会社 CTO 小橋昭文氏に伺います。
(※記事中の写真はキャディ社提供)

「エンジニアが主役の組織づくり」をする理由

 

――急成長する貴社の「エンジニアが主役の組織づくり」、HR戦略について教えてください。

小橋氏:まずお伝えしたいのは、私たちが「エンジニアが主役の組織づくり」をする理由です。それは「テクノロジーで、製造業の部品加工分野の業界構造をイノベーションする」というかつてないチャレンジをしているからです。

製造業は歴史が長い業界で、部品加工においては昔から続く複雑な構造のまま。特に、金属加工の特注品は、多品種少量での注文のため「どの工場に依頼すればいいのか見極めることが難しい」「相場がないから、価格を下げるには相見積もりをするしかない」など、さまざまな課題を抱えています。

こうした取引コストは、他業界にも存在する普遍的な課題です。ただ、専門用語が多くて工場ごとに使用する用語が異なる製造業においては、テクノロジーで各社の足並みをそろえることが難しく、これまでは課題の解決が難しいと考えられていました。

製造業界にイノベーションを起こすには、エンジニアが活躍できる組織が必要だった

――貴社は、その「製造業界が抱える根深い課題」に向き合っている、ということでしょうか?

小橋氏:はい。しかし、これまで誰も解決できなかった課題だからこそ、また既存のテクノロジーでは通用しない課題だからこそ、ハードルは高い。だから、新しいやり方を追求していかなければならないし、技術面で工夫を重ねていかなければなりません。

そんな課題解決に必要不可欠なのが、エンジニアの存在なんです。イノベーションを起こすには、技術とビジネスをつなげ、実行に移せるマインドを持ったエンジニアが必要。こうした理由から、弊社はエンジニアがスキルを発揮できる組織づくりを目指しています。

――実際にどのようなエンジニアを求めているのでしょうか?

小橋氏:事業の成長過程によって、必要なスキルや人物像はどんどん変化していきます。そのため、採用要件も常に見直しをしています。例えば、創業期は自動解析の不確実性が高かったので、自動解析のスキルをもった人材を中心に求めていました。事業が成長してステークホルダーの数が増えてきた段階では、複雑なデータ管理を得意とした人材を求めるようになっていきましたね。

採用要件は、事業のフェーズによって振り子のように変わるので「どんな人材を採用することで事業がスケールするのか」と考え続けなければなりません。加えて「半年後にこんなスキルをもった人材が必要になりそうだから、今から探そう」と先を見越してアンテナを張るように意識しています。

――「今のフェーズで必要な人材」「近い未来で必要になるであろう人材」の両軸で考えながら、その都度、採用要件を見直しているのですね。

小橋氏:その通りです。ただ「ミッションとバリューへの共感」だけは、創業時から変わらずに重要視しています。

弊社には、元高校教師や設計図の解析を20年間極めた方、国際情報オリンピック銀メダリストなど、さまざまなバックグラウンドのメンバーがいます。入社の決め手も「モノづくりの世界と向き合いたい」「テクノロジーの道を極めたい」などそれぞれ違います。そんな多種多様なメンバーにひとつだけ共通することが「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションと、バリューに共感してくれたことなんです。

異質性のあるエンジニアメンバーは、「ミッションとバリューへの共感」でつながる

――目的地が一致した上での採用…本質的で大切な部分ですね。ただ、共感という目に見えないものを採用基準にするのは、難しい気がします。

小橋氏:確かにそうだと思います。なので、転職希望者には弊社が大切にしていることを事前に理解してもらい、そこに共感する人が応募をする、という仕組みをつくっています。

エンジニア採用については、「エンジニア専用の採用ページ」でミッションとバリュー、その他さまざまなメッセージを伝えています。事業の紹介やキャディの技術について、転職希望者のエンジニアに我々の本気度を伝えるために、多くの情報を公開しています。他にも、コーポレートサイトの「キャディで働く理由」や、メンバーがnoteでキャディについて自分の言葉で語るエッセー、メディアのスタートアップ特集で取り上げてもらった記事の公開など、幅広い発信をしています。

このように弊社のことを多角的に知ってもらえるよう、経営陣や人事部・広報部からの発信だけではなく、メンバー目線や外部メディアの視点などから、さまざまなコンテンツを用意しています。そのため、弊社のことをある程度理解した転職希望者が、求人に応募する流れが実現しています。

――選考中に見極めるというより、共感した人が応募してくる仕組みづくりをされているのですね。

小橋氏:より幅広い層のエンジニアの方々に、弊社の思想を知り、興味を持ってもらえるよう、オンラインでCTO対談という取り組みもしています。注目されているスタートアップ企業のCTOの方をお呼びして、エンジニアの仕事について対談をしているんです。ゲスト企業に興味を持っているエンジニア、弊社に興味を持っているエンジニアが交わる場をつくることで、視聴者・ゲスト企業・弊社の三方に良い影響を及ぼすことができる取り組みです。

製造業のエンジニアがモチベーション維持のために必要なこと

 

――貴社が「エンジニアが主役の組織づくり」をするにあたり、工夫していることはなんでしょうか?

小橋氏:メンバーのモチベーションの起点を、外発的動機付けではなく、内発的動機付けにすることを意識しています。外発的動機付けとは、行動の要因が、評価や給与といった自分の外からによるもの。一方で、内発的動機付けとは、行動の要因が、興味や関心といった自分の内側からによるものです。ある程度の外発的動機付けは必要ですが、メンバーがなるべくモチベーションを自家発電できるよう、マネジメントや施策を考えています。

古き良き伝統が残る業界では、モチベーションの自家発電が必要

内発的動機を重視する理由は、「製造業」という歴史が長く、伝統のある業界へのアプローチは、すぐに結果が出にくいからです。施策の影響が出るまでに数カ月、数年かかることもあるので、我慢強く施策を打ち続けなければなりません。そこで、モチベーションが外発的動機付けによるものだと、グッと耐えてコツコツと努力することが難しくなってしまいます。

しかし、「業界を変えていきたい」「この領域で開発することが好き」という内から出る思いが強ければ、その思いがキャディのエンジニアであり続ける意味になる。だから弊社では、エンジニアに開発する理由を自分事化してもらうために、さまざまな工夫をしています。

――具体的にどのような工夫をされているのでしょうか?

小橋氏:基本的にトップダウンではなく、ボトムアップの意思決定を推奨しています。新しい言語やフレームワークを取り入れるとき、チームメンバーから挙がった意見の中で課題解決ができそうな、より良いものを採択していますね。あとは、モチベーションを維持し続けてもらうために、メンバーの意思や強みが活きるように役割を決めています。エンジニア組織の運営をしたい、事業サイドと連携する役割を担いたい、技術向上に特化したいなど、メンバーの「したい」をベースに役割を担ってもらっています。

そして、エンジニアが直接業界に触れる機会を設けていることは、弊社ならではの特徴ではないでしょうか。

――直接業界に触れる機会、ですか?

小橋氏:はい。エンジニアもお客さまの温度感を感じることができるよう、営業の訪問に同行しています。また、今は感染症対策のためで実施が難しいですが、2カ月に一度、提携先である町工場で行うモノづくり研修にエンジニアが参加する取り組みも行っていました。

普段はパソコンと向き合っているエンジニアが、町工場で実際に体を動かしてモノづくり体験をすることで、業界の楽しさや難しさを肌で体感することができます。現場のリアルを知ったうえで、自分たちのサービスに納得感を持てるかどうかは、モチベーションの内発的動機付けに必要な要素だと思います。私たちのサービス開発は、「現場感があるか」が重要なのです。

ユーザーに良い体験を届けるための開発をする「最高のエンジニア集団をつくりたい」

――CTO対談や町工場でのモノづくり体験など、既存のエンジニア採用や組織づくりにとらわれない貴社の取り組みは大変興味深いです!

小橋氏:「最高のエンジニア集団をつくりたい」という思いのもと、一つ一つの取り組みを積み重ねています。僕が考える最高のエンジニア集団とは、ユーザーのことを第一に考えられるメンバーが集まった組織のこと。真剣にユーザーと向き合い、ユーザーに最高の体験を届けるために開発できる組織は素晴らしくないですか?

こう思うようになった原体験は、前職のAppleで良いチームに恵まれる機会が何度もあったからです。Appleは、メンバー全員が徹底的に「ユーザーに良い体験を届ける」ことにフォーカスし、プライドを持って爆速で世の中を変える商品をお届けしています。そんな環境のなかで開発できたことは、僕の価値観に大きな影響を与えてくれました。

 

――Appleでの経験からの学びを、キャディでも引き継いでいるのですね。

小橋氏:そうですね。ユーザーと向き合うことは、Appleやキャディだけではなく、すべての業界業種の企業に共通することだと思います。エンジニアとして自分がやっていることにプライドを持てるか、ユーザーに胸を張ってプロダクトを提供できるか。さまざまなバックグラウンドを持つエンジニアが集まるキャディでは、一貫してこの信念を貫いていきたいです。ミッションとバリューに共感して集まった仲間たちとなら、最高のチームになれるし、業界に残る根が深い課題も解決できるー。そう確信しているので、これからも一歩ずつ前進するのみです。

 

取材後記

「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションを携え、「エンジニアが主役の組織づくり」をしているキャディ社。登ろうとしている山は大きくて高いけれど、モチベーションを自家発電できるメンバーたちにより、確実に目指す先へと近づいているのでしょう。

もしエンジニアの採用や組織づくりに苦戦しているのなら、CTO対談や町工場でのモノづくり体験など、キャディ社の取り組みを思い出してみてはいかがでしょうか?急成長するスタートアップ企業のHR戦略には、人材不足時代を切り抜けるヒントが詰まっていました。

取材・文/柏木まなみ、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部