リアルでできていないことはバーチャルでもできない。ニューノーマル時代の管理職の在り方

神戸大学経済経営研究所 

准教授 
江夏 幾多郎(えなつ いくたろう) 氏

1979年京都府生まれ。一橋大学商学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2009年に博士(商学:一橋大学)を取得。名古屋大学大学院経済学研究科准教授を経て、2019年9月より現職。専門は人事管理論。
主な研究テーマは「評価・報酬における公正感・納得感の由来」「人事システムを構成する要素間の補完的関係」「人事業務における情報技術やデータ解析手法の活かし方」など。
主な著書・論文に、『人事評価の「曖昧」と「納得」』(2014年、NHK出版新書)、『人事管理――人と企業、ともに活きるために』(2018年、有斐閣、平野光俊氏との共著)、「処遇への公正感の背景 ―不透明な処遇を従業員はいかに受容するか―」(2010年、『経営行動科学』に掲載。第9回経営行動科学学会奨励研究賞)がある。

サイボウズ株式会社

取締役副社長 兼 サイボウズUSA社長 兼 組織戦略室長
山田 理(やまだ おさむ) 氏

米国・サンフランシスコ在住。大阪外国語大学卒業後、日本興業銀行に入行。2000年、サイボウズへ転職。取締役として財務、人事及び法務部門を担当。ベンチャー企業ならではの離職率の高さ、採用苦戦による人事・採用担当者の疲弊を受け、リストラクチャリングや人事制度の策定に取り組む。2014年にUS事業本部を新設し、本部長に就任。シリコンバレーに赴任し、現在に至る。
著書に『最軽量のマネジメント』(2019年、サイボウズ式ブックス)、『カイシャインの心得』(2020年、大和書房)がある。

管理職そのものの見直しを余儀なくされる時代
リモートワークの影響は、職務や個人の特性によるゆえんが大きい/江夏氏
ニューノーマル時代の管理職の在り方/山田氏

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年は多くの企業が働き方や活動の変化を強いられました。特にリモートワークでの働き方で苦戦した方も多かったのではないでしょうか。直接会うことができない状況で、どうやって信頼関係を築くのか。どうやってメンバーのモチベーションを高め、成果を最大化していくのか。ニューノーマル時代に求められる管理職やマネジメントの在り方についてひもといていきます。

管理職そのものの見直しを余儀なくされる時代

ニューノーマル時代と言われる昨今。2020年は、新型コロナウイルスの影響で実に多くの企業がその働き方や企業活動の変化を強いられることとなりました。中には事業の方向性や会社資産の整理を強制的に行わざるを得ない状況へと追い込まれ、苦戦した企業も少なくないのではないでしょうか。一方で、これまで当たり前とされていた出社を前提とした働き方の中には、テレワークの普及により、その立場や活動内容、役回りが大きく変わりつつある存在がいます。そう、企業組織の管理職です。求められるスキルに加え管理職の在り方そのものが、いま見直しを余儀なくされているのです。

管理職の置かれている環境はめまぐるしく変化しています。例えば「社員に直接会うことができない状況でどうやって信頼関係を築くのか」「どうやってメンバーのモチベーションを高め、成果を最大化していくのか」――。これらの前例がない状況の中、悩みを抱える企業や管理職ポジションに就く方からの声も増えてきました。

今後の見通しが立ちにくい状況の、いわゆる「ニューノーマル時代」において、求められる管理職・マネジメントとはいったいどのようなものになるのでしょうか。当セミナーレポートでは、去る10月に行われたウェビナーから、神戸大学経済経営研究所 江夏幾多郎氏(以下、江夏氏)より新型コロナウイルスが企業や就労者にもたらした変化について学術的な面から解説いただきます。また、「100人いれば100通りの人事制度があって良い」という方針のもと、10年前からテレワークを導入しているサイボウズ株式会社 取締役副社長 山田理氏(以下、山田氏)には同社での取り組みや経験から、「これからの管理職・マネジメントの在り方」についてご提言いただきます。

リモートワークの影響は、職務や個人の特性によるゆえんが大きい/江夏氏

リモートワークの影響は職務や個人の特性による所以が大きい/江夏氏

●改めて浮き彫りになった「永遠の課題」とは

新型コロナウイルス感染症の流行の中で、4月以降、日本の企業の多くはリモートワークなどのオンラインコミュニケーションツールの導入を決めました。そのような環境の中で半年が過ぎ、どのような点で働き方が変わったのでしょうか。結論から言えば、リモートワークの利用実態が、その後の就労環境や就労者の心理・態度に対して与える影響はなく、むしろコロナ禍以前からの職務特性や個人特性の影響が顕著に現れました。業務体系や人的資本への投資という、多くの企業が長らく手をつけられずにいた「永遠の課題」が改めてクローズアップされる結果となりました。

具体的に説明していきましょう。私がほかの研究者や調査・研究機関と共同で行った「COVID-19流行下での就労上の心理・行動に関する調査」をベースにお話しします。まず同じサンプルが4月中旬と7月末に行われた調査で、以下のように回答(2900名~4000名程度)しています。

はじめに「4月の所属企業のコロナ対応について」の調査結果ですが、例えば「会社としての明確なビジョンや想いの発信」や「会社の対応についての十分な情報提供」など、約8項目にわたりアンケートに答えていただきました。すると専門の組織・チームの編成、十分な資金・人員の投入といった具体的なアクションをとる企業は少なく、また感染拡大が終息した後の企業の姿勢も明確には示されなかったと多くの方が回答する結果となりました。4月の時点では、まだ世の中の企業の多くが新型コロナウイルス流行と中長期的にどう向き合っていけば良いのか分からずにいたともとれる内容です。

そこで、次いで実施した7月の調査では,「所属企業の『ポスト』コロナ対応について」について尋ねました。それは世の中の人々がある程度コロナへの対応や生活に慣れてきた中に行った調査ということもあり、アフターコロナなどを見据えた企業対応ができてきている可能性があります。しかし実際には、特に「予防的な措置」は行っているが、それ以外の項目ではなかなか積極的に対応、あるいは動いている企業は少なかったことが伺えます。特に、企業の競争力に直結する事業方針についての積極的なメッセージは依然弱かったのです。

コロナ倒産という言葉からも分かる通り、飲食・サービスなど業態や分野によっては雇用維持ができない企業もあり、未来への約束は口頭などではしたくなったのかもしれません。一方で、ワークライフバランスやリモートワークなどの環境整備に注力する企業はある程度観察され、組織として今後どうしていきたいかを、社員の気持ちを反映しながら模索する動きもありました。

ただし、総じて組織力向上のための業務プロセス改善や、従業員に対する能力開発への投資はいまいちだったことが回答結果から伺えます。しかしこれらは本来、コロナ禍における問題というよりも、従来より日本社会に存在する「永遠の課題」が、改めて浮き彫りにされたというだけとも言えるのです。

改めて浮き彫りになった「永遠の課題」とは

●新型コロナウイルス感染拡大前後で職務特性は変わったか

では、就労環境についてコロナ流行前後ではどう変わったのでしょうか。まず,職場の人間関係の変化について言えば,4月調査では、コロナ流行(第1波)により上司や同僚との関係性が薄れたという全体的な実感はそれほど観察されませんでした。ただ、諸々の情報交換,特に職務に関係しない事柄(プライベートや趣味など)についての情報のやりとりは減っていました。在宅勤務に加え,職場での同僚や顧客とのオンラインコミュニケーションが普及したことが影響したのかもしれません。

4月は、コロナ感染拡大により上司や同僚との関係性が薄れたという実感はあまりなかったものの、職務に関係しない事柄(趣味などのプライベート)についての情報のやりとりは減っていました。オンライン下では業務に必要なコミュニケーションを積極的に取っていましたが、その半面、プライベートや雑談になると極端にコミュニケーションの機会を減らし、無駄を省こうとしたのです。皆さんも身に覚えがありませんか。

そして7月調査では、緊急事態宣言発令時と比べると、業務に関連するもの,関連ないものの双方において,具体的な情報のやりとりが減る傾向があることが分かりました。しかしながら上司や同僚との関係性の希薄化は感じられないと多くの人が答えています。オフライン・オンラインどちらもコミュニケーションの機会は減ったものの、会話や情報の質・内容自体が上がったのか,必要な会話量・情報量が低下したのか。いろんな解釈ができます。

職務特性については、仕事で何をすべきかなど役割の明確化ができている,仕事の進め方が他者次第で大きく変わってしまう,といった傾向は,コロナ禍の前は割合に高い水準でした。このうち,役割の明確性は,コロナ禍の中で高まっていました。非常事態の中で各人の役割の再確認や見直しが進んだのかもしれません。反面,元々低かった成果基準の明確さは,コロナ禍の中でさらに低くなりました。自らの役割は分かっていても,その達成を評価する基準が曖昧だった,そうしたズレがコロナ禍の中でますます顕著になったということです。職務の自立性も,コロナ禍の中で低下する傾向がありました。

新型コロナ流行前後で職務特性は変わったか

●緊急事態宣言後、何が変化したのか

緊急事態宣言後の日本において、リモートワークの意義や利用可能性は叫ばれてきましたが,利用実態はそれほど増えていませんでしました。4月調査では,その時点のリモートワーク実態に加え,2019年末時点の実態について尋ねました。2019年末の時点で「まったくない」と答えた総数は2,653人。当時全体の85%程度の就労者が,リモートワークを経験していませんでした。2020年4月はどうでしょうか。「まったくない」と答えた人は2,332人で75%程度。つまり,緊急事態宣言に伴う意向は全体の10%程度に過ぎなかったわけです。

ちなみに,リモートワークの実際の日数ではなく,希望日数について,7月調査では尋ねました。全く希望しない人は2,047人で,全体の3分2を占めています。つまり,リモートワークを希望しているものの,会社の体制や方針で,10%前後の人は「やりたいけどやらせてくれない」わけです。完全なリモートワークよりも,週の半分程度の部分的なリモートワークが好まれる傾向も見出されました。

さて、リモートワークを促す要因についても触れておきましょう。私たちの調査によると、以下のような特徴を持つ人がリモートワークを経験する傾向にあります。

・大卒以上であること
・正社員であること
・事務職であること
・技術職であること
・所属企業がコロナ対策を熱心に行っていること
・自律性、裁量性の高い職務に従事していること
・オンラインツールを使いこなしていること
・通勤時間が長いこと
・コロナ感染拡大前からオンラインツールを活用していること
・2019年時点からリモートワークを実施してきたこと

――以上となります。感染リスクを抑えるという意味では,リモートワークには一定の役割があるわけですが,その利用可能性については,偏りがあります

リモートワークの導入で何が変化したのか

●リモートワークで生産性は上がったのか

リモートワークの生産性はどう変化したのでしょうか。リモートワーク従事者に絞った分析の結果、特に社内外でのコミュニケーションの質に関するスコアが顕著に低いことが分かりました。オンライン下では、上司や同僚といった人たちの状態が分からないという人は多い。集中して働くことができるといった快適性は高まっている一方で、上司や同僚との調整や共に過ごす時間は減っているので、「いまあの人は何をしているんだろう?」といった状態が続いているというわけです。

同僚や上司などの業務状況や心理プロセスが理解できるといった、リモートワーク下での対人の質を高める要因についても,統計的に検証しました。分析の結果,所属企業がコロナ後を見据えた対策を充実させていること、自己完結性の高い職務に従事していること、将来のキャリアプランが明確になっていること、オンラインツールの使用に慣れていること,といった要因がリモートワーク化での対人関係の質を確保します。

自宅のリモートワーク環境が及ぼす影響についても検討しました。まず,仕事関連の家具の不備は,リモートワーク中の人間関係に支障をきたすとともに,時間の有効活用にはつながります。また,仕事のために個室を確保できないことは,リモートワーク中の人間関係や業務効率に支障をきたします。さらには,自宅のインターネット回線の不備はリモートワーク中の人間関係に支障をきたします。リモートワークの浸透に伴い家具の売れ行きが好調だそうです。自宅にリモートワークの環境を整えていない人が買い求めているわけですね。ただ,家具や情報通信環境を整えるだけではどうしようもない部分もあります。

リモートワークで生産性は上がったのか

●ニューノーマル時代の社会とは

コロナ禍の中でのリモートワークについては、否定的な側面が取りざたされることが多いように感じます。例えば、労働時間が増える、ストレスや孤立感の増長、作業効率の低下などといったことです。なにやら世の中的に評判が良くないように思われますが、こうした議論は必ずしも厳密な調査設計や分析に基づいていないことがしばしばあり,結果の解釈は慎重に行わなければなりません。

例えば、それ以外の影響要因を考慮に入れると,リモートワークによって労働時間が伸びるということは見出されませんでした。それよりも,役割や成果の基準が不明確であるといった職務得性,周りになびきやすい,エンプロイヤビリティ(労働市場全体で評価される能力)レジリエンス(困難な状況でもへこたれない精神)が低いといった個人特性が、この数ヶ月での労働時間の増加に大きく影響することが分かってきました。また,所属企業がポストコロナの経営方針を示し,実行していることが、就労者の仕事エンゲージメントを高め,変革行動を促します。就労者自身が将来の仕事上・キャリア上の目標,自己効力感,エンプロイヤビリティ,社内外の人脈を持てていることも,同様の心理や行動を高めます。

これは,「失われた30年」の中で日本の企業の課題を言われ続けてきた「組織作り」「人材育成」が、昨今の状況でも依然として課題であることを示唆します。コロナ禍での様々な非常時対応が求められる中で,こうした本質的な側面に手をつけず,リモートワークをお試しで導入したものの,なれる前に「やっぱりうまくいかない」と言ってさじを投げ,元の木阿弥になるのは避けなければなりません。コロナ禍においても、日本企業が取り組むべき課題は、以前と同様に組織・人材の開発なのです。これからの時代、企業は一人ひとりが自律的に成果追求できる就労環境を整えることを求められ、そして業務をまとめる管理職の方は、従業員全員が安心して仕事ができるようあらゆるサポートに徹することが大事となってくるでしょう。

ニューノーマル時代の管理職の在り方/山田氏

本項では、新型コロナ収束後の日本における、いわゆる”新しい働き方”でのマネジメントに興味がある方に、「新しい働き方のイメージがわいた」と言っていただけるようお伝えしていきます。

私が在籍するサイボウズは多様な個性を活かした働き方ができる企業として、おかげさまで多くの方々から注目していただけるようになりました。サイボウズ本社(東京都中央区)のほか、大阪、松山などにオフィスを構え、中国、ベトナム、米国にも子会社を置いています。そのような環境の中、10年ほど前にサイボウズは働き方改革へ乗り出しました。改革を行うことになったきっかけは2つ。1つが離職率です。2005年の新社長就任後の離職率はなんと28%でした。もうひとつが業績の悪化。2006年は業績予測を2回連続下方修正していました。高い離職率と業績悪化。この2つがそろう、どこにでもある普通のブラック企業になっていたのです。そのため、業績をすぐに向上させるのは無理だとしても、社員が気持ちよく働ける環境を整えることは可能だと考えていましたから、従業員に時間や場所を柔軟に選択できる制度や副業を解禁するなどの施策を少しずつ講じて、問題を解消していきました。それらを真摯に遂行することにより、2006年にピークだった離職率は大幅に減っていき、現在は5%前後にまで改善しました

さらにうれしいことに離職率の低下と業績には相関関係があり、離職率が改善し始めた2007年から2013年にかけて業績は大幅に回復していきました。離職率28%だった頃と比べて、業績は3倍程度に膨らむこととなりました。従業員のエンゲージメントがいかに重要かわかる数値です。

ニューノーマル時代の管理職の在り方/山田氏

●アフターコロナの働き方

今年、新型コロナ感染拡大で先進企業がリモートワークへ次々とシフトしていきました。よく「世界の企業はいずれ全てIT企業になる」といった言葉を耳にするかもしれませんが、実は”全てIT企業に”とは、ITを活用して業務を進めている企業を指します。つまり全ての会社がITを活用してビジネスを行うという世界ですね。時代はコロナの影響で少しだけIT導入が早く進みましたが、アフターコロナの時代にIT導入後の「情報共有」がキーワードになると予想されます。

共有とは――?たとえば、1対1のコミュニケーションを考えてみましょう。周りの人は、この2人は何を話しているのだろうと思いますよね。当然です。2人だけの閉じたコミュニティーなのですから。それはグループワークでも変わらない。人が増えただけで、閉じたコミュニティーであることは変わらないからです。つまり共有とはオープンスペースのことです。情報は全員が見える環境にあること。こうした世界を情報共有と呼びます。また伝達と共有は違います。伝達は情報を持っている人と持っていない人との対立をつくり情報格差を生みますが、共有は情報格差を無くすのです。

では、どうすれば情報共有ができるでしょうか。それにはリアルオフィスとバーチャルオフィスの両方を整えることが大事となります。まずリアルオフィスですが、モニターやホワイトボード、付箋、会議室といった共有の場を見直す。特にペーパーレスを目指してください。リアルをデータ化するために必要です。それによりリアルとバーチャルのデータ(情報)格差がなくなっていくのです。日報もデータ化して全社に公開し、ER(Employee Relations)すらも公開します。情報が「見える化」すると管理者の仕事は軽減するのです。当社はコロナ感染拡大で完全リモートワーク化を進めています。情報共有のたまもので、オンラインコミュニケーションツール上では従業員のコメント量が従来の約5倍になりました。もちろん半面リアルオフィスの良さも見えてきたわけですが、リアルでできなかったことはバーチャルでもできない。リアルでの情報共有の進め方をまず変えていくべきでしょう。

●最軽量のマネジメントを目指す

さて、そんなオンラインコミュニケーションが当たり前になった組織でのマネジメントはさらに難しくなりました。マネジメントはなぜ難しいのか――、それはひと言でマネジメントと言っても多様な役割があるからです。たとえば、プロジェクトマネジメント、人材マネジメント、中間管理職業務、プレイングマネージャーなどです。

しかし、マネジメントの役割が多すぎますよね。ではどうすれば?それは諦めましょう。スーパーマンじゃないと無理です。ですから新しい時代に向けて、パラダイムシフトすることが重要です。常識から非常識に。たとえば、BIからAIへのシフトです。BIとは「Before Internet」の略であり、AIとは「After Internet」の略です。つまりインターネットが普及する前後では、こんなに世界が変わっているということを理解していただきたいのです。

インターネットが現在ほど発達していなかった20年以上前の時代などは、固定電話の世界でしたので、人と合うことが重要な情報収集の手段でした。そうして苦労して得た情報を他者へ提供することで、信頼関係を築いていく。だから情報は大変貴重だったのです。一般社員から管理職に、管理職から役員に…と上へ上へと情報が渡り、権限や権力を持つ人のところに重要な情報が集まっていました。

かえって、今の時代はどうでしょう。誰でも世界中の情報にアクセスできる権利を持ちました。そう、情報の持ち方が変わってきたわけです。一言でいえば”シェア”です。その情報をいかにみんなで共有していくかが大事な時代となったのです。また現状で情報を持っていない人でもすぐさま持っている人とシェアできるようにもなっています。有益な情報を持っている人の周りには人々が集まり、フォロワーが増え、もっと有益な情報が集まっていくという世界です。まず自分が持っている情報をシェアする。できることや知らないことを共有することで便利になっていく時代となったのです。

そして情報は、「記憶する」から「検索する」にシフトしました。覚えることよりも欲しい情報にいかにアクセスするか、あるいはつながっていくかが大事なわけです。現代ではそれに長けた人が圧倒的に優秀な人と見られます。ですから、先ほどお話しした通り、パラダイムシフトすることが重要となるわけです。私たちは、これまでの常識が非常識になる瞬間をいくつも見てきました。「非常識」が褒め言葉になることも。そして思考から行動へ、同調から個性へとシフトしていきます。9人いたら9種類の打ち手を実践する組織体系が、情報の共有という作業で圧倒的にパフォーマンスを高められるようになりました。これが今の世界です。

最軽量のマネジメントを目指す

●新しい時代のマネジメントを考える

新しい時代のマネジメントに求められる素養は、まず「公明正大」であること。説明責任と質問責任です。たとえば、木々がうっそう生えた森と見渡す限りの草原があったとします。あなたならどちらでかくれんぼしますか?もちろん森の方でしょう。草原では隠れられない。公明正大というのは隠れる場所をなくすことを前提に考えようという概念です。情報を隠す人間は信頼できない。権限のある人、つまり管理職が積極的に草原に出て、組織全体で包み隠さず情報を公開していこうという姿勢が大事です。

次に「雑談」です。平等から幸福へ、という概念をお話しします。たとえば、あるグループの中で一つのケーキを分けるときに「平等」というのは2等分することです。でも、1人は腹ペコで、1人はダイエットしていたとします。その場合、腹ペコの人に全部上げると2人ともが「幸福」になります。逆に2等分すると二人共が微妙に不幸になるんです。つまり情報共有が進んだ世界では、一人一人に合った幸福を追求することができるようになり、結果的にそれが組織を成長させるポイントになるという話です。

石垣に例えてみましょう。石垣を構成する石材の形はバラバラです。均一にはならない。石垣をつくるように個性を活かすためには、100人いれば100通りの幸福の追求を目指すべきだと考えるのがサイボウズです。そこで一人一人の心、つまり何が幸福かを知るために必要なのが「雑談」というわけです。雑談で個人を知るのです。ブロック塀のような同じ形の囲いではなく、個性を活かした石垣を目指すのです。それがITの使い方によってさらに可能性が広がるわけです。

●承認の欲求と、所属と、愛の欲求

心理学者アブラハム・マズローの打ち出した概念に「欲求5段階説(自己実現理論)」というものがあります。精神的欲求や成長欲求などフェーズによって欲求は5段階に分けられるという考え方です。下から生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、そして一番高いのが自己実現の欲求です。

実はIT化やリモートワークが進む以前の世界では、自己実現の欲求がビジネスモチベーションとして重視されてきました。ところがコロナ禍やニューノーマル時代では、所属と愛の欲求や承認の欲求こそが、モチベーションとして大事だと言われるようになったのです。目標や目指すべきノルマの達成などよりも、個人の強みや弱みを知って適切なポジションに導く、そうすると「ここにいていいんだ」という所属と、愛の欲求が満たされ、強みを活かせば「ありがとう」と言われる機会が増え、承認の欲求が満たされる。そうすると自信がつき「次はこうしたい」という自己実現の欲求が自ら生まれるのです。自己実現の欲求は自分で用意できますが、マネジメントの職務に就く人たちは、所属と、愛の欲求や承認の欲求を満たせる環境を用意すべきなのです。

またこれからの時代は「わがまま」が大事になります。キャンプファイアをイメージしてください。火の輪の中心にいるのは「これをやりたい!」と自らで中心に飛び込んでいく人たちです。彼らは自らの火の強さや様子を知らせる役割を担っています。そんな彼らの姿を見て、人々が集まってくる。一緒にやらないかと誘われ、彼らもまた大事な自分の火を強めていく。そんなときに管理職は、周りの人数を数えて管理するのではなく、自分こそが組織の中で自分自身がやりたいことを周りの人に対して、主張する、つまり「わがまま」を率先していくのが良いわけです。

グレタ・トゥンベリさんというスウェーデンの環境活動家がいます。彼女は何の権力もなかった弱冠14歳にして、想いだけで社会を動かしました。彼女のように、たとえば部下に自分のやりたいことをしっかり持たせられる環境を整える。それが管理職に求められる資質なのです。

さらに組織の成功には循環モデルがあります。「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」をそれぞれ追求することで組織が成長するという概念です。各「質」には循環するような因果関係があります。そして成功循環には2つのタイプが存在します。結果の質をスタートとするモデルと、関係の質をスタートとするモデルです。皆さんは後者の、関係の質をスタートとするモデルに着目しましょう。スタートの地点を変えることによって成功の確率が上がるのです。先ほどお話ししたように「公明正大」「雑談」「わがまま」を意識して関係性の構築にまず努めてください。そうすれば、組織がうまく回るようになりますから。

承認の欲求と、所属と、愛の欲求

●どうすれば働き方を変えることができるか

最後にまとめましょう。ニューノーマル時代に働き方を変えるには3つの要件が必要です。1つ目が在宅勤務、人事評価、給与、副業といった制度の見直し、2つ目が情報共有クラウド、遠隔会議、「BPM(Business Process Management)」といったツールの導入、そして3つ目が理想への共感、多様性な個性の重視といった風土の形成です。もちろん制度やツールだけを整えても駄目です。一番大事なのは風土。これらは三位一体で整備していきますが、最終的に風土を形成できるように積み上げていくのです。

3つの要件を整えていく過程で、外面の属性や内面の属性に関わらず、それぞれの個を尊重し、認め合い、良いところを活かすダイバーシティー&インクルージョンという概念も意識すると良いでしょう。コロナ禍は組織や会社の風土を一気に改革できるチャンスです。現在マネジメントに携わっている方、あるいはこれからマネジメントを実践しようとしている方は、ぜひこれまでの話を参考にし、遂行してみてください。新しい時代の組織を共につくっていきましょう。

どうすれば働き方を変えることができるか

【取材後記】

ニューノーマル時代を迎えた私たちに立ちはだかる課題は、「従来より日本社会に存在する永遠の課題」と提唱する江夏氏と、「新しい時代のマネジメントに対して3つの要件を整えよ」と説く山田氏により、さらに明確に、これらを解決するためのヒントが見えてきました。今回のセミナーを通して感じたことは、コロナ禍だから特別なことを実践するのではなく、昔からある制度やツール、風土といった問題を解決することに本質があるということ。私たちは身近な足元の問題から一つずつ向き合っていく必要があるということです。

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取材・文/鈴政 武尊、編集/鈴政 武尊