『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨の戦略を見直すーどうすれば勝てたのか

マンガナイト
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大ヒット作となった吾峠呼世晴先生の漫画『鬼滅の刃』(集英社)。そのラスボスである鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、その強さや生きることへの執着だけでなく、部下への当たりの強さでも話題になりました。部下を自らの手で殺してしまったり、敵陣に突然乗り込んで行ったりと、やや場当たり的な行動も目立ち、バトル漫画のラスボスの振る舞い方としては疑問が残ります。最終的に無惨率いる鬼側は、主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)らが属する鬼殺隊に敗北します。今回の記事では、無惨の行動を踏まえた上で、どのような組織をつくり、どのような戦略を立てれば勝利の可能性を高められたのかを考えます。

部下を切り捨てる無惨 勢力拡大の壁に

『鬼滅の刃』は、人間を襲う鬼を退治しようとする鬼殺隊の物語です。鬼殺隊は、産屋敷家(うぶやしきけ)当主を筆頭に、「柱」「一般隊士」「隠」などで成立する組織です。一方で、鬼側はトップの鬼舞辻無惨の下に「十二鬼月」が存在し、強さの順に「上弦の鬼」と「下弦の鬼」、それ以外の鬼に分かれます。上弦と下弦の入れ替わりは鬼同士の戦いによるもので、勝者が高い地位に就きます。一見すると切磋琢磨する組織のようですが、「十二鬼月」は組織として力を付ける方向には向かいません。無惨の機嫌一つで、鬼の評価や運命が左右されるからです。

そのように無惨によって運命を左右された鬼の一人が、主人公の竈門炭治郎が物語の序盤で戦った響凱(きょうがい)です。鼓屋敷の主で、体の鼓をたたくことで屋敷の部屋を入れ替えたり、斬撃を放ったりすることができる鬼です。元々は下弦の陸でしたが、人間が喰えなくなったことで無惨に見限られ、地位を剝奪されます。鬼にとって人間が喰えない=成長の限界を迎えたことで、無惨はあっさりと響凱を見捨ててしまいます。

こうした無惨の部下に対する冷酷さは、下弦の鬼に対するものだけに限りません。無限列車編で炎柱の煉獄杏寿郎を倒した上弦の参、猗窩座(あかざ)に対しても、その功績を労うことなく、むしろ煉獄らと一緒にいた炭治郎らを取り逃したことを責め立てます。

そもそも無惨は、猗窩座を含む上弦の鬼らに対し、柱を倒すこと、そして太陽を克服して完全な不死身の体になるために、必要な青い彼岸花の探索を命じています。しかし、作中の描写を見る限り、彼らは無惨から具体的な助言や支援を与えられているわけではありません。いずれの大仕事も、上司(=無惨)からの支援が望めないにもかかわらず、失敗したときの叱責が大きくなっています。

最も有名なのは、アニメ放送時に「パワハラ会議」と話題になった無限城での会合でしょう。下弦の鬼らがなかなか鬼殺隊の柱を倒せないことに業を煮やした無惨が、下弦の鬼を一堂に集めて厳しく叱責するシーンです。

下弦の鬼は、十二鬼月でありながら無惨の望む実績を残せておらず、その弱さを責められます。さらに会合の場で、下弦の鬼は自ら発言することは許されず、ひたすら無惨の質問に答えることのみ許されます。反論も許されず、賛成しても反対しても気に障れば殺されるという、非常に酷な状況です。無惨は、弱いと見なした下弦の鬼の解体を決意しますが、その結果、この場に集まった下弦の鬼は、一人を除いて全員殺されてしまいます。

無惨からの批判は、下弦の鬼たちにとっては、言われてもどうしようもないことです。しかも無惨は、「強くなるためには人を喰らえ」としか助言をせず、柱に勝つためにはどうすればいいのか、どうすれば自分の役に立ったと言えるのかは明言しません。無惨による恐怖の支配は、成果を残せていなかった下弦の鬼らの力を底上げするどころか萎縮させ、結果的に自らの手で「部下」を減らすことになりました。

無惨はどうすればよかったのか。一つは部下を切り捨てないことでしょう。鬼側は作中で全員が鬼になった理由が明確に描かれているわけではないため、鬼側の構成員となる動機は推測するしかありません。ただ、鬼になる必須条件の「無惨もしくはそれに準じるものの血への適合」は、必ずしも血を与えられた全員が可能というわけではありません。つまり、鬼側の構成員となる候補者は限られているわけです。

一方で、鬼には「昼間に太陽の下を歩くことができない」という制約があることを考えると、極力組織の人数を多くしておくことが不可欠です。成果を出せていなくても、鬼たちをそこで見捨てるのではなく、組織の中で彼らが役に立てるようにするにはどうすればいいのかを考えるべきでしょう。無限城で開かれた、圧迫的な会合は論外です。

もう一つは、組織として無惨以外の鬼の連携を促すことです。無惨は「無惨」という名を他者に漏らした鬼に対して、その鬼が自害するように呪いを掛けています。鬼でありながら、鬼殺隊に協力する珠世(たまよ)が指摘するように、無惨は自分以外の鬼が連携して自分に歯向かうことを恐れているようです。作中でも、無惨と上弦の鬼、下弦の鬼がそれぞれ会う機会がありますが、上弦の鬼と下弦の鬼が会い、一つの目的に向かって協力するようなシーンは描かれません。上弦の鬼同士が協力して鬼殺隊に挑むシーンも限られています。このことから、より力を持つ上弦の鬼が戦術や成長のために下弦の鬼に助言をしたり、戦いにおいて連携したりすることもなさそうです。人間に比べて圧倒的な力を持つ鬼であるという自負があるのかもしれませんが、より人間に対して戦いを優位に進め、無惨の示す目的を達成するには、鬼同士の連携による数の優位を発揮してもよかったのかもしれません。

産屋敷家強襲は妙手だったのか?

物語終盤の最終決戦のきっかけは、無惨の産屋敷家への強襲でした。寿命が尽きようとしている産屋敷家当主、産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)の元を、無惨が訪れます。このときの無惨は、産屋敷耀哉を倒しに行くというよりも、相手が死に自分が生き残ることによる「勝利宣言」をしに行ったように見えます。結果として、産屋敷耀哉が仕掛けた罠にはまり、珠世の開発した薬を体内に仕掛けられます。

このとき無惨は、上弦の鬼の生き残りを連れてきており、結果的に鬼と鬼殺隊の柱らとの間で全面戦争が始まります。

『鬼滅の刃』の基本的な戦いの構図は、人間を食料としたり鬼に変えたりする鬼に対し、家族らを奪われた人々で結成された鬼殺隊が鬼を退治するために攻め入るというものです。鬼殺隊は無惨の居場所を突き止めることができず、竈門炭治郎が登場したことで、やっとその端緒をつかむという描写が出てきます。このように鬼殺隊側は、鬼側が人間を街などで襲うのを救出しに行くのが基本ですが、この構図が最終決戦ではひっくり返っていることになります。

この局面で、無惨が本当に生き残りたければ、産屋敷家を強襲すべきではなかったのでしょう。そもそも戦いにおいては、自陣を守るよりも敵地に攻め入る方が劣勢になるのは定石です。現地で人間を食料として調達することで鬼が補給せずに済むとしても、数の上での劣勢を埋める手段がないまま攻め入るというのは、むしろ悪手と言えます。もちろん、人間を圧倒する鬼の能力への自信があったとも言えますが、それでもどのような罠が待ち構えているかわからない場所にわざわざ行く必要はなかったでしょう。鬼側の人数を増やして鬼同士を連携させた上で、自分が優位に立てる場所で待ち構え、柱らを倒していく方がよかったと言えます。

前述のように、炭治郎が登場するまでは、鬼殺隊側は無惨の居場所や存在を確認できず、せいぜい各地を襲う鬼を個別に退治するだけが限界でした。産屋敷家当主や過去の鬼殺隊の柱らを含め、人間には寿命や身体の衰えという限界がある一方、不老不死の無惨は目的達成のための時間的な制約を考える必要もありません。人間の限界をひたすら待つという作戦も取れたはずです。

無惨の目的は何だったのか? 目的と戦略の大きなズレ

そもそも、多くの組織はある目的のためにつくられます。鬼殺隊は産屋敷一族に、家族などを鬼に殺された遺族が合流し、ある種の弔い合戦をする中で大きくなったという経緯もあります。鬼殺隊の最終目的は、無惨を含む鬼の殲滅で、そのために産屋敷家当主は自らの命すら犠牲にします。

一方で、無惨率いる鬼側の目的は何か。物語を最後まで読んでも、鬼側全体の目的ははっきりしません。作中で描かれるのは、無惨の、ひたすらに自分が生き残り、太陽の下で人間のように動き回りつつも鬼の寿命と強さを維持したいという欲望だけです。そのために太陽を克服する鍵となる青い彼岸花の捜索を猗窩座らに命令したり、太陽を克服した鬼である炭治郎の妹、竈門禰豆子(かまどねずこ)を手に入れようとしたりします。無惨らが人間を鬼に変え続けていたのも、もしかしたら太陽を克服する鬼が生まれることを期待してのことだったのかもしれません。

もしこれが無惨の目的だとすると、いささか効率の悪い行動のように見えます。青い彼岸花のように簡単には見つからないものを探すのであれば、機械の力に頼れない大正時代ということを考えると人手が不可欠です。それにもかかわらず、無惨は自ら部下の心が自分から離れるような行動を取ります。無惨の行動は、目的(=太陽の下で生きる方法を見つけ出すこと)と戦略(=冷酷な振る舞いで部下を減らしていくこと)との間に、ズレがあるように思えます。

無惨は「鬼の寿命と強さを維持しながら、太陽の下で人間のように動き回る」という目的のために戦略を立てることが必要でした。たとえば、青い彼岸花を探すのであれば、前述のように鬼を組織化して効率的に探すだけでなく、人間の協力者も必要だったでしょう。いざというときに無惨ら鬼をかくまうだけでなく、青い彼岸花にまつわる全国津々浦々の情報を集めるためです。このネットワークからは鬼になることに興味を持つ人間が見つかり、結果的に鬼側に加わる人を増やすことにつながった可能性もあります。数百名を超えるとされる鬼殺隊に対し、鬼側は何人の構成員がいたかは明らかにされていませんが、無惨らが効率的に鬼を増やすことができていれば、勢力の面でも鬼殺隊に対抗できた可能性があります。

【まとめ】
無惨の行動を見ていくと、鬼側は「ある特定の目的を持って戦略的に動く組織」とは言い難いです。無惨をトップとして、十二鬼月という組織ではあるものの、その仕組みは無惨の目的を達成するためにうまく機能していません。「なぜ機能しなかったのか」を考えることは、現実社会の組織の不具合を考える上でも参考になりそうです。

文/bookish、企画・監修/山内康裕