社員の健康増進が組織を持続させる。日本ヒューレット・パッカードが描くウェルビーイングな環境

日本ヒューレット・パッカード株式会社(英語名:Hewlett-Packard Japan, Ltd.)

執行役員 人事統括本部長
鶴田 義朗 氏

プロフィール

実体経済がコロナ禍の影響により縮小傾向にある中、日本ヒューレット・パッカード株式会社(英語名:Hewlett-Packard Japan, Ltd./代表取締役 社長執行役員:望月弘一、本社:東京都江東区)は、DXが進む日本市場においてITインフラ整備の一端を担い、躍進を続けていた。注目すべきは、ウェルネス(健康)と会社文化の醸成を意識した環境づくりにあった。ほとんどの社員がリモートワークを実践している同社において、社員が持続的かつ生き生きと働き続けられる環境とはどのようなものなのか。今だからこそ知りたい、ウェルビーイングについて学んでいこう。

社員の安全と健康を第一に据えながら、ビジネスのモメンタムを落とさないマネジメントを

ニューノーマル時代における新しい働き方と職場環境のかたち、「Edge to Office」を全社で進めているヒューレット・パッカード(以下、HPE)。激動続くコロナ禍の日本市場において、アフターコロナを見据えた労働環境にいち早く取り組んできた同社の事例を紹介しよう。

HPEブランドの詳細については、今回本稿では割愛させていただくが、前段として日本ヒューレット・パッカード株式会社について簡単に説明しておこう。

ヒューレット・パッカード社は、ビル・ヒューレットと、デイブ・パッカードの2人によって、1939年に創立、創業者2人の友情から生まれた会社であり、シリコンバレー発祥となった企業としてもご存知の方もいらっしゃるのではないだろうか。

HPEは、人々の生活に必要不可欠な仕組みを提供している。製品・サービスとしては、サーバー、ストレージ、ネットワークを提供、また、デジタル トランスフォーメーションをサポートするコンサルティング、運用保守サービス、ITインフラ構築サービス、柔軟な資金調達オプション、教育、運用サービスも提供している。新たなビジネスモデルの推進、現在そして将来にわたる効率的なIT運用に貢献することで、お客様のビジネス成功の加速を支援している会社だ。

では、2020年から現在にかけてのHPEの活動を簡単に振り返ってみる。遡ること2020年1月下旬。日本でも新型コロナウイルス感染症の猛威が広がりを見せ始めた頃、同社ではいち早く危機管理委員会を立ち上げ、その対策に乗り出した。翌2月には来客などお客様のスクリーニングなどの運用体制を整え、HPEで働くチームメンバーおよびお客様の安全と健康を第一に考えた取り組みに着手した。また同時に社員のフルリモート体制も整え、緊急事態宣言下の状況にもスムース対応できたとのことだ。

HPEにおけるワークスタイルトランスフォーメーション成功の要因の一つは、働く人の想いに寄り添って働き方改革の本質を見定め、多様なワーキングスタイルを推し進めてきた同社の環境づくりにあった。それでは次項より順を追って見ていこう。

ウェルネスパッケージで心身ともに健康状態へ

フルリモート体制による数々の課題や問題に対して環境を整えていく中で、同社は2007年11月1日からいち早く社員の「健康」、つまりウェルネス(英:Wellness)に着目して、FWP(フレックスワークプレイス)と呼ばれる制度を導入し運用していたのだ。この制度は、HPEの全社員を対象に、週2回/月8回のペースで、1日の全就業時間あるいは一部時間を自宅勤務に充てることを認めるもの。通勤時間や移動時間に伴う身体・精神的負荷を軽減し、仕事の生産性を高めると同時に、ダイバーシティ&インクルージョンに適した多様な働き方に対応するのが狙いだ。現在はコロナ禍の影響もあり、オフィスへの出社率は10%以下になっているという。

そして、この制度をさらに発展した取り組みのひとつとして「Wellness Friday(ウェルネスフライデー)」を、2019年より導入している。同制度では、毎月第2金曜日を上記の日程と定め、社員は午後2時30分以降をWellness(健康)増進のために使うことができるというものだ。これはHPEのカルチャー醸成への投資として実現したプログラムであり、Admired place to workを体現するマーケットリーダーとして、ビジネスの成功に貢献する社員一人ひとりのWellnessそしてそれぞれの人生を支援するとしている。こうした自由時間から柔軟でイノベーティブなアイデアが出てくることが期待されているわけだ。

こうした活動は、社員や会社自体の生産性の向上などどのような成果につながったのだろうか。同社の執行役員 人事統括本部長 鶴田義朗氏(以下、鶴田氏)はこのように答えてくれた。

「当然ですが仕事するうえで、私たちは社内外に沢山のステークスホルダーと関わりながらビジネス活動をしています。ですから、どうしても休みを取っている間にメールが来たり、MTGや商談が組まれてしまうケースも決して少なくないでしょう。メンバーが気兼ねすることなく一斉にWellness Fridayを取得することで、メリハリのある会社生活を送ってもらいたいのが狙いです。

例えば、Wellness Fridayの時間帯を活用して、健康保険組合とコラボレーション。健康増進を目的としたウェルネスセミナーなどを多く開催してきました。一例では、リモートワーク下で自宅にいる機会が多い社員が挙げる身体の悩みに対して『腰痛セミナー』を開催するなど行ってきました。このセミナーはオンラインで気軽に参加できることもあって大変盛況、かつ参加者の満足度も非常に高く好評を博しました。社員は、このWellness Fridayの時間を使って、自身の健康増進に役立ててほしいと思います」。

鶴田氏によると、健康経営の取り組みとして、弊社では新型コロナウイルスの感染拡大以前より、Wellness(健康)増進について3つの要素「Physical:身体の健康」「Financial:金銭的に健全であること」「Stress Management:メンタル、精神的な健康」が満たされることを重視し、プログラムを実施してきたという。コロナ禍においては社員の身体の健康と安全の確保が優先されることは当然だが、在宅勤務の拡大により働き方のスタイルも大きく変わり、改めてこころとからだの健康の双方を重視して取り組むべきと考え、コロナ禍においても新たな取り組みをスタートさせたわけだ。

実は、同社の「Work That Fits Your Life」は5つの制度で構成されるプログラムの総称でもある。「育児短縮勤務」「育児休業制度」の拡充、新たに「リタイア前短縮勤務」「Career Reboot(復職制度)」の導入を進めており、特に育児短縮勤務においては、すでに日本で導入されており実績としてGlobal Policyを上回っている。

主体と自律、HPEが考える「新しい働き方」とは?

「会社は社員の業務を取り巻く環境、それらを支えるルールを作るという認識が一般的である中、働き方に関するあらゆる選択肢を社員に提供し、その中でいかにその仕組みを活用するかが大事です。特に社員の主体性に任せることで、その自律性を推進し、さらなる成果の発揮やイノベーションの推進を目指しています。

そこで当社では、働く時間や場所に関するルールを運用することによって『社員を管理する』ことではなく、人と人との信頼と尊敬に基づく企業文化を軸に、『ビジネスへの貢献や社員のエンゲージメントにつなげる』ことに重きを置いています。そうすることで働く時間や場所に関わらず、成果に応じて評価する仕組みを確立することができるからです」(鶴田氏)。

マネジャーの最も重要な役割の一つは、部下の強みやキャリア指向性をしっかりと見定めたうえで、信じて任せ、見守り、フォローすること。そしてプレイヤーである社員は「こういう仕事がしたい」「こうした働き方を実現したい」といった主体性をもってゴールを定めること。そうしたクオリティの高い向き合い方が、良い組織カルチャーを育んでいくというわけだ。

社員を取り巻くあらゆる業務や環境に関する制約を取り除き、成果発揮のために最適な環境を主体的に見つけるための選択肢の提供に力を入れていく。この背景には、HPEの企業カルチャーに示されている「仕事をしっかりとやろう」「人を大切にしよう」の両立があるからだ。こうした人事制度は一見すると自由だが、実は厳しい。当然、成果は厳しく問われる。自由と自己責任は表裏一体だ。

HPEでは、働き方やキャリアの選択肢を提示し、社員が自身にとって最適な方法を選択しパフォーマンスにつなげるという社員自律の仕組みが浸透しているようだ。ただ単に人を縛るだけでなく、さまざまな選択肢を提示することで、社員の主体性を生み、さらなるイノベーションにつながるという。今後のHPEから目が離せない。

DXで変わりゆくマネジメント体制

ここからは1問1答形式で、人事・組織醸成について鶴田氏にお答えいただこう。

――テレワークマネジメントという言葉がよく聞かれる中で、人事はどのようにしてDXと付き合っていくべき?
鶴田氏:使い分けがキーポイントとなるでしょうね。オフィスの存在意義も、コラボレーションでのクリエイティブやネットワーキングを行うための場所とその役割が変化しています。ニューノーマルと言われていますが、これからの未来はどうなるのか?という会話を社内でしっかり議論することも大事ですね。

――コロナ禍での新卒や中途入社者に対してはどのようにサポートするべき?
鶴田氏:既存社員は社歴があるので、何年も在籍していると人的ネットワークがつくられていきます。こういう仕事に詳しいのは誰々さんで、気軽に相談できるのはこの人――といったように。これまでの実績があるのでリモートワーク下でも滞りなく仕事が進められていました。ところが新卒・中途入社の方はそうはいきません。特に新卒で入社した方は社会人経験もなく、社内の人的ネットワークという貯金もありません。そうした方々に対しては、既存社員とは異なるサポートが必要です。まずは社内の雰囲気がよくわかるようなオリエンテーションなど少し業務から外れたところから始めてみてもいいかもしれません。

――新卒や中途入社者のオンボーディングやオンラインでの研修はどうか?
鶴田氏:誰かと意見を戦わせて創造性のある議論をしたり、意見交換や新しいことへの学びに対しては、やはりどうしてもその機会が必然的に減少しています。前述のように見ること、知ること、感じることを、様々な角度から会社の社風や匂いを感じれらる、いわば五感を刺激する施策が必要ですね。ここはオンラインが万能とはいかない点でもあると認識しています。今後もウェルネスの概念を忘れず最適解を模索していければと考えています。

取材後記

「私の人事としての仕事は黒子に徹したい。主役は社員の皆さんである――」。社員の主体性や自律性を促すマネジメント体制を敷いているHPE鶴田氏の言葉がとても印象的だった。同社の創業者の言葉を借りると、「人間というのは、誰でも例外なく会社が働きやすい環境を整えたら、顧客や社会のために良い仕事をしようとする」ということである。情報管理社会と言われる日本において、自律性を重んじるカルチャーのある同社。これからも高い成長と社会貢献を見せてくれるだろう。

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取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊