ポスト・コロナ時代のチーム論 新時代のリーダーは『ONE PIECE』のコビー?

マンガナイト
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ある村の少年、モンキー・D・ルフィが海賊王を夢見て冒険の旅に出る人気漫画『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)。「悪魔の実の力」を手に入れて修業を積んだルフィは、冒険の中で仲間を集め、麦わらの一味を結成します。時に一味の仲間とともに、時に外部の実力者と手を結んで強大な敵を倒す姿は、現実社会で仲間を集めて新しいことに挑戦する組織の姿と重なり、多くの読者がルフィを新しい時代のリーダーとして受け止めました。

緩やかに個人がつながった麦わらの一味が、大きな組織をはじめとする敵と戦う構図は多くの読者を引きつけ、ルフィのようなリーダーを目指す人を生み出しました。しかし、『ONE PIECE』の連載開始は1997年。東日本大震災や、新型コロナウイルスのまん延を経験した今、新しいことに挑戦し、イノベーションを起こし続けるためのチームを改めて考える必要があります。新しいリーダー像を、『ONE PIECE』に登場するキャラクターから探ります。

時代とともに変わる理想のチーム

2017年、「『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方」(集英社、山内康裕・いわもとたかこ共著)というビジネス書が出版されました。この本では、『ONE PIECE』の主要キャラクターやエピソードを分析した上で、キャラクターを次の3つに分類。

(1)仲間とのつながりを重視する「ヤンキー」
(2)理屈にこだわり、専門を極めることを追求する「おたく」
(3)両方の特徴を兼ね備えたバランスのいい「おたやん」

それぞれのタイプのキャラクターが絶妙に組み合わさった麦わらの一味のようなチームが、社会や組織で新しいことに取り組むときに、いかに優位性を持つのかをまとめています。麦わらの一味で船長=リーダーを務めるルフィは、自分の中の思いや情熱、やりたいことを意思決定で優先し、仲間との絆やつながりを重視することから、ヤンキータイプと分類しました。このタイプは、理屈を考えるよりも行動を重視し、大切な人から受けた恩義や義理人情を重んじます。

前提としていたのは、2010年代の「イノベーションに時間のかかる大組織」VS「機敏で外部の動きを取り入れながら柔軟に動ける中・小規模組織」という対立構造でした。当時、日本の大企業など官僚的仕組みを持つ従来型の組織は、内部でイノベーションを起こしたり、新しいことを始めて軌道に乗せたりする際に時間がかかっていました。

そのような組織では、ルフィの率いる麦わらの一味のような、専門家を抱える勢いのあるチームと連携することでイノベーションを実現できます。そして、外からもたらされる新しい考え方と勢いが、旧来のシステムの元で凝り固まってしまった組織を揺り動かし、物事を前に進める力になると考えていました。

これは、『ONE PIECE』の物語全体そのものの構図でもあります。ルフィは海での冒険を通じて、自分と同じ方向を見る仲間を集めてチームを組みます。そうしてできた麦わらの一味らが立ち向かう相手は、海軍をはじめとした権力を持つ支配者層です。麦わらの一味は彼ら以外のキャラクターと手を組みつつ、敵を倒すことで支配構造を崩し、虐げられた人々を結果的に解放することになります。

ただ、新型コロナウイルスのまん延を経験した2020年以降の社会において、ヤンキー的な気質が強いルフィがリーダーとして組織を率いて、躍進するのは難しくなりつつあります。コロナのまん延が社会に突き付けたのは「努力や勢いだけでは乗り越えられない壁がある」「対立相手を力ずくで倒すだけでは解決できない」「そもそも倒すべきものが複合的で見えにくい」という事実。ヤンキーが重視する熱意や義理人情、仲間との絆だけでは乗り越えるのが難しくなってきました。こうした現状を踏まえると、問題解決のためには、より適切なチームを再考する必要があります。

リーダーはコビー?大組織も挫折も経験した理想家

2010年代から2020年代への大きな変化の一つは、前述のような感染症のまん延を含め、直面する課題がより複雑になっていることです。さらに、多くの問題が複雑に絡み合っているため、一つの問題を解決すれば全てが良い方向に向かうわけではなく、一人の人間の熱意やアイデアだけではなかなか解決への道を開くことができません。個人の価値観も多様化しているため、立ちはだかる巨大な「敵」を倒して終われるわけではないのです。むしろ、敵も将来の味方に引き込めるような包括的な解決策が求められます。変化やイノベーションの結果から生じるさまざまな影響を検討することが必要なのは言うまでもありません。

こうした状況でリーダーは、社会の仕組みや人々の考え方の変化に機敏に対応しつつも、チームのメンバーを含む利害関係者の思いを考慮しながら動くことになります。

『ONE PIECE』のキャラクターで、2020年代に合うリーダーとメンバーは誰なのか。『ONE PIECE』は1997年に始まり、物語全体の構造も「個人が自分の意志で所属先を選び、緩やかに連携する組織」VS「権威的な組織」というもの。登場するキャラクターに、2020年代の現実社会で適切な行動や振る舞いを見いだすのはなかなか難しいのですが、あえてリーダーを選ぶとすれば、海軍所属のコビーを挙げたいと思います。

コビーは、海賊王を目指して冒険を始めた直後のルフィが女海賊アルビダの船で出会った少年です。当初卑屈だった彼は、アルビダの船で雑用係として使われていました。ルフィの活躍によってアルビダから開放され、改めて海軍に入隊します。

その後、ルフィの祖父ガープ中将らの下で鍛えられ、ルフィが兄のエースを失ったマリンフォードの頂上戦争では、白ひげ打倒後も戦い続ける海軍大将サカズキに対し、非力ながら戦いをやめるように立ち向かいます。現在は、海軍本部の大佐まで出世しています。海軍で出世して組織の中心になるという目標に向かって、未熟だった少年が心身ともに鍛え、着実に歩みを進めていることがわかります。

コビーには、海軍将校になるという夢と、それに向かう意思、さらに努力できる力があります。そして、海賊船で働かされていたという過去や力が及ばなかった頂上戦争での経験、華やかな活躍を見せるルフィとの比較から、自分の力不足も自覚しています。コビーであれば、力がない者の思いを理解し、いざというときには周りを頼って協力を求められると想定できるでしょう。

変化の激しい環境では、周りの協力を得ながら状況を踏まえて、適切にアクセルとブレーキを切り替えて動くことが重要です。強い意思を持ちつつも自分の非力さを理解しているコビーであれば、マリンフォードの頂上戦争のように、全員が目の前のことに熱狂してしまった場合でも、冷静に立ち止まることが期待できそうです。

複合的な問題の解決には、大組織やいろいろな背景を持つ人々を巻き込むことが必要ですが、海軍という大組織で、女性も含めたさまざまなタイプの人々と仕事をしたであろうコビーの経験は有益になります。

こうしたリーダーのコビーとチームを組めるメンバーを考えると、リーダーの理念や目標に賛同でき、かつ不足している専門知識を補える人、大組織の動き方を理解し、チーム全体の動きを加速できる人が求められます。『ONE PIECE』のキャラクターで言えば、麦わらの一味のロビンやチョッパー、元白ひげ海賊団のマルコ、海峡のジンベエ、革命組織の一員であるサボが当てはまりそうです。

では、2010年代までのルフィ型のヤンキー的気質の強いリーダーはどうすればいいのか。一つは、リーダーに求められるものが変わったと認識し、意識的にコビー型のタイプに近づくこと。

ヤンキー気質の強いリーダーの最大の特徴は、大きな決断のときに自分の感情や感覚を頼りにし過ぎることです。技術や革新で明るい未来を提示し続けられていれば、チームのメンバーはその勢いに乗りやすくなりますが、直面する課題が複雑になった現代では、いざ失敗したときの軋轢が大きくなり過ぎます。足を止める勇気を見せることを、選択肢として常に意識する必要があります。

組織などを率いるリーダーとして、ルフィとコビーをあえて比べると、コビーは突破できない無力さを知っていることが挙げられます。コビーがどんなに身体的に強くなり、海軍で高い地位を得ても、過去に感じた無力さは消えることはありません。おいていかれる側の無力さを自覚しているリーダーは、それを知らないリーダーよりも、強者だけではなく、より多くの人々を巻き込むことが可能になります。

もう一つは、活躍の場を変えることです。チームを率いるリーダーはコビータイプに任せて、ルフィタイプはその強みが生きる場所を新たに見つける。それは、組織の中で言えば、アドバイザーのような立場で全体の動きを把握しながら、必要なタイミングで足を止めそうなメンバーの背中を押す役目などです。ルフィのようなヤンキー気質の人は、2020年のリーダーとしては前のめり過ぎます。ですが、理屈を超えた感覚や感性で世の中の動きを把握し、方向を見極めることに長けていることは間違いありません。最後の最後で迷うコビータイプのリーダーの有力な相談相手にもなり得ます。コビータイプのリーダーは、こうしたヤンキー気質の人の感性や感覚をうまく言語化し、メンバーに伝えてくれるでしょう。

柔軟性を生み出す挫折の経験

コビーを含め、前述でチームのメンバーに挙げたキャラクターに共通するのは、自分の力だけではどうにもできないことに直面し、それぞれ自分なりに消化しつつあるという経験です。肉親もしくはそれに近しい存在の死を含めた過酷な状況に落とされ、かつその責任をどこにも転換できず、恨むこともできない。個人の力や努力では乗り越えられない壁にぶつかることによる挫折の経験とその受け止め方は、多くの場合、その後の行動の柔軟さにつながります。

こうした柔軟さは、技術や社会のコンセンサスの変化が激しい時代において重要な要素になります。こだわりや熱意を打ち出しながらも、そのこだわりが社会に受け入れられるためには、適切に環境や人々の意識の変化と擦り合わせていくことが求められます。

譲れないところは何かを見極めた上で、変えるべきところは変える勇気がこれまで以上に求められています。こうした対応力は、一度立ち止まった経験のある人の方が得やすいでしょう。

【まとめ】
理想のチームは、社会環境が変われば変化するもの。過去の経験則は参考にはなりますが、社会の受け止め方が変われば、そのまま当てはめても通用しません。リーダーやチームのメンバーに求められる能力や考え方は何か、それはどのようにすれば身に付けられるのかを考えながら、柔軟にかつ客観的に見直していくことが求められます。

文/bookish、企画・監修/山内康裕