「その給与は仕事に見合っている?」ジョブ型雇用から社員の適正給与を考える

パーソルキャリア株式会社

「サラリーズ」企画・開発担当 正能茉優(しょうのう・まゆ)

大学在学中に小布施若者会議を立ち上げ、地域の商材を女性・若者目線でプロデュースする株式会社ハピキラFACTORYとしての活動を開始。株式会社博報堂、ソニー株式会社を経て、2020年7月パーソルキャリア株式会社入社。慶應義塾大学大学院特任助教。内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者委員。

株式会社パーソル総合研究所

サラリーリサーチラボ 責任者 後藤裕子(ごとう・ゆうこ)

⽇本IBM株式会社においてグローバル・サービスオペレーション理事、グローバル・テクノロジー・サービスの日本と海外の⼈事理事を歴任。BUHRとしてグローバル⼈事制度の導⼊、⼈財開発、D&I等の導入・推進を担当する。その後、⽇系⾦融のグローバル推進次⻑や外資IT企業の⼈事本部⻑を経て、2019年9⽉より現職。

フェアな処遇の実現を求めて、ジョブ型雇用を導入する企業
「フェア」な処遇の実現のために、透明性の高い基準を持つべき
目標達成度だけに偏らない、多面的な評価が求められている
マーケットの報酬レンジを知ることで、自社の最適な人材の流出を防ぐ
業種・職種の枠を超えた転職や副業が可能になる未来図
まとめ

日本で長らく採用されてきた年功序列型の雇用システムは転換期を迎え、従業員それぞれの職務と成果に基づいて評価を行うジョブ型雇用を導入する企業も増えています。しかし、ジョブディスクリプションの作成や評価方法、報酬の設定などの検討事項も多く、導入に難航したり、システムがうまく機能しなかったりするケースも見られます。

ジョブごとの報酬水準データを提供する新サービス「Salaries」(以下、「サラリーズ」※)を手掛けるパーソルキャリア株式会社の正能と、株式会社パーソル総合研究所(以下、パーソル総研)の後藤氏に、ジョブ型雇用のメリットや導入・運用、適正な報酬決定を成功に導くためのヒントを聞きました。

(※)「Salaries」は、「Salaries.jp」として商標出願中です。

フェアな処遇の実現を求めて、ジョブ型雇用を導入する企業

──日本においてもジョブ型雇用の導入が進みつつありますが、日本の企業は雇用面でどのような課題を抱えているのでしょうか?

ジョブ型雇用・人事制度に対する経営・人事の意識

ジョブ型雇用・人事制度導入の目的・狙い

後藤氏:パーソル総研が実施した調査によると、現在ジョブ型雇用を導入済み、もしくは導入を検討している企業は50%を超えているという結果が出ています。導入の目的については、「従業員の成果に合わせて処遇の差をつけたい」が65.7%(複数回答)でトップです。これは、裏を返せば日本型雇用をベースにした人材マネジメントが、外部環境の変化、働き手の変化に対応しづらくなっていることを示しています

また、「戦略的な人材ポジションの採用力を強化したい」「若手の登用を促進したい」「組織の新陳代謝を促進したい」など、人材採用・活用に関する回答も目立ちます。これまでのようにジョブローテーションで人を育てようとしても、事業戦略を担う人材育成ができないので、社外から最適な人材を採用しなければならないという企業の課題が浮き彫りになってきたのです。加えて、就職氷河期の社員数が少ないので、最適な若手を登用してカバーしなければならないといった状況も見られます。

さらに、「グローバル支社や拠点の人事制度を統一させたい」という回答が全体の34.7%、実際に海外支社・現地法人を持っている企業では43.7%がこの回答を選択しています。グローバル化が進む中、日本の労働人口が減ることにより、海外だけでなく日本のエグゼクティブのポジションに外国籍人材を配置することも増えてきます。この点からも日本的な人材マネジメントを変え、グローバル人事を構築することが求められているのです。

──働く側は、ジョブ型雇用の導入について、どのように感じているのでしょうか?

正能:「サラリーズ」の導入を検討してくださっている人事の方とお話しすると、コロナ禍の影響で「ジョブ型=企業が働く人を解雇しやすくする制度なのではないか」と社員の方に不安に思われることがあると伺います。ただ、ジョブ型雇用制度の本質は、業種・職種・グレードごとのマーケットデータに基づいた、フェアな処遇を実現すること。これからの世の中において、働く個人には「キャリア自律」が求められ、同時に企業には従業員に対するフェアな処遇が求められるようになっていくと考えます。

例えばミレニアル世代は、所属する組織に対して「ひとつの会社に生涯勤め上げる」と考える人は減り、評価や処遇には一定の納得感を求めています。同じくミレニアル世代の私も同感です。報酬のみを理由に働き方を選択する傾向が弱い世代なので、年齢に関係なくフェアな処遇が実現される世の中になったらうれしいなという気持ちもありますね。

後藤氏:そうですね。年功序列型に疑問を感じ、自分の功績や実力に見合った評価を求めている人が正能さんのような若手に限らず増えていますので、その人たちには職責・貢献に応じたフェアな処遇に変わっていくことに抵抗感はないでしょう。また、先ほどの調査では「年功的な賃金カーブを是正したい」と回答した企業は42%でした。最近では労働組合も全員等しく賃上げするという路線を見直し、一定のベアは確保しつつ、貢献度に合わせた処遇の必要性も認めるようになってきています。

一方、働く側には、「自分の仕事やポジジョンが将来的にどうなるのか」という不安もあるでしょう。定年まで雇用を保証される時代は終わったと言われ、大手企業などから「キャリア自律」が提言されるようになってきましたが、企業から従業員へのキャリアパスが明確化されていないケースもあり、手探りの状態がまだまだ続いています。

「フェア」な処遇の実現のために、透明性の高い基準を持つべき

──ジョブ型雇用の導入に当たっては、どんな課題や難しさがありますか?

後藤氏:ジョブ型雇用は、給与体系だけでなく、評価や人材配置、採用にも関わってくるので、人事制度全般を見直すことになります。これは、企業にとって非常に大きな変革となるため、導入がスムーズに進まないケースも少なくありません。

人事制度変更の障壁

パーソル総研の調査によると、人事制度変更の際にネックとなる要因として、「経営層からの承認」を筆頭に、「労働組合との交渉」「管理職層の抵抗」などが挙げられています。

人事制度は、企業経営において根幹となるものですから、まず経営層の理解を得られなければ、それを変えることはできません。また、単に理解するだけではなく、経営と人事が深く関わり合うことも大切です。経営層には、管理職だけでなく全社員へのコミュニケーションを継続的に実施することや、人事施策の進捗を経営会議でディスカッションするなど、これまで以上に参加してもらうことが大変重要です。

正能:「フェア」「その人の価値に見合った」の定義は難しく、ある人にとってフェアであることが、別の人にとってはアンフェアなこともあり得ます。その擦り合わせのためには継続的なコミュニケーションが必須となるでしょう。

また、働く人が「フェアな処遇が行われている」と感じるためには、企業が透明性の高い処遇の基準を持つ必要があります。その基準づくりのツールとして、これまでも報酬調査サービスは存在しましたが、既存のサービスには自社社員のグレードを振り分ける必要があったり、データを得るまでに一定の時間がかかったりするといった不便さもありました。それもまた、ジョブ型雇用やフェアな処遇の実現を阻害する一因になっていたのではないでしょうか。

目標達成度だけに偏らない、多面的な評価が求められている

──ジョブ型雇用の報酬水準を決めるにあたって、ジョブディスクリプションはどのように作成・運用すべきでしょうか?

 

後藤氏:一般的に、ジョブディスクリプションは、職種・グレードごとにつくられますが、新しいビジネスが次々に生まれている今、全ての職種・グレードに対応するのは難しいのではないかという声も聞かれるようになりました。実際、外部コンサルの力を借りてジョブディスクリプションを細かくつくり分けたものの、「数が増えすぎて運用に耐えられない」「それを評価・処遇にうまく結び付けられない」といったことが運用で表面化し、細かい職務等級から役職等級に変更された企業もあります。

今、ジョブ型雇用を導入している企業の多くは、細かくなり過ぎないようにベースとなる部分だけを外部コンサルに任せ、あとは自社の実情に合わせて評価の項目だけを細かく設定するなどのアレンジをして運用しています。また、評価や処遇、人材登用も含めた人事戦略を事業戦略と結び付けるため、人事面にも事業面にも知見を持つ「HRビジネスパートナー」(HRBP)というポジションを設け、ビジネス側との連携を深化する企業も増えています。

──人事制度の構築・運用において、モデルになるような企業はありますか?

後藤氏:パーソル総研で2020年夏から8カ月間にわたり、『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトのひとつとして6回の有識者会議を行いました。その中でカゴメ株式会社の有沢正人氏(常務執行役員CHRO)は、同社で全世界共通の「グローバル・ジョブ・グレード」を導入されています。

プロジェクトのレポートに詳細が書かれていたのを拝見しましたが、「役員から始める」「現場からHRBP(人事観点とビジネス観点の両面で人事戦略を考える人)を選ぶ」「経営と人事がどのようにタッグを組んだのか」「コミュニケーションの重要性」など、導入にあたって日本の雇用習慣を踏まえながら、グローバルもカバーして人事制度を改革されています。

さらに、情報の開示も積極的に行うことで、透明性を高め、自分が次にどのようなポジションを目指したいかが、明確になる施策を取られています。

──ジョブ型人事制度における評価方法は、どのような点に留意すればいいでしょうか?

後藤氏:ジョブ型人事制度にした場合、職責が明確になりますので、まず設定された目標を達成したかどうかが重要な判断基準になります。実際、これまで欧米では目標達成度を重視してきました。しかし、最近では職責・目標だけを評価に落とし込むやり方を改める企業も増えています。「数字だけの評価では会社への貢献度を測ることができない」という認識が高まっており、部下へのケアや周りの人のサポートなど、職務以外の評価軸を取り入れるようになっているのです。

ジョブ型人事制度導入の際に、「ジョブ型になるとグレーゾーンの仕事を誰も拾わなくなって、会社が回らなくなるのではないか」とよく言われますが、欧米ではそういう弊害を避けるためにも、評価軸を増やそうとしています。たとえば、「この社員は、周りからどんな評価を受けているのか?」といった情報を集め、それを評価の参考材料にしている企業もあります。ジョブ型人事制度をきちんと機能させるには、このように多面的な評価を行う仕組みづくりが大切ですね。

マーケットの報酬レンジを知ることで、自社の最適な人材の流出を防ぐ

──ジョブごとの報酬水準データを提供する新サービスの「サラリーズ」は、ジョブ型雇用を導入する上で、どんな役割を担いますか?

後藤氏:マーケットにおける業種・職種・グレードごとの報酬レンジがわかるため、マーケットの相場と同水準の報酬を出すための参考情報となり、人事が評価・処遇について考えるお手伝いが出来ます。また、既存の報酬調査サービスはマーケットデータの更新が年1~2回程度でデータ分析作業にも手間がかかるのに対し、「サラリーズ」はデータが毎月更新される上、さまざまな分析が簡単にできるので、必要なときに新しい情報を入手することができます。

 

正能:人材育成や配置の検討など、「サラリーズ」はさまざまなシーンに活用できますが、お客さまからは「自社の処遇が妥当なものなのかどうかを知りたい」というお声が一番多いですね。最適な人材を採用したい、人材の流出を防ぎたいというニーズの中で、同業種・同職種におけるマーケットの報酬レンジを参照して、自社の報酬を検討する使い方をしていただいています。

また、自社の報酬レンジとマーケットの報酬レンジを比較したときに、自社がマーケット水準より低い場合には、報酬以外の処遇を手厚くして魅力を出すという対策を打つこともできます。たとえば、教育プログラムを充実させたり、社員に自社株を付与したりといった形で、インセンティブを強化することもできますね。

後藤氏:ほかにも、グループ統合やM&Aの際、各社で異なる給与テーブルを統一するのに「サラリーズ」の報酬データを利用できますし、職種によって異なる給与カーブを把握して、どのように昇給させていくのかというプランを立てるときに参考データとして活用できます。

私が以前在籍した会社の話ですが、データ・サイエンティストが入社して3~5年ほど経つと、マーケットでの価値があがり、現行の報酬より高いオファーが届いて退職する事が散見されました。当時は「サラリーズ」がなかったので、他社の報酬レンジから、新卒社員の給与を見直し、入社3~4年目までの社員給与を改定した経験があります。「サラリーズ」があれば、分析にかかる手間はかなり減り、施策を考える時間が十分に取れたのにと思います(笑)。

──「サラリーズ」のデータは、在籍社員が見ることはできないのですか?

後藤氏:現状、一般社員は見られないように設計されていますが、「この業種・職種・グレードの報酬レンジはどれぐらいなのか」という情報を社員に開示する使い方をする会社もあります。報酬レンジの上の方にいる社員が、そのことを知らずにいると、いくら働いても給料が上がらないまま同じグレードに居続けることになりかねないので、「キャリア自律」を促すためにも情報を開示して、次のグレードに向かう後押しをしようという狙いです

業種・職種の枠を超えた転職や副業が可能になる未来図

──ジョブ型雇用が世の中に広がることによって、今後、越境人材の活躍・活用の機会も増えていくのでしょうか?

後藤氏:最近では、副業を認めたり週3日勤務を可能にしたりする企業が出てきているので、複数の会社での勤務がしやすくなっています。ジョブ型雇用になると、企業が必要とする人材を社外から採用しやすくなるため、越境人材の活躍の場は広がるでしょう。ただ、人事は働き方の多様化や評価、給与制度だけでなく、今後は法定外福利厚生まで広げて対応を検討していくことになりますね。

正能:働く個人にとっては、ジョブに対して報酬が支払われるようになることで、社会において自分は何をどう評価されているのかが明確になります。「会社員だから給料をもらえる」から、「この仕事をしたから給料をもらえる」という認識への変化ですね。結果、自ずと「会社」から「社会」というステージに、働く人の視野も広がっていくと私は考えています。だから、ひとつの組織に留まらず、越境して活躍していく人は増えていくと思いますね。

また、私自身、複数の組織でさまざまな仕事や活動をする中で、自分の価値はどれぐらいなのか、この仕事に対していくら支払われるのが妥当なのかという「自分の値付け」に悩んだこともありました。しかし、所属に対しての値付けではなく、ジョブに対しての値付けに意識が変わることで、「自分の値付け」がしやすくなり、組織を超えて仕事を始めるときのハードルが大きく下がります

さらに、「サラリーズ」では個人の経験やスキルを「ワークタグ」化し、社会・組織で個人がどう評価されるかの可視化にも取り組んでいます。それを使って分析すると、「こういう職務経験を持つ人がこの業種・職種で高く評価される」といったことがわかるんです。転職や副業というと、同じ業種・職種でなければ難しいと考えがちですが、このような分析ができると「自分のこの経験が評価されるのなら、今まで無理だと思っていた仕事にも挑戦してみよう」という意欲が湧くかもしれません。フェアな処遇の実現のみならず、組織の枠を超えて活躍できるチャンスを生み出すお手伝いもしていきたいです。

まとめ

インタビューから得た、ジョブ型雇用における適正給与を考えるためのポイントをまとめてみましょう。

●評価

□年功主義的な人事制度運用の見直し、フェアな評価を

□ジョブディスクリプションの透明性を高め、社内のキャリアパスを明確に示す

□個人目標は上司がよく話し合って設定し、評価の透明性を高める

●組織・制度運用

□経営層・管理職や労働組合と調整をして同意を得る

□CHROなど人事掌握役員を配置、HRBPの設置

□従業員の人事考課・評価や異動・経験部署の情報を一元管理

□制度変更に伴う、既存従業員へのケアを忘れない

□社外の優秀な人材を柔軟に採用

●給与

□職務や役割を基にした給与を設定

□職務ごとにタイムリーなマーケットの報酬レンジを知る

 

出所:パーソル総合研究所「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査

取材後記

企業にとって、雇用システムを刷新するのは大きな冒険であり、ジョブ型雇用への移行が必ずしもスムーズに進むとは限りません。しかしそれが達成できれば、企業は専門性の高い人材を採用しやすくなり、働き手にとっては成果に見合う報酬を得られるとともに、スキルを磨いて越境ワークにも挑戦できるようになります。

その結果、人材の流動性が高まり、生産性の向上につながる可能性もあります。しかし、それを実現するためには、日本の労働市場を、職種・グレードごとに同一の報酬が支払われるような、常に公正で透明性の高いものにしなければなりません。「サラリーズ」は、労働市場に変革を促す一助となってくれそうです。

取材・文/森 英信(アンジー)、撮影/中澤真央、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部