なぜトヨタは新卒採用一辺倒からキャリア・第二新卒採用に注力したのか。大変革した人事・採用戦略とは

トヨタ自動車株式会社

人事部 人材育成室 採用グループ グループマネージャー
山口 勇気(やまぐち ゆうき)

プロフィール

トヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市、代表取締役社長:豊田章男)は、これまで新卒一辺倒の採用体制からキャリア・第二新卒採用に注力している。

自動運転技術の進化、カーボンニュートラルの実現に向けた電動車の拡充、Woven Cityプロジェクト始動など、トヨタが取り組む社会課題の解決は、いまやクルマづくりだけにとどまらない。SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)や、ESG(Environment・Social・Governance/環境・社会・ガバナンス)といった世界的な潮流の中、トヨタも単一の国内自動車メーカーからの脱却が必要になった。そのため多様な人材に同社で活躍してもらい、Diversity & Inclusionを体現する必要がある。

そこでトヨタは、現行の新卒採用とキャリア・第二新卒の比率を、7:3から、5:5にシフトする中長期計画を掲げ、よりさまざまな人材がトヨタグループに携われるように体制を変えようとしている。まさに採用変革ともいえるトヨタの取り組みはどのようなものなのか。同社の人事担当 山口勇気氏のインタビューからひもといていこう。

ビジネス変革=採用変革。これまでの歩みからトヨタを知る

さて、トヨタの採用と聞くと、d’s journal読者はどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。

きっと「新卒採用しか行っていない」「学歴フィルターが存在している」「愛知県出身が多い」「親の代からトヨタで働く人がほとんど」など、やや過激にイメージする方も少なくないのではないだろうか。実際はどれも当てはまる項目ではないが、良くも悪くもトヨタの採用体制に対するイメージが定着しているように思う。

ここで、既知の情報ではあるがトヨタ自動車という会社をいま一度おさらいしてみよう。1962年に創業した同社。自動車産業において世界最大手であり、国内単一メーカーとしてもトップ自動車メーカーである。総資産は、2020年3月期の連結総資産は52兆6,804億3,600万円、従業員数は2021年9月現在、連結で36万6,283人(単独71,373人)となっている。(※2021年9月現在)

2015年からは、設計開発思想「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ)」を導入。それに伴い電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)、さらには燃料電池自動車(FCEV)などの開発を加速化。世界に先駆けて先進的なクルマや技術を次々と展開している。

これについては、技術革新や概念の変化により、CASE(※1)とMaaS(※2)が到来する、100年に一度の大変革の時代に合わせたトヨタの産業構造や組織の改革としており、そのため同社では「自動車をつくる会社」から「モビリティカンパニー」へとシフト。

世界中の人々の移動に関わる、あらゆるサービスを提供する会社へと転身する。

そのためトヨタ自動車を含めたトヨタグループ全体では、ホーム&アウェイ視点での事業再構築が行われており、多種多様な事業展開をするグループ各社での協業にも力を入れている。

そして今年2021年は、高度運転支援技術の新機能「Advanced Drive」を搭載したレクサスLS500hや、水素で走る燃料電池車「MIRAI」を日本国内発売するなど、依然トップカンパニーとしてその地位を堅持している。

(※1)CASEとは…Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字をとった略称。自動車業界の新たな潮流を示す言葉
(※2)MaaSとは…Mobility as a Serviceの略称。ICTを活用した移動概念(サービス)を指す

キャリア・第二新卒の採用強化、そして採用変革へ

さて、直近のトヨタについて、簡単に概要をお伝えした。

モビリティカンパニーへの大転換により、グループ会社にとどまらず、さまざまな協力会社とのアライアンス強化がますます重要になった同社。そのため、今まで以上に多様な人材を採用し、そして彼らに活躍してもらうことが求められる。

そこで同社では、人事・採用面においても体制の改革を推し進めており、「多様性」「トヨタの変革」「トヨタのチャレンジ」といったメッセージを内外に発信している。

そう、トヨタは自社の採用体制にも変革のメスを入れているのだ。具体的には、新卒採用の在り方の見直し、キャリア・第二新卒採用の強化、定着率向上のためのオンボーディング施策、そして若手育成のための研修システムの改善である。

同社の人事・採用改革の旗振り役の一人となっている、人事部 人材育成室 採用グループ 山口勇気氏(以下、山口氏)は、これまでのトヨタと改革の必要性を、次のように語る。

「世界的なCASEやMaaSといった概念の波及により、当社もクルマの製造・販売だけでなく、その周辺サービスも含めて、その価値を提供するモビリティカンパニーへとモデルチェンジしようとしています。

トヨタ自動車の根幹を形成する理念は、ヒト中心、幸せの量産です。これらに加えて、求められる人材像も、専門性はもちろん『人間力』や『情熱』を持った、多様な人材を採用することが重視されるポイントとなりました。

当社はもともと新卒採用の企業文化が強く、一度トヨタグループに入社すれば生涯トヨタのビジネスパーソンとしてその人生を全うする、といったモデルが一般的でした。しかし時代は変わりました。

自分の人生やキャリアは、主体性を持って自分の意志で切り開いていく――。自ら問いを立てて、そこに向けて自立自走していく人物像こそが現在のトヨタにふさわしいと考えられ、新卒社員を育成していくほか、広く外からも新しい風、つまりキャリア・第二新卒を受け入れようという方針へシフトしたのです。

社内の風土改革も相まって、多様性が反映される環境。そうでなければ、今後のトヨタの成長はないだろうと、考えたわけです。

そこで、2019年あたりから採用改革に取り組み、キャリア採用を拡充するほか、選考方法、評価指数の明確化、構造化された面接システムなどを根底から見直すなどしました。今のトヨタに足りない専門性、とりわけソフトウェアエンジニア(インフラエンジニア、UIUXエンジニア、Webエンジニア、組み込みエンジニア)やAI/データサイエンティストなどといったIT/ICT関連分野を中心として、積極的に採用とその周辺体制を整えていこうとしたのです」(山口氏)

現在、キャリア入社者の割合は全体で30%程度だという。これを中長期的に50%の比率まで引き上げていく構えだ。

そのイメージをどう覆す?トヨタのすべてを情報開示

トヨタの採用改革は、大きく新卒、第二新卒、キャリア採用と分けて、それぞれアプローチを変えながら変革を推進していった。

まず新卒採用では、これまで慣習的に行っていた学校推薦を廃止。学生に自由な選択肢を提供し、自分の意志で応募ができるよう、その風土を変えた。つまり、誰かの意志を挟むことのない完全自由応募としたのだ。

同時に、新卒採用において応募者との接点にも広がりを持たせたい意向だ。従来は新卒一括採用のタイミングでしか採用候補者とつながりを持てていなかった。さらに、第二新卒採用も強化することで、年間を通じて応募者との接点を持つことができると考えている。

新卒採用時、残念ながらトヨタ以外の会社に就職された方や、他社で多様な経験を積み、情熱を持って再度トヨタにチャレンジしたいという方に対する受け皿を用意しているという。つまり、採用候補者がトヨタで働きたいと考えるタイミングを、個々人に合わせていけるように環境を整えたのだ。

そしてキャリア採用の取り組み。実は大きな課題があった。中でもとりわけ大きな問題の一つが、「トヨタで働くイメージが湧きにくい」ということだったという。

上述の通り、世間の多くの人たちはトヨタに対するイメージを強く持っているが、実際のところ、その巨大過ぎる組織ゆえに、「自分が働くイメージ」を持たれることは少ない。それは、同社の採用の環境が悪い方向にブラックボックス化していたからだ。

「『入社前に取り組んでおいた方が良い勉強などはありますか?』、『入社初日に何を着ていったらいいですか?』――。これらは採用改革を始めた当初、キャリア採用内定後の面談でよく聞かれた質問でした。正直に言って、意外でした。

というのも、彼らはキャリア入社ですので、当然ビジネスの現場は経験しているはず。ところが、トヨタの社風についての基本的なイメージすら持っていなかったのです。

ですから、まずはそうしたトヨタの基本のキ、こんな会社、こんな社風です、というものを伝えるところから始めるべきだと考えました。『トヨタにはあなたが必要なんですよ、だから応募してくれませんか』といった、潜在層に応募への気づきを与えられるようなメッセージを発信することにしたのです。

そこで、従来発信できていなかった職場の情報を発信するとともに、『トヨタイムズ(トヨタ自動車のオウンドメディア)』などとも連携した、採用ブランディングを積極的に仕掛けることにしたのです。

(上記の取り組みを行う前から)入社者の方のアンケート結果で、トヨタイムズを入社のきっかけとされているケースが多いことが分かっていました。トヨタイムズでは会社トップの想い、会社の方向性を豊富に発信していますので、それに加えて応募者が実際に働く職場の人や、雰囲気、業務内容をさらに伝える必要があると感じていました」(山口氏)

そこで、キャリアアップのための情報提供サイト「TECH PLAY」を通じ、トヨタグループの持つ自動車技術など、専門的な情報を開示するオープンメディアを目指した。そのほか、企業カルチャー発信サイト「talentbook」を活用して、社員一人一人にフォーカスしたインタビューコンテンツを掲載するなどした。多岐にわたり「トヨタの今」を発信したのだ。

トヨタの企業文化・風土・職場環境などについて、こうしたオープンな情報発信は、人的資本の情報開示とも言われ、市場や企業価値と連動し、採用にも良い影響を与えると言われている。採用候補者のやりたいことや仕事に対する想いがかなう環境がマッチすれば、末永くトヨタの成長に寄与してくれる人材を採用できるというわけだ。

このようにして同社は、新卒、第二新卒、キャリア採用のセグメントの中で採用改革を進めていった。少しずつではあるが、キャリア採用比率も上昇しているという。

では、キャリア採用が起点となって社内体制に変化はあっただろうか。山口氏に聞いてみた。

「当社は、デジタル化についてはまだまだ遅れています。そのため、キャリア採用枠で入社いただいたソフトウェアエンジニアの方々から、開発環境やOAツールといったIT環境について、あらゆる観点から課題の指摘や改善提案をいただき対応を進めています。

2021年、当社の代表である豊田章男は春の労使協議会で、「デジタル化については、3年間で、世界のトップ企業と肩を並べるレベルまで、もっていきたいと」と宣言しました。大規模な投資や社員のリテラシー向上などを果たしながら、より一層生産性高く働いていける職場づくりを進めています。

キャリア入社の比率が上がることにより、外から新しい風が入り、社内変革のスピードが上がったのは大きな変化の一つですね」(山口氏)

若手社員個々人を細かく見る、時代に合わせた定着率向上策とは

このように採用改革は、社内体制にまで深く切り込み、改革が実現していった。

しかしもう一つ、トヨタには懸念すべき課題が残されていた。それが入社後の定着率についてだ。

近年、特に入社2~3年の若手を中心に、退職率が上がってきている傾向にあり、それが同社の悩みの種にまで発展していた。トヨタが永続的に成長・発展していくためにも、人材育成と定着は必須だ。トヨタはこれを全社で解決すべき大きな課題と捉えて、今年から入社後定着施策に注力している。

「私たちは、以前から若手の退職率が年々上がってきていることに、危惧を覚えていました。転職市場がオープンに活発化しているという外部要因を除いても、当社の環境に不満や不安を感じて退職していく人が増えてきたのは事実です。

モビリティカンパニーとして転身を果たそうとしている中で、人材の流出は、まだ変わり切れていないトヨタを表す指標になり得ます。その反省点は、労使協議会でも共有されました」(山口氏)

入社後もトヨタで活き活きと活躍し、成長してもらうためには、本人のやりたいことと仕事とのマッチングを高めることが重要。しかし、社員の定着を見据えた場合、入社後研修だけでなく、オンボーディングを入社前からしっかり行うことが重要であると同社は見た。

山口氏は、加えてこのように説明する。

「入社してみたら『なんか違うな…』と感じさせてしまうことが双方にとって最も良くありません。それが社員全体の戸惑いや不安につながっていくからです。

たとえば、新入社員の研修では、基本的に(1)会社を知ってもらう(2)仲間を知ってもらう(3)自分を知ってもらう、という3つを主軸にして、会社トップとの懇談会、チーム制による集合研修、工場実習、販売店実習※などを実施しています。※コロナ影響により本年は見送り

ですが、採用やオンボーディング、研修、そして配属までをそれぞれ別の部署が担っており、いわゆるタテ串では機能していませんでした。

ステージが変わっても、連続性を持ってサポートできていないために、新入社員が抱える疑問や不満を伝える先も不明確。採用の現場が変わり切れていないのに、新しく仲間になってくれた新入社員に変化を求めるのは、酷というものです。ですから、まずは内定後のフォローや入社後のオンボーディングから、我々の体制を見直したのです」(山口氏)

新卒採用においては、従来の先輩社員による個別の業務説明に加え、コース別採用を取り入れることで、多様な人材がトヨタでやりたいことを叶えられるようにした。そして、寄り添って育成できるよう一人一人に合わせてマッチングを強化した。

さらに、キャリア・第二新卒採用については、四半期に一度のペースで研修を実施。また、同期入社の社員で行われる車座イベントも開催。決して孤独を感じさせないように、研修や配属のフォローなどエリアや属性に合わせて行うなど、なるべく個人に寄り添う形でサポートを手厚くしていった。

現在は、コロナ禍によるリモートワークのサポートも重視している。先輩社員、上司などとの人間関係でストレスを増やさないように、あえて声を掛ける、一人にしないといった対人関係の強化や、朝晩の業務報告、プライベートの話をする時間を設けるなど、互いに興味・関心を持たせるコミュニケーションの在り方も見直している。

要は、タテ・ヨコの関係だけでなく、ナナメやネジレなどの関係がなくなってしまわないように、コミュニケーションの網の目を多くしたのだ。

若手社員のコンディションを発見するツール導入と仕組みづくりの確立

入社後1~3年目の若手に対しては、個人のコンディションを見るためにHRサーベイツール「Geppo/ゲッポウ」を導入した。

「世の中や会社の変化に合わせて、社員一人一人をしっかり見るという観点がより求められていたことが、今回の導入の背景です。また、コロナ禍の影響もあり、自分の所属する部署やグループ以外の社員との交流が極端に減っています。

その影響もあってか、Geppoにはさまざまな相談事が寄せられています。中には、直属の上司や同僚に話せば完結する些細なこともあります。そのような声も含めて、Geppoを通じて社員一人一人から挙げていただいた声が、若手を手厚くサポートする手掛かりになりました。現場のコミュニケーション改善も、重要な課題だと感じています」(山口氏)

これまでも自分たちの職場を、自分たちで良くするために、「職場づくりアンケート」を全社に向けて実施していたという。しかし若手に寄り添うという意味では、即時に情報を集め、それを人事施策に反映できるスピードがあるGeppoが、その機能を効果的に果たしつつあるという。

加えて、部門ごとの人事担当者と連携して、育成の支援がスムーズに行えるようになったのも大きな進歩だった。その時その時の若手社員の気持ちに、もっともっと寄り添っていきたい、と山口氏はコメントする。

モビリティカンパニーへの変革を果たすトヨタ自動車。それを下支えするのは、次世代の人材にほかならない。そうした彼らの声を拾い、活き活きと活躍してもらうための環境整備を行い、なお進化しようとする同社は、HR部門でも日本のリーディングカンパニーとなり得ている。

【取材後記】

トヨタの組織変革は、その取り組みから間もなく2年が経とうとしている。インタビューの最後に「今回の人事・採用改革で、組織に変化は見られましたか?」と、山口氏に問い掛けてみた。すると、キャリア入社の割合が高まった効果は、Diversity & Inclusionの実現につながっていると答えてくれた。さらに、トップレイヤーにおける人材育成の認識が「会社の育成」から「社員個人の成長」に変わったという。また、若手社員への人事施策が、やがて全従業員の意識やキャリア形成の支援にも波及していったことを伝えてくれた。日本が誇るトップメーカー、トヨタ自動車。今後もその成長から目が離せない。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊

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