事業会社制移行で見据える、パナソニックグループ 未来の採用の姿。認知・共感にフォーカスした選考、そして育成改革の土壌づくり

パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社

リクルート&キャリアクリエイトセンター センター長
萬田 弘樹(まんだ・ひろき)

プロフィール

2022年4月、パナソニック株式会社(本社:東京都港区、代表取締役 社長執行役員 CEO:品田正弘)は、事業会社制(持株会社制)への移行に伴い、各事業会社への分社・統合を果たし、新たな方向へかじを切った。

今回は、パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社(本社:大阪府門真市、代表取締役社長:佐藤基嗣)でリクルート&キャリアクリエイトセンターのセンター長を務める萬田弘樹氏に、事業会社制における横串展開の人事戦略論や、パナソニックグループが求める人物像、さらには日本が取り組むべき採用改革案について伺った。

パナソニック オペレーショナルエクセレンスのリクルート&キャリアクリエイトセンターは、パナソニックグループ全事業会社の採用・人事オペレーションを担う企業。2022年は事業会社制へ移行したパナソニックグループ全体で新卒採用1,100名、キャリア採用1,500名採用という通期目標の達成を目指し、各事業会社の採用から育成までをサポートしている。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 執行役員(当時) 大浦征也)


事業会社制がパナソニック社内に与えたインパクトと人事戦略

――パナソニックの事業会社制化について一報を受けた時はどのように感じられましたか。社内でのインパクトや業務における変化についても伺いたいと思います。

萬田氏:事業会社制へシフトすると最初に聞いた時は、正直なところ「まずいな」と思いました。

各事業会社それぞれに採用機能を任せてしまうと、これまでのパナソニックという総合力を使って採用することができず採用力が下がってしまいます。また、全体最適で業務分担を行っていた過去の経緯から事業会社の採用担当側に専門的な採用ノウハウを持っている人は少ない状況でした。今のパナソニックグループの採用力を考えると、特に採用の入り口(母集団形成)は一元化するのがベターだろうという判断に至りました。

それからというもの、考え得るありとあらゆる問題を想定し、議論を重ね、とにかく慎重に準備をしました。今から考えると「生みの苦しみ」でした。あるべき姿から逆算し、これまでの知見が使えるところはそのまま生かしつつ全体設計できたことにより、動き出してからの大きな混乱はなく、結果として企業のブランディングやオペレーションレベルを下げずに済み、これはよい判断だったと思います。

――スムーズに新体制でのスタートを切った、と。社内では何か変化が見られましたか?

萬田氏:これまで事業側は、いわゆる本社(現:パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社)の採用部門が採用、配属してくれるのを待っていればよかったのですが、事業会社制となった現在は、採用、配属、育成などあらゆる場面で事業会社ごとに責任が発生します。

これまで以上に、各事業会社の社長や責任者の採用に対する真剣度が増し、採用で勝てなければ企業として命取りになりかねない、という意識がより強く芽生えたように感じています。

今年はグループ全体で新卒採用1,100名、キャリア採用1,500名採用を目指していますが、これは過去最高の目標人数。当面の間、この規模感が続くと見込んでいます。


変革が必要な日本の採用システム。採用の「シェアード」も始まりつつある

――萬田さんはシンガポールに赴任されていましたが、海外における日本企業とはどのような存在だったのでしょうか。

萬田氏:私が赴任した1993年当時、日系企業はグローバルの中でいわゆる「勝ち組」でした。その後、2011年に再度シンガポールに赴くことになるのですが…、なんと、日本企業の立場は、それは低いものとなっていたのです。つまり日本企業だけ「一人負け」の状態でした。

そこで働く社員の質もまったく違っていました。例えば、シンガポールオフィスで働いている優秀な方に、「あなたは入社何年目なの?」と聞くと、驚くことにその方はインターンシップの学生さんでした。シンガポールでは大学生の間に企業で就業経験を積み、大学に戻ってまた勉強するという仕組みが当時すでに整っていて、学生さんでも大変優秀な方が多かったですね。

ひるがえって日本を見てみると、大学と企業の間には、いまだに大きな隔たりがあります。学生さんが企業や働くことに対する本当の姿を知ることができる機会を十分に得られているとは言えないですし、企業側もそういった機会を十分に提供できているとは言えないのでしょうか。先ほどのシンガポールの例と比較すれば、日本がぼろ負けする原因は明らかです。

日本が国力を取り戻すためには、大学と企業の壁を壊すところからだ、と思いました。

――20年の間にそれほど大きな差が生まれていたのですね。萬田さんが考えるより良い採用について、考え方や取り組みを教えてください。

萬田氏:わずか30分の面接で候補者の方を判断できるのかと、常々違和感を持っていました。20年以上採用の仕事をしている私でも、面接だけで見極めることは困難です。

採用をもっと「面」でとらえ、「認知・共感・発掘・誘引・採用・配置」をワンセットとして考えるとより良い採用ができると考えています。新卒であれば、余裕を持って企業への「認知・共感」が得られるように、大学1年のころから学業のなかで自然と接点を持ち、学生さんと企業が互いに「飾らない姿で」理解し合うことがとても重要です。その後、自社に合いそうな方を「発掘」「誘引」「採用」するというように、段階を追った取り組みが理想です。

大学4年間、入社後3年間、合計7年間を「ゴールデンセブン」と呼んでいるのですが、この7年間で「認知」から「配置」、そして育成までを行えれば、パナソニックグループはもちろん、日本が世界に勝てるようになると確信しています。特に最初の4年間が大切ですから、大学と企業の壁を壊し、相互理解を推進する必要があります。

企業での取り組みとは別に、私は「エッジソン・マネジメント協会(*)」という一般社団法人で活動しています。この組織では、社会課題を解決し、SDGs達成に導けるような「次世代共創リーダー」の育成に力を注いでいます。

目標は、2025年までに1,000名の次世代共創リーダーを輩出すること。産官学連携のもと、国家的課題にチャレンジしており、これがうまくいけばパナソニックグループの中でも大きな財産になると確信しています。

(*)一般社団法人 エッジソン・マネジメント協会…2022年6月23日設立、理事長は樫原洋平氏(株式会社リンクアンドモチベーション)。「日本を、世界で最も若者が育つ社会へ」というビジョン実現のため、学生を中心に産官学連携で育成・輩出を実践。さまざまなプロジェクトを展開している。

――パナソニックグループの採用という枠を超えて、日本の採用そのものを視野に入れているのですね。

萬田氏:そうですね。ここ数年、現場でも「世の中のために仕事をしよう」と伝えています。そういう意識で向き合った方が結局、自社の採用もうまくいくんですよね。

少子高齢化で働き手が少ない日本では、採用のミスマッチを起こしている場合ではありません。しっかりマッチング、そしてオンボーディングを行い育成することが、日本の生産性の向上につながることは間違いありません。

一方で、世の中の流れを見ても、採用業務も「シェアード」が主流になっていくでしょう。はっきり言って、採用という仕事はどこの会社もやるべきことはほぼ同じ。例えば、採用のオペレーションを、プロである人材サービス各社に任せてしまえば良いのでは?と考えているぐらいです。そして、想いを込めるべきプロセスや業務に社員は集中することで良い採用につながっていくように感じています。

――採用に関する情報を公開すると、多様な人材が他社に流れてしまう可能性はありませんか?採用の専門家としてすべきことなどがあればお伺いしたいと思います。

萬田氏:昔は自社だけの情報やノウハウに価値がありましたが、今の時代はその真逆で、情報もノウハウも隠す時代ではなくなりました。有益な情報を発信して周囲にシェアすると、必ず何かしらの反応が返ってきます。それをまた自社のものにして、さらにアップデートした情報を発信する――。これを繰り返すことが世の中のためであり、ひいては自社のためにもなるのです。

経営理念や社風などの違いがありますから、必ずしも全ての会社が同じ人材を欲しがるとは限りません。例えば、京セラ株式会社(本社:京都府京都市、代表取締役会長:山口悟郎/代表取締役社長:谷本秀夫)とパナソニックでは、求める人材が微妙に違っているのでバッティングしないことも多いのです。違いが出てくるとすれば、最後の「ワンマイル」。そこで勝負したいと考えています。

ちなみに、海外で「採用マネージャー」というとかなりの専門職ですが、日本には採用のスペシャリストが少ないように感じています。この原因は、日本企業独特の文化である「ジョブローテーション」。業務に慣れたころに異動となるため、深い専門知識がある人がなかなか育ちませんし、異動のたびに人材サービス各社さんとの関係づくりも振出しに戻ってしまいます。

多様な人材を獲得するためにも、採用担当者の専門性の向上は欠かせません。ローテーション制度を見直すことや、企業の採用担当の成熟度を上げなければならないですよね。これは、新卒、キャリア採用のみならず、派遣やシニア人材採用など、全てのリソースマネジメントで言えることでしょう。


パナソニックグループが求める人材と、よい人材を獲得する手法とは

――パナソニックが採用担当者や人材に求めるポイントを教えてください。

萬田氏:採用担当者に必要な素養は、ありきたりな回答になってしまいますが、最終的には「人間力」です。相手のレベルに合わせて自分の言葉で語り、認知・共感させられる人は魅力的ですよね。

ある会社の部長ポジションの方の話を聞いていると、その会社で働くことがとても楽しそうに思えるんです。特に新卒の学生さんなどは、「この人と一緒に働きたい」と思うかどうかで入社を決めたりするものですから、人間力がいかに重要かは言わずもがなでしょう。

求める人物像は、自分で立てた問いに対し、ソリューションを求めて行動し、試行錯誤しながら成果を導き出せる人。自立・自走できることは、パナソニックグループが人材に求める重要なキーワードです。

――自立・自走できる人はどのぐらいいるのでしょうか。

萬田氏:日本の教育は暗記したり、与えられた問題に対する解を出したりするスタイルですが、海外では問いが与えられ、自分なりの答えを考えて導き出すという教育方法が主流です。そのためか、日本人は現状に疑問を持ったり、仮説を立てて改善したりする力が圧倒的に弱い気がしていて、自立・自走できる人は多くない印象です。

「いないなら育てよう」ということで、パナソニックグループでは入社から3年間は「オンボード期間」とし、毎月モチベーションサーベイをしています。

「採用したら終わり」というこれまでの風潮を覆すべく、各事業会社の社長には「入社後3年間は僕が責任を取ります」と宣言しました。サーベイでちょっとでも気になることがあればすぐに面談をし、自立・自走をサポートしています。

もちろんこうしたパナソニックグループの人材採用や育成術は決して100点満点ではなく、改良の余地はまだまだ残されています。社員一人一人と会社が手を取り合って、共に成長していこうという気概が大事ではないかと思います。


失敗から学ぶ方法を推進。時代の変化に応じてデータとアナログを使い分けて

――変化が激しい時代で勝ち抜くために必要なことは何でしょうか。

萬田氏:今はとにかく、テクノロジー進化のスピードが早い時代。「やっちゃいなよ」を合言葉に、とにかくやってみて、失敗することが重要だと考えています。頭でいろいろ考えているより、失敗して学ぶ方が断然早いんですよね。

失敗しても、採用業務で命を落とすようなことはありませんから、どんどんチャレンジしてほしいものです。会社として、スタッフがチャレンジしやすいように決裁権を与えることも大切です。

もちろんデータを分析する能力なども欠かせません。まずは当たりをつけて考え、その後はデータドリブンで進め、最後のワンマイルだけをアナログでやるという方法をスタッフには推奨しています。

――萬田さんの発信が「最後のワンマイル」になることもありそうですね。採用後の人材育成で重視している考え方を教えてください。

萬田氏:私自身がいろいろなことにチャレンジして発信する中で、「あのおっちゃん、面白いこと言ってるな」とバズったりすることもあります。結果的に、パナソニックは面白そうな会社だなと思ってもらえるとうれしいですね。

現在、20代や30代といった方々を見ていますと私たちの時代とは少し気質が違えように感じます。例えば、失敗することへの抵抗が強い反面、私たちの時代よりよっぽど思慮深く、情報を得るスピードが速く、多岐にわたるツールを使いこなしている方が多い。「これはこうなのかな」と仮説を立てる力をしっかりと持っているように思うので、とにかくたくさん経験できる機会を提供できればと考えています。

先輩社員が1から10まで教えるのではなく、「失敗してもいいからこれやってみて」と言われた時の方が頭が働くものです。チャレンジして考えたことをみんなに共有してもらう、という機会を提供していくと成長のスピードが速い人が多く、「うちのメンバーにほしい」とか、「あの人は面白いね」と言われるような人材が育ちます。

――今後日本における変革が楽しみです。最後に、採用に関わる人に対してメッセージをいただけますでしょうか。

萬田氏:日本の採用をより良くしていくために、採用担当者は今ある仕組みを疑い、新しい仕組みをつくる側にならなければいけません。また、採用担当者自身が仕事をポジティブに行っていれば、候補者はそこに共感してくれることでしょう。

働くということは生きた証を残すこと。「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり」という高杉晋作の言葉がありますが、仕事も人生も、面白がれるかどうかは自分の心次第だと思います。

――ありがとうございました。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 執行役員(当時) 大浦征也)

【取材後記】

近年、「シェアリングエコノミー」というキーワードで新サービスが多く誕生しているが、企業の採用活動もシェアードになりつつあるということは、あまり知られていないのではないだろうか。
情報は隠すのではなく発信、共有すること、変化の速い現代では失敗して学んだ方が早いことなど、時代の変化を痛感させられた。パナソニックが日本の採用改革をリードし、世界や日本におけるプレゼンスが上がっていくことを期待したい。

企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション

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