【慶應×ブリヂストン】日本の人事DXは、グローバル基準と比べ遅れている。だからこそ、すべきこと

慶應義塾大学大学院

経営管理研究科 特任教授
岩本 隆

プロフィール
株式会社ブリヂストン

HRX推進・基盤人事統括部門長 兼 ブリヂストンチャレンジド株式会社 代表取締役社長
江上 茂樹

プロフィール

デジタルやテクノロジーの力を活用し、ビジネスを抜本的に改革する「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」。多くの企業で取り組みが進んでいます。人事領域においても同様で、DXとHRを掛け合わせた「HRX(ヒューマン・リソース・トランスフォーメーション)」と呼ばれています。今回は、同分野の第一人者である慶應義塾大学大学院の岩本隆氏、ブリヂストンでHRXを推進する江上茂樹氏の講演から、理解を深めていきます。

HRテックを導入しエンゲージメントとウェルビーイング両方を高めることが重要/慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本隆氏

まずは企業価値の変遷についてご紹介します。サービスやソフトウェアなどのビジネスの台頭による産業構造の変化で、以前と比べて無形資産の重要性が高まっています。スライドは米国のデータですが、日本でも同様です。そしてこの無形資産のメインこそ人材、なのです。つまり、企業価値を高めるためには、人材の価値を高めることが重要だと言えます。

「HRテック」という言葉は、米国では2000年前後から、日本では2015年ごろから使われ始めました。いわゆるICTの台頭により、HRに関するビッグデータが簡便かつ安価に手に入るようになったこと。解析においてもクラウド、AIなどのテクノロジーやシステムが発達したことで、同じく手軽に扱えるようになったからです。

HRテックにはさまざまなツールがありますが、スタートアップ企業が開発するSaaSなどのクラウドアプリケーションが増えています。これらは「HCM(Human Capital Management:人的資本経営)アプリケーション」と呼ばれ、一人あたり月額数百円から利用できるアプリケーションもあります。

米国における、2019年のHCMアプリケーションのマーケットは、US$30.8B(3兆円超)でしたが、シェアトップクラスの企業一企業あたりの年間売上高は3,000~4,000億円になります。

一方、日本ではリクルートグループやパーソルグループが年間数千億円という売上高をあげていますから、グローバルで見た場合、日本企業のHRテックの売上高もトップクラスではあります。またHRテクノロジー大賞などのイベントも盛んで、市場は盛り上がっています。

ただし、HRテックの一つであるAIの導入などを調べると、日本は主要13カ国中で3年連続最下位。つまり検討すらしていない状況です。ツールの開発は進んでいるけれども、本日のテーマであるHRX、人事業務におけるDXは、グローバルな基準と比べて遅れていると言えるのです

改めて「トランスフォーメーション」という言葉について考えてみましょう。日本語に訳せば「変革」であり、改革よりも強く、デジタルテクノロジーを活用することで、企業全般を変えるイメージです。

人事業務に当てはめれば、これまで人力で行っていた作業をテクノロジーに代替させます。データを活用し、個や組織力を高めるための新たな付加価値を創造します。結果として、企業文化、制度、情報システムなど企業全体、HRマネジメントの仕組み全体を再構築(変革)します。

日本ユニシスグループでは、HRデータを活用して従業員のエンゲージメントを高める取り組みを行っていますが、実際にスコアが高まるにつれて、業績や株価が連動して上がっています

また、バンク・オブ・アメリカでは、スコアが高まるにつれて離職率が下がっているなど、成果が出ています。

従業員エンゲージメントに着目している企業は、グローバルでも多く、研究も進んでいます。ただし、従業員エンゲージメントが高いだけでは、燃え尽き症候群になると言われています

仕事だけではなくプライベート、フィジカル、メンタルも含めたウェルビーイングの充実が重要であり、新型コロナウイルスの影響により、その考えはより広まっていると思われます。

このような背景から、ウェルビーイングの指標作りを行っている団体もあれば、ツールを開発している企業もあり、HRテックなどを活用してウェルビーイングならびに従業員エンゲージメント両方を高める経営が、コロナ禍の今では一層求められているのです。

適所適財のマッチングを、人に代わりアルゴリズムが担う/株式会社ブリヂストン HRX推進・基盤人事統括部門長 江上茂樹氏

他のメーカーと同様にブリヂストンでも、これまでのようにタイヤを製造して販売する事業をベースに、商品とサービス、そしてデジタルデータを活用して新しい価値を生むソリューションビジネスへの取り組みに注力しています。

2030年に向けた事業戦略では、コア事業であるタイヤ事業をベースに、データを活用して新たな価値を創出して価値を売るソリューション事業リサイクル事業、新しい領域の事業化に取り組む探索事業と、3つのポートフォリオでビジネスを進めていくことを打ち出しており、人事も同戦略に基づき進められています。

これまでのコア事業では、商品を生産・販売し続けるために、定められたプロセスと明確な目標設定に基づきパフォーマンスを発揮する人財が求められました。そして人事も、そのようなビジネスモデルに合致した人財を採用・配置・評価していました。

しかし成長・探索事業では、新しい視点で新たなビジネスを生み出していく必要がありますから、求められる人財像もコア事業のそれとは異なり、そこにどう対応していくかという課題が浮かび上がりました。

このような流れから、事業戦略の変化に対応した人事・組織戦略の変革であるブリヂストンにおけるHRX、通称「B-HRX(ブリヂストン流のヒューマン・リソース・トランスフォーメーション)」はスタートしました。意識したのは、岩本先生が仰った、まさに「変革」です。

これまでのように、確実に積み上げていくような人事施策の進め方ではなく、アジャイルなアプローチでスピード感を高めようと考えました。また、制度だけ変革しても意味がありませんから、発信と対話などを積極的に進め、trial and error を繰り返しながら、従業員、人事、組織全体のマインドの変革を意識して進めています。

B-HRXに取り組むにあたっては、スマイルカーブと名づけた想いを大切しています。先ほど岩本先生が仰ったとおり、会社の成長と同時に、従業員一人ひとりがブリヂストンを通じて自己実現を図り、充実した豊かな人生を送る。両方を同時に実現していくことを目指しています。

具体的なB-HRXの取り組みの一つとして、テクノロジーを活用した適所適財があげられます。

これまで人事の勘や経験に頼り人海戦術で行っていた異動や配置の立案を、テクノロジーの活用で実現しようというものです。特に、当社のような企業規模では、同業務を勘や経験で行うには限界があると考えたからです。また、同取り組みが進めば、社内の異動や配置だけでなく、育成や外部採用にも活かせると考えています。

適所適財においてはスライドのとおり、3ステップで進めていくこととしました。まずは戦略ポジションを明確化するフェーズです。ソリューションビジネス関連、デジタル業務関連それぞれで行っています。

ソリューションビジネス関連ポジションでは、関連部署へのヒアリングを通じて、求められる要件を次のように明確化していきました。

ひとつは、ソリューションはお客様の「困りごと」を解決することが根幹ですから、スキル以上に相手に寄り添い、お客様から「困りごと」を聞き出すことのできるような、人間性に関わる要素が必要だということです。

また、これからまさにビジネスを生み出していくのがソリューション事業なわけですから、軌道に乗るまでには壁にも多く当たるでしょうし、簡単に結果も出ないでしょう。そのようなシーンが繰り返されてもネガティブにならずに諦めないといった思考の持ち主であることが重要だろうと――。

そして、ソリューション事業は一人で実現できるわけではなく、いろいろな強みを持った人の組み合わせで初めて実現できるということ。例えば、ビジネスをゼロから探すシーズスキルの強い人財や、そこから成長させる推進能力に長けている人財、あるいは、デジタルテクノロジーを使ってビジネスを具現化できる人財などです。このように、必要な要件が次々と洗い出されていきました。

デジタル関連ポジションにおいては、求められる要件はスライドのように比較的明確になっているものの、社内にデジタルポテンシャル人財が、どこに、どれくらいいるのかが分からなかったため、ポテンシャル人財の見える化に注力しました。

ところで、適所適財を推進する取り組みは、これまでも行われていました。例えば、2010年から行っている社内公募制、2020年から始まったジョブマッチング制度などです。

特に、ジョブマッチング制度は、会社からポジションをオファーするという取り組みなのですが、人財とのマッチングを人が行っていたため、どうしても時間がかかってしまうと同時に、人の勘と経験を超えることができないという課題がありました。

先ほど申し上げたように、ここにテクノロジーを活用すべきではないかと思うに至ったわけです。

そこで、現在トライしているのが、社内適任者を選定するプロセスへのアルゴリズム導入です。まだ開発段階ですが、イメージとしては、社員のデータベースに対して職務要件をインプットすることで、アルゴリズムが働き、候補者のマッチ度が表示されるイメージです。

マッチングをパーセンテージで示すことで、その度合いが明確になるのはもちろん、あるべき姿とのギャップが可視化されることによって、その後の育成や本人自身による学びの促進などキャリア自律にも寄与すると期待しています。

データの収集や分析、ボリュームなどは、企業によって大きく異なると思います。大切なのは、とりあえず今あるデータで、できることをアジャイル的にやってみることです。実際に取り組むことで、見えてくる課題や成果があるからです。

実際、私たちもまだ道半ばですし、日々、試行錯誤がしながら取り組んでおり、正解も一つではないと考えています。一方で、従業員のデータを扱いますから、倫理面への配慮も考えていく必要があるでしょう。

【トークセッション】岩本隆 氏 × 江上茂樹 氏

――マッチングアルゴリズムについて

岩本氏:HRテックを使う、オーソドックスな手法だと感じました。実際に、マッチングではありませんが、ある電機メーカーがハイパフォーマーの分析を行う際に、これに近しい取り組みを実施したことがあります。その際に感じたことは、どのような因子を基準とするのかが重要だということです。

そのときはコンピテンシーを中心に、スキル、モチベーション、経験などが基準でした。実際にハイパフォーマーとなる人の共通因子もわかりました。江上さんの講演を見ると、ポイント(パラメータ)は押さえているように感じました。

一方で、最近はダイバーシティに関する指標が重要視されています。イノベーティブな組織を構築するには、多様な人材が必要不可欠だからです。

大切なのは、単に女性を管理職にするといった発想ではなく、思考特性によるダイバーシティの形成です。

――思考特性とは具体的にどのような項目が該当するのか

岩本氏:知人の医師からの情報によれば、思考特性は大きく3つの軸で語ることができるそうです。

一つ目は、シングル・マルチタスクです。同時に複数のタスクをこなすことができる人がいる一方で、一つのタスクであれば、集中力を持って取り組むことができる人もいますよね。

二つ目は「次元」です。地図を読むのが苦手なタイプが、まさに該当します。そして三つ目は処理スピードです。

大切なのは、シングルタスクとマルチタスクの人たちの間では、理解し合うことができない、ということです。

つまり人事やリーダーは、このような思考特性を加味した上で、チームビルディングを行う必要があります。

また、業務を進める際の順番も同様です。まさに先ほど江上さんがご説明されたとおり、適したフローに配置することで、個人・チーム両方のパフォーマンスならびにモチベーションは高まります。

江上氏:最終的には、先生が仰るようなマッチングが実現するシステムにしたいと考えています。

というのも、特にソリューション人財においては、人財の組み合わせにより、パフォーマンスが大きく異なると感じているからです。

言い方を変えると、パズルのピースのようにガチッとハマった場合には、それこそ大きなイノベーションにつながるだろうと。このような最適化を、人の感覚ではなくテクノロジーで実現するのが目標です。

――ポジションへの適財配置ならびに異動者の活躍支援に関して

岩本氏:業績だけではなく、さまざまな切り口で業務を切り取り、評価していく手法があります。

例えば、コンピテンシーのレベルを「KCI(Key Competency Indicator)」として定義するのです。KCI単体で評価しても構いませんし、通常のKPIを加えて評価するケースもあります。

ただし、イノベーション人財に特化した場合には、KCIのようにプロセスを評価することが重要です。

江上氏:まさに当社でも、探索事業においては同手法を取り込んでいかなければならないと考えています。というのも、コア事業と探索事業では、求められるコンピテンシーが違うからです。

探索事業におけるコンピテンシーを明確にすることで、さまざまな人がチャレンジできる、そして評価してもらえる環境構築を実現していきたいと考えています。

――ソリューション・デジタル人財以外のポジションではどうか

江上氏:現在は2つに絞っていますが、最終的にはどのポジションに対しても、本日紹介したアルゴリズムによる適財の選定ができるようにしたいと考えています。

そのためには、今行っている取り組みに汎用性を持たせる必要があり、一方で職種別の深堀りも大切と思っていますので、そのバランスは難しいなと感じています。

岩本氏:あまりに細分化するよりも、汎用性を持たせた方がいいでしょう。具体的には、4タイプほどに抑えます。

――HRテックによるミスマッチングや最終的に人が判断すべきこと

岩本氏:イノベーション人財においては、中間管理職にマッチングを任せると「当社にはいない」となり、外部採用となるケースが大半です。しかし語弊を恐れず言えば、彼らの思考は一昔前のものであり、実際には適財はいると私は考えています

江上氏:私もいると考えています。けれども先生が仰るとおり、まわりも本人も気づいていない。だからこそ私のように、外部から入る人財が重要だと考えています。実際、当社の人事部門だけでも、これからの新しい人事を担っていける人財がそれなりにいると捉えています。

岩本氏:そのような変革が社内発で生まれてくるようになると、日本の多くの企業でDXが進むでしょうね。一つ、面白いグローバルの調査結果があるので紹介します。上司による評価ではなく、AIによる評価を信頼するとのデータです。

つまり、先ほど江上さんが倫理面について触れましたが、人事ではなく情報を開示し、従業員とAIが直接やりとりをして、評価やマッチングを行うようになれば、倫理面なハードルも超えられるのではないでしょうか。

――社内への積極的な発信とは具体的にどのような取り組みか

江上氏:例えば、社内報などで本日紹介したB-HRXの取り組みについて連載を持つなどして、オープンに紹介することを始めています。

ただ大切なことは、従業員が腹落ちすることです。そのため単に情報を発信するだけではなく、従業員とのコミュニケーションを積極的に取ることを意識しています。

特に、批判が出た場合などは、すぐに矢面に立ちコミュニケーションする姿勢とアクションが重要です。実際、少しずつですが従業員からの反応も出てきているので、これからも継続していこうと考えています。

編集後記

DXとHRを掛け合わせた「HRX(ヒューマン・リソース・トランスフォーメーション)」と呼ばれる概念とその活用についてご理解いただけたでしょうか。これまで人の経験と勘に頼っていたアナログな部分を可視化して、より精度の高い採用やポジショニング、評価や人財への活用を試みようというわけです。

日本の人事系のDXは、グローバル基準に照らし合わせると、そのテクノロジー浸透が遅れていると言われています。だからこそ同分野にはその可能性と伸びしろがある――。今回ご登壇いただいた両氏のプレゼンテーションから、その熱意が伝わったのではないでしょうか。

取材・文/杉山忠義、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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