社員を「リソース」と呼んではいけない――。【エドガー・シャイン博士による特別セミナーレポート】

d’s JOURNAL編集部

セミナー主催、取材・データ提供 協力:
株式会社パーソル総合研究所
マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 名誉教授 Edgar Henry Schein(エドガー・ヘンリー・シャイン)

【採用】真実をオープンに伝え合える環境と対話が必要
【教育・訓練】文化や業務・職務内容により教育手法は異なる
【人事・マネージャーが果たすべき役割】部署も報告先も明確に2つに分ける

キャリア理論の創始者であるエドガー・シャイン博士が、パーソル総合研究所が開催する公開研修「楽習塾(がくしゅうじゅく)」に登壇しました。「With/Afterコロナ時代の働き方改革」と題し、米国よりライブセミナーを行いました。本セミナーは、その実践編となります。採用、教育、人事・マネージャーの役割と、大きく3つのテーマでより具体的な人事対策をお伝えします。


【採用】真実をオープンに伝え合える環境と対話が必要

採用側(企業)と応募者側のどちらからも、真実をオープンに伝え合うことができる場所の構築と対話が必要です。実際に、このようなスキームで採用したメンバーが、より良いパフォーマンスを発揮しているとのデータがあります。

逆に、企業がありもしない情報を伝え、自分たちをより良く見せようとしたり、間違った仕事内容を伝えたりすることはよくありません。同じように、応募者側も採用してもらいたいからと、自分の能力を誇張して伝えるようなことは間違っています。

以前には、面接時に意図的に難しい質問を投げ掛けることで、優秀な人材を発掘するという手法がありました。しかし、現代ではおすすめしません。ストレスの多い会社では働きたくない、と思う応募者が多いからです。

企業側は仕事内容について、どのようなスキルや会社に対するコミットメントが必要かを応募者に伝えます。一方、応募者側は、自分の才能が活かせる環境かどうか、仕事内容はクリエイティブかなどを、企業に正確に聞くようにします。

キャリアについても同様です。応募者側はマネジメント制度などについて、オープンに聞きます。一方、企業の答えは「I don’t know」。わからない、と答えるのが正しい回答です。一昔前であれば、キャリアを約束できたかもしれません。しかし、物事の移り変わりがスピーディな昨今では、正しい回答は誰にもわからないからです。

「I don’t know」は、応募者側にも当てはまります。企業から5年先、10年先のロイヤリティやキャリアを聞かれた際には、正直に「わからない」と答えるのが正解です。

シリコンバレーの採用現場でも、キャリアの話題は上がりますが、企業は「あなた(応募者)の運命(キャリア)は自分自身でコントロールすべきであり、会社側は責任を負わない」という対応が一般的です。そしてこのような対応は、IT企業やエンジニアに特化したことではなく、特に若い世代を採用する際には一般的にも当てはまると私は思っています。


仕事内容によっては組織社会化が求められない場合もある

どのような人材を採用するかは、業務内容や環境により異なります。ただし一つ言えることは、現場のマネージャーが欲しい人材を採用することです。

たとえばIT業界ですが、最近は2人のエンジニアを組ませてコーディングを進める「ペアプログラミング」という手法を取り入れる企業があります。このような職場では、いくら個人として優秀なプログラマーであっても、ペアプログラミングが苦手な人材は必要とされないからです。

それに対して、トレーダーなどの職種では、個人としていかに数字を素早くさばくことができるかといったスキルが必要とされます。なぜなら逆に、組織社会化や人柄といった指標は不要です。

一人一人の応募者とじっくり面接などを通じて向き合うのがよいのか。それとも、大勢の応募者とそれほど時間をかけずに面接を行った方がよいのか。自分たちの文化や風土を考慮し、どちらが最適かを考えることも重要です。

【教育・訓練】文化や業務・職務内容により教育手法は異なる

組織の規模や文化、業務・職務内容などにより、新人や部下の育成方法は変わってきます。たとえば、技術革新が早い製薬会社などの研究職では、グループトレーニングではなく、一人一人が個人の能力を発揮してクリエイティブに仕事に没頭できる環境の構築や部署への配属がポイントとなります。

クリエイティビティを意識した教育では、Googleが有名です。大企業ではありますが、組織として大きな統一トレーニングのようなものは行っていません。Appleも同じく巨大な組織ですが、新人教育で伝えていることは「プロジェクトにコミットしろ」ということだけです。企業への忠誠心は求められていませんから、強制的なトレーニングを行う意味がありません。

これらの対極に位置するのがIBMです。組織として大きなトレーニングを行い、いわゆる企業への忠誠心やコミットメントの醸成を図っています。IBMがこのようなトレーニングを行っているのは、巨大なセールス集団という特徴があるからです。

IBMのように巨大なセールスカンパニーであれば、新人を一堂に集めて、いわゆるフォーマルなトレーニングを実施する必要があるでしょう。どのような成果やセールス人材を企業が求めているのかを、トレーニングを通じて新人に教育していきます。

トレーナーは2つの階層から抜擢します。一つ目は、新人より少し年齢が上の階層が、実務の内容や職場の普段の様子などを伝えます。一方、経営層が教育することも重要です。会社の歴史や企業価値などの深い内容を伝えることで、新人がその会社にコミットメントできるかどうか、という指標となり得るからです。


新人を教育するマネージャーの育成が最も重要

新人教育で最も重要なポイントは、トレーナーやマネージャーの育成です。新人の離職の一番の原因は「上司と合わなかった」という理由がもっとも多いからです。新人を教育するマネージャーを集めてワークショップを開催し、トレーニングするといいでしょう。

新人教育でこれまで成果を出しているマネージャーの知見を、ほかのマネージャーに伝えて共有するのです。具体的には、上から目線の一方的な指導ではなく、常に励ましながら新人をサポートしていく手法です。

新人や部下の教育成果が、報酬も含めた組織の正式な評価指標として整備されていることも重要です。レビューは「360度評価」で行い、マネージャーだけでなく、教育を受けている新人や部下からも話を聞きます。マネージャーの中には、部下が成長すると自分の地位が脅かされるという理由で、意図的に育成を行っていない場合があるからです。

「one day a week」の考えも参考になります。1週間で5日間の営業日がある企業なら、4日間は通常業務を行いますが、残りの1日は先述したトレーニングや、それぞれが成長を意識したラーニングなどの時間に充てます。これまで接することのなかった会社内の違う部署のメンバーと交流し、情報交換・共有をすることもおすすめです。

【人事・マネージャーが果たすべき役割】部署も報告先も明確に2つに分ける

多くの企業の人事部では、異なる2つの業務を兼務しているのが実情です。採用、給与計算、労務管理などの事務的な仕事が一つ。もう一つは、従業員の教育や訓練などの人材育成や開発業務で、前者においては事務処理的な能力を求められる一方、後者ではクリエイティブな要素が求められるといった違いや特徴があります。

このように、明らかに異なる業務や必要とされるスキルが異なるにもかかわらず、同じ担当者が業務を遂行しているのはよくありません。明確に2つの部署に分ける必要があります。また、業務の報告先も同じように変えます。事務的な仕事は情報管理部門に、クリエイティブな仕事は人材開発部門や経営層に伝えます。

部署を明確に分けますから、人材開発担当者が事務仕事のスキルを持つ必要もありません。必要とされるのは、経営層やシニアマネージャークラスに対するコンサルタント的なスキルとサポートです。たとえば、採用手法や組織社会化の改善案を提案する、といった具合です。

私が以前、コンサルティングを行っていたAppleでは、いまお伝えしたように明確に部署が分かれており、人材開発部門のトップはCEOの下で働いていました。業務内容もまさにお話しした通りでした。というよりも、さらに経営的な内容で、これからAppleが大きくなっていくための予測や戦略に基づいた上で、どのような組織や人材が必要なのかというプランニングを行っていました。

それに対して、事務的な人事業務については、アメリカでは同業務を專門に行っているアウトソーシング企業に任せる流れがトレンドです。つまりこれからの人事部の役割は、本当の意味での人事、つまり「人」に特化した業務だけを担うべきなのです。


人事・マネージャーに伝えたい3つのこと

1.「リソース」と呼ばない

私の著書『ハンブル・リーダーシップ』にも書いていますが、社員のことを「リソース」とは呼びません。社員は従業員である前に、一人の人間だからです。ヒューマンリソース(人材)ではなく、ヒューマンビーイング(人間)なのです。

特に若い世代、つまり自分のパーソナリティを理解してもらった上でバリューを発揮したいと考えているタイプは、このような呼び方を好みませんから、注意する必要があります。実際に、リソース・エンプロイなどの表現から、アソシエイト・同僚といった呼び名にシフトする企業も出てきています。

極端な表現をすれば、全従業員がマネージャーのような組織が理想でしょう。従来通り、グループのマネージャーはもちろんですが、入社した時点から組織の管理をしないマネージャーでもよいのです。新入社員も従来のマネージャーも、全て同じくマネージャーという肩書にするような組織の在り方もよいと思います。

2.データや分析結果に頼らない

最近、「HRテック」という言葉をよく聞きます。テクノロジーの力を使い、一人一人の従業員の行動をデータとして収集することです。AIエンジンなどを用いて解析を行い、その後の従業員の行動を予測するというものです。

このようなトレンドに対して、私は懐疑的です。もし、あるメンバーが3カ月後に離職するという予測が出たら、その予測に一体どのような価値があるのかが疑問だからです。ましてや、そのメンバーが現時点で活躍していたら、それこそ情報をマネージャーに伝えることの意味が見出せないからです。

システムが高額であることも、問題だと捉えています。そのような潤沢な予算があるのなら、コンピュータシステムに投資するのではなく、マネージャーが部下のことをよりよく知る機会を得られるような使い方をする方が正しいでしょう。

3.部下のパーソナルまで知る

マネージャーは、直属の部下のことを深く知る必要があります。業務に限らず、パーソナルとしての部分も含めてです。実際に、日本のトヨタ自動車では、工場のマネージャーが工員のパーソナルな情報を全て知っていることにより、トヨタ自動車ならではの生産システムが成り立っていると述べています。

最後にもう一つ、解雇を伝えるようなケースでは、人事からではなく、パーソナルな点まで理解しているマネージャーが、必ず本人に伝えるようにします


取材後記

キャリア理論の創始者であり組織開発の大家でもある、エドガー・シャイン博士が講義を行う特別なプログラム。組織(企業)に属する人間は得てして「人的リソース」という言葉を使ってしまいがちです。「社員は従業員である前に、一人の人間」――。これらの言葉が深く胸に突き刺さります。ヒューマンリソース(人材)ではなく、ヒューマンビーイング(人間)が必要だと説くシャイン博士。すべては一人の人間として尊重することから、真の組織社会化のビルドは始まっていくのかもしれません。

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取材・文/鈴政武尊・杉山忠義、編集/鈴政武尊