【社会問題解決のプロ×中途採用のプロ】SDGsが採用と人材育成にもたらす新たな潮流とは

株式会社Ridilover

株式会社Ridilover/一般社団法人リディラバ 代表
安部 敏樹

プロフィール
パーソルキャリア株式会社

執行役員 転職メディア事業部 事業部長
喜多 恭子

プロフィール

SDGsやESGなど、社会活動を意識した取り組みが、企業・個人問わず注目されています。実際、個人が仕事を選択する際にSDGsの取組みを、どれほど意識しているのか。一方、企業側の取組み実態はどうなのか。社会問題をテーマにボランティア活動も含めると12年以上にわたり携わってきたRidilover(リディラバ)の代表、安部 敏樹氏。人材紹介・採用支援など、HR領域で20年以上にわたりキャリアを積み、現在は転職情報サイトdodaの編集長を務める喜多 恭子氏。社会問題解決、採用、両ドメインのプロフェッショナルの対談から考えます。

テレワーク求人が440%超増加など、働く価値観が変化

まずはコロナ禍における現在の転職市場におけるトレンドについて、喜多氏が次のように説明した。

喜多氏:以前から注目されていたテレワークですが、コロナ禍を機に一気に転職市場の注目キーワードとなりました。新型コロナウイルスがまん延する前の2020年1月と、1年後の2021年1月のテレワークに関する求人数を調べると、440%以上も伸長していたからです。それだけではありません。全求人の20%超を、テレワーク求人が占めることも分かりました。

企業側だけではありません。個人の働き方の価値観にも、変化が見られます。先と同じく、転職を考えた際に求職者が検索するフリーワードのランキングを見ると、コロナ禍以前では上位に入っていなかった「在宅勤務や在宅」「フルリモートやリモートワーク」「副業」といったキーワードが、「在宅勤務」はトップキーワードとなり、「フルリモート」も5位にランクイン。本セッションのテーマである「SDGs」に関しては、順位こそ低いですが、以前はランク外であったのが、82位と注目されてきていることが分かります。

さらに注目すべきは、このような転職キーワードの変化が、コロナ禍による一時的なトレンドではなく、半年以上にわたり続いていることです。つまり、個人の働き方や生き方の価値観が、大きく変わったことが窺えます。実際、テレワーク求人の応募数は他の求人に比べ、約1.2倍多いとのデータもあります。

「SDGs」に関する転職検討者は約6倍に急増

引き続き喜多氏は、「SDGs」に関する転職市場のトレンドについて言及。そのトレンドをもとに、安部氏とディスカッションを交わした。

喜多氏:「SDGs」というキーワードで転職を検討する求職者の数が、2018年ごろから徐々に増加。1年ほど前より一気に急増し、約6倍にもなっています。

安部氏:興味深いデータだと思います。オフィスに行くことなく、自宅で仕事をする機会が増えた。その結果、生活と仕事の距離、働く、生きるということが密接につながり、結果としてSDGsへの関心が高くなっているのでは、と感じました。

実際、私たちも10年以上にわたり社会課題解決に関する事業を行っている中で、SDGsも含めた、社会的課題解決に対するトレンドと言いますか、人々の関わり方の変化を、まさに現場で肌身を通じて感じています。

10年前であれば、社会課題解決に関心を寄せるのはアーリアダプターやイノベーター、NPOなどで働くいわゆる意識の高い人たちがメインであり、一般の人はあまり関心がありませんでした。それが現在は、一般の人が転職時に利用するプラットフォーム上でトレンドとなっていることが、特に注目に値すると感じました。

喜多氏:ワークライフバランスが提唱されたのは、2007年ごろでした。ギグワーカーやフリーランサーなど、一部の間ではトレンドとなっていきましたが、一般的な転職市場、大企業における労働環境下では、なかなか許容されなかった。それが新型コロナウイルスをきっかけに状況が一変。現在では打って変わって、ライフの中にワークがあるのが当たり前の感覚であり、同様の感覚を持つことが、企業においては採用における優位性に働くと感じています。

85.3%の学生が企業選びに際しSDGsを意識

続いて喜多氏は、これから社会で働く新卒者に対し、就活の際にどれだけSDGsを意識したかの調査結果を2つ紹介した。

喜多氏:1つ目は、広島大学の学生へ就職に関する選好調査です。調査結果によると、SDGs を積極的に実施し、推定年収が高い企業が一番人気。続いて、推定年収が低くても、 SDGs へ積極的な取り組みを行っている企業。そして推定年収が高くても SDGs へ積極的な取り組みを行っていない企業は一番人気がないことが分かりました。つまり、年収が低くてもSDGsへの積極的な取り組みを行っている企業を学生は支持していることが、分かったのです。

出典元:「若者世代は本当に SDGs 世代か?SDGs に関連するライフスタイルにおける世代効果や若者の就職際の会社選びを分析」/広島大学

もうひとつは、PR会社が東京・千葉・埼玉・神奈川に住む、2022年春に就職予定の就活生550名(21~24歳)を対象とした調査です。こちらでも、SDGsの取り組みが企業選びに影響したかについて調べたところ「とても影響した」が31.6%、「少し影響した」が53.7%。つまり、影響を受けた学生は合わせて85.3%もいることが分かりました。

安部氏:広島大学の調査はとても興味深いと感じました。実際、大企業や政府系金融機関などで働いていた人たちが、この調査と同じ傾向で当社に入ってくることがあるからです。ただ多くの人、特に大企業で働いている人は勘違いしている場合が多いと感じています。

企業が「大企業」と呼ばれるまで成長してきたのは、多くの場合社会インフラに関連する事業を手がけてきたからです。つまりSDGsも含め、既存の大企業の多くは、社会性が高い事業を行っている。にもかかわらず、中で働いている人は、そのことを感じることができていないのです。

採用も含め企業がSDGsをビジネスに正しく活用するには

求職者、つまり個人がSDGsも含めた社会的意識の高い企業、仕事に就きたいと望んでいるトレンドがあることは分かった。では、企業側の動きはどうなのだろうか。

喜多氏:今年の1月に実施された、企業に対してSDGsに関する取り組みを行っているか。あるいは、今後行う予定であるかとの調査結果を見ると、「行っている」が33.0%。「今後行う予定がある」が26.5%。過半数59.5%の企業が、SDGsに関するアクションを起こしていることが分かりました。特に大企業(従業員5001人以上)では顕著で、割合は84.2%まで高まります。さらに調査結果を見ると、取り組みを行っている理由は、以下のとおりでした。

【SDGsの取り組みを行う理由】
■ ブランディングの効果がある(62.4%)
■ ステークホルダーからの評価が高まる (58.0%)
■ 人材の採用につながる(40.8%)

つまり個人と同じく企業側も、SDGsに対して関心を持っていることが分かりました。たしかに採用戦略でSDGsを活用すると、応募数が増える場合もあります。一方で安部さんがご指摘されたとおり、日常業務で体感できていない、というのが実情だと感じていて、採用でも当てはまります。

たとえば、面接の場で採用広告で謳っているSDGsと実際の業務のギャップを、求職者が感じる、といったケースです。SDGsというワードは個人、企業においても関心が高まっていることは事実です。一方で、一種のバズワードのように捉えてしまっている企業も少なくないと私は感じています。そこで安部さんにお聞きしたいのですが、企業はどのようにSDGsを活かすべきでしょうか?

SDGsを無理やり取り上げる必要はない

安部氏:大前提として、SDGsは世界中で流行っているトレンドキャンペーンであり、流行り言葉である、と捉えるといいと思います。いい意味で、会社にとって都合よく活用すればいい。ですので、介護、医療、教育など、ソーシャル的な事業をそもそも行っている企業が、改めてSDGsの文脈で本業を取り上げることには違和感を覚えますし、トレンドだからといって無理して使う必要もないと思っています。

喜多氏:ではもうひとつの課題。特にすでにSDGsの取り組みを行っている企業の従業員に対して。繰り返しになりますが、SDGsと事業のつながり、引いては社会と本業とのつながりを体感させるには、どうすればよいのでしょうか。

安部氏:外部に出す。越境するのがいいでしょう。私達が中高生の修学旅行などに提供しているスタディツアーがいい例です。そもそも社会課題は、どこにでもあるものです。しかし身の回りの問題は身近過ぎて、気づかないことが多い。それを非日常、外部の越境先で体験することで、改めて自分たちの課題として客観視できるようになります。

企業においてもまったく同じことが言えます。私たちは企業から人材を預かり、社会課題の解決に関する研修を行っています。するとまさに、自分たちの会社が実は社会課題解決に資する事業に取り組んでいることに気づき、ロイヤリティが高まる傾向にあります。

そしてもうひとつ。仮に社会課題に取り組んでいるのが目に見えて分かる企業に転職したところで、自分ができることはたかが知れていることにも気づきます。すると自然に、今の自分が所属する大企業だからこそのアセットを活かして、自社がすでに取り組んでいたり、取り組める可能性がある社会課題解決事業へより本腰を入れることが、自分にとって一番合理的な判断だと考えるようになります。

IT業界が隆盛したように社会課題関連事業のマーケットも加速度的に増える

安部氏はSDGsも含め、社会課題解決型事業のトレンドの変遷についても、次のように解説した。

安部氏:これまでは「社会課題解決型の事業はビジネスにならない。だから、政府や自治体、あるいはNPOや一部のベンチャーなど、ソーシャルセクターが担う」という構図がありました。
しかし、このような考え方は過去のものであり、現在のトレンドは大きく変わっています。社会構造の変化が理由のひとつです。社会課題は増加する一方であるのに対し、人口減少により、国や自治体の税収は減っていく。当然、これまでは対応できていた社会課題に関する事業を、行政だけではできなくなる。結果、外部、つまり民間企業に開放する動きが見られます。

そして注目すべきは、社会課題を担うガバメントマーケットは、日本市場で最も大きく、GDP500兆円のうち約5分の1、100兆円以上にもなると言われています。

このような変化に気づいている企業は、積極的に社会課題解決事業にエントリーしていく。これがまさに今のトレンドです。

すでに社会課題解決のマーケットでは、誰が早く参入するかのフェーズに入っています。言ってみれば20年前、多くの企業が我こそはとITマーケットに参入したとの同じ状況といえるでしょう。実際、ITマーケットは自動車、不動産、婚活などあらゆる領域に広がっていたとの同じく、社会課題もどこの領域でもあります。その各マーケットの奪い合いが、すでに始まっているのです。

動きが早いのはスタートアップやオーナー系企業です。たとえばメルカリ。本業はもちろんですが、ESGにしっかりと取り組んでいることを打ち出すことで、大きく成長しています。逆の言い方をすると、特にスタートアップはこれからのトレンドであるESGに取り組んでいないと、資金調達ができない。そのような状況にもなっています。

やや遅れた感もありますが、いわゆる創業一族ではない社長がトップの大企業にも同じく浸透してきています。最早SDGsやESGに対する取り組みを行っていない企業は、ビジネスで勝てないと言えるのです。

CSR的な建前ではなくビジネスのど真ん中に据える

安部氏:先のデータで、SDGsに関する意識が変わってきた、とありました。このような意識の変化は若い層では特に顕著で、ミレニアル、Z世代では、企業が社会課題に取り組んでいるのは当たり前。さらに言えば、いわゆる建前的にCSRとして取り組むのではなく、ビジネスのど真ん中で行う企業で働きたいと望む傾向にあります。グローバルでは特にこの傾向が強く、アメリカの若い世代では、今やボランティアや寄付をするようなアクションは減少し、代わりに仕事として社会課題に取り組むことを希望する若者が増えています。

安部氏は企業に対してだけでなく、社会課題に取り組む企業で働くことを検討している求職者に対しても、次のようにメッセージを送った。

安部氏:翻って個人のキャリアという観点から見ても、20年前のIT業界のように、社会課題解決事業は今後確実にマーケットが広がります。成長産業に身を置くというのはキャリアを構築する上での鉄則なので、良き選択と言えるでしょう。企業側からしても、今後広がるマーケットで高い意欲を持つ人材を採用するのは、ビジネス的な観点からも合理的と言えます。

「給与が低いのではないか」このような不安を抱く人も多いと思いますが。給与面に関しても加速度的に変化が見られます。10年前、社会課題解決の最前線に立つNPO職員の平均月収は15万円でした。しかし現在では、民間企業と同水準、年収400万円を超えるように。今後はさらにアップすると私は予測しています。

株主などステークホルダーに対しても、社会課題解決事業に取り組むことは、大きなインパクトを与えます。SDGsやESGに取り組むことは、最も簡単に株価を上げる手法だからです。テスラがトヨタ自動車の時価総額を抜いたのがいい例です。それほどに、社会課題解決事業は社会的インパクトが強いのです。

現場、管理職への浸透がSDGs活用のこれからの課題

喜多氏:ただ現実問題として、SDGsへの取り組みに対して、企業から私のもとには多くの相談があります。まさに先ほどご指摘されたように、CSR観点でしかSDGsを捉えられておらず、雇用や売上の獲得につながっていない、といった内容です。まだまだ、トレンドとしての手応えをしっかりと感じている企業は少ないように思います。うまくいっている企業、そうでない企業の違いはどのあたりだとお考えですか。

安部氏:逆説的ですが、うまくいっている企業では、「社会課題解決」事業として考えていません。つまり、ひとつの新規事業として捉えているのです。実際、新規事業開発が上手な企業ほど、うまくいっているように感じています。うまくいっていない典型的な例は、たとえばプロダクトマーケットフィット(PMF)が確立されていないのに、社会課題解決事業だからという理由で、資金を投入してしまうケースです。通常の新規事業開発なら、ありえない判断です。実際、私たちも企業から事業開発の相談を受けていますが、CSRの文脈では受けていません。
もうひとつ挙げるとすれば、管理職などミドルマネジメント層や現場におけるマインドチェンジがポイントだと思います。

喜多氏:まさにおっしゃるとおり。経営層やSDGs担当は、社会課題解決事業に取り組むことが重要であること。どのように取り組めばいいのかも理解しています。一方で、現場や管理職層の理解度がそれほど深くないと感じています。ただこちらの課題に関しても、最近は管理職向けの研修に取り組む企業が出てくるなど、さらなる変化があると期待しています。

安部氏:最終的には、社会課題に取り組む解像度の深さだと考えています。ソーシャルセクターでは当たり前に理解している「現場で誰が困っているのか」「具体的にどのような課題があるのか」というような問いへの理解が、現場や管理職レベルで進めば、ESGやSDGsは企業全体に浸透するでしょう。そしてその実現のためには、これも新規事業開発と同じ。仮説検証を繰り返していくことで、成功確率を高めていくしかありません。

取材・文/杉山忠義、編集/鈴政武尊

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