英語の社内公用語化から10年超。グローバル企業としてダイバーシティを進める楽天の人材戦略とその展望

楽天グループ株式会社

執行役員 グループ人事統括部 ディレクター
黒田 真二(くろだ・しんじ)

プロフィール

100を超える国・地域から多様な人材が集う、楽天グループ(本社:東京都世田谷区、代表取締役会長兼社長:三木谷 浩史)。世界に17億のユーザーを持つ楽天グループは、70以上のサービスを展開し、ECから金融まで幅広く網羅した、独自の経済圏を形成する。組織の多様化をスピーディに進めてきた楽天グループのこれまでの歩みや人材戦略の展望について伺った。


多様な人材を包括する楽天グループの人材戦略とは?

国内のIT企業の中で異彩を放つ楽天グループ。1997年の創業以来、人材戦略面においてもダイナミックな成長を続け、ダイバーシティへの取り組みや「英語の社内公用語化」などのユニークな施策で社会にインパクトを与えてきた。

しかし、決して話題先行型というわけではない。10年以上をかけて「仮説→実行→検証→仕組み化」を繰り返す楽天グループでは、多様な人材を包括する仕組みが完成されつつある。

産休・育休復帰率は99%。女性マネージャーの割合は約3割。さまざまなライフステージの女性が活躍するほか、100を超える国・地域の従業員が在籍し、個々のジェンダーや宗教を包括し尊重するカルチャーが形成されている。

今回は、楽天グループの人事統括部ディレクターの黒田真二氏に、人材戦略や採用の課題、今後の展望について話を伺った。


楽天グループのこれまでと現況

――まず、楽天グループが創業した1997年から、これまでの歩みを振り返っていただけますか。

黒田真二氏(以下、黒田氏):楽天グループは、インターネットコマースサービス「楽天市場」からスタートし、さまざまな分野で事業を拡大して成長してきました。

1997年の創業当初は、世の中におけるインターネットに対する信頼性が低く、「インターネットで物を買う」ことに対する抵抗感があった時代でした。当社の事業構想はまだまだ世の中に認知されるまでには至りませんでした。

しかし2000年代に入り、楽天グループは金融事業、トラベル事業、プロ野球球団の経営などさまざまな事業に参入し、知名度とブランド力を高めていきました。

そして2010年代にはグローバル展開を加速。海外の企業買収を積極的に行い、海外のエンジニア採用を強化しました。その後、世界中に従業員数と拠点数が増え、同時に社内のEnglishnization(社内公用語英語化)を進めました。

現在は全部で70以上のサービスを展開しており、2018年以降、通信事業にさらに注力しています。コロナ禍においてもその歩みを進めるスピードは衰えず、日本におけるMNO事業運営に伴う知見/技術を基に世界中の通信会社にプラットフォームを提供しようとしています。また、2022年には楽天グループが創業25周年を迎え、当社のアセットを活用した「グリーン社会」実現への取り組みも加速させています。

――グローバル化の起点となった2010年~2012年ごろ、楽天グループのEnglishnization(社内公用語英語化)は、当時メディアで大きく取り上げられました。その後10年以上経過しましたが、現在、日本国籍と外国籍の比率はどうなっているでしょうか。

黒田氏:グループの従業員数はグローバル全体でおよそ3.2万人。そのうちの5分の1の従業員が外国籍です。Englishnization(社内公用語英語化)が始まった2010年頃、海外の企業買収を機にさまざまな国籍の方が入社し、社内のグローバル化が進みました。

今では多様な従業員がいる状態が当たり前となり、国籍を意識することも少なくなりましたが、当初は試行錯誤の連続でした。

――どのような苦労があったのでしょうか。

黒田氏:当初大変だったのが、異なる文化背景を持った従業員に、組織内の「暗黙知」を理解してもらうことでした。特にノンバーバルコミュニケーションとも言える、日本独特の「察する」「空気を読む」「これまでの慣例に従う」といった社風が根強く残っていた当時の楽天では、この文化・風土のズレをどう解消していくかが課題でした。

「目に見える文化」の例で言うと、楽天グループの「朝会」と「社内清掃」が挙げられます。朝会とは、月曜日の始業直後に行われる定例会議であり、社内清掃は文字通り各自のデスク周りを掃除するというもので、以前はごく当たり前のように行っていた社内文化でした。

しかし多様な考え方を持つ人が集まるようになると、「なぜ始業直後から時間を拘束されるのだ」「清掃員の仕事をなぜ自分がやらなければいけないのか」といった反応も見られました。

そういう声が上がったときには、掃除をする意味や目的を伝えます。行動規範など、「目に見えない暗黙知」に関しては根気よく教え、伝える必要があります。

――いろんな文化背景を持った人が同じ場所に集い、長い年月をかけて「当たり前」というフェーズに至ったのですね。さまざまな国籍の従業員を「受け入れる」側にも変化はありましたか?

黒田氏:個人的な感覚ですが、当社は世界中に事業所を展開しており、英語でコミュニケーションを取り、グローバルのスキームで動く場面が多いので、海外の情報に触れる機会がおのずと増えています。他国で起きていることに対して情報のタイムラグがなく、かつ情報に対する感度も高くなっているように感じています。

世界のトレンドにいち早くコミットして事業化へのヒントにしていく――。当社の強みの一つだと認識しています。

――楽天の理念や行動指針の浸透については、いかがでしょうか。

黒田氏:年に数回、マネジメント層が集まってディスカッションし、フィロソフィー(価値観・行動指針)を共有する機会を設けています。そこから、マネジメント層が管理する各セクションや部門にも広がっていきます。

また、週に一度行われる朝会では、三木谷が必ずスピーチを行います。これは全社員に対して会社が向かう方向性や理念を浸透させる場となっており、さらに各部のKPIの状況、それぞれがどんな仕事をしているのかという現状を把握し、経営層の目指すところを共有する場にもなっています。

グローバルに展開してからは、時差の問題が発生しました。日本では朝の時間でも、海外では夕方になることがあります。試行錯誤の結果、リージョン(地域)ごとに分けて実施する、ということで落ち着きました。ただ、より効率的な方法を求め、定期的にリアルタイムで実施するなど試行錯誤は続けています。


IT業界のスピーディな変化に合わせた「人材戦略」

――2010年代から社内のグローバル化が進んだとのことですが、人材戦略に関する変化もあったのでしょうか?

黒田氏:グローバル化という大きな変化に加え、会社の規模に合わせた変化もあります。

私が中途採用で入社した2008年、楽天グループは4,300人弱の組織でした。その頃から比べると企業規模は大きくなり、人員も大幅に増加。「もっと大きくなろう」というベンチャー気質が色濃くありました。

ところが組織が大きくなるにつれ、一枚岩でまい進していく難しさも生じてきます。組織の中でオペレーションに従って円滑に働くことはとても大切ですが、一方で、立ち回りに優れる人ばかりで構成された組織は新しいチャレンジが起こりにくくなってしまいます。ダイバーシティを尊重し、より多様なバックグラウンドや考え方を積極的に受け入れ、グローバルで戦える組織・人材づくりを目指しています。

――これだけの多様な人材を包括し、個々の情報を管理していくのは、とても大変なことだと思います。具体的な人事の取り組み事例がありましたら教えて下さい。

黒田氏:楽天グループは現在、100を超える国・地域の人が集う組織になっています。2012年にはグループ共通の人事管理システムを導入し、人事情報の一元化を実現しました。

現在は、各国の厳しい個人情報管理の問題をクリアしながら、評価基準、職務情報の統一などをグローバル全体で、同じスキームで行っています。楽天グループに関わる全ての人材が、望むキャリアや適正な報酬を得られるように強固なインフラシステム(制度)を完成させたということです。

――円安などの要因により、外国籍の人が日本で働くメリットが薄れていると報じられることもありますが、人材獲得の強みはありますか?

黒田氏:経済的な観点から、海外にいる人が日本国内で働くメリットは今後、薄れていくかもしれません。特に海外の人材を採用する際は、日本に来て働いてもらうというよりも、海外拠点で稼働してもらうなど、グローバルで最適な人材配置を行っていく必要があると感じています。

日本国内における均質的な組織では、言語や文化などにおいて、外国籍従業員がマイノリティになってしまうことがあります。しかし、楽天グループの場合には、すでにさまざまな国籍の人を受け入れる土壌があり、職場での会話や文章はもちろん、勉強会も英語で行っていますから、外国籍従業員でも入社後すぐに違和感なく働けるでしょう。

国内従業員だけでなく、外国籍従業員が働きやすい社内文化がすでに醸成されていることは、楽天グループの強みと言えます。

楽天グループの目指すビジョンや未来への展望について

――現状の採用活動に関して、力を入れているポジション、課題を感じている点などを教えてください。

黒田氏:現在、力を入れているのはマネージャー層の採用です。楽天では新卒社員の採用に力を入れてきましたので、若手人材層が育って厚みを増している一方で、チームをまとめるマネジメント層をより強化したいとも考えています。

新卒社員がマネジメント層として活躍できるようになるまでには、ある程度の時間を要しますから、並行して経験者採用も行っています。ダイナミックかつビジネスに沿って最適な人材配置をするにあたり、多様な人材を活かすことができるマネジメント力のある人を求めています。

――楽天グループの人材戦略重点テーマがあれば教えてください。

黒田氏:前職がコンサルティング会社だったこともあり、まずは中長期のビジネスプランや戦略をつくって、計画に沿って実行するのが当たり前だと思っていました。しかし、楽天グループへ入社後、海外の巨大IT系企業の動きを見ていますと、「5カ年計画を立てて、その通りに実現する」なんてことはまれなことだと思うようになりました。

VUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)と呼ばれる先が見えづらい時代において、私たちは変化の激しい世界を生きています。たった数年の間に次々と革新的な出来事が起こり、その都度、計画の変更を余儀なくされるのです。

楽天グループでは、そうした時代においても、計画を立てながらも状況に応じて修正し、新しい取り組みにフォーカスしながら仮説と検証を繰り返しています。そういうやり方でないと、グローバルで生き残り、会社として大きくなって、世の中に貢献していくというのが難しいのです。

こうしたビジネスサイクルに対する人事の役割は、フォーカスした領域にコミットできる人材を獲得し、モチベーションを高めてやりきってもらう基盤をつくることです。そしてアロケーションやコストのバランスを見ながら、最適な配置や人材育成をしていくことが重要だと考えています。

「イノベーション」という言葉がよく叫ばれますが、のんびりしていては、イノベーションは進みません。特にインターネット業界では、いつ、どこで、どんな変化が起こるかわかりません。ですから、採用においてもスピード感を持ち、ベンチャーマインドをもった人材を採用、育成することが重要になってくると思っています。

【取材後記】

楽天グループは、時々刻々と形を変える、大きく柔らかな「器」のような組織だと感じた。国籍、ジェンダー、母国語など、多様なバックボーンを持つ従業員が「楽天主義」と呼ばれる価値観・行動指針を共有、団結し、内発的に形を変えていく。代表の三木谷氏は『JAPAN TRANSFORMATION 日本の未来戦略』(新経済連盟・2022年)の中で、「組織自体を国際化していかないと、日本のサービス企業は国際化しづらい」と提言している。多様な人材を集結させ、世界の風を読み、変化を続ける楽天グループ。今後、どのようなチャレンジを遂げるのか注視していきたい。

企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/北川和子、シナト・ビジュアルクリエーション

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