カーボンニュートラルや電動化――、トヨタの調達本部は100年に一度の大変革期をどう見据えるのか?
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創業の原理を忘れない。採用で「共に働く仲間と自動車製造の未来をつくる」
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仲間は「イコールパートナー」という考え
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年齢を重ねても学び続ける。「全員活躍」が人的資本経営として重要
「100年に1度の大変革期」の最中にあるといわれている自動車業界。業界をけん引するトヨタ自動車株式会社(代表取締役会長:豊田章男、執行役員・社長:佐藤恒治/本社:愛知県豊田市)は、新体制のテーマとして「継承と進化」を掲げている。それは、商品と地域を軸とした経営を継承し、モビリティ・カンパニーへの変革という進化に挑戦していくということ。
具体的には「モビリティ・カンパニーを目指す」、「クルマの未来を変えていく」ということを指し、知能化や電動化、ニーズの多様化に応えていき、クルマの本質的な価値を守りながら、「クルマ→モビリティ→社会」への新たなる価値を生み出し続けるチャレンジをしていくことである。
今回は、多角的なアプローチでトヨタ自動車の変革を支える「調達本部 サプライチェーン戦略部」に取材を敢行。調達部門のビジョンや組織づくりについて、伊東 新氏に話を伺った。
かつてない自動車業界の変革時代が到来。ビジネスモデルの転換が急務
自動車業界を取り巻く状況は、時々刻々と変化している。Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared & Service(シェアリング)、Electric(電動化)を指す「CASE(*1)」という言葉が現れ、技術の革新はもちろん、「クルマ」という概念や価値観が大きく変わりつつある。
また日本政府は、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」、いわゆる脱炭素社会の実現を2050年までに目指すと宣言している。環境負荷の低減に向けた取り組みは重要度が増し、自動車産業に対して国内外から熱いまなざしが注がれている。
トヨタ自動車では、このような社会や世界の変化を見越してビジネスモデルの転換を進めており、調達部門もその変革を支えている。
トヨタの22年営業収益は約24兆円。うち7~8割はパートナーである仕入先様から調達しており、直接取引のあるサプライヤーだけでも約8,500社にのぼる。調達部門は11カ国、13地域に拠点を置き、約2,400人の本部員が活躍し、巨大なサプライチェーンの中核をなしているのだ。
変革を前線で支えるトヨタの調達部門。その事業内容と環境に迫る
――まずは、トヨタの中で果たしている調達部門の役割について教えてください。
伊東氏:調達部門の役割を端的に言うと、「最も良い製品を、最も安く、最も早く(タイムリー)、長期安定的に調達できる」、強固なサプライチェーンを構築することです。
調達部門は、今後の電動化を支える重要部品の電動ユニットを調達し、半導体確保やソフトウェアファーストをリードする「ユニット部品調達部」。海外事業体との連携強化や、今後の軽量化などの車両構造変革に追従した車体系部品を調達する「PJT推進・ボデー部品調達部」。
内製生産やWoven Cityに関わる資材・設備・物流などの調達、電池・モーターなどに使用する、希少金属確保や24年物流問題の構造課題への積極的な対応などに取り組む「資材・設備調達部」があり、そして足元に「電池調達室」を新設しました。
また、自然災害などによる生産影響を現地現物で復旧支援を行い、仕入先様の品質・生準・ものづくり活動の支援を行う「調達エンジニアリング部」、調達本部の戦略参謀役、サプライチェーン全体を考えて施策を企画推進する「サプライチェーン戦略部」の6つのセクションで構成され、それぞれが多岐にわたる役割を果たしています。
さらにトヨタは23年5月、次世代BEVの開発と事業を加速させるためBEVファクトリーという専任組織を新設しました。
調達部門としても、特に開発・投資規模の大きい電池の調達業務を担う「電池調達室」を新設し、意思決定の迅速化、社内外の関係強化、専門性向上、人材育成の加速を図ります。
トヨタがこれからチャレンジする内製電池の電池量確保及び競争力あるサプライチェーン構築に向け、材料・部材の寡占・カントリーリスクへの対応と、これまでお付き合いのなかったグローバル資源国との関係構築など、グローバルでより幅広い業務へ対応出来る人材が求められます。
また5月にはトヨタのカーボンニュートラルやマルチパスウェイ戦略をより推進するため、あるいは燃料電池や水素関連商品でお客さまに寄り添った商品開発と生産を加速するため、専任組織として水素ファクトリーも新設しました。
2030年の水素市場は、欧州、中国、北米の規模が圧倒的に大きく、年間で5兆円規模になると予測されています。我々はMIRAIの水素ユニットを使って2030年には約10万台の外販オファーを頂いており、その大半は商用車となっています。
今後、世界でますます水素が重要なテーマになると思われます。普及していくための調達の役割は「つくる」「はこぶ」「つかう」。特に「つくる」ということにも、パートナーの皆さまと共に取り組み、仲間づくりを進めていく所存です。
一般的に「調達」という言葉から、「発注先を選ぶ」「値段を決める」といった仕事をイメージされるかもしれません。しかし実際の役割は、社内外の多くの関係者を巻き込んで仲間づくりをしながら、トヨタのモビリティの未来の具現化、サプライチェーン全体の基盤強化や発展につなげることにあります。
クルマは約3万点もの部品から構成され、そのうちの7~8割を社外のパートナーから調達させていただいており、サプライチェーン全体で間接取引まで含めると約6万社にものぼります。
トヨタでは「JIT(ジャスト・イン・タイム)方式」といって、必要な物を、必要なタイミングで、必要な分だけ供給し、できるだけ在庫を持たない方法を採用しているのですが、この方法で持続可能なビジネスを行うためには、仕入先様と共存共栄できる関係構築が不可欠なのです。
――調達部門の仕事は「発注・仕入」の業務だけでなく、社内外との接点を持つ重要なポジションなのですね。サプライチェーンの共存共栄のためにアプローチしている事例はありますか?
伊東氏:あらゆるパートナーが共存共栄していくために、「現地・現物」を大切にし、さまざまな取り組みを行っています。例えば、仕入先様が経営や現場で課題を抱えている場合には、業態変革に関してのサポート役を務めたり、経営に携わる方々の勉強会を実施したりすることもあります。
今後、電気自動車(EV車)の強化によって影響を受ける可能性がある仕入先様については、企業の強みを改めて見直し、新しい事業につなぐような試みも行っています。
そのような活動を経て、「イコールパートナー」として本気・本音のコミュニケーションを継続することで、仕入先様の声を頂戴できる関係を構築するため、日々努力しています。
サプライヤーとの関係構築で、困難と変革に立ち向かう調達部門
――現在は社会情勢の変化により、求められるミッションや課題も変化していると思います。国内外の現在の状況は調達部門にどのような影響がありましたか?
伊東氏:「100年に1度の大変革期」などといわれている通り、自動車業界では内外の環境も目まぐるしく変わっています。調達部門は会社とサプライチェーンの接点となる部門なので、さまざまな変化を最前線で感じ取っています。
――具体的にはどのような変化を経験されましたか?
伊東氏:新型コロナウイルスがまん延した初期には、サプライチェーン内の物流・生産の停滞に対してどう備えていくのか、という課題が生じました。
仕入先様の困り事を改善することで生産性を向上し、在庫を増やせるように協力したり、サプライチェーン間の相互バックアップや人的支援したり、新型コロナウイルスの影響で人手が足りなくなった現場にトヨタの社員を派遣したこともありました。
問題が浮上してから取り組むのではなく、事前に圧倒的当事者としてセルフリードしていく。「相手あってのわれわれ」という点を意識しながら、日々課題に取り組んでいます。
――近年では「カーボンニュートラル」「脱炭素」などのキーワードもよく聞かれるようになりました。
伊東氏:調達部門にとってもカーボンニュートラルは大きなテーマです。
一つ一つの部品において、性能やコストを考えるだけでなく、「CO2削減」というアプローチを仕入先様と一緒に汗をかきつつ進めております。CO2排出量調査においても、自社のやり方に固執することなく、関係団体を通じて自動車業界での効率的でいて効果的な方法を日々議論しています。
また、社長の豊田も申し上げているように、「サステナブル(持続可能)な移動手段をプラクティカル(実用的)な形で提供する」という考え方の下、電気自動車、水素、ハイブリッドなど、多様な選択肢を提供します。
トヨタは真のグローバル化を目指して、さまざまな地域の皆様に愛されています。ただしエネルギー事情は異なるため、「町一番」を大事にそれぞれの地域で一番良い方法が選択できる、すなわちグローバルフルラインアップ化を進めていく所存です。
どのようにCO2排出量を減らしていくのか、どう取り組んでいくのかなど、やるべきことは山積していますが、技術をバックグラウンドに持つサプライチェーン戦略のメンバーがその方針を支えてくれています。
――現在、調達部門として感じている課題はありますか?
伊東氏:業務上における生産性の一層の向上、かつデータを活用した問題解決力・付加価値のさらなる向上なども行っていきたいと考えています。そのためにDXやデータサイエンスの人材育成、サプライチェーン全体を通じたデータの価値を再定義していく必要があるでしょう。
当社はトヨタ生産方式(Toyota Production System/以下、TPS)による問題解決の力はあると思います。さらにデータを活用して、高度な解決ができる、効率化を上げるようにしていきたい。
品質データ一つにしてもサプライチェーンの間でデータとして流通できれば、どこのTier(フェーズ)に問題があるか、ではどうすればよいかなど、最適かつ効率的に決めることができると考えているからです。
創業の原理を忘れない。共に働く仲間と自動車製造の未来をつくる
――今後の日本の自動車産業の発展のために、調達部門としての取り組みについてお考えをお聞かせください。
伊東氏:調達領域では社内外・国内外との接点が多く、おのずと情報が集まってくる立場でもあるため、先を見通しながら変革をリードしていかなければなりません。変革期においては、変化に適応しながらも、創業の原理に立ち返ることが大事だと思っています。
――創業の原理とはどういうものでしょうか。
伊東氏:トヨタ自動車のルーツは紡績事業です。創業初期は、常に誰かが機械の番人をしなければならず、現場の人が苦労をしていました。「携わる人の仕事を少しでも楽にしたい」という想いから、一生懸命、自働化できる仕組みを考えたことが今あるビジネスのルーツとなっています。
トヨタ自動車はそのミッションに「幸せの量産」を掲げており、「誰かのために」という考え方がいつも根底にあるのです。調達部門も、自分以外の誰かの幸せのために「考動」し、関わり合う人々が生き生きとしている状態を目指しています。
「お客様の幸せ」という観点でいうと、大切なものは地域ごとに異なります。
電気自動車の普及を例に挙げますと、充電器の普及が難しい地域や、ハイブリッド車を必要とする地域もあります。国、地域によって何が求められているかを考えて、カーボンニュートラルや電動化といった変化の波を乗り越えていきたいと思います。
変化が激しい時代ですが、「幸せの量産」「TPS」「現地現物」「たゆまぬ改善」など、トヨタの思想(フィロソフィー)・技(TPS)・所作(トヨタウェイ)は、重要なベースとして守り続けていきたいものです。
――今後、調達部門ではどんな人物と一緒に働きたいと思いますか?
伊東氏:風通し良く情報共有をしながら、原価低減をプロデュースできる「調達のプロ」を目指す方と一緒に働きたいと思います。われわれは仕入先様と同等の立場にある「イコールパートナー」ですので、上からでも下からでもなく、関わり合う人と対等に接することができるという資質も重要です。
「最も良い製品を、最も安く、最も早く(タイムリー)、長期安定的に」という使命に共感しながらも、相手の声にきちんと耳を傾けることで社内外から信頼され、社会の幸せのためにまい進できる方と働きたいと考えています。
少子高齢化による労働力不足などもあり、年齢を重ねても学び続けるシニアミドルや女性の方々の全員活躍も、人的資本経営として重要です。企業としても社員が学び続け、腕を磨ける環境をいかにつくっていけるかということも大切だと考えています。
また、トヨタはモビリティ・カンパニーへの変革という進化や、クルマの未来を変えていくため、もっと新しい何かを生み出すことへチャレンジしております。そのような中、トヨタ調達としても共にチャレンジしていける方と働きたいと考えています。
――日本の産業界で活躍するために必要なことはなんでしょうか。
伊東氏:日本のものづくりは職人的な技術が大変優れており、要所要所の「造り込み」においては素晴らしい力があります。
一方で、全体を俯瞰(ふかん)して価値創造をしたり、産学官を含めて連携して新しい付加価値を創造したりなどする領域については課題があるように感じます。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
伊東氏:100年に1度の大変革期において、日本のみならず、世界中の自動車に関わる皆様と共に、誰一人も取り残さず、明るい未来を切り開いていくことが大事だと考えています。そのために、トヨタが一生懸命に汗をかく――。
そして仕入先様が、“笑顔”で、“トヨタと一緒に仕事をして良かった”と思える、“もっといいクルマ”、“幸せの量産”につなげられるように、元気よく頑張ってまいります。
当社社長の佐藤恒治のメッセージにもありますように、クルマづくりは本当に挑戦の連続です。
また、豊田佐吉翁が残した「百折不撓」という言葉がありますが、これは何度失敗してもそれに負けることなく挑戦し続けていく姿勢を意味します。100の失敗の先に1つの成功があります。それを信じて、トヨタは挑戦を続けていく会社でありたいと思います。
【取材後記】
1台のクルマをつくるのに3万個もの部品が必要だという事実からも、「調達」という仕事がいかに重要であるかが推し量れる。仕入先との関係構築や資源価格の調整、脱炭素への工夫など、調達部門が取り組む課題は簡単ではない。
業界のみならず、日本を代表する企業でもあるトヨタ自動車。調達という部門がどのように変革の波を乗り越え、「幸せの量産」につなげるのかを見守り、学んでいきたい。
企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、撮影/CMYK株式会社、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション
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