三大メガバンクの人事が語る。なぜ銀行はキャリア採用に比重を掛けたのか――。人事戦略とその展望から見えてきた未来とは
数ある企業の中でも「銀行」という組織は独特なカルチャーを持つ。かつては新卒比率が最も高いことでも知られていたメガバンクだが、近年はキャリア採用(経験者採用)に大きく力を入れているという。FinTech(フィンテック)の隆盛や新型コロナウイルスの影響もあり、金融業界も変革の時が訪れようとしている。
今回はみずほフィナンシャルグループ、三井住友銀行、三菱UFJ銀行から人事部の方をお招きし、銀行がキャリア採用に力を入れる背景や時代の変化、銀行を含む金融業界の将来の展望などについて語っていただいた。
先が見えないVUCA時代。銀行を取り巻く現状とトレンドとは
――未来予測がしづらい時代ですが、直近3年間、新型コロナウイルス対応なども含めて各行内の動きをお聞かせください。
三井住友 菅家氏:この3年の変化にフォーカスするのであれば、やはり新型コロナウイルスの影響による変化は大きいものでした。商業銀行の存在意義が問われ、銀行として社会にどう貢献すべきなのかと考えさせられたような気がします。
行内ではテレワークやリモート会議が導入され、価値観が一変。社員のデジタルへの関心も高まりました。デジタル関連部署への異動希望者が増えたり、「金融×デジタル」の領域で社内ベンチャーが10社ぐらい立ち上がったりするなど、これまでにはない動きが見られました。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:同じことが当行にも当てはまります。新型コロナウイルスの影響で人材の流動性が高まり、過去に例を見ないぐらいキャリア採用の数が増えています。
キャリアの方が入行することによって価値観が多様化し、それを銀行が受容するようになってきました。キャリア採用で入行した人にとって、銀行のカルチャーに違和感がある方も一定数いらっしゃるでしょうが、その辺りのギャップも少しずつ融合してきたように思います。
三菱UFJ 柿沼氏:いわゆる「キャリア自律」が大きく進んだことも、ここ数年の大きな動きの一つです。かつては「行員のキャリアは人事部が決める」というのが暗黙の了解でしたが、世の中の流れもあって今は随分変わりましたね。本人の希望を聞き、意志を尊重しながらキャリアアップを促すことを本気でやっています。
――業界全体として大きな変化があったようですが、それは内発的なものだったのでしょうか。それとも外からの影響があったのでしょうか。
三井住友 菅家氏:両方の側面があったように思います。若い方の価値観が多様化する中で、組織の価値観を押し付けるより、個々の意思を受容して伸ばすことを重視するようになりました。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:新型コロナウイルスの影響によって、リモートワークの環境整備が不可避となったのは、どの銀行もそうでしょう。3年前と今を比較すると、信じられないぐらい大きな変化だったと思います。システム・ツールやデジタルの知識も、より一層求められるようになってきました。
三大メガバンクグループがキャリア採用を積極化している背景
――メガバンクは新卒しか採用しないというのが世間一般の捉え方ですが、現在はキャリア採用も活発化しているとのこと。今なぜ、キャリア採用なのでしょうか。
三菱UFJ 柿沼氏:キャリア採用を推進する理由には、大きく二つあります。
一つは、各領域で高い専門性が求められるようになってきたことです。例えばDXやサイバーセキュリティ―などは、各分野における深い知識と経験が必要です。知識と経験を持つ人に外部から来てもらわなければ、世の中の流れに追い付けません。
もう一つは、外からの風を取り込んで、銀行内のカルチャーを変える必要があるということです。DXを推進するスタートアップ企業から転職してこられた方が、自らの責任において意思決定し、スピード感をもって施策を進める姿に接すると刺激を受けます。
キャリア採用の方々から受ける刺激は、強い組織づくりのエンジンになり得ると感じています。
三井住友 菅家氏:変化が激しい現代社会においては、ビジネスをアジャイルに変化させ、新しい形をつくっていかなければなりません。そのためにも、銀行以外のキャリアを持つ方の即戦力が必要となってきました。
また、転職市場の変化も要因の一つです。今の時代、就職した会社で定年まで勤め上げようと考える人は多くありません。一つの会社に「就社」するよりも、各職種の専門性を極めようという傾向が強く、転職が当たり前の時代になってきました。
高い専門性を持つ、優秀な人材が転職市場に出てきているのであれば、積極的に出会い、採用しない手はありません。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:これまで商業銀行では、多くの新卒を採用して社員教育を施し、全てのお客さまに等しいサービスを提供することが理にかなっていました。
しかし、「お客さまからお金をお預かりして融資する」という伝統的な商業銀行ビジネスだけでは立ち行かなくなった今、会社として複数の収益柱をつくらなければなりません。
ITや社会インフラなど、さまざまな分野で専門知識を持つ人材が必要になったものの、行内に即戦力の人材は少なく、かといって一から育てるのでは時間が掛かり過ぎてしまいます。
そういう状況の中、知識と経験を持った方を「キャリア採用」として外部から招くことは、ごく自然な流れでした。
――時代の変化は人事の方針にも影響するのですね。キャリア採用、新卒採用それぞれの位置付けはどのようにお考えでしょうか。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:同じタイミングで多くの人数を採用できる新卒採用は、安定した人材確保という面で大きなメリットがあります。新卒で入社した方の立場から見ると、ゼロから成長できる機会や、新卒ならではの財産である「同期」の存在は貴重なものでしょう。
キャリア採用の方については、その専門性を活かし、旧来のカルチャーやビジネスモデルの改革を期待していますし、本人にとってもやりがいの一つとなるはずです。
三菱UFJ 柿沼氏:新卒はまず、銀行・金融のDNAをしっかりと伝えていきます。銀行はお客さまからお金をお預かりするというビジネスが基本ですから、信用・信頼が何よりも大切な資産です。
また、現在のキャリア人材の比率は全行員で考えると1割程度。「社員の半数がキャリア採用」という未来はまだ先のことかもしれませんが、守るべきDNAは新卒・キャリアに関わらず、しっかり守っていかなければならないと思っています。
三井住友 菅家氏:平野さんがおっしゃる通り、新卒、キャリアそれぞれに魅力があります。新卒は何色にも染まっておらず無限の可能性があるということ、キャリアの方は経験やスキル、目的意識の高さが挙げられます。
私は常日頃から、「キャリアは掛け算で持つべきだ」と言っています。営業職、IT職という「ジョブ型」の思考だけでは、知識や技術が陳腐化すると、時代についていけなくなるリスクがありますから、会社としても複線的なキャリアを支援していきたいと思っています。
キャリア採用を増やしているといってもまだまだ新卒採用中心の会社なのではないかと思われる方もいらっしゃれるかもしれませんが、決してそんなことはございません。キャリア採用は新卒採用を補完するものではなく、事業戦略に応じて機動的に専門人材や即戦力となる人材を採用する重要な経営戦略の一つと位置付けています。
――キャリア採用を進めるにあたり、具体的にはどのような施策を実施されているのでしょうか。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:多様性を意識し、管理職の一定数はキャリア採用の方から登用することを目標に掲げています。そのためにも、キャリア採用の方が感じるカルチャーギャップを少なくしたり、丁寧にフォローしたりすることを意識的に行っています。
例えば新卒採用の場合、「〇年次」という考え方がありますが、キャリア採用の方にとっては関係ありません。また、他業界では通用しない業界用語は極力使わないようにすることなどにも取り組んでいます。
一般企業と銀行のカルチャーギャップを感じる方への対応として、国家資格を持ったキャリアアドバイザーがキャリア採用で入社した方全員と面談し、細やかなサポートをするように努めています。
三菱UFJ 柿沼氏:われわれは、行内のメンター制度を立ち上げ、キャリア採用の人同士が経験を伝えるというようなフォローを行っていますね。
入社3年以内のキャリア入行者へのアンケートからは、入社1年を過ぎたあたりからより丁寧なサポートも必要だということもわかってきました。
三井住友 菅家氏:当社でもオンボーディングには力を入れています。入社後SMBCグループのMission・Vision・Valueの理解、銀行業務の基礎を学ぶ研修を用意しているほか、入社後一定期間内に必ず人事部員がキャリア採用者と面談し、困っていることがあれば部店にも働きかけることで、円滑な立ち上がりを支援しています。また、キャリア採用者同士の交流会も企画しています。
メガバンクが目指す未来の人事戦略とは
――人材戦略により目指したいビジョンや実現したい世界についてお聞かせください。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:ここ数年で人事の在り方を変えようと、人事部門のみならず社員とともに議論を続け、「かなで」というプロジェクトを進めています。その中で、「戦略人事」を大きなコンセプトとして掲げています。
これまでは中央集権的に人事が組織の中心にいましたが、よりビジネスにアライン(連携)した人事でなければ競争に勝てないと考え、社員を中心に据えることにしました。そこで「自律」をキーワードに掲げ、自らキャリアを切り開いていくことを会社としてサポートしていきます。
ビジネスに携わる部門ごとに採用・配置を完結する「部門人事」が理想だと考えています。実際の運営は難しい部分もありますが、戦略人事の実現に向けチャレンジしているところです。
三井住友 菅家氏:当社では2年前に人事制度を改定しました。コンセプトは「Be a Challenger」。ビジネスが流動的な中で、従業員の自律的・自発的なチャレンジを応援し、挑戦した人が報われる世界観を大切にしたいという考えです。頑張っている人には昇進を早めますし、若手を早期にマネジメントに登用したりもしています。
新しいことに挑戦すると失敗する確率も高まりますが、失敗を恐れて挑戦しないよりは、たとえ失敗しても挑戦し続けることができる人を評価する、そんな会社を目指しています。
キャリア採用の方には社内の空気など読まず、どんどん挑戦し各分野の変化をリードしてほしいと思っていますし、人事部としてもそのアクションを後押ししたいという考えでいます。
三菱UFJ 柿沼氏:そもそも、外の世界とつながっているのは各ビジネスライン。人事が「いい人だから」と一方的に採用・配属するのではなく、各部門で必要とされる人材の採用を実現しなければなりません。
銀行は人事が強いためか、「ビジネスサイドで求める人材」という発想があまりなく、思考停止になっていたように思います。ビジネスにひも付かない人事なんて意味がありません。世の中の流れに人事部が合わせられるようになるためにも、人事部でもキャリア採用を実施しないといけないと感じます。
――入社後のキャリア開発は自律的なアクションを促しているのでしょうか。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:従業員の自律的行動を促すために、銀行としてはチャレンジできる風潮や文化の醸成、いつでも誰でもチャンスが得られる制度策定が欠かせません。
「自分らしさ」はややもすれば「わがまま」と勘違いされがちですから、責任や努力を伴うことをしっかり理解してもらうように働きかける必要もあります。自律的なキャリア開発には、従業員、会社双方のエンゲージメントが大切だと感じます。
三菱UFJ 柿沼氏:どの部門も優秀な人材を必要としていますから、行内にチャンスはたくさんあります。やりたいことがあれば自ら行動を起こしていく姿勢は、今後ますます必要とされるでしょう。
三井住友 菅家氏:当社には多種多様な業務がありますが、各部の業務理解、自身がどんな仕事に就きたいか考えてもらう契機として、従業員向けにジョブフォーラムを開催しています。
また、公募制度を使って自らキャリアの希望を出すこともできます。これからも従業員の自律的なキャリア形成を支援していきたいと思っています。
――転職希望者に向けて、銀行が求める人材イメージについて教えてください。
三井住友 菅家氏:「社会にイノベーションを起こしたい」という方にとって、銀行への就職は一つの手段になり得ます。銀行には顧客基盤、人脈、資金力など、多くの資産がありますし、社内ベンチャーを立ち上げて自ら新しいビジネスにチャレンジできる環境もあります。
銀行の豊富なアセットを活用し、ご自身の夢を実現してほしいと思います。
三菱UFJ 柿沼氏:一言で表すと、「志のある人」でしょうか。例えば今、キャリア採用3年目の方が、行内の使いづらいシステムを改善しようと取り組んでいます。Outlookがフリーズするといった基本的な業務の改善なのですが、ここにかかる予算はなんと約300億円。プロジェクト遂行期間は2年間を予定しています。
このように、銀行ではひとたび何かしようとすると巨大なプロジェクトになりがちで、やり遂げるためには知識や経験のほかに、気概や志が必要なのです。「このプロジェクトを通して成長しよう」と頑張れることが、銀行で活躍できる素質だと思います。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:当社の新卒テーマは「変化の穂先であれ。」です。向上心を持って、社会やお客さまの変化を跨ぐ最初の存在でありたいという価値観のある方なら多くの経験を得ることができるでしょう。
金融業は堅いイメージがあるかもしれませんが、実際には社会や経済の変革において、最先端に立って関われる業界ですから、そこにやりがいを見いだしていただけると思います。
金融業界が見据える現代社会の課題と今後の展望
――SDGs、女性活躍推進、人的資本経営、DX、シニア・ミドル人材の活躍など、近年の重要なキーワードについてお考えをお聞かせください。
三菱UFJ 柿沼氏:ホットなキーワードとしては「セカンドキャリア」です。これまで金融業界では、「40歳になるとベテラン」、「50代で拠点長になるのが目標」という感覚がありましたが、銀行という枠組みを超えて活躍できる人材となるよう成長し続けるべきだと感じています。会社としては従業員の成長意欲を高め、人事組織を活性化していく必要があります。
みずほフィナンシャルグループ 平野氏:あえて選ぶなら「人的資本経営」でしょうか。銀行はこれまで、やや経験に頼った中央集権的な人員配置をしてきました。しかし、従業員一人一人の能力やスキルを可視化し、個々のケイパビリティを踏まえた人員配置ができれば、より個人の成長を促し、効果的・効率的にビジネスと連携していけるはずです。
三井住友 菅家氏:「女性活躍推進」という言葉がありますが、今では多くの女性が仕事を持ち、女性の社会進出は一定程度、達成したと言えます。その一方で、出生数は減少の一途をたどっています。生産年齢人口の減少は国力に関わる喫緊の課題で、国だけでなく、企業としてもこの問題にきちんと向き合うべき時が来ていると感じます。
女性の社会進出と少子化を同時に解決するためにも、企業として、子育てをしながら働きやすい環境づくりが不可欠です。
【取材後記】
人材の流動性が話題となる昨今だが、その波は銀行・金融業にも及んでいた。いま、社会の大きな変化に対応するために、各分野で高い専門性が必要とされている。メガバンクでのキャリア採用は、これまで各分野で知識や技術を極めてきた人にとって、大きな舞台になり得るだろう。高い専門性を持ったキャリア採用組が新卒採用者と共同し、大きな資本と人脈を活かして、日本社会に新たな変革をもたらしてくれることを期待したい。
企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション
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