内定を断られない。面接における動機付けコミュニケーションの真髄

株式会社JAM

代表取締役社長 水谷 健彦

プロフィール

昨今のような転職の売り手市場では、複数内定をもらってその中から転職先を選ぶ採用候補者も少なくありません。そのため、他社ではなく自社に「入社したい!」と思ってもらえるように、選考の課程でいかに働きかけるかが、採用候補者にジョインしてもらうポイントになります。

そこで、採用候補者が最終的に入社する企業を選ぶ際の「意思決定のメカニズム」を紐解くことで、面接で何を聞き、何を伝えると自社への入社意向を高められるのかを、株式会社JAMの水谷健彦氏にお話しいただきました。

※この記事は、dodaが主催したセミナーの内容を要約して構成しています

個人が企業を選ぶ「5つの因子」について

プロフィール_株式会社JAMの水谷氏

まず、採用を担当されている皆さんに質問があります。“御社に入社する方々は『何を』魅力に感じて入社を決めていますか?”さあ、どんなことが頭に思い浮かんだでしょうか。

中途・新卒に限らず、一般的に個人が企業を選ぶときには、主に「5つの因子」で企業を見ていると言われます。その5つとは、「活動内容」「ビジョン」「構成員」「成長可能性」「待遇」です。

JAMの考える5因子

それぞれ、どういうことなのか。

ある人は、この5つの因子のうち「活動内容」が一番大事で、他の4つはいらないと言うかもしれません。ある人は、「ビジョン」「構成員」「待遇」を均等に重視するかもしれない。またある人は、5つとも全部を入社する企業に求めるかもしれません。

これは、採用候補者一人ひとりの価値観の部分なので類型化はできませんが、この5つの因子のバランスによって、自分の入社する会社を決めているということは理解できると思います。

数ある選択肢から最適解を選ぶ「意思決定のメカニズム」

登壇する株式会社JAMの水谷氏

米国のNASAで働く人たちがどんな仕事の仕方をしているかを研究した学者がいました。社会心理学者のチャールズ・ケプナー博士と、社会学者のベンジャミン・トリゴー博士です。二人は、ケプナー・トリゴー法(KT法)という思考法を考案しました。

人というものは普遍的に、複雑な状況を理解し、物事の因果を解明し、良い選択を行い、未来を予測する、という4つの思考プロセスで物事を考え、さまざまな判断を下しているという考え方です。このKT法では、NASAの仕事スタイルを以下の4つに整理しています。

「DA」= Decision Analysis 意思決定技術

「CA」= Cause Analysis 原因究明技術

「SA」= Situation Analysis 状況分析技術

「RA」= Risk Analysis リスク分析技術

このうちの「DA」と言われる意思決定技術の一部が、採用候補者が転職先を決める意思決定の分析に役立つだろうと考え、「意思決定のメカニズム」としてご紹介したいと思っています。

人は引っ越し先をどう選ぶ?

「意思決定のメカニズム」について、引っ越しを例に考えてみましょう。

引っ越しをしようと思った時に、「なるべく広い部屋がいい」とか「南向きがいい」「駅から遠いのは嫌だ」など、いろいろなことを考えますよね。お金がたくさんあれば、すべての条件を満たせるでしょうけれども、現実的にはそれは難しい。意思決定する上では、希望条件に折り合いを付けなければなりません。

例えば、引っ越し先の候補として、3つの物件があったとします。

引っ越しの基準その1

ここで良くないのは、「なんとなく」決めることです。印象やその時の気分で、「やっぱり南向きがいいよね」と物件Bに決めてしまうと、引っ越した後に「学校が遠くて不便」ということがものすごく気になってしまう、というような事態に陥ります。だったら、学校が近い物件を探せばよかったのに…という話になるわけですね。

これを避けるには、具体的な候補物件をいったん頭の中から追い出して、希望条件の「列挙」と「優先順位付け」をすることが大切です。

条件を列挙する

まずは、希望条件をすべて列挙します。後になって「忘れていた!」ということがないよう、引っ越し先に求めるものをすべて挙げます。

引っ越しの基準その2

条件を絞る

いろいろな希望条件があるはずですが、これがあまりに多いと、すべての条件に適う物件はなくなってしまいます。そのため、数ある希望条件の中で「譲れないもの」を絞り込みます。

引っ越しの基準その3

条件に優先順位を付ける

絞り込んだ希望条件に対して、さらに1つひとつ、優先順位をつけます。何をより大事にするか、1つひとつを他と比較しながら、序列を付けます。

引っ越しの基準その4

この優先順位を付けるときに、「物件Aが」「いや物件Bが」という話をし出すと、印象論になりがちで、最適解を導きにくくなります。そのため具体的な候補物件の話は、いったん忘れることが大事なのです。

ここまで、優先順位付けができたら、先ほどの具体的な候補物件を登場させます。

条件で候補を比較する

「駅近」「家賃」「広さ」「築年数」「間取り」を上から順に優先すると決めました。これを参照しながら、物件A・B・Cそれぞれについて、○×△で条件を満たすかどうか評価します。

引っ越しの基準その5

そうすると物件Aは、優先順位が上の条件では△となるわけですね。物件Bは、優先順位1位と2位ともに○、物件Cは、1位が○ですが2位は×です。

ここでもし希望条件の優先順位付けを正しく設定できていたら、物件Bが一番いいという結論になるでしょう。もしくは、物件D・E・Fという、優先順位が上位の項目が○になる物件をさらに探してくるということになるかもしれません。

仮にその人が物件Bに決めた場合、「なぜその物件にしたの?」と聞かれても、「駅近、家賃を優先しました。それ以外の条件は多少妥協しました」という説明がなされるわけですね。

自社を含む候補企業を把握し、採用候補者の「軸」を探る

登壇するJAMの水谷氏_その2

引っ越しに例えましたが、この意思決定のプロセスを、ぜひ取り入れていただきたいのです。採用側としては、それを導くように面接でコミュニケーションができると動機付けがしやすくなります。そのために、面接時にまずすべきことは、目の前の採用候補者の希望条件と優先順位を把握することです。

具体的には「5つの因子」を念頭に置いて、いろんな質問を繰り出すわけです。ストレートに「転職に当たって何を重視していますか?」と聞いてしまってもいいと思います。「活動内容です」「構成員です」という単語は絶対出てこないはずですが、回答から「この人は活動内容が最優先だな」「構成員重視だな」というマッピングをしていきます。

面接の中で、この5因子すべての優先順位を漏れなく正確に把握していくのは至難の業です。無理にやろうとすると「尋問」になってしまうので、あまりお勧めしません。ただ最低でも、採用候補者が「軸」とする因子の上位2つくらいは目星を付けられると思います。

優先順位付けする図

ここまでできたら、次にすることは、自社を含めた候補企業と、その評価(印象)を探ることです。「他にどこを受けていますか?」と聞いたとしても具体的に社名を出してもらえるかは分かりませんが、どの業界の、どんな会社か、という程度までは把握できると思います。

仮に、その採用候補者が、他に2社受けているとしましょう。その場合、採用候補者が重視している「活動内容」や「構成員」に対して、その2社のことをどう思っているのかを探っていきます。もちろん、自社に対する評価・印象も聞きます。

そうすれば、他社と自社の評価を下記の表のように比較できると思います。ちなみに、A社・B社が他社で、C社が自社です。

他社と自社を比較して優先順位をつけましょう

もし、A社・B社の「活動内容」「構成員」に対する評価が○で、自社の評価が△や×だった場合は、その2つの因子に対して、自社の評価が○になるような情報提供をすることが、動機付けのためにやりたいことです。

自社と他社の比較をする

「活動内容」の動機付けに有効なのは、事業や職種について採用候補者がまだ知らないであろう詳細を説明したり、将来的には●●なことができると伝えることです。また「構成員」についての動機付けには、自社に転職してきて活躍中の社員の話をすることが有効かもしれません。

そして把握したことをきちんと記録し、次の面接官へ引き継ぐことも大切です。そうすることで、その採用候補者が重視する要素について深掘りして聞けたり、採用候補者が企業に求めるものに対して重点的に自社の魅力を伝えたりできるからです。

会社の方向性と、採用候補者が求めるものを合致させる

登壇するJAMの水谷氏

ここまで、採用候補者が重視する因子とその優先順位を不変のものとして考えてきました。もっとも場合によっては、採用候補者の中の優先順位を変えるという考え方もあります。

ある採用候補者は、「ビジョン」を最重要視する人だったとします。その因子においては、自社が他社より低い評価なのだけれども、自社の「成長可能性」については比較的高く評価してくれている、そんなケースもあります。

そういう場合に、「あなたくらいの年代なら、ビジネスパーソンとして成長できそうかどうかを重視して転職先を考えたほうがいいと思いますよ」というようなコミュニケーションをすると、どうでしょう。もしそこで、採用候補者の中で優先順位が入れ替わって「成長可能性」の優先順位が上がれば、自社に入社してくれる可能性が高まるはず。

このように、自社が有利な因子・得意な領域、言い方を変えると、「自社が重視している方向性」や「打ち出したい魅力」のほうに、採用候補者の意識を引き寄せる、そういうコミュニケーションの仕方もあるということを覚えておくとよいでしょう。