中途入社=即戦力ではない。社員定着率97%の橋本氏が語る中途入社者への向き合い方
「自分たちの仕事は採用まで」「入社した社員が辞めるのは現場の責任」という企業も、まだまだ少なくないようです。しかし、人材不足が続いているこの時代、採用した社員が次々に辞めてしまっては会社の事業は成り立ちません。それどころか「社員定着率の悪い会社」というマイナスイメージがついてしまい、将来の採用活動にも悪影響が出る可能性があります。
ユニファ株式会社の橋本祐造さんは、多くの企業の採用戦略や人事制度構築に関わり、類い稀な成果を上げてきた人事のプロフェッショナルです。そんな橋本さんはさまざまなメディアで「人事は社員の定着率に責任を持つべき」と発信されています。今回は社員の定着率97%を誇る橋本さんの考えや、実際に社員の平均勤続年数を2.3倍にしたフォロー面談の事例・ノウハウに加え、「働きやすい会社、働きがいのある会社」を作る上での人事の限界と可能性など、橋本さんの豊富な人事キャリアに基づくさまざまな話をお聞きしました。
批判の嵐から始まったフォロー面談が社員の定着率を上げ、組織を変えた
橋本氏:私の人事としてのキャリアは、2005年に27歳で入社したGMOインターネットからスタートしました。人事・採用担当の一人として中途採用に関わっていましたが、当時の社員平均勤続年数は1.8年程度であり、週に1人は退職者が出ていた。つまり、年間で60名採用しても50名は辞めていくという状況だったのです。それに対して周りの採用担当者は諦めていた感もありますね。「辞めずに残った社員こそがGMOに相応しい優秀な人材だ」と考えるような空気もあったと思います。そんな人事部のことを皮肉って「ひとごと部」と呼んでいた現場の人もいましたね。
橋本氏:私は採用の仕事に関わっているからには、入社した方の人生をハッピーにしたいと考えていました。それなのに現場に配属された人たちの顔が次第に曇っていき、やがて辞めてしまうという状況が続いていたんです。当時の私は一般社員でしたが、そんな状況に納得がいかず「どうして私たちが採用した人をしっかりフォローしないのか」と、現場の部長や課長のところへ怒鳴り込みに行っていました。二日に一度ぐらいの頻度で行っていたので、「また来たのか」とよく呆れられていたんですけどね(笑)。
橋本氏:いろいろ話を聞いてみると現場の上長たちも忙しくて手が回らないという状態だということがわかったんです。これは現場だけの責任ではなく、入社した人をフォローできていない会社全体の責任ではないかと考えるようになりました。会社全体を見渡してみたのですが、結局私ぐらいしかフォローできる人がいない。
私は入社する人が初めて面接に来たときの緊張していた顔も知っているし、選考中の表情の変化や入社を決めてもらったときの希望に満ちあふれた顔も知っています。その人たちが現場に配属される前の「卵」の状態のころから知っているわけですから、そういう私のような人間こそがフォローをするべきかもしれないという結論に至ったのです。その後、とくに会社に了承を得ることもなく、勝手に社員の面談を始めたんです。
橋本氏:人事部の人たちからは、相当批判されました。採用して辞めてしまうのはしょうがない。残った人たちこそが会社にマッチしている優秀な人材だと定義されていたので、これまでのやり方を勝手に変えるなと叱責されました。それでも私は「それは違うでしょ」と言って反論し続けました。もう戦いですよね、そこからは(笑)。他の人が採用しているならともかく、自分で入社させた人たちですし、人生をかけてGMOを選んでくれた人たちに対して「そんな態度のままでいいのか」という思いの方がよほど強かったですからね。
逆に、現場の人たちからは「本当にありがとう」と感謝されました。現場でも1on1などは行われていたのですが、どうしても業務の話が中心になってしまいます。単なる進捗確認の場になってしまっているというか。私の面談は「仕事は楽しいですか?」「やりたいと言っていたことはできてますか?」「できていないならどうしましょうか?」という感じで、その人の人生に関するヒアリングであり、気持ちやコンディションの部分でのメンテナンスに近いもの。面談前と面談後では明らかにその人の元気の度合いが変わるんですよ。現場の上長たちもそのことにはすぐに気づいて、「あの人のあんな元気な顔を見たのは入社以来だ」と喜んでいただける方がほとんどでした。
橋本氏:ここは重要なポイントなのでdodaのセミナーで詳しくお話ししたいと思いますが、私が面談をやっていくうちに少しずつ数字上の結果もついてきて、経営陣が私の取り組みに注目してくれるようになったのです。その段階で思い切って経営層を巻き込むことにより、中途入社者に対するフォロー面談が当たり前になりました。これが普通になれば、反対していた人事の人たちも頑張らざるを得ないですからね。
橋本氏:結論から言うと定着率は格段に向上しました。年間50名の退職者のうち、入社1年以内で辞める人が20名以上いたのですが、私が面談を始めてから入社1年以内の退職者は1、2名程度になったんです。また、私GMOインターネットに6年在籍していましたが、私が辞めるときまでに社員の平均勤続年数は4.2年に向上していました。頑張った甲斐があったと思いましたね。
キーワードは「1、3、6、12」。一定のタイミングでフォロー面談をする理由
橋本氏:尊敬している上司から、車を購入するとカーディーラーから定期的に連絡が来るという話を聞いたのです。購入後1カ月目には「乗り心地はどうですか?」という連絡があり、3カ月目には「エンジンオイルの状況を確認しましょうか?」、6カ月目には「タイヤの空気圧を確認しませんか?」、1年後には「ウチで法定点検しませんか?」という感じで、購入後1、3、6、12という月の節目で連絡が来るし、その度にディーラーに行くと特典も受けられるということで、「そのディーラーで車を買って良かったと思えるんだよ」と言っていたのですが、この1、3、6、12という連絡のタイミングは、会社に入った社員をフォローするタイミングにも応用できるのではないかと考えたのです。
橋本氏:入社1カ月目の社員は入ったばかりなので大抵モチベーションは高いんです。3カ月経つとやや下がってきて、半年ぐらいで「これで良かったのかな」と思うようになり、1年経つと何らかの結論を出し始める人もいるわけです。
定期面談をするとよくわかるのですが、1カ月目の人たちは「私は…」と話を始めます。3カ月目になると「私のチームは…」になり、半年経つと「ウチの部署は…、この会社は…」といった感じで明らかに主語が変わり始めるんです。そのときには仕事や会社に対する課題や不満、疑問が出てきているので、そこでフォローしないと「1年経っても変わらないから辞めます」という状況になってしまうことがほとんどですね。
橋本氏:その入社6カ月目の面談を充実したものにするためにも、1カ月目、3カ月目の面談でしっかりと関係性を築いておく必要があります。1カ月目、3カ月目の面談は6カ月目の面談のための布石と言えるかもしれません。
橋本氏:さらに言えば入社前の面接からつながっているんですよね。私が採用面接で候補者に聞いているのは、「あなたの得意技」「前職を辞める理由」「これからの人生をどのように歩んでいきたいか」という3点だけです。人は誰しも自分の得意技を活かして働いているときにモチベーションが上がるので、得意技・得意分野を確認することはとても大切です。さらに前職を辞める理由や企業を選ぶ軸について聞くことで、その人が大事にしている価値観を確認します。
そして一番大事な質問が人生に対するビジョンですね。当社の提供する環境が、その人の人生をハッピーにするかどうか。そこがある程度イコールになれば入社いただきますし、互いにイメージできないのであれば辞めた方がいいよね、という話になります。ただし、言葉だけをそのまま信用すると失敗することもあります。面接の場では本音を話してくれない候補者もいますから。そんなときは本人の緊張が解れるのを待って本音を聞くようにしています。
橋本氏:そんなイメージです。「あのとき、あなたはこんな未来を描いていましたが、今はどうですか?」「今の環境で実現できそうですか?」と言った感じで話をしています。誰もがそうだと思いますが、自分のことを自分以上に見てくれたり、考えてくれたりする人のことは信頼できますよね。信頼してもらえると、自分の本当の夢、最近考えていること、ムカついていること、上手くいっていないことなど、他の人に言えないような本音も話してくれるようになるんです。
橋本氏:話を聞くだけで解決する問題もありますし、人事権に関わるような問題であっても最長3営業日以内には対応するようにしていました。異動のような話は実施までに時間がかかりますが、話してもらったことに対して「対応している、動いている」という進捗だけでも必ず3日以内に報告することを心がけていましたね。会社が自分のために動いてくれていることがわかると、会社と社員の間に信頼関係が生まれます。また、「不満があっても抱え込まずに言えばいいんだ」というように社員の意識や考え方も変わってきます。これは定着率向上にも大きく影響する要素だと考えています。
人事だけで組織は変わらないが、組織を変えるエンジンになることはできる
橋本氏:完全に間違いですね。私はさまざまな企業で3万〜4万人の候補者を面接していますが、どんなにキャリアがある人でも入社初日からすぐ仕事ができる人なんて見たことがありません。
基本的に「即戦力人材」って存在しないと思っています。新卒でもキャリア採用でも、しばらくは「新人」です。人間関係ができて、環境に慣れて、初めて力を存分に発揮できるというもの。キャリア採用の人をフォローせずに「あいつはダメ」とか言ってる会社が意外に多くていつも驚く。
— 橋本祐造|CHRO (@yuzo0201) 2018年12月11日
橋本氏:会社によって環境は違うし、同じ職種であっても仕事のやり方がまったく変わってしまうこともあります。もちろんキャッチアップが得意だという人もいますが、基本的には即戦力なんて存在しないと思っています。その会社の環境や状況、仕事の進め方をしっかり伝えてあげる必要がありますし、環境の変わった人に対するフォローは絶対に必要です。それがマネジメントの仕事であり、会社の責任であり、人事がやらなければいけないことなんですよね。
橋本氏:受け入れる側は会社の環境や状況、仕事のスタイルもわかっているので、その人が活躍するイメージを勝手に持ってしまうのですが、面接を受けている側は入ってみなければわかりませんからね。そんなに都合よく思い通りに動いてくれる人などいないと考えるべきでしょう。
橋本氏:実のところ私は人事に限界を感じているんです。「人が最大限の力を発揮できる組織を作りたい」という思いで人事を志して、働きやすい会社、働きがいのある会社をつくりたいがために人事の仕事を突き詰めてきましたが、人事だけでは組織を変えられないことを確信したんです。
橋本氏:人事が組織や会社を変えたいと思って仕事をしても、総務や広報が思うように動いてくれないと働きやすい会社にはならないのです。例えば人事だけで働きやすい会社を作ろうと考えても、使っているPCのスピードが遅かったり、椅子や机がガタガタだったりしたら、まったく働きやすくないですよね。これは以前に働いていた会社での話ですが、総務や情シス(情報システム)の人たちは「PCも椅子も机も壊れるまで使えばいい」という凝り固まった考え方があるので、まずはそうした考え方を変えて環境を整えることが必要だと思ったのです。
橋本氏:総務や情シスが働きやすい会社を作るために意思を持って環境を整えたら、今度は広報が社内外に対してその内容を発信していくことが必要です。社内に発信することで社員たちは「会社は自分たちのために本気で環境を改善しようとしている」と思い、自分の会社に安心感や愛着、誇りを持つようになります。さらには社外に広報することで採用にもプラスに働きます。
そうして会社に魅力を感じて応募いただいた方の人生と真摯に向き合うのが人事の役割であり、入社後も継続的にフォローしつつ、労務や福利厚生関連も含めて入社した人たちの幸せな人生をクリエイトしていく。この一連の流れを構築しなければ、働きやすい会社、働きがいのある会社を作れないと確信したので、現在は人事に加えて総務と広報を兼任しています。結局のところ、リファラル採用も「社員の満足度」に関与しているわけですから。バックオフィスは切っても切れない関係だと考えてます。
橋本氏:腹落ち感があると思いますし、私としても積極的に提唱していきたい考え方なんですよ。
橋本氏:先ほど「人事に限界を感じている」と言いましたが、それでもやはり人事は組織を変えられるキーファクターであり、組織を動かすエンジンであり、人と組織を最強にバリューアップできる可能性を秘めていると考えています。人・モノ・金・情報という企業の経営資源がありますが、モノも金も情報も、すべて人が作り出しているものです。だからこそ私も人事にこだわりたいですし、人事を担当している方々にもそういう意識を持って仕事をしていただいと強く願っています。セミナーでは採用やフォローのテクニックだけでなく、皆さんが元気になれるような話をさせていただくつもりですし、一緒に熱量を共有したいと思っています。皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
【取材後記】
「人が最大限の力を発揮できる組織づくり」のために命をかけて仕事をしていると語っていた橋本さんの熱量、豊富な経験から導き出された独自のノウハウには驚かされるばかりでした。GMOインターネット時代、周囲のメンバーとぶつかりながらも自分の意識を貫くことでフォロー面談を制度化したというエピソードをお聞きしましたが、決して一人で仕事を進めていたわけではなく、経営陣や現場の人たちに対して常に「一緒にやりましょうよ」と声をかけ続けたと仰っていました。組織をより良いものに変えていくためには、強い意思・情熱に加え「周囲の人々を巻き込んでいく力」も重要なファクターになると言えそうです。
取材当日、橋本さんには「人のポテンシャルを最大限に発揮させる属人化のススメ」「原体験と訓練に基づく顔採用マッチング」「大企業内での情報ネットワーク構築方法」といった、ここには書ききれなかったさまざまなエピソードを披露していただきました。そのうちのいくつかについてはセミナー当日に語っていただけるかもしれません。興味のある方はぜひ参加をご検討ください。
(取材・文/佐藤 直己、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)