1人応募1人採用の世界を-元DeNA人事が副業・転職マッチングSNSを作った理由

株式会社YOUTRUST

代表取締役 岩崎 由夏

プロフィール

新卒で入社したディー・エヌ・エー(以下、DeNA)での人事・採用担当の仕事を通して、市場に対する課題感を抱いていた岩崎さん。独立し、2017年に転職・副業支援サービスYOUTRUSTを立ち上げました。

「初めて自分でも転職活動をしてみたら、すっごく大変で。なんとかできないかと思ってるうちに起業してました(笑)」と、ニコニコと話す彼女。その笑顔の裏に持つ、転職市場に対する問題意識と、綿密なサービス戦略に迫りました。

「知らない人が知らない人を紹介する仕組み」。現状の転職市場に対する違和感

「知らない人が知らない人を紹介する仕組み」。現状の転職市場に対する違和感

岩崎さんはDeNAで採用のお仕事をされていたんですよね。

岩崎氏:はい。1年目に新卒採用、その後2〜4年目にかけて中途採用を担当していました。当時はダイレクトリクルーティング(ダイレクト・ソーシング)が流行り始めたころ。スカウトの返信率も35%ぐらいあったんですよ。いわゆるリクルーターの業務も担当し、面談をしたり、現場面接に上げたり、エージェントさんとの金額交渉や内定者へのオファー条件通知まで、3年でまるっと経験させてもらいました。

その中で、サービス「YOUTRUST」のコンセプトにつながる原体験があったのでしょうか?

岩崎氏:DeNAでの採用業務を通して、今の転職市場は、本当の実力主義にはなっていないと思っていました。実際に会ってみたら経歴書に書いてあることと全然違ったということもあります。さらに、人事が良いなと思った求職者が、事業部にマッチするとは限らない。紙で評価する仕組みや、知らない人が知らない人に紹介する仕組み自体に、自分の中で限界を感じていました。人材紹介という仕組みも同じで、担当の求職者を、自分が直接会ったこともない会社に紹介することもあります。レジュメ以上の情報はつかみづらいですし、その会社に本当に合うかの判断に限界もあるのでは、と。そういったモヤモヤは、人事の仕事をしていたころから感じていました。

その後、私も実際に転職活動をしてみたことがあるのですが、同じような違和感を求職者視点で味わいました。エージェントさんには採用側はもちろん求職者側としてもお世話になったのですが、本当に素敵な方が多く、いろいろご指導いただき今の自分があります。一方で人材紹介という仕組み自体はもっと改善できるのではないかと感じるようになりました。

採用のお仕事を通しての違和感と、ご自身が転職活動をされていたときに感じた違和感、その両軸があって、今のサービスの着想が始まったわけですね。

YOUTRUSTのコンセプトは「1人と会って1人を採用できるサービス」

YOUTRUSTでは、「求職者は転職・副業意欲を表明できること」「企業側は友達あるいは友達の友達までの情報のみが見られること」が特徴ですよね。改めて、サービスのコンセプトについて教えてください。

岩崎氏:ベースのコンセプトは、1人会って1人採用できる場所をつくることです。私も人事時代はがっちりKPIを引いて、たとえば1人採用するためには100人のエントリーを集めて20人と面接して…というように毎日管理していたんですが、今思えば「あれは全部“1人”だったら最高だったな」って。本当は1人のエントリーで1人採用できるのがベスト。それができないからいつの間にかフローごとに数値目標を置いたり、エージェントさんにしつこく発破をかけたりすることになってしまう。いろんな人に迷惑をかける採用をしてしまっていたなと今では思います。

そんな過去もあったので、自分が起業するなら採用する側もされる側も、お互いがハッピーな形のサービスをつくりたいと思ったんです。ですから、わざと友人あるいは友人の友人のみという制限をかけ、そこまでしか出会えないようなサービスにしました。友人、友人の友人というコミュニティの中であれば、ある程度「この人の知り合いであれば、うちの会社に合いそう」「Aさんの知り合い、こんな面白そうなサービスやってるんだ」と、最初からある程度のマッチングが図れると考えています。
YOUTRUSTのコンセプトは「1人と会って1人を採用できるサービス」。

サービスでは、転職だけでなく副業のマッチングもサポートされていますよね。

岩崎氏:お小遣い稼ぎではなく、中長期的なキャリア形成の1つとして、副業を捉えています。身の回りでも優秀な人ほど、転職しようと思ったら1回会社をやめてフリーランスになって、4社ぐらいお手伝いして、その中で1番よかった会社にそのまま入社する、という転職活動をする方をよく見かけるようになりました。あるいは、会社を辞める前から副業でお手伝いして、ブランクをつくらず転職する人も多い。今までの「レジュメをつくって、エージェントに登録して…」という転職だけではなくなってきているのでは、と思っています。

確かに、現場に加わってみて、初めてわかることは多いです。

岩崎氏:私の経験でもあるのですが、「人事がキラキラしたことばかり話すので、入社してみたらイメージと違った」というケースは、結構あるじゃないですか。でも実際仕事って泥臭いことも多いし、人間関係の相性などもある。やっぱり現場で実際に働いてみるのが1番良いと思い、「お試し就職」的な意味合いで、副業も支援していきたいと考えています。

それに、副業OKを謳う会社は増えているのに、受け入れを表明している会社が少ないのはもったいないと思うんです。リソースを放出するだけして、獲得はしていないということですもんね。

もともとは転職サービスを構想されていたということでしたが、副業の発想が出てきたのは、どのタイミングだったんでしょうか?

岩崎氏:転職サービスをつくっている話をいろんな人にしたら、「人(企業)を紹介して」って頼まれることが増えて、私がエージェントみたいになってしまった時期があったんですね(笑)。その中で「副業探してるんだけど良い会社ないか」「副業でもよいから良い人紹介してくれないか」という声がとても多く、ニーズがあるんだなと感じたのがきっかけです。副業の人が、正社員のようにずっと組織と一緒にいて関係性をつくっていくことは難しい。だからこそ、すでに信頼できそうな人がいる組織を探しているんだろうなと感じました。また社員採用という観点でも、いきなり社員として採用するよりも、ローリスクかつリーズナブルに採用につなげられるチャネルとして、有効なのではないかと思っています。
ローリスクかつリーズナブルに採用につなげられるチャネル

10年後の転職市場予想。採用担当者はPM(プロマネ)化?

そのような背景をまとめたのが、『10年後の転職市場予想』という記事だったんですね。

岩崎氏:そもそもなぜあの記事を書いたかという話にもなってくるんですが、「10年後」と書きつつ、自分の身の回りではもう起こっていることなんです。特に優秀な人ほど、その印象が強い。今のスタートアップ界隈はすごくサイクルが早くて、会社自体が1つのプロジェクトという状態なんですね。当社も同じで、私たちは「集合と解散」と言い方をしています。プロジェクトの立ち上げ期にはコミュニティの中で集合して立ち上げて、運用ベースになったら人の入れ替え、いわば解散が起こる。それならば、プロジェクトメンバーは必ずしも正社員じゃなくても良いんじゃないかと。

その動きは今後、インターネット業界を中心にもっと加速していくかもしれませんね。企業の人事・採用担当者は、どのような戦略を取っていくべきでしょうか?

岩崎氏:正直な所、人事・採用担当だけで採用をし始めると、その組織は終わると思っています。先ほども話したように、採用担当もよく知らない人を事業部に紹介する既存の方法だと、採用担当と現場の間で軋轢(あつれき)が生まれる。そうではなく、人事・採用担当者は採用のPM(プロジェクトマネージャー)になって、事業部の人が採用の主役を担うと良いと思います。プロマネ化ですね。
PM化へ

そうして事業部の人が、自分の友達や友達の友達など、「自らが一緒に働きたい」と思える、信頼できる人を連れてくる。もちろん本業の仕事が忙しいと思うので、エントリーから内定までのご案内については人事・採用担当者がサポートする必要があるでしょう。ただ、あくまで全候補者のフローを前に進めるための存在に徹する。また母集団形成…あまり母集団形成という言葉は好きではないんですが(笑)、これも採用の専門家である人事・採用担当者が取り組むべきかなと思います。
採用の専門家である人事・採用担当者

全体の監督はしつつ、実際の人選びの部分は事業部メンバーに任せると言うことですね。その代わり、人事・採用担当者は他社に先んじた情報獲得が求められそうです。どうやって市場から情報を取っていけば良いのでしょうか?

岩崎氏:人事時代の自分を振り返って感じることでもあるんですが、もっと外に出ればよかったなと思っています。ずっとオフィスにいて、エージェントさんに電話をかけたり、面談に来てもらって話したり、面接官からフィードバックをもらったりしているばかりで、外との接点がありませんでした。もっと業界内外の友人をつくればよかった。一緒に勉強会を開くのも良いんじゃないでしょうか。最近は人事・採用担当者の方々が SNSを通して情報交換するなど、どんどんオープンになってきていて、とても良い傾向だなと思います。
外に出て行こう

【取材後記】

すでに一部の業界で起こり始めている、転職に対する考え方の変化。「採用は採用担当の仕事」というこれまでは当たり前だった慣習を、変えるべき時代が来ているのかもしれません。

組織を池にたとえて、「人(=水)が循環していかないと、組織(=池)は腐っていく」と話す岩崎さん。「もちろん人が辞めることは寂しいとも思いますし、ジョインしてすぐ辞められたら困りますよ。でも組織が生き残るためには、どんどん新しい水を入れて循環させて、多様性を確保することが大切だと思っています。それは自分も含めですね」。人が辞めることは、決してネガティブなことではない。人と仕事のハッピーな出会いを推し進める岩崎さんだからこその見解だと実感しつつ、今後の転職市場が少し楽しみにもなりました。

(取材・文/檜垣 優香(プレスラボ)、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香、齋藤 裕美子)