採用成功の変数が高まる時代に必要な「人事・現場・経営」のコミュニケーションとは
人事・採用担当者の悩みは、経営者になかなか理解してもらえない―。ナイル株式会社で採用人事や採用広報を任される渡邉慎平さんも、かつてはそんな悩みを抱えていたそうです。
BtoBのデジタルマーケティングやスマートフォンメディアの「Appliv」、マイカー賃貸の「カルモ」など、領域にとらわれない事業開発を進めてきた同社。エンジニアやデザイナーといった専門細分化が進む職種の採用ニーズも高く、独自の手法を開発して取り組んできました。驚かされるのは、50職種におよぶポジションの採用を今はたった2人で行っているということ。そして、渡邉さんをはじめとした人事メンバーの多くが「人事経験者ではない」ということです。
渡邉さんの話を聞けば、これまでの採用の常識をちょっと見直してみたくなるかもしれません。
候補者のレジュメがイケてないのはなぜ? 「採用をもっと面白くしたい」と思った
渡邉氏:採用や採用広報、社内人事、制度設計、総務・労務といった人事に関する機能は、私の所属する社長室が担っています。弊社はまだ100人強の会社ですが、領域がまったく異なる事業を3つ進めていることもあって、事実上ホールディングス体制のような状態。そのため社長室では組織開発の役割も担い、評価制度設計やマネージャー育成施策など会社全体に横串を通しています。こうした業務を担当するのは6名で、社長室室長として役員が1名付いてくれています。採用および採用広報は、私を含めて2名で取り組んでいるのが現状です。
渡邉氏:私だけではなく、6人のうち総務・労務担当を除いた4名が人事領域未経験で、採用経験者は一人もいません。私自身は5年間Webのコンサルタントを務め、約300社を担当しました。さまざまな組織・事業を見ていて実感したのが、「Webのプロダクトがイケてる会社は、結局のところ組織がイケてるんだな」ということ。たとえばリクルートは素晴らしいプロダクトを生み出していますが、その背景には日本全国の顧客の要望をくみ取る営業チームが存在していたり、リクルートの組織文化があるからこそプロダクトもイケている。そんな当時の経験から組織づくりに興味を持ち、自ら希望して人事へ移りました。
もう一つ、自分が採用活動に対して抱いていたモヤモヤを解消したい、という思いもありました。
渡邉氏:はい。特に中途採用では顕著ですが、人事・採用担当者側は自社に応募する候補者の肩書や経験社名ばかり見ている気がしたんです。誰がみても判断しやすい基準ですからね。人材紹介側もその傾向を理解しているから、候補者のスキルや経験がより良くみえるように紹介するわけです。職務経歴書も良いところを強調したキラキラなものをつくる。しかし、結果的にその人本来の良さが消えてしまうし、イケてない。もちろん仕組み上しかたない部分はあるんですが。
採用って、本来はいろいろな変数があって成立するものじゃないですか。だけど現状は、それらが断絶されている。社内を見れば、現場の想いや仕事の魅力、求める人物要件は人事・採用担当者に適切に伝わっていないし、人事・採用担当者も必ずしも現場経験があるわけではないのでそれをくみ取りきれていない。そんなことを考えながら、採用にまつわるあれこれをもっと面白くしたいと思っていました。事業だけではなく、組織全体を見て動くことで、ナイルをもっと良い会社にできるはずだと。
渡邉氏:まずは外部から見たナイルのイメージと、内部の実状に乖離がありました。たとえば、対外的には「東大出身のイケメン社長」のイメージが強い(笑)。弊社はコーポレートサイトや採用サイトを見ると、どことなくスマートなインテリ集団に見えるかもしれません。でも実際には元占い師や元ホームレス、元フードチャンピオンなど、とにかくいろいろなバックボーンの人がいます。事業面でも、SEOで伸びてきたので「SEOの会社なんでしょ?」と今でも言われます。実際はさまざまな領域で事業をつくっているのですが、だからこそ現状はまだコーポレートブランディングの一貫性を取りきれていませんでした。
渡邉氏:人事・採用担当になる前にコンサルタントとして大企業やメガベンチャー、スタートアップなどありとあらゆる規模の会社を300社以上見てきたからこそ、他社と比較することができるのだと思います。また、ナイルが持つ風土のおかげでもありますね。失敗してもその経験を糧にして、どんどん次のチャレンジを始める。そうやって変化していくことを良しとする。ナイルはそういう会社ですし、私自身もそうやってさまざまな経験を積んできました。人事畑だけを歩んできていたら、自社を俯瞰するのはなかなか難しいと思います。
人事と現場・経営の意見がぶつかるのは当たり前
渡邉氏:そもそもこれって、人事だけがぶつかる問題ではないんですよね。「営業とマーケティング」とか「開発と営業」とか「マーケティングと編集」とか、さまざまな部署の間で起きている。みんな、自分のコミットメントする場所に責任感を持っているからこそぶつかるんだと思います。登っている山は同じで、その登り方が違うだけ。本来は「じゃあ何合目まではどんな登り方で一緒にやっていこうか?」というコミュニケーションが大切なはずなんです。
渡邉氏:そう思います。私もたくさん失敗してきました。人事に異動してきたばかりのころは、ただでさえ慣れていない中で予算策定に追われたり、30職種もの新規ポジションの求人票を急いでつくったり…。現場や経営から要望されることすべてに対応しようとしたら、いっぱいいっぱいになってしまって。
元々、昨年末まで私の上司は社長だったのですが、採用人事の管掌役員であると同時に、経営者でもあり、「カルモ」の事業オーナーでもあります。人事の視点、経営者の視点、事業責任者の視点がある。それらすべてに真摯に向き合おうと思ったら、パンクしてしまったんですよね。今年に入ってからは体制変更があり、事業役員が社長室管掌専任になって、人事領域全体をハンドリングしてくれるようになって。散発的に打っていた施策を整理して、私がやるべき業務も整理してもらいました。
渡邉氏:「人事」は職種として一括りにされがちですが、実際はいろいろな業務があります。採用があって、社内人事があって。採用媒体だけでもたくさんあるのに、最近ではそこに採用広報なんてものまで乗ってくる。さらに社長の秘書っぽい仕事とか、イベント運営とか…もはや社内の「何でも屋さん」ですよね。これは人事だけが声を上げても経営サイドにはなかなか伝わらないし、解決しないものだと思います。経営に納得してもらえる伝え方を考えなければならない。役員から伝えてもらうとか、社外のイベントに連れて行って他社の事例を見せるとか。私自身は役員に交通整理してもらい、会議の場にも同席して状況を伝えてもらうことで、随分と助けられました。
渡邉氏:そうですね。社内コミュニケーションはもちろん、採用面にも活きていますよ。私はコンサルタント時代、新規営業提案もしていたのですが、パッケージや成功事例、価格ではなくフィロソフィー、つまり哲学を語って売っていました。自分が何を実現したいのかという思想を語り、共感してもらえる企業だけにクライアントになってもらうんです。すでにパートナーとなった状態でプロジェクトが動き出すから、受注後もやりとりが円滑に進む。採用も同じで、企業と採用候補者はパートナーになるべきだと考えています。
最近は採用広報がバズワードになっていて、私がやっているオウンドメディアやTwitterでの発信も、よく採用広報だと言われます。でも私が意識しているのは「採用狭報(さいようきょうほう)」。面接に来る前に「ナイルってこんな会社なんだ」と理解してもらう。そのためだけに発信しているんです。やみくもに広く知らせるのではなく、採用候補者となる層に対して、狭く深く知らせる。そうしてパートナーになり得る状態になってから、面接することが大切だと思います。
渡邉氏:最終的には、面接を「ジョブディスクリプションに当てはまるかどうか」の答え合わせの場にしたいと思っています。現場がつくる求人票は、必須要件ばかりガチガチに固められていて、魅力的な仕事には見えません。「スーパーマンを求めているのに年収はそこそこ」みたいなことが起こります。一方で人事・採用担当者がつくる求人票には想いばかりが乗って、具体性のないふわっとした内容になってしまいがちになっていたり、求人広告っぽくなってしまう傾向にある。
たとえば私自身、エンジニア求人にある「PHPの開発経験2年以上」といった条件の意味が最初はわかりませんでした。そこで現場へ聞きに行くと、実際には必須ではないこともあるんですよね(笑)。それをいちいちヒアリングしたり修正してもらったりしているうちに、単なる情報のパサー(=パスを出す人)になっていることに気付きました。これを続けるのって人事としての価値あるんだろうか?って思うようになって。それならば「ジョブディスクリプションとして定義し、現場と人事・採用担当者が互いに共通認識を持っている状態」をまずつくるべきだと考えたんです。エンジニアにしてもデザイナーにしても、今はスキルがどんどん多様化し、採用成功の変数が増え続けています。候補者の志向も多様化している。だからこそ応用を効かせられるように、共通認識を固める取り組みが必要だと思うんです。
渡邉氏:プロジェクトの全体像の中で、募集背景や期待するミッション、任せる業務、得られる経験、提供できる条件などを示すものです。報酬レンジも「年収450万円〜700万円」といったおおざっぱな提示ではなく、「何ができればどの年収レンジなのか」と明確にします。業務フローも押さえておくべきでしょう。これらを、現場との共通認識のもとで整理しておく。要は求人票に記載されているテキスト項目ではなく、コンテクスト(文脈)の方が大事で、それを現場と人事の共通認識として作るイメージです。
職務経歴書に書いてある内容を面接で一つずつ話されても大変だし、話す方も大変ですよね。それよりも人事・採用担当者が一番知りたいのは、「うちの今回の募集に当てはまるスキル・経験がある人なのか?仮にそれらがなくても、素養ならあるのか?」ということ。それを判断するために、職務経歴書では足りないことを面接で聞き、ジョブディスクリプションに当てはまるかどうか、答え合わせをしていくイメージです。
ジョブディスクリプションを定義していればそれに基づいて面接ができるし、ワークサンプルも実行しやすくなります。今はこうした選考の形をつくるために動いています。
渡邉氏:HRテクノロジーとか採用広報とか、いろいろなトレンドがありますが、それらに着手する前にまずはコミュニケーションが必要なのではないでしょうか。安易に外部のテクノロジーに身を委ねてしまうと、体制が整っていないのに、外部サービスのスピードで動かなければならなくなるリスクもあります。もし社内にリソースがなければ、マーケティングなど「非人事の知見」を持つ人や、自社よりも組織規模の大きい企業での採用経験のある人に副業で入ってもらう方法もあると思います。
私自身の経験からすると、理想だけで言えば「人事ミッションを持つ役員」を置くことが最も大切かもしれません。経営層は、「経営」「新規事業」「採用」などさまざまな領域を見ています。その中で人事・採用にコミットしていける人、ミッションとして持っている役員がいるかどうかで採用や組織づくりのスピードって大きく変わるな、と。
よく、サーベイを取って低い数値が出た分野に、数値を上げるための新たな施策をどんどん投入するようなことが起きますよね。それが本当に自社の課題なのかどうかも検証されないまま、やるべきこととして施策が降ってくる。そしてほとんど効果検証もされずに、また新たな課題が見つかり、新たな施策が降りてくる。スクラップ&ビルドじゃなくて、ビルドが続く一方です。これも「コミュニケーションの取り方」に起因すると思いますが、何が本当に重要なのか、そのコンテクストが明らかではないままToDoだけが増えていくのは人事担当としても、現場としてもきついですよね。
ただ、求人票の話もそうですが、こうした「人事の本質」に触れる部分の会話は、必ずしも穏やかには進まないかもしれません。私のTwitterも耳に優しい内容ばかりではないので、好き嫌いがはっきり分かれると思います。でも、まずは人事が抱えるモヤモヤを発信してみることが大切だと思うんです。そうしなければ、採用活動って何も変わりませんから。
【取材後記】
渡邉さんがそうであるように、昨今はマーケティングなどの異分野から採用人事の領域に進み、新たなアイデアを生み出す人が増えています。見方によっては、それだけ人事・採用という分野が経営戦略上の重要なポジションを占めるようになったと言えるでしょう。これを「侵略」ととらえるのか、「好機」ととらえるのかによって、採用力が左右される時代なのかもしれません。
渡邉さんへのインタビューを通して、従来の採用の常識をフラットに見つめ、課題を発見できる人の力を取り入れることが重要であると感じました。社内に、あるいは身近なところに、渡邉さんのような「異端児」が眠っていませんか?
(取材・文/多田 慎介、撮影/二條 七海、編集/檜垣 優香(プレスラボ)、齋藤 裕美子)