常に同じ熱量で自社の魅力を伝えられる “動画”は採用のスタンダードになるのか

テレビを視聴する人々が減り、雑誌や書籍の市場は縮小する一方、YouTubeやTikTokをはじめとした動画サービスは増え続け、市場は拡大。その潮流は採用市場にも訪れつつあります。新卒に向けた会社説明動画、企業のブランディング動画、中途入社者のエンゲージメントを高める動画…。今後、人事・採用担当者は動画とどのように向き合い、活用したらよいのでしょうか?
一つの答えを得るべく、株式会社TORIHADA 代表取締役社長 大社武さん、取締役 熊野清仁さんに取材しました。同社は受賞歴多数のクリエイターたちが多く参画する、動画制作のプロフェッショナル集団。創業2期目で従業員数も30名を超え、エモーショナルな動画を通じて、数々の企業のブランディング支援をしてきました。採用動画を活用するメリットは?制作にあたって、気をつけるべきことは?動画のプロフェッショナルである2人にお話を伺いました。
採用では情報よりエモーションを伝える
大社氏:「今年は動画の時代だ」と叫ばれていた数十年前から映像の市場は存在していました。テレビや映画館のスクリーンのように、大型の液晶に向き合う時代ですね。しかし、ここ2〜3年で動画市場が騒がれているのは、SNSの台頭により普及している「映像のクリエイティブ」のことです。それこそYouTubeやTikTokといった、若年層に人気のtoCサービスを指しています。そのため、企業においても動画広告や、SNS上の動画のクリエイティブな分野での活用が増えています。
さらに2019年9月から、高速・大容量の通信システム「5G」のプレサービスがNTTドコモから提供されます。2020年の春には商用利用が見込まれるなど、社会的なインフラ整備が動画に合わせていく時代になる。動画市場はより伸びていくと予想されます。
大社氏:今のスタンダードは情報が凝縮された動画です。特にYouTubeでよく見られるのが映像をカッティングして興味を引くキーワードを詰め込み、さらには字幕を付けて視覚に訴えるような内容ですね。
一方、僕らが考える動画の大切な要素は、インフォメーションよりエモーションであると考えています。「人の心を動かすクリエイティブにはエモーションが必要であり、採用との相性も良い」。これが我々が立てた一つの仮説です。
大社氏:採用において重要なのは「個人と会社のマッチング」だと考えます。相性の良い人でなければ、入社後もエンゲージメントは高くなりません。だから採用前に会社の魅力や創業者の情熱、「一緒に働く人たちをどのように活躍させたいか」といったメッセージを、エンゲージメントを高められる表現手法で候補者に伝えることが大切です。これこそ、企業が最も重視するべき採用への努力だと思います。
そこで役に立つのが動画です。今まではFace to Faceのコミュニケーションでしか伝えられなかったノンバーバルな情報を、動画では伝えられるのです。
1日5回の面接が数週間続く中、同じ熱量を毎回伝えられるか?
大社氏:一つは「熱量の再現性が高いこと」です。採用活動では、一つ一つの面接で同じ熱量を候補者に伝えることが求められます。ただ、全ての候補者一人ひとりに対して、人事・採用担当者が一球入魂の想いでメッセージを伝えることが難しい現実もあるのです。
忙しい担当者であれば1日5回という面接・面談のペースが1週間、2週間、数カ月続くこともあります。朝は元気でも夕方になると疲労が溜まったり、同じ説明を何回も繰り返すことでコミュニケーションが機械的になったりしてしまう。候補者はそのような人事・採用担当者の振る舞いを、敏感に感じ取ります。「この会社の人事は流して面接をしているな」「疲れているんじゃないかな」と。人事業務のさまざまな事情で、会社の熱量が伝わらないのは非常にもったいないことです。動画ならすべての候補者に対して、同じ熱量で伝えられます。
もう一つは「人事・採用担当者がおしゃべり上手である必要がないこと」。候補者は話に興味を持てない人から、1時間近くプレゼンテーションされたくはないと思うんですよ。現実問題、世の中の全ての人事・採用担当者がおしゃべり上手というわけではありません。
しかしプロにつくってもらう映像なら効果的に演出をして、会社の魅力をドラマチックに伝えられます。たとえばストーリーを通して演者の喜怒哀楽を伝えたり、BGMを流して映像にエフェクトをかけ、エモーショナルな雰囲気をつくり出したり…。さまざまな表現方法がある動画は「会社の魅力として一番伝えたいポイント」を狙い通り描けるのです。企業のブランディングにも非常に有効ですね。
熊野氏:ネットプロテクションズ様とのブランディング動画(YouTubeへのリンク)は大規模にやらせていただきました。
『できっこないを超えていけ』というコピーを軸に、ネットプロテクションズ様の企業文化である「新しいチャレンジをしていく姿勢」をエモーショナルに描くことにこだわりました。制作した動画は、新卒採用や中途採用を通じて組織を拡大させるために、採用イベントのオープニングやエンディングにも使っていただいています。
ただブランディング動画の役割は、社外のステークホルダーに対してサービス認知や期待感を高めるだけではありません。社内に対するメリットも大きいのです。
熊野氏:おっしゃる通りです。現在、ネットプロテクションズ様は上場を考えているタイミング。「もうひと踏ん張りして上場までいくぞ!」という組織力、会社に対するエンゲージメントを高めることも今回重視されたポイントでした。
ネットプロテクションズ様の事例のようにモチベーションやエンゲージメントを高める目的もあれば、企業理念の浸透を目的とした動画制作も広がりつつありますね。今後このようなブランディング動画がつくられる場面は増えていくと思われます。
動画は魔法ではない。テキストも必要である
熊野氏:中途採用向けの動画では、「生々しい情報」をしっかり入れることをオススメします。生々しい情報とは、たとえば「会社の売上は前年比120%ですが、今後新しい事業を進めるので、売上はさらに上がる見込みです」といった会社のリアルな情報のこと。これらは普通、オープンにしない情報でしょう。しかし面接では、「自社がこういう状況だからあなたに入社いただきたい」「いまこれだけ成長しているが、今後ここまで伸ばしたい」などと、候補者と話し、口説くわけですから、説明の効率性を考える意味でも、生々しいリアルな情報をしっかりと入れるべきだと思うのです。
後は、社員が直接語ることも有効です。新卒採用向け動画も同様ではありますが、中途採用の場合、社会人経験、もしくは業界職種経験が対象となることも多いです。つまり、具体的に仕事をイメージできるようにつくることを意識しなければなりません。
社会の酸いも甘いもある程度知った中途採用の候補者に対し、イメージに寄せた新卒向けの動画を流用して見せても響かない場合が多い。新卒時に比べて、よりリアルさが何か気になるはず。「採用動画」といえど、中途採用と新卒採用ではつくり分ける必要があります。
大社氏:まず一つ申し上げると、動画は魔法ではありません。僕らは動画が他の手段の代替になるとは思っていないんです。動画さえつくれば何でも叶うことはない。ブランディング動画や採用動画をつくるのに加えて、会社概要などのテキスト資料も同時に必要だと考えています。あくまで会社の魅力を伝える一つのツールとして、動画があるのです。
その上で今後は、「一度採用動画をつくってみよう」とトライする企業が増えると思います。そこで重要なのは、動画制作自体を目的にしないこと。目的が世間の認知度を上げることなのか、社内のエンゲージメントを高めることなのかによっても違いますし、採用候補者のマインドセットによっても動画の内容は変わります。
今の時代は社会の変化がとても早い。働き方改革が推進され副業をする人が増加し、個人の影響力が高まり、人材の流動化が進んでいます。企業は積極的に努力しなければどんどん衰退してしまう。このような不確かな状況の中、企業は採用動画やブランディング動画を通じて、動画に親しんでいる次世代への先行投資をするべきだと思います。
【取材後記】
「採用動画はスタンダードな手法なのか?」と聞かれれば、まだまだ採用市場には浸透していないのが実情でしょう。しかし今の若い世代はテレビを見ない代わりにSNSを通じて動画を見て、自らも動画を撮り、気軽にSNSにアップします。そんな彼らが未来の採用市場に参入することを考えると、採用動画をつくる価値は高いのではないでしょうか。
視野を広げれば、映像そのものはテレビや映画などを通して全世代が慣れ親しんできたメディアです。採用動画はあらゆる世代の心に刺さる採用ツールとしても、活用される可能性を秘めています。
今後、動画市場の盛り上がりの波が採用市場に到来することが予測されます。人事・採用担当者が動画活用に真剣に向き合う時期が来ているのかもしれません。
(取材・文/田中 一成、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)、企画・編集/齋藤 裕美子)