子育てサポートの現場に学ぶ。在宅勤務・共働き社員のために企業が今できること

株式会社ウィズダムアカデミー

代表取締役 鈴木良和(すずき・よしかず)

プロフィール

共働き世帯が増えていることで、急速にニーズが高まっている「アフタースクール(学童保育)」市場。施設利用者は10年前の80万人から120万人に拡大し、2025年には160万人にまで拡大すると予測されています。都心を中心に、民間学童施設の運営を行っているウィズダムアカデミー。創業者の鈴木良和社長は、保育園や小学校など既存のサービスに欠落しているものを補うのが同社の使命だと語ります。共働き世帯の利用者が多いウィズダムアカデミーの鈴木社長に、休校要請や在宅勤務で悩んでいる働く世帯をどうサポートすればよいのか。そのポイントについてお話を伺いました。

企業にも、共働きの社員の子育てをどうサポートするかが改めて問われている

新型コロナウイルスのまん延で学校が休校になり、店舗や企業には営業自粛の要請が出るなど、大変な事態に発展しています。働く方々のお子さんを預かっている御社はどのような対応をされたのでしょうか。

鈴木良和社長(以下 鈴木氏):2月末の休校要請によって、学校などは3月から休校になったことで、働きながら子育てをしている親御さんたちから「預かってもらえないか?」という新規の問い合わせが殺到しました。また、既存の利用者からは「午前中から預かってほしい」という要望もたくさん頂きました。「共働き世帯」のご利用が多いので、当然と言えば当然の状況です。弊社の役目は既存の保育園や学童保育、小学校、幼稚園など、公的な施設の「足りない分」を補うことだと考えていますので、できるだけ新規の方を受け入れつつ、朝から預かれる体制をつくって対応しています。

4月に緊急事態宣言が出されてからは、「在宅勤務」や「テレワーク」に切り替えた企業が増えてきましたが、利用者の方たちに変化はありましたか。

鈴木氏:コロナ感染を恐れて利用を控えたお客さまと、在宅勤務にシフトしたために自分で子どもの面倒を見ると利用を控えたお客さまがいらっしゃるので、4月上旬時点では2〜3割の利用者減になっているのが現状です

企業にも、共働きの社員の子育てをどうサポートするかが改めて問われている

学童保育も、地域によっては休業要請の対象となっている所もあります。この点はどうお考えでしょうか。

鈴木氏:弊社の施設は15カ所ある直営校の他に、業務委託契約を結んで運営している所が20校ほどあるのですが、中には大型の商業施設に入っているところもあります。そういったところでは、否応なしに休業を迫られています。しかし、ご利用になる保護者の中には、医療関係者や政府・地方自治体の職員も少なくありません。当社のサービスを利用しなくては、新型コロナと闘う仕事に出て行けないという方も多いのです。ですから運営できる施設で、できるだけ預かるようにしています

学童保育も、社会インフラの一部ということですか。

鈴木氏:弊社に限らず、学童保育というものがあらためて社会インフラの一部にならなければいけないということを痛感しており、我々はこれを「ミッション」と捉えています。学童保育の利用者は、ほぼ全ての方々が子育てをしながら働いている人たちですから、働くためには子どもを安心して預けられる環境が必要です。特に共働き世帯は増え続ける傾向にありますから、公的な学童保育と弊社のような民間学童だけでなく、そこにお子さんを預ける親御さんが勤務する企業とも提携して、互いに足りない部分を補いながら、より強靱な社会インフラを構築していく必要があります

弊社がまとめた統計データでは、2025年には学童保育の利用者数が160万人になるというデータが出ています。これは子育てをする専業主婦が減り、共働きが増えるということを意味しているのではないでしょうか。子育ては「家庭のこと、プライベートなこと」という認識だった企業にも、共働きの社員をどうサポートしていくか、ということが問われるようになるのだと思います。

共働き社員に対する企業からのサポートにも「気付ける力」と「先読み力」が必要とされる

もともと「学童」の重要性を訴えてきた鈴木さんですが、どのような人材を求めているのでしょうか。たとえば直営校の場合はいかがでしょう。

鈴木氏:保育士の資格などは基本的に要りません。弊社には、教育関係、保育関係、サービス業など、さまざまな経験を持つ方が転職してこられますが、むしろサービス産業のバックグラウンドを持っている人の方がこの仕事に向いていると言えるでしょう。もちろん、子どもが好きというのが前提条件ですが。

サービス産業のバックグラウンドというと、具体的にどのようなものでしょうか。

鈴木氏:「気付ける力」とでも言いましょうか、保護者の方が困っていることは何か、何を今提案すべきかに気付くことができる人材ですね。なぜなら、私たちは集まった生徒に一斉に対応する学校や習い事とは違います。個に合わせたサービスを提供していくのが役割ですから、対面に強い人と接することが得意な人を採用してきました。ですから、子育ての経験が必要なくても問題ありません。弊社スタッフには独身で子育て経験のないスタッフもたくさんいますが、「気付ける力」があれば「先読み」ができます。気付きがあれば、それに対して幾つかの対応策を考えることができます。複数の選択肢を想定しながら業務に当たることで、十分なサービスを提供できるでしょう。

今後は共働き子育て世帯は増えますし、シングルで子育てしながら働く人たちも増えていきます。一般企業で社員のサポートをするバックヤードのスタッフにも、この「気付ける力」と「先読み力」は必要とされるのではないでしょうか。社員の福利厚生などを考える際にも役立ちますよ。

「気付ける力」と「先読み力」が、子育てしながら働いている方々のサポートには不可欠なスキルということなのですね。

鈴木氏:私たちのようなサービス産業は、時代と共に求められるものが目まぐるしく変わっていきます。子育て業界もものすごい勢いで変わっています。共働きが増えたために、学童や習い事といった従来のサービス以外にも、ライフスタイルをサポートするようなサービスも増えてきました。食事の提供や家事代行など、時間を有意義に活用するサービスも伸びてきています。家事への時間を効率化することで週末には「子どもとどう過ごすか」という新しいニーズも生まれてきています

業界の変化に合わせ、お客さまのニーズや思考の変化をいち早く捉え、新しいことを受け入れる柔軟性が何より重要になっているのです。実際のところこのスキルは、営業やプレゼンなどで必要なスキルそのものです。お客さまがこう出てくるだろうという仮説を幾つも想定しておき、その都度その場で対応していく。私は新卒で旭化成に入って住宅販売の営業を担当しました。その後、転職をして外資系のジョンソン・エンド・ジョンソンでマーケティングを担当しましたが、そのときに必要とされたスキルそのものだと言えます。

共働き社員に対する企業からのサポートにも「気付ける力」と「先読み力」が必要とされる

入社後の研修などはどのようにされているのでしょうか。

鈴木氏:お子さんへの対応など、基礎的なことはしっかり入社時研修で行います。その後、OJTになりますが、半年、1年という区切りで集合研修を行っています。特に厳しく指導しているのは、コンプライアンスや情報管理についてです。また、一般企業の社員と弊社のスタッフを交流させて、お互いの良いところを交換し合うといった勉強会のような取り組みもしています。新規事業として保育関係や習い事関係に参入したい会社、社内に託児所を設けようとする企業が多いのですが、参加されるスタッフは「子育てしながら働く社員のために、会社としてどうサポートすればよいかを学びたい」という意識を持った方が多いように見受けられます。

子どもを預かる拠点でのスタッフの他に、どのような人材を求めているのでしょうか。

鈴木氏:当社の大きな特徴は、大手企業と組んで新ブランドを立ち上げ、業務を受託するというスタイルがあります。朝日新聞社と組んだ「ASAHI KIDS.」のアフタースクールや、「ティップネス・キッズ」のアフタースクールは当社が運営しています。こうした大企業との取引を始めるに当たって、「法人営業」が必要になります。さらに、大規模な街づくりにはアフタースクールなど託児施設が不可欠です。東急不動産グループや長谷工グループ、三井不動産レジデンシャル、三菱地所レジデンスといった大手の不動産デベロッパーとも取引しています。こうした不動産開発業者への営業スキルを持つ社員も不可欠だと言えるでしょう。

休校要請の有無に関わらず、外部連携により子育てサポートを強化する企業は増えていく

社内に託児スペースを設ける企業も増えていますが、一般企業の勤務経験と学童保育の運営経験から、気付いたポイントはありますか?

鈴木氏:社内に託児スペースを用意し、保育士の資格を持ったスタッフを採用して、社員のお子さんを預かる、という体制づくりを行う企業が多いのですが、在宅勤務のスタッフが多い場合にはあえて社内で構築しなくても対応できます。ある大手IT企業や外資系企業は在宅勤務のスタッフが多いので、子育て中のスタッフがリモートワークをしなければいけないときだけ、お子さんを一時的に弊社の施設で預かるという法人契約をしている所もあります。自分が帰宅するまで預けたいニーズと、必要なときだけ預けたいニーズがありますからね。

在宅スタッフにとっては、会社内に託児所があるよりも、自宅の近くですぐに預けられる所があった方が助かりますね。社内で運用する際のポイントも教えてください。

鈴木氏:社内に託児スペースを設ける際のポイントは「ゾーニング」です。ゾーニングとはスペースをテーマや用途に分けて考えることで、時間管理と共にゾーニングを行って運営していくことがポイントです。社員のお子さんは全員同い年ではありませんし、限られたスタッフで運営するわけですから、このエリアは勉強エリア、このエリアは工作エリアといったように分けていきます。そこで取り入れるコンテンツやカリキュラムですが、「スタッフがいなくてもできること」を多く取り組むこともポイントになります。

スタッフがいないとできないことばかりだと、それだけスタッフの負荷が大きくなってしまうからです。これは、子どもがいる自宅での在宅勤務にも有効だと言えるでしょう。時間管理は皆さん行うのですが、ゾーニングはしません。この両方を行うことで、在宅勤務は格段にしやすくなりますよ。そして、時間管理はお子さんにつくらせるとよいでしょう。子どもが親の働く時間を決めて、親はそれに従って仕事をするのです。なかなか自宅作業が進まない方は、ぜひやってみてください。

他にも参考になるような事例はありますか?

鈴木氏:たとえば西武鉄道グループでは、練馬駅の駅ナカに「エミフィス練馬」というシェアオフィスを2019年から展開しています。シェアオフィスなので西武線沿線に住んでいる働く人たちに利用してもらうものなのですが、学童を併設させているので、働く子育て世帯のサポートが可能です。もちろん自社の社員が利用することもできます。

休校要請の有無に関わらず、外部連携により子育てサポートを強化する企業は増えていく

これまでに伺ったお話から、学童保育という社会インフラは、さまざまな企業と連携することで、新たなビジネスチャンスにもつながるような気がします。

鈴木氏:子育て世帯のサポートは、これからの日本企業にとって真剣に取り組まなければいけない問題であることが浮き彫りになりました。私たちも、今まで以上に企業と業務提携をしながら、そのサポートを行っていかなければならないと考えています。まずは今年の夏に、夏休み中の使われていない大学のキャンパスを利用した「学童保育のサマースクール」を開催するという計画があります。

「夏休み中の子どもをどうするか」ということは、今回の休校要請に関係なく、共働き子育て世帯にとっては毎年やってくる大きな問題でした。その問題を解決するために以前から構想としてあったのですが、今は早急に準備しないといけないと思っています。ちなみに内容は、「学習塾の夏合宿」というものではなく、さまざまな業種の企業と業務提携し、その企業から提供してもらったコンテンツを基にカリキュラムをつくり、「職業体験」のような体験学習を中心にする計画です。提携先のお子さんたちを預かることで、働き方をサポートしながら自分の親が勤務する会社の職業体験もできる、そんなサマースクールを大学の構内で行う計画です。

編集後記

社会インフラの足りない部分、欠けている部分を補うという「ミッション」を明確に描いているウィズダムアカデミー。民間企業として事業を行うからには、働く保護者たちのニーズを知り、それに応えられるような「気付き力」と「先読み力」が不可欠だという。保育や学童、学習塾など、子ども関連サービスの質が問われる時代において、ウィズダムアカデミーの取り組みは一般企業の「参考モデル」と言えるのではないでしょうか。

取材・文/磯山友幸、編集/d’s JOURNAL編集部