研修の枠を超え、イノベーションを担う人材を育成する企業間「レンタル移籍」とは

株式会社ローンディール

代表取締役社長 原田未来(はらだ・みらい)

2001年、株式会社ラクーン(現東証一部上場)入社。部門長職を歴任し同社の上場に貢献。2014年、株式会社カカクコムに転職し、新規事業開発を担当。自身の経験から複数の業界・企業・職種を経験することの意義を実感するとともに、個人と組織の信頼関係の重要性に気付く。個人が「会社を辞めることなく外の世界を見る経験」として、また企業が「人に成長機会を提供する手段」として、レンタル移籍を構想。2015年に株式会社ローンディールを設立。

転職経験から生まれた、レンタル移籍のアイデア
人的資源をイノベーションに活かせない大企業
レンタル移籍は、人生を変える経験
変革を志す人たちに対し、上司がやるべきこと

株式会社ローンディールは、企業間で人材移籍を行う「レンタル移籍」事業を展開しています。大企業がイノベーション人材・次世代リーダーの育成を目的に社員を半年から一年間ベンチャー企業に送り出し、それを受け入れるベンチャー企業側は大企業で経験を積んだ社員のスキルを事業開発に活かすことができます。現在、導入企業はパナソニック、トヨタ自動車、NTT西日本、経済産業省など40社以上、受け入れ側のベンチャー企業は約350社が登録し、これまでに100人以上がレンタル移籍を経験しています。2020年度のグッドデザイン賞(ビジネスモデル部門)も受賞した同社の原田社長に、企業における人材開発のポイントをオンライン会議ツールにてお聞きしました。

転職経験から生まれた、レンタル移籍のアイデア

原田社長が「レンタル移籍」を事業化された経緯を教えてください。

原田氏:僕自身は、大学卒業後に勤めた企業で13年間働き、愛着を感じていました。しかし、30歳を過ぎて仕事もこなせるようになってきたころ、「このままずっとこの会社でいいのか、外に出たら自分は通用するのか?」と考えるようになりました。

ところが実際に転職してみると、最初の会社の良いところが見えてきて、「会社を発展させるために自分にもっとできることがあったんじゃないか?」という想いが募りました。そこで、勤めている会社を辞めずに外の世界を見る仕組みはできないかと考えているうちに、「サッカーにはレンタル移籍がある、それをビジネスモデルにしたら面白いのではないか」と思い、事業を立ち上げたんです。

ローンディール 代表取締役社長 原田未来氏

御社のレンタル移籍事業の特長・強みは何でしょうか?

原田氏:送り出す企業と受け入れる企業のマッチング、移籍期間中のサポート、元の会社に戻ってからのフォローにそれぞれ真摯に向き合っていることですね。移籍前には各企業にしっかりヒアリングをして目的を明確化しますし、移籍者には事前の研修で自身のバリューやミッションを再認識してもらう。移籍期間中は専属のメンターが付いてレポートや1on1による対話を重ねて成長を支援します。戻った後は報告会を実施するとともに今後の配属先について上司の方も交えて相談させていただきます。

経済産業省の勧めで法的な問題をクリア、大企業での活用が進む
事業が軌道に乗るまでにどんな苦労がありましたか? 労働者派遣法や職業安定法などの法規制関連の問題もあったと聞いています。

原田氏:当初は、法規制との整合性があいまいだということで、契約直前で導入企業様の法務部からNGが出たこともありました。そんなときに経産省の方にお会いする機会があって、「グレーゾーン解消制度※」を教えていただきました。それを利用して法的な見解の照会を行い、レンタル移籍事業は企業研修の一形態として適法であるとの回答をいただきました。このお墨付きをもらったことで、大企業の方にも安心して当社とお付き合いいただけるようになりましたね。

※グレーゾーン解消制度:産業競争力強化法に基づき、「現行の規制の適用範囲が不明確な場合においても安心して新規事業を行い得るよう、規制の適用有無を確認できる制度」として経済産業省が創設したもの。

人的資源をイノベーションに活かせない大企業

大企業が今、どのような課題に直面しているのか、お考えを聞かせてください。

原田氏:人的資源を十分に活かしきれていないのが一番の課題ではないでしょうか?レンタル移籍で選ばれてくる方々を見ると、皆さん非常に優秀で、研修などを通じて高いスキル・知識を身に付けています。ところが、職場でのパフォーマンスはどうかというと、自分の能力を100%出せていると実感している人は非常に少ないんじゃないかと思います。

実際、皆さんにお話を聞くと、若手の方も「自分はもっとできるはず」と感じていたり、上司の方も「もっと組織をよくしていかなくては」という危機感をお持ちです。

多くの大企業がイノベーションの必要性を感じていて、さまざまな取り組みをしていますが、なかなかうまくいかない状態ですね。

原田氏:これまでの取り組みは、おそらく「仕組みづくり」の話が中心だったと思います。たとえば、新規事業を立ち上げるためにコーポレートベンチャーキャピタルをやりましょうとか、コワーキングスペースをつくりましょうとか、仕組みを作ることに意識が向いていました。ところが実際は、仕組みがあっても、想いを持ってプロジェクトを牽引する人がいないと何も始まらない。その認識が広がって、「人づくり」の重要性が改めてクローズアップされてきたのだと思います。

レンタル移籍人材が与える好影響
大企業では研修制度なども充実しているのに、なぜイノベーションを担う人材を生み出せないのでしょう?

原田氏:リアリティの違いではないでしょうか。多くの企業研修ではあらかじめ正解が用意されていて、その正解を導き出すためにこういう風に考えよう、こういうメソッドを使おうという学び方をします。しかし、0から1を生み出さなければならないベンチャー企業には、あらかじめ用意された正解などありません。その中で、どうやって次の一歩を進めるのか、しかも実務として成果を出さなければならないというリアルな経験をすることが、イノベーションの起点になるのだと思いますね。

レンタル移籍の事前研修では何をするのですか?

原田氏:まず本人のミッション、バリューと、会社のミッション、バリューを切り離すようにしてもらいます。長年大企業にいると、会社のミッションが自身のミッションと同じだと思い込みがちです。また社員が多いと同質化の圧力も強いので枠からはみ出した考え方をしにくくなるように思います。

そこで一度自分を会社から切り離して、自分自身の価値観や目標を見つめ直し、どの部分が会社の方向性と重なり、どの部分がはみ出しているのかを確認してもらいます。そのはみ出した部分が、会社にイノベーションをもたらす源泉になるはずです。その一方で、大企業の一員ではなく個人としてベンチャー企業という異なる環境で経験する中で、自分自身の軸が出来上がっていきます

レンタル移籍の仕組み(株式会社ローンディール提供)

レンタル移籍の仕組み(株式会社ローンディール提供)

 

レンタル移籍の経験は大企業の課題解決にどんな形で寄与するのでしょう?

原田氏:大企業に戻ったレンタル移籍者が強い主体性をもって動くようになる、それが周りにも良い影響を与えていくといったケースはよくあります。たとえば、以前は自分の部署にブレークダウンされてきた中期計画の目標数値をクリアすることだけを考えていた人が「何のためにそれをやるのか」と問い直し、会議の席で改革を促す一石を投じるというようなこともあるでしょう。

一方、ベンチャー企業にとってはどのようなメリットがありますか?

原田氏:ベンチャー企業は、0から1を生み出すことは得意ですが、1を10に拡大していくノウハウや業務プロセスの整備などについては、大企業で鍛えられてきた移籍者の方が長けています。会社を発展させていく上で、非常に大きな戦力になるでしょう。また、限られた時間の中で結果を出そうと必死で動く移籍者の姿は、ベンチャーの他のスタッフにとって良い刺激になるという声も耳にします。

レンタル移籍は、人生を変える経験

実際にレンタル移籍を経験された方からはどんな声を聞きますか?

原田氏:人生を変える経験をした」という感想はよく聞きますね。もちろん最初はカルチャーショックも受けます。今までやってきたことが通じないし、大企業の看板にも頼れない。たとえば、資料づくりを頼まれて、今まで通りに1週間かけてきれいな資料をつくろうと思っていたら、30分後に「資料まだ?」と聞かれて「ええっ?」と(笑)。

手書きでも、完璧な資料でなくてもまずスピードが求められるベンチャー企業ならではの感覚ですが、「今までのやり方が全てじゃないんだ」というアンラーニングによって、大企業で常識のように思われている仕事の進め方を見直すきっかけにもなります。

レンタル移籍中の「パフォーマンス自己評価」の推移

レンタル移籍中の「パフォーマンス自己評価」の推移(移籍者60名の平均。株式会社ローンディール提供)

 

受け身の姿勢から、前のめりの姿勢に変わる瞬間が訪れる
上司の方々は移籍者の変化をどのように感じられるのでしょう?

原田氏:移籍者が毎週書くレポートを読んだ上司は「人が育つ瞬間がリアルにわかる」と。最初のころは「社長の言っていることがよくわからない」とか、「想像していた環境ではなかった」など、困惑する様子が見られますが、それが「自分はこの会社のために何ができるのか」と前のめりの発言にどんどん変わっていく。

役割分担のはっきりした大企業とは違いますから、一人で何でもやらなければならないし、会社の経営状態もわかってくるので何とか立ち行くようにしたいと、自分の経験をフル活用してなりふり構わず会社を支える姿勢が出てきます。そういう経験をすると経営者的視点が自然と身に付きます。また失敗を恐れたり、評価を気にするのではなく、この会社で自分が何をすべきかを考えて行動するようになります

移籍前後に受けるイノベーションDNA診断の結果。全体的にスコアが伸びる(移籍者50名の平均。株式会社ローンディール提供)

移籍前後に受けるイノベーションDNA診断の結果。全体的にスコアが伸びる(移籍者50名の平均。株式会社ローンディール提供)

変革を志す人たちに対し、上司がやるべきこと

レンタル移籍経験者に限らず、会社や仕事の在り方に疑問を感じ、変革を志向している人たちを上司はどうサポートすればいいのでしょう?

原田氏:階層に関係なく、対等なコミュニケーションが取れるかどうかがとても大事だと思います。かつては経験値がものを言う時代でしたので、長く経験を積んでいる上司の意見の方が部下の意見より正解に近かった。しかし、社会がどんどん変化していく今の時代では、必ずしもそうとは限らなくなってきています。「自分の存在意義が薄くなっていくんじゃないか」と不安を感じているミドル層もいらっしゃるのかもしれません。

でも決してそうではなくて、ミドル層にはミドル層にしかできない役割がある。その大切な役割の一つが、若手が活躍できる場を広げてあげることです。若手と上層部のつなぎ役になるとか、提案をするならこういう風にした方がいいんじゃないかとアドバイスするとか、指示ではなく対等の立場でコミュニケーションを取りながら、変革の応援者として、やる気のある若手の背中を押してあげてほしいですね。

社外研修、出向などを通じた人材開発やキャリア採用による組織力の強化を図る上で、企業に求められる姿勢は何でしょう?

原田氏:多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まることが組織力の向上にもつながると思いますが、その人たちを機能させるためにはオープンマインドになることが必要だと思います。今までは、強固な一体感を持って同じ目標に向かって進むことが良しとされてきましたが、大胆な変革が求められている現在、そのやり方では新しいものが生まれてこない気がします。

これからはそれぞれが個性を活かしてさまざまなチャレンジをする。そして企業はその多様性を許容し、バックアップする。本来大企業はそういう包容力を持っているはずなので、今ある仕組みをポジティブに解釈し直して活用してほしいですね。

日本企業が持つ、家族的な空気感を残した人材の流動化を
IT企業から非IT企業へ、都市から地方への流れも含め、今後日本でも人材の流動化が進んでいくのでしょうか?

原田氏:もちろん我々は流動性が上がっていくことを願っていますが、その際、気を付けなければいけないのはどんな形で流動化するかということ。最近増えている副業についても、お金稼ぎのためだけに仕事を増やすのであれば単なる労働時間の切り売りでしかないし、社会にとってプラスになるとも思えません。個々人がちゃんとWill(ウィル=意思)を持って、別の仕事での経験を通して自分の価値を高め、可能性を広げるために活かそうとしなければいけないと思います。

ローンディール 代表取締役社長 原田未来氏

御社は、「日本的な人材の流動化を創出する」というミッションを掲げていますね。

原田氏:日本企業の特長として、長期的な雇用関係や人のつながりを重視し、家族的な空気感があります。そういう部分を捨てて流動化してしまうと、結局欧米型の社会システムの物まねにしかならないので、日本的な良さを残しながら流動化していくことを後押しできればと思っています。

最後に、大企業の人事担当者の方に一言お願いします。

原田氏:自分の会社には魅力がない、社員をベンチャーに送り出したら辞めてしまうのではと心配する方もいるのですが、そんなことはありません。レンタル移籍者を見ていて実感しますが、自社に愛着や誇りを持ち、ここで頑張っていきたいと考えている若者はたくさんいます。ぜひその人たちを応援してあげてください

取材後記

企業間で社員をレンタルするという斬新なビジネスモデルを発想した原田社長。その基底にあるのは、イノベーションを創出する「人づくり」をしたいという意思です。

会社や社会を変えていくのは「仕組み」そのものではなく、その仕組みを圧倒的な熱量で動かしていく人間。そしてそんな人材が育つのは、単なる研修の範疇を超え、会社の存亡をかけてがむしゃらに前に進もうとする現場のリアリティの中です。

巨大な組織の枠内で活性を失いつつある優秀な人材を、いかに枠からはみ出せる人材に変えていけるかが、今後の企業変革のカギを握るのではないかと感じました。

取材・文/佐藤直樹、編集/森 英信(アンジー)・d’s JOURNAL 編集部