兼務人事のすゝめ。本業との化学反応がもたらす「採用力の深化」とは

株式会社LIFULL

人事本部 キャリア採用グループ 木村修平(きむら・しゅうへい)

プロフィール
株式会社LIFULL

人事本部 新卒採用グループ 松谷沙也加(まつたに・さやか)

プロフィール

人事の仕事をしている人の中には、実は専業ではなく、本来の業務と並行して担う「兼務人事」と呼ばれる人も多いです。この記事を読んでいる方の中にも、「今期から突然兼務人事を言い渡された」「今まさに慣れない人事業務に苦戦している」という方がいらっしゃるのではないでしょうか。

不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」などを展開する株式会社LIFULLでは、採用強化に向けて兼務人事が力を発揮。エンジニア出身の木村修平氏と営業出身の松谷沙也加氏は自ら兼務人事を希望し、現在では共に人事本部へ異動、専任の採用担当者として活躍しています。

エンジニア、営業というもともとの立場と人事を両立するにあたって、お二人はどのように人事の仕事を学んでいったのでしょうか。お話を伺っていくと、別の専門分野を知る「兼務人事」だからこそ持つ強みも見えてきました。

【兼務のきっかけ】組織課題のエンジニア採用に向け、技術部門マネージャーと人事・広報が連携

――木村さんは長くエンジニアを務めてきたバックボーンをお持ちです。採用業務を兼務することになった経緯を教えてください。

木村氏:僕はエンジニア職でLIFULLに入り、技術職のマネージャー職位や組織長などを経験しました。LIFULLのマネージャー職位に期待されているのは、その職種全体の組織課題の解決や人材育成、評価について議論し、推進していくことです。当然そこには採用も含まれています。

 

木村氏:多くの企業と同様に、LIFULLでもエンジニア採用が課題となっていました。その理由を分析していくと、外部のエージェントさんに頼るばかりの採用活動になっていて、ダイレクトリクルーティングなどの新たな手法を取り入れられていないことがわかりました。エンジニア採用の市場の変化に対応するためにも、キャリア採用のグループ長や広報担当などと協力しながら、採用業務を兼務することにしたんです。

――採用業務に関わるのは自然な流れだったのですね。その後はなぜ「人事専任」となったのでしょうか?

木村氏:自分自身のモチベーションの源泉を考えると、僕は「自分がやりたいこと」よりも、「組織に貢献できること」にやりがいを感じるタイプなんですよね。エンジニアとして一定の成果を出してきた自負はありますが、技術職で一生食べていける自信はない。そんな自分が人事としてエンジニア採用の課題を解決できるなら、そちらの方がより大きな価値を組織に提供できるのではないかと思うようになりました。

――松谷さんはいかがでしょうか。人事の前は営業職としてキャリアを積んでこられています。

松谷氏:私は人事コンサルタントとして働く母親の影響で、LIFULLに入社したころから「人事をやってみたい」と考えていました。とは言え、当時はまだ25歳。前職でも営業だったので、LIFULLでもまずは現場を知るために、営業で実力をつけたいと思っていました。

 

ただ、営業として6年間実務を経験するうちに、やはり人事の仕事への想いは募っていきました。そんな中、2019年に「キャリフル(※)」制度が始まって、木村から「人事の仕事をするチャンスがあるよ」とこの制度のことを教えてもらったんです。制度を利用する形で、社内兼務で新卒採用グループに参画しました。

(※)業務時間の10%を使って所属部署以外の仕事を経験できる社内兼業制度。各部署の募集情報が全社に公開されており、希望者がいれば所属元と兼業希望先の両部署の上長が面談を行って可否を決定する。これまでに約30名が活用しており、松谷氏は2019年6月~9月に利用した。

木村氏:当時の松谷の上司と僕は仲が良くて、「松谷のキャリア相談に乗ってくれない?」と頼まれて3人で話をしたことがあったんですよね。そうした会話を通じて松谷が人事志望だと知っていたので、キャリフルは良い機会だと思いました。

松谷氏:実際に採用に関わってみると、エンジニア採用の現場にはたくさんのストーリーがありました。なぜ技術が好きなのか、技術を通じてどんなことを実現したいのか。応募者の方々、一人一人との会話に、いろいろなドラマがあります。

このような人の想いと事業の成長を共に感じられる楽しさは、かけがえのないものだと思い、「人事のミッションに専念したい」と異動希望を出しました。

【兼務のメリット】会社の魅力の再認識が、自身のキャリア形成に好影響をもたらす

――エンジニアや営業の現場と人事を兼務しているからこそできたことや、プラスになったと感じることはありましたか?

木村氏:兼務してよかったと思うのは、人事側と、もともと担当していた業務側との相互理解のスピードが高まったことです。自分の場合は、人事とエンジニアですね。僕がつかんでいるエンジニア組織のミッションや仕事内容、現場の実情を、採用活動にダイレクトに活かすことができました。ただ、そうした価値を発揮できたのは、僕がマネージャー職位にいたからこそかもしれません。

――エンジニアとして技術のことがわかるだけでなく、部署全体を見渡す視点があったことが大きいという意味ですか?

木村氏:はい。日ごろからエンジニア組織の課題を、メンバーの視点よりも高いレイヤーで捉えていました。もちろんマネージャーだからといって、人事を兼務してすぐに会社のことを上手に発信できるわけではありません。今でさえ完璧ではないと思いますが、それでも面接などの場では、自分なりの言葉で紡げるようになってきたのかなと思います。おそらくその成長の裏には、人事を兼務する前から事業への想いや課題感を、メンバー層よりも明確に見通してきたことがあるのでは、と。

そうした意味で、僕は兼務人事には思い切ってマネージャー層をアサインしてもいいのではないかと思います

 

――応募者にとっては、面接でマネージャー層の人と話せることも価値につながりますね。会社の考え方をさらに深く知る機会になるかもしれません。

松谷氏:自社のことを語るのは、確かに難しいですよね。私は採用業務を担当するにあたって会社の社是や理念を見つめ直し、LIFULLという会社を改めて好きになりました。これは今だからこそ打ち明けられることなんですが…実は兼務人事を始める前に、私は転職活動をしていたんです。

――それはまた、なぜですか?

松谷氏:当時は、社内で人事に異動できる可能性が低いと思い、どうしても人事としてのキャリアを開きたく、転職を考えていました。もしキャリフル制度がなく、自社の人事業務に関わることがなければ、自分が所属する組織の魅力に気が付かないまま、違う道を選んでいたかもしれません。

――兼務人事は組織だけでなく、松谷さん個人のキャリアにとっても大きな意味を持っていたのですね。

松谷氏:そう思います。私はLIFULLを改めて好きになれたことで、LIFULLのサービスを扱う営業としての誇りも一気に高まりました。それは仕事の成果にも直結して、人事を兼務するようになってからは、毎月トップセールスの業績を上げられるようになりました。

【兼務人事の勉強法】「HR系の顔出し実名アカウント」「ジンジニア」をフォローして情報収集

――人事の仕事は異分野であり、当初は戸惑いもあったのではないでしょうか。人事を兼務する際に新たに勉強したことがあれば教えてください。

木村氏:エンジニアはネットで情報収集したり、技術系の人たちが集まるコミュニティに顔を出したりして最新トレンドをインプットします。人事を兼務する際にも同様に、Twitterで「HR系の顔出し実名アカウント」の人たちをフォローして情報収集を始めました。元エンジニアで人事として採用にも関わっている、「ジンジニア」と呼ばれる人たちのコミュニティにも参加しています。

松谷氏:私は人生で一度もエンジニアを経験していないので、最初のころは応募者の学生さんと話していても言葉の意味さえわからず苦労していました。学生さんが話してくれる研究内容やエンジニアリングへの思いをなかなか理解できなくて。

――確かに、専門用語が飛び交うエンジニア採用には特有の難しさがありますよね。

松谷氏:木村からエンジニア採用に関する本を紹介してもらい、勉強して少しずつ専門用語が理解できるようになっていきました。楽しそうに話している学生さんの「楽しい」の意味がわかるようになるまで、1年くらいはかかったと思います。

木村氏:とは言え、当時の松谷は営業として培った傾聴力を発揮して、わからないなりに学生さんの仕事に対する想いに寄り添えていたと思います。非エンジニアの人事担当者は、松谷のようにエンジニアリングを理解しようと努めていると思うのですが、僕は「ある程度わかれば、それでいいのでは」とも感じています。

――「ある程度」というのは?

木村氏:バリバリに技術の話についていけるようになるとか、プログラミングスクールに通うことが必要なのではなく、「エンジニアが技術を通じて何を実現したいのかを理解すること」が大切だと思います。応募者が何をしたいと考えているのかを引き出してあげるということですね。

エンジニアではないからこそ、フラットに聞けることもあるでしょう。僕はエンジニア出身であるがゆえに、エンジニア特有のコミュニケーションが弱点になってしまうこともあると感じます。面接では企業の代表としてコミュニケーションしなければいけないのに、エンジニアとしての個人的な興味が先に立ってしまうことがあるんですよね。

 

【兼務による自己成長】兼務人事がもたらした「思考力」「設計力」「目標達成意欲」

――兼務する2つの仕事に共通して活かせるスキルやノウハウについても教えてください。木村さんは「エンジニアと人事」を兼務する上で、どのような力が活かされたと感じていますか?

木村氏:エンジニア出身者としては、「思考力」と「設計力」を活かせていると思います。プログラミングによって仕様通りに動かすことがエンジニアの仕事のゴールだとすれば、実はそこに至る手段は一つではありません。目的を果たすコードはいくつも存在し、常にその中からベストな選択肢を取ることが求められます。

システムというものは、後々状況が変わったとき、必ず改修が必要になります。ですから現在だけでなく将来も見据えて、論理的で合理的な選択をしなければいけません。その考え方は、人事制度づくりに通じるところがあると思っています。

――確かに人事制度も、状況に応じて柔軟に改定していくことが求められますね。

木村氏:同様にエンジニアには、メタ的視点で抽象的に思考し、物事の本質を捉える力も求められます。これはもう一つの「設計力」にも影響します。抽象的思考力を基にした設計力があれば、物事の本質を捉えて仕事のフローや仕組みを組み立てられます。採用の仕事ではルーティンの業務をこなすだけではなく、既存の仕組みを改善しなければならないシーンも多いのですが、こうした場合にも設計力を活かして人事としての結果を出せると感じています。

――松谷さんは、「営業と人事」に共通するスキルやノウハウは何だと思いますか?

松谷氏:新卒採用の仕事では、目標達成意欲が重要です。数字へのこだわりを持てるのは、営業をやっていてよかったと思う部分ですね。セミナーへの集客数など、プロセスごとに設けたKPIを月次で追う際には、営業として目標達成を続けてきた習慣が活きていると感じます。

 

松谷氏:もちろん採用では数字を達成するだけでなく、質を重視することも大切なのですが、「良い人を採用することにこだわるなら目標数に届かなくてもしょうがないよね」というスタンスでは、成果を出せないと思うんです。営業で培った目標達成へのこだわりを体現しチームへ浸透させていくことは、営業出身者だからこそできることなのかなと考えています。

――お話を聞いて、異分野から飛び込んできたお二人の存在がLIFULLの採用力をさらに強化しているのだと感じました。今後はどのような活動に力を入れたいと考えていますか?

木村氏:現状の課題は、転職活動をする方々にLIFULLを想起してもらうことです。サービスや企業そのものを想起してもらうこととは別の、いわゆる採用広報と呼ばれる領域ですね。

エンジニア採用では技術ブログやテックイベントといった以前からの取り組みに加え、昨年末からLIFULL公式noteでもコンテンツを発信しています。長期的な視点で、採用活動の成果を捉えていきたいと考えています。

 

【編集後記】

LIFULLの人事本部は「世界で最も情熱溢れる会社を創る」という部門ビジョンを掲げています。「このビジョンを実現するためには採用力強化が重要」と語る松谷さんは、トップセールスとしての目標達成意欲を採用業務へダイレクトにつなげていました。エンジニアマネージャーの深い知見を持つ木村さんは、テクノロジーの活用やツールの使い分けなどの新たな知見を人事にもたらしていると言います。

人口減社会での採用活動や、多様化する個人の価値観への対応――。複雑化する課題と向き合うために、人事には以前にも増してさまざまなタレントが求められるようになっています。このトレンドの中で中心選手となるのは、異分野で培った力を新たな可能性につなげられる、兼務人事なのかもしれません。

取材・文/多田慎介、編集/檜垣優香(プレスラボ)・d’s JOURNAL 編集部