社員を信用しない組織には「働きがい」がない? 業績・社員定着に影響する「働きがい」を4つの取り組みから学ぶ
d’s JOURNAL編集部
昨今、働き方改革から一歩進み、社員の「働きがい」を考える企業が増えつつあります。
働きがいのある会社研究所(GPTW)によると、「働きがいのある会社」とは「働きやすさ」と「やりがい」の両方を兼ね備えた組織だと定義されています。一方で同社の調査では、働きがいが必要だと思っている人は74%と多いにもかかわらず、現在の職場で働きがいを感じている人は41%にとどまるという結果も。
なぜこのようなギャップが生じているのでしょうか。
本記事では、「働きがいのある会社」として知られる企業2社の取り組みを参考にしながら、働きがいが注目されている背景などについても考察し、これからの企業が目指すべき「働きがい」のために必要なことを考えます。
最初は、経営理念に「みんなで幸せになれる会社にすること」「今から100年続く会社にすること」を掲げる株式会社エイチーム。GPTWの「働きがいのある会社ランキング」の常連でもある同社は、どのようなアクションを行っているのでしょうか。人事部長の中久木健大氏に伺いました。
取り組み事例①:徹底的な「情報のオープン化」で当事者意識を醸成
――GPTWは「働きがい」を「働きやすさ+やりがい」と定義しています。貴社にとっての「働きやすさ」「やりがい」とは?
中久木氏:「働きやすさ」は、残業が少ないことや休みが取りやすいことを一般的に指すのかもしれませんが、当社では、「お互いを認め合うこと」が働きやすさにつながると考えています。自分の大切にしている考えや価値観が人に認められなければ、会社が働きやすいかどうか以前に、居場所と感じることさえできないですよね。一人一人が「この会社にいていいんだ」「自分が組織に貢献できているんだ」と感じられることが大切だと思うのです。
「やりがい」については「当事者意識が持てること」ではないでしょうか。何かをやらされている状態では、楽しむことができないと、私は考えています。逆に自分が主体的に取り組んでいることにはワクワクするし、その結果のうれしさや悔しさもひとしおでしょう。当社では「考えることを奪わない」という話をよくします。そしてみんなに当事者意識を持って考えてもらうために、エイチームでは経営の機微に関わる情報も含め、徹底的に情報をオープンにしています。情報がないのに、当事者として考えることはできませんから。
――情報のオープン化はどのように進めているのでしょうか?
中久木氏:核となっているのは、毎週月曜日の朝に全社員が集まって実施する「全体ミーティング」(コロナ禍以降はオンラインで実施)です。これまでに通算900回以上開催しました。ここでは事業の状況や課題感を全社で共有しています。
私がエイチームに転職して最も驚いたことは、「決まっていないことさえも全社員に共有している」こと。たとえば経営合宿で、あるテーマについて方向性は決まったものの時間が足りず、具体的に内容を詰める話し合いが持ち越しになることがありました。そんなときでも、その時点での方向性を全体ミーティングで共有するのです。「こんな議論があったけれども、まだ結論が出ていません」と。
後日、社内で共有されている社員の日報を見ると、ポジティブ・ネガティブ両面でさまざまな反応があります。中には経営陣の意図とは違う理解をしている人も。それを経営陣でくみ取り、伝え方を工夫しながら随時説明の場を設けています。こうしたコミュニケーションによって、経営陣と社員がお互いに認め合う風土が醸成されているのだと思います。
――未決定事項を共有するのは、リスクを感じる企業が多いと思うのですが。
中久木氏:たしかにリスクもあるかもしれませんが、それ以上に社員と会社が、共に信用し、信頼し合っていることが必要だと考えています。自分のことを隠している相手から「あなたのことを聞かせてください」と言われても、相手のことをよく知らなければ自分のことを簡単には話せませんよね。会社が社員を信用し、社員が会社を信用する。それで初めて信頼関係が生まれ、当事者意識が生まれるのだと思います。
取り組み事例②:制度そのものよりも「社員が選択できること」を重視
――「働きやすさ」や「やりがい」を支える制度や施策は、どのような考え方で設計しているのでしょうか?
中久木氏:「お互いを認め合うこと」「当事者意識を持つこと」、これらにつながる制度であれば取り入れ続けますし、つながらないものは廃止します。働きやすさとは、お互いを認め合うことだと先ほど言いましたが、有給取得推進などの施策は必要なものとして当然取り入れています。
ただ、制度があることよりも、社員が「選択できること」の方が重要です。自分の時間を仕事やプライベートにどのように配分するのか、自ら決定権を持てるようしていきたいと考えています。当社では、個人の選択に対応できる制度設計を進めています。状況によって、仕事に打ち込みたいときも、家庭やプライベートに時間を割きたいときもありますよね。その時々で個人が考え、判断できることを重視したいのです。
面白いのは、社員自身で制度や施策を生み出してくれていることです。「コミュニケーションが減っているからLT(Lightning Talk)大会をやろう」「勉強会や共有会をやろう」など。「人数が足りないから人事も手伝って」と私に連絡があり、駆り出されることもしばしばです(笑)。
――社員自らが企画を考え、文化を醸成する意識が根づいているのですね。一方、これまでに失敗してしまった制度や施策はありますか?
中久木氏:個人的な失敗体験として「人事異動の仕組み」があります。ジョブポスティングやフリーエージェントなど、労働市場で行われている人材確保の方法を社内に導入しました。その中の一つに、グループ会社間の「ヘッドハンティング」があったのですが、エイチームの文化に合わず、社内からも違和感のある声が多かったため廃止しました。「お互いを認め合う」「お互いの事業をリスペクトし合う」関係性が成り立っている中では、欲しい人材を引き抜くという発想がそぐわなかったのです。
この例に限らず、やってみて初めて、社員の反応によって気づくことはたくさんあります。働きがいは人事がつくるものではなく、「社員全員でつくるもの」だと痛感しました。
続いて紹介するのは、同じくGPTWの「働きがいのある会社ランキング」に選出されている株式会社ランクアップの取り組みです。
オリジナル化粧品ブランド「マナラ」を展開する同社では、女性が一生活躍し続けられる会社を目指し、「病児シッター制度」に代表される子育て支援や健康支援などの多彩な施策が導入されています。一方で、子育て中であるかどうかにかかわらず、社員には平等に責任ある仕事が任されると言います。
ランクアップの考える働きがいとは?代表取締役社長・岩崎裕美子氏に聞きました。
取り組み事例③:ママが「働きやすい」ではなく、「活躍し続ける」ための業務効率化と制度導入
――貴社では、働き方の基本的な考え方として「社員が一生健康に長く働くために」という理念がありますね。
岩崎氏:背景には前職での経験があります。私が起業前に勤めていた広告代理店では、夜遅くまで働くことが常態化していました。女性が多い会社でしたが、「この働き方では結婚も出産もできない」と、どんどん辞めていってしまうんです。女性が健康的に働き、結婚や出産、介護などのライフイベントがあっても「辞めなくてもいい、活躍し続けられる場所」をつくりたかったんです。
――起業後はどのような取り組みを進めてこられたのでしょうか?
岩崎氏:問題は長時間労働だと考えていたので、「会議は30分以内」「社内資料を作る際にはパワーポイント使用禁止」といったルールをつくりました。
1日8時間しか働くことができないのに、「会議に1時間を費やして何も決まらない」のは時間の無駄じゃないですか。パワポは社外では活用しますが、社内使用のためにデザインや色にこだわる必要はありません。ワード1枚で十分ですよね。
――そうしたルールを通じて「長時間労働をしない」意識を浸透させたのですね。制度面で特に印象的なのは「病児シッター制度」です。通常1回の利用で約3万円のところ、個人負担額は1回300円まで。なぜここまで大胆に予算配分されているのでしょうか?
岩崎氏:「ママが一生活躍できる会社」にするためには、長時間労働さえ無くせばいいと考えていました。でも実際は違ったんです。たとえば仕事中に子どもが熱を出し、保育園から連絡があれば、親はすぐに迎えに行かなければなりません。もしインフルエンザなどの感染症にかかっていた場合は1週間ほど登園できず、親はその間、出社できなくなってしまいます。
休みや早退が続けば、周囲の社員はママ社員に重要な仕事を任せないようになります。本人は肩身が狭くなって「私は会社にいないほうがいい」と思ってしまうかもしれない。そんな思いをさせるくらいなら、会社で支援をしてその人にしかできない仕事をやってもらう方が、会社としてメリットが大きいと思いませんか?とは言え、病児シッターは利用料金がネックとなって一般的にはまだまだ活用が進んでいないので、会社でしっかり負担することにしました。
――子育て中かどうかにかかわらず、貴社では同じように責任ある仕事を任せると伺いました。
岩崎氏:他社では、子育てのために時短勤務をするだけで評価が低くなり、昇進・昇給できないケースもあると聞きます。しかし当社では、ママ社員も時短社員もフルタイム社員も同じ基準で目標設定をしています。評価基準もまったく同じ。当社には「時間で稼ぐ」という発想がありません。時短勤務が必要なら、フルタイム社員より時間が短い分をアイデアで埋めればいいだけなんです。
――単に「ママ社員が働きやすいようにしている」のではなく、成果を等しく求めているのですね。
岩崎氏:多くの企業では出産後の社員に対して、本人が頼んでもいないのに「低い目標にしておいたよ」「出張がない業務をアサインするよ」といった「余計なお世話」をしがちだと思います。産休明けには「大変でしょ?」と過度に配慮され、結果的に以前の業務を任されなくなったり、キャリアを積んでいくことができなくなったりするんです。
でも、ママだからといって期待値や評価を変える必要が本当にあるのでしょうか?それよりも「活躍し続けるために必要なこと」を考えるべきだと思いませんか?たとえば、その人が営業として成果を出していたのなら、本人が望んでもいない低い目標設定ではなく、短い時間でも営業として成果を出せるように工夫すればいいんですよ。
取り組み事例④:社員の提案を積極的に承認。働きやすさは「やりがい」をそがないためにある
――貴社にとって「働きがい」とは何でしょうか?
岩崎氏:「やりたいことに挑戦できる」環境です。当社では社員の提案を歓迎しているんですよね。もちろん、お客さまや会社のためになることが前提ですが、社員がやりたいと思って宣言してくれたことには、背中を押して応援します。社員は、自ら提案すればほぼOKが出るわけですから、覚悟を持って宣言しなければならないという面もありますね。それでもたくさんの提案が出されています。
――社員から積極的に提案が出るのは、何か制度面での後押しがあるからでしょうか?
岩崎氏:「会社や業務に関する改善提案を出せば、1件につき500円」の制度があります。風通しを良くするためにつくった制度ですが、今となっては制度に従って提案する人はほとんどいないんです。すぐに提案できる環境になったことで、指定の書式を無視して、500円も無視して提案がどんどん来ていますね(笑)。
――インセンティブを求めるのではなく、あくまでも自分がやりたいことを提案する方が多いということでしょうか?
岩崎氏:そうだと思います。たとえばある若手社員は、会社のSNSプロジェクトを立ち上げました。当社ブランド「マナラ」のInstagramアカウントはすでに運用していたのですが、投稿している内容は社内のことが中心で、開発背景や商品づくりへの思いなどの「マナラらしさ」はあまり伝えていなかったんですよね。フォロワーは2,000人ほどにとどまっていました。
しかし最近のInstagramは、Google検索と同じくらいの感覚で検索されることが増え、昔よりも流入が見込めるツールになってきています。その若手社員は「この状況はもったいない」と、SNSを盛り上げるための提案を出してくれました。結果的に約1年でフォロワーが1万2,000人に増えたんですよ。今では社員を巻き込んでプロジェクトを拡大させています。
――GPTWの提唱する「働きがい」を、貴社はまさに実現しているように思います。働きやすさとやりがいは、両立させられると感じますか?
岩崎氏:私は、働きやすさとやりがいの両方を求めることに少し違和感があります。
ランクアップのさまざまな制度は、社員の挑戦を応援しつつ、ママでも弊害なく突き進んでもらうために存在しています。やりがいを前提として、それをそがないために制度で働きやすさを支援するんです。「マイナスをゼロにする」ための働きやすさではなく、「やりがいのあるプラスの状態」を邪魔しないために働きやすさがある。そう考えれば、取り組みの優先順位も変わってくるのではないかと思います。
企業は個人の「働きがい」を高めることができるのか
取材から、エイチームとランクアップは働き方改革を目的にするのではなく、自社のありたい姿を実現するため、働きがい改革に取り組んでいることがわかりました。
企業が働き方改革から、働きがいを考えるようになったのはなぜか。パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林祐児氏は、働きがいが注目される背景として「働く個人の価値観の多様化」を指摘します。
「男性正規社員が労働世界の中心だった時代には『新卒から長い期間をかけて出世競争に挑み、一家の大黒柱として働いて、収入を上げながら定年を迎える』働き方モデルが一般的でした。企業は、社員に安定雇用と年功賃金という『ニンジン』(=やりがい)を目の前につり下げておけば、社員が定着する時代だったのかもしれません。しかし、終身雇用が幻想となり、組織の構成員に女性やシニア、外国人など多様な属性が入り交じるようになると、誰にとっても共通するやりがいを提供することはできなくなりました」(小林氏、以下同)
では、個人の感覚によって捉え方が異なる「働きがい」を、企業や人事が高めていくことはできるのでしょうか。小林氏はそのヒントとして、関連する研究から「仕事の要求度‒資源モデル(JD-Rモデル:Job Demands-Resource model)」を挙げます。
「働きがいの論点で見れば、『適切なリソース』と『適切な要求』のバランスを取ることが重要だという考え方です。人は、自分がコントロールできる範囲であれば、仕事で要求される負荷が高くても働きがいを高められる可能性があります。逆に、簡単な仕事だけでは働きがいが高まりにくいとも言えるでしょう。ビジョンやミッションへの共感だけで採用しても、適切なリソースを与えられなければ、人は働き続けられません」
ここで挙げた「リソース」とは、仕事における裁量や上司からの支援、キャリア開発などの「仕事に関わる資源」、そして個人が持っている楽観性や自己効力感などの「個人の心理的資源」から成ります。
「働きがいを高めるリソースには個人の心理的資源が大きく関わるため、人事や上司が規定して押し付けることはできません。『働きがいが高まりそうな施策』を上から与える効果は限定的でしょう。効果的で利用しやすいリソースは企業や職場によって違うはずです。その意味では、『自社に必要なものは何か』を、経営・人事と社員の間でカジュアルに対話する機会を持つことが重要だと考えます」
「働きやすさ」と「やりがい」について、従来は対立する概念として考えられることが多かったのではないでしょうか。
パーソル総合研究所の小林氏は、「簡単な仕事だけでは働きがいが高まりにくい」「(働きがいを高めるために)自分たちの職場に必要なものは何かについて、経営・人事と社員の間でカジュアルに対話する機会を持つことが重要」と指摘しています。2社への取材結果は、この考察にも通じるところがありました。
エイチームもランクアップも、社員がやりがいを持って働くために、働きやすさをサポートするさまざまな制度を設けており、結果として社員の働きがいを実現しています。
まとめ
両社から得た、企業が働きがいを高めるためのヒントをまとめてみましょう。
・働きやすさ
□ 業務効率化を徹底し、社員が活躍し続けられるよう子育て支援に注力する
□ 制度をつくるだけではなく、時間を仕事やプライベートにどのように配分するのか、決定権を個人に持たせる
・やりがい
□ 当事者意識を持ってもらうために、未決定事項も含めて情報をオープン化している
□ 会社が社員を信用し、社員が会社を信用する関係をつくっている
□ 社員側から制度や仕組みを生み出せるようにしている
□ 顧客や会社のためになる社員の提案を積極的に承認している
□ 子育て中や時短勤務の社員でも、目標設定や評価の基準を変えていない
・働きがい
□「働きがいは社員全員でつくるもの」という認識がある
□ 社員にやりがいを持って働いてもらうために、働きやすい環境をつくっている
「働きやすさ」と「やりがい」は両立できるのか――。2社の取材から、この問いに対するヒントを伺うことができました。
写真提供:株式会社エイチーム、株式会社ランクアップ
取材・文/多田慎介、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部