残業ゼロを目指し、男性育休取得率100%へ。中小企業のハンデ乗り越え、生産性向上とワークライフバランスを実現

株式会社サカタ製作所

総務部 総務経理課 後藤美奈子(ごとう・みなこ)

プロフィール

男性の育児参加による女性の雇用継続や出生数増加に向けて、改正育児・介護休業法が施行。これを受けて、男性の育児休業取得を推進する動きも見られるものの、人材不足に悩む中小企業では、戦力ダウンへの危惧から、二の足を踏むケースも少なくありません。そんな中、新潟の建築金具メーカー、株式会社サカタ製作所(従業員約150名)は、早期から男性育休に取り組み、取得率100%を達成しました。

新潟に本社、工場を持つ同社は、大型建築物の屋根金具のほか、ソーラーパネル取付金具・架台なども手掛けており、人手に余裕があるわけではなく、長時間労働も常態化していました。しかし、2014年に「残業ゼロを目指す」と宣言し、業務改革を進めて2019年には平均残業時間を月1.2時間にまで削減しました。また、2015年からは男性育休取得推進にも取り組み、2018年以降、取得率100%を維持。厚生労働省の「イクメン企業アワード」の両立支援部門グランプリに輝いたほか、「ホワイト企業アワード」や「健康経営推進企業」として数々の表彰を受けています。

サカタ製作所が、取り組み開始からわずか数年で、なぜこのような成果を上げることができたのか、同社でワークライフバランスの推進に当たる後藤氏にお話を伺いました。

「業績が落ちても構わない」。トップの決断で残業ゼロへ

──貴社は、2014年に「残業ゼロ」への取り組みを開始されましたが、その経緯についてお聞かせください。

後藤氏:2014年の11月に、内閣府「子ども子育て会議」委員も務める株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんに、当社で生産年齢人口やワークライフバランスに関する講演をしていただいたのですが、その講演に当社代表の坂田が感銘を受け、全社集会の場で「残業ゼロ」の方針を発表しました。そして、2015年1月には、社員の健康面・精神面の維持増強や生産性・作業効率向上などのために、業務の見直しを行い、早帰りを推奨し、残業ゼロを目指して残業・時間外労働削減への取り組みを推進すること、および長時間残業する人ではなく、与えられた時間内で期待する成果を出せる人を評価する旨を全社に通達したのです。

また、管理職に対しても、残業ゼロに向けた具体的な取り組みやマネジメント強化、社員の意識改革を進めることが求められ、各部署での検討が始まりました。

──残業ゼロの方針が打ち出されたことに対して、ネガティブな声はありませんでしたか?

 

後藤氏:全社集会の際に、坂田が「一時的に業績が落ちても構わない」と伝えました。社員が生産性を上げて仕事と家庭を両立している会社を評価してくれるお客さまがいるはずだから、そういうお客さまとのお付き合いを広げるためにも、残業ゼロを推進していこうという決意を表明したのです。

──どのような形でこの取り組みを進めていったのですか?

後藤氏:まずは、パソコンのソフトを使って、どの作業にどれだけの時間がかかっているのかを洗い出し、無駄な業務や属人化している業務などの棚卸しをしました。そして、無駄な業務は廃止するとともに、仕事の標準化や多能工化によって属人化の解消を図りました。また、一部の人に仕事が集中して負荷がかかり、業務が滞るのを防ぐために、仕事の見える化も推進。お客さまから納期確認があったのに回答できていない案件の数や、出荷当日にまだピッキングできていない製品の残数などを大型ディスプレイに随時表示し、終業時間までに間に合いそうになければ、手すきの人が応援に入って業務を完了させる体制をつくっています。

一方、夕方に業務が集中する日は始業時間をずらすなど、時差出勤による時間外労働削減にも着手しました。勤怠管理には従来、紙のタイムカードを使用していたのですが、新たに勤怠管理システムも導入し、勤務時間をきめ細かに管理できる形に変えました。同時に、パソコンのシステムや社内ネットワークも改善し、どこにいても滞りなく作業ができる環境を整えました。

これらの取り組みによって、作業効率は大きく向上し、2014年に1人当たり月17.6時間あった平均残業時間が、2019年には月1.2時間にまで減少。年間3500万円の残業代が削減され、その削減分は賞与として社員に還元されました。賞与への還元は、一過性の施策ではなく、業績が低調な年でも、残業削減分が支給されています。また、この一連の取り組みを通じ、残業しなくても業務を回せる下地づくりができたことが、男性育休の取得推進にも寄与していると思います。

意識改革を進め、「育休を取りづらい雰囲気」を払拭

──貴社では、残業削減に続いて、男性育休取得にもいち早く取り組まれましたね。

後藤氏:当社では、残業ゼロに取り組む中で、企業文化やイメージ戦略として、「ワークライフバランスを実現している働きやすい企業になっていくのだ」という方針が固まりつつありました。そこで、ワークライフバランスの重要テーマの1つでもある男性育休にも目を向けなければという問題意識が生まれたのです。

最初のきっかけは、男性社員が社内イベントの家族見学会に子どもの付き添いとして自分自身も参加するために、育休を取ったことでした。このイベントは月末にたまたま行われたのですが、わずか1日育休を取っただけなのにその月の社会保険料が免除されることを知って、この社員が男性育休の活用を検討するようになりました。その後、パートナーが病気になったため育休を取らなければならないという男性社員が現れ、育休制度を利用してみたところ、取得タイミングによっては収入面でそこまで影響を受けることなく、かつ、家庭生活のリズムを整えるのにもメリットがある制度だということがわかり、取得推進を積極的に図っていくことになったのです。

──育休を取る男性は順調に増えていったのですか?

後藤氏:ほかの男性社員が育休を取ったのを見て、自分も取りたいという声も聞くようになりましたが、実数はなかなか伸びませんでした。実際に社員に話を聞いてみると、「今いる職場で自分が休むと業務に穴が開くから言い出しづらい」という意見が出て、育休を取りやすい雰囲気をつくる必要があると感じました。そのことを坂田に伝えると、全体朝礼ですぐに男性育休について触れ、「パートナーも喜ぶから、女性だけでなく、男性社員も育休を取ってください」とアナウンスしてくれました。経営トップが、自らこういう発信をするのは、とても重要だと思いますね。

それに加えて、管理職に集まってもらって育休制度についての説明会を行うなど、社内の意識改革を進めていきました。また、その意識や文化を風化させないように、男性育休に前向きな社員や上司を自他問わず推薦して、全社集会で表彰する「イクメン・イクボス表彰」を定期的に実施するようにしました。

──管理職の皆さんは、部下の男性が育休を取ることによって、会社や自部署の業務に影響が出るのではないかという不安は持ちませんでしたか?

 

後藤氏:残業ゼロを推進する際に、坂田が「業績が下がってもワークライフバランスを実現する」というメッセージをすでに出していますし、育休の場合は、いつごろ休みに入るのかが事前にわかるので、管理職はその情報を早めにキャッチして、部下がいなくなった穴をどのようにして埋めるのかを考え、準備するようになりましたね。

たとえば製造部門の場合は、育休取得対象者が担当している業務を代行できるような人材を選んで、別の工場でその業務の知識やスキルを身に付けてもらい、実際に育休に入ったらサポートに来てもらうようにしています。営業に関しては、営業担当それぞれにお客さまがいるので、係長クラスの人が育休を取ったときには、その上職の課長が担当顧客を引き継ぎました。

また、育休が長期になるようなときは、その間、スポットで派遣社員に入ってもらうなどのサポート体制も敷いて、業務に支障が出ないようにしています。

給与シミュレーションや助成金活用で、収入面の不安を解消

──育休を取得する社員の皆さんにも、育休期間中、収入が減ってしまうのではないかといった不安を持つ方がいるかと思いますが、どのようなサポートをしていますか?

後藤氏:当社の場合、男性育休取得対象者は、年間それほどたくさんいませんでしたので、それぞれの対象者専用の給与シミュレーションをExcelで作成・提供して、育休取得のパターンに応じて収入がどのように変化するかを把握できるようにしました。

6カ月までの育休取得では、雇用保険からの給付金が賃金の67%になりますので、その分収入は減ることになります。しかし、当社の拠点がある自治体では、男性が育休を取得した際に助成金を支給しているところもあり、新潟県でも、企業が「パパ・ママ子育て応援プラス認定」を取得している場合、男性の育児休業取得促進助成金として5万円を支給しています。もちろん当社は、県に「イクメン応援宣言文」を提出して、すでにこの認定を取得していますので、育休取得者が申請をすれば、県から助成金を受け取ることができます。

 

また、月末日に育休取得している月は社会保険料が免除になりますので、月をまたぐように育休を取ったり、ボーナス支給月に育休を取ったりと工夫をする人もいます。これらの制度を活用することで、育休に入る前と遜色のない収入を得ることも可能になります。

──時短勤務制度など、産休・育休復帰後の社員のサポートについてはいかがですか?

後藤氏:お子さんが生まれた後、保育園がなかなか見つからない場合は、2歳になるまで育休を取得できるようにしましたし、育児短時間勤務についても、対象児童の年齢を引き上げました。保育園では、延長保育で夜7時ぐらいまでお子さんを預かってもらえますが、小学校では学童保育があるものの、保育園より預かり時間が短くなるため、子どもが低学年の間は仕事を少しセーブしたいという社員もいます。そこで、小学3年生まで短時間勤務ができるように、制度を変えました。

──育休を取ることで人事評価に響いたり、昇進が遅れたりするのではないかと心配する声はありませんでしたか?

後藤氏:その点についても、坂田が「誰が休んでも対応できるように業務効率化を実現する取り組みをした社員や管理職を高く評価する」というメッセージを出していますし、MBO評価の中に生産性向上や残業時間削減など、ワークライフバランスの実現につながる評価項目を入れるようにしましたので、社員の不安は解消できています。こうしていろいろな取り組みを進めたことで、男性社員の育休取得に対するハードルも徐々に下がり、2018年以降、育休取得率100%を継続することができるようになりました。

親御さんの勧めで就活生が面接を受けに来る

──育休取得を推進したことによって、どのような変化が生まれたのでしょうか?

後藤氏:業務面では、男性の育休取得が当たり前になったことで、属人化を必然的に排除せざるを得なくなりました。その結果、全部署で業務のペア化が進み、どちらかが業務不能になっても、一方がカバーできる仕組みが定着しています。

育休を取得した社員の中には、そのメリットを改めて実感した人も多く、「2人目3人目のときもぜひ取りたい」という声も聞きますし、夫婦ともに当社の社員という二人が、育休を一緒に取って育児に励むというケースも増えています。また、残業削減も含めて、家庭生活が充実したことで、社員のパフォーマンスも上がっていると感じますね。

──採用への影響はいかがですか?

後藤氏:非常に大きいです。当社が「イクメン企業アワード」のグランプリや、「ホワイト企業アワード」の最優秀賞を受賞したことがメディアに取り上げられましたので、その記事をご覧になった学生や転職希望者に関心を持ってもらうことができました。当社はBtoBの会社ですので、本来個人の認知度は低いはずなのですが、「親から勧められて面接に来ました」という方も結構いるんですよ。

当社が中途採用者向けの合同説明会に参加したときも、「サカタさんが参加することを知って、ここに来ました」と、当社の説明会だけに出て帰る方もいますね。

──それも、貴社が思い切った改革を進められてきた成果だと思いますが、今後の課題や取り組みについては、どのようにお考えですか?

 

後藤氏:長期の育休を取る人も増えてきましたので、その間、どうやって仕事を回していくのか、サポート体制についても改めて検討しなければなりません。また、法改正により、この4月から育休制度の個別周知が義務化されました。育休取得対象者に対しては、これまでも個別に説明を行ってきましたが、将来的に育休取得を考えている社員に関しても、育休を取ったときに自分の収入がどのぐらいになるのか、各自で試算できるようなシミュレーションツールも整備できればと思っています。

──これから男性育休取得を推進しようとしている企業の皆さんに、アドバイスがありましたら、改めてお聞かせください。

後藤氏:ワークライフバランスを実現し、働きやすい会社にすれば、最適な人材の獲得にもつながると思いますが、制度をつくるだけでは改革はなかなか進みません。社員に育休取得を勧めても、その人がいなくても仕事が回るような下地ができていなければ、ためらってしまうでしょう。遠回りになるかも知れませんが、育休取得推進のためには、まず属人化の排除や多能工化も含め、残業時間削減につながるような業務改革・組織づくりに取り組んでいただきたいと思います。

写真提供:株式会社サカタ製作所

取材後記

法改正により、企業は育休を取りやすい環境を整備しなければならなくなりましたが、制度だけを整えても、育休取得は進みません。「自分が休むと業務が回らない」「職場に迷惑がかかる」といった不安を社員が抱えているからです。それを解消するには、職場の生産性を向上させるとともに、仕事の標準化や属人化の排除に努めなければなりません。

サカタ製作所は、この課題に真正面から取り組み、ワークライフバランスの実現を企業戦略として位置付け、会社を挙げて残業ゼロや男性の育休取得を推進しました。その結果、社員のパフォーマンスが上がり、大幅に生産性が向上しています。

同社の取り組みは、一見遠回りのようにも思えますが、企業の存続・発展のために、生産性の向上は必須の要件です。育休の取りやすい環境をいかに実現するかを模索することは、自社の業務・組織の在り方を問い直すことでもあり、生産性の高い企業へと変革するための好機ともなるのではないでしょうか。

企画・編集/白水衛(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/森 英信(アンジー)