ソフトバンクはなぜ採用にAIを導入したのか
ソフトバンクは今、大きな過渡期を迎えています。時代の変化が急速に進んでおり、同社でも新しい事業の柱を構築しています。昨年約3.3兆円で半導体設計大手の英アーム・ホールディングスを買収し、世間を驚かせたのも記憶に新しいところでしょう。また、創業者でありけん引者でもあった孫正義氏は60代での退任を明言しています。次の時代を創る人材の獲得(採用)と育成は急務と言えるのではないでしょうか。
こうした背景もあり、ソフトバンクでは独特の手法で優秀な人材の採用を活発化させています。AI(人工知能)を書類選考で取り入れているという同社の採用はどのように行われているのでしょうか。採用の責任者を務める源田氏に語っていただきました。
母集団形成を目的としない採用への決意
まず、当社の“人事”の立ち位置ですが、「人/組織と事業をつなぐ」という立場になります。ソフトバンクでは、今後テクノロジー分野の最大級プレイヤーを目指していきたいと考えています。これから、急速に変化していく事業体制においてどのような人員構成でチームを作っていくか、つまり、事業そのものをサポートしていく重要なポジションと言えるでしょう。
反面、今までの採用活動はおそらく多くの企業がそうであるように、可能な限り母集団を集めそこから選抜しようという方針でした。ソフトバンクは広く門戸を開き、人を集めようとしていたんですね。この考えそのものは間違いではありませんが、一方で、これからの当社の採用において母集団形成に躍起する必要はない、と考えるようになりました。それよりむしろ、「当社が求めている人材を探し、こちらからアプローチするのが理想」と捉えたんですね。その方が、よりソフトバンクにマッチした世界中の人材にアプローチできる。
そう考えた背景の1つに、ソフトバンクという会社のイメージのつきにくさが挙げられます。どうしても“携帯電話会社”というイメージが強く、実際に当社がどのような事業を行っているか、学生になかなか正確に理解してもらえていないのが現状です。今後事業をますます拡大していくにあたり、ソフトバンクの世界観を伝えて事業を正しく理解してもらうことが必要ですし、そこに人事の力を注力する必要があると考えたのです。そのため、候補となる方へ積極的にアプローチしていく“攻めの採用活動”へ切り替えることにしました。(下記資料参照)
もちろん、各企業の置かれている状態によって、何を重要視するのかは異なると思います。あくまでも、母集団形成にとらわれる必要がないと考えているのは当社の戦略ですし、すべての会社でその方がいいと言えることではありません。
AI導入は、攻めの採用に時間をかけるため
その流れで、当社は採用にAI(人工知能)を導入することにしました。報道もされていますので、ご存知の方も多いかもしれませんね。具体的にAIは、新卒採用におけるエントリーシートの選考で活用しています。当社ではありがたいことに、ピーク時には月数千ものエントリーシートが送られてくるんですね。それを1枚1枚人事担当者が読み込んで書類選考をするのには時間がかかってしまいますし、候補者となる方へのこちらからのアプローチに時間を割くことができなくなります。また、読み手によってエントリーシートの評価基準の差(評価の揺れ)が出ないとも限りません。そこで、これらの課題を解決するために検討したのが、エントリーシートの評価に「AI」を活用することだったんです。AIに任せることができれば、担当者の人事業務負荷を削減でき、かつ、より公平な選考ができると考えました。
一方で、大きな懸念となったのが、「AIに任せて大丈夫なのか」という応募者側や社会からの不安や反発でした。当社では既にほかの分野でIBMのWatsonを活用していた実績があったものの、この部分については慎重に扱い、議論と検証を繰り返しました。例えば、データのチューニングやテストなどに一番時間を費やしましたね。そして、AIによる読み取りの精度を上げるのはもちろん、「AIで不合格となったエントリーシートは必ず人事・採用担当が確認し合否の最終判断を行う」という仕組みを取ることを決定しました。こうすれば、互いの機会損失となる万が一の事態をなくせるはず、と考えたのです。
2017年5月よりAIによる評価を開始していますが、AIが不合格としたエントリーシートを人事が合格とする割合は全体の数パーセントにしか過ぎず、非常に高い精度を弾き出しています。また、効率化の面でも大きな成果を出しています。これまでエントリーシート2項目のうち1項目の選考に要していたのは約680時間でしたが、1/4である170時間にまで削減できました。
とはいえ、誤解してほしくはないのですが、AIを導入したのは単に人事の時間的負担を減らしたいからだけではありません。先ほどからお伝えしているように、工数削減がゴールではなく、その分「候補者といち早く接点を持つ」「ソフトバンクの事業内容やビジョンを知ってもらう」時間に充てることを目標にしています。つまり、攻めの採用を行うためにリソースを割けるようになり、それが何よりの成果です。
中途採用強化を見据え、10年プランでリクルーターを育成へ
今までお伝えした、AI導入の背景はあくまでも新卒採用での話となります。しかし、根本的な考えは新卒でも中途でも同じだと思っています。今年は、今後の事業展開を踏まえ、中途採用の割合を昨年よりも増やしているんです。当社の事業として「AI」「IoT」「スマートロボット」に注力することを掲げており、これらの分野で知見のある方を中途で採用することを目指しています。いずれも採用が非常に難しい領域ですし、従来の手法にだけ頼っていては限界があります。今は、リファラルやダイレクト・ソーシングなど、さまざまな手法を試している段階です。まだやれていないことが多いのですが、中途採用においても“攻めの採用”という姿勢は崩しません。
中途採用計画の一部ではあるのですが、中長期でコミットするプロのリクルーターの社内育成を始めました。中途採用を強化することはまず間違いありませんので、プロのリクルーター、つまり、外でも一流として通用する人材を育てていきます。リクルーターに期待するのは、“人材への定期的なアプローチ”と“コミュニケーション”。一般的に「タレントプール」と言われていますが、当社でも人材のデータベースを構築しており、例えば、内定を出したが何らかの事情で入社していただけなかった方、起業などの理由でソフトバンクを辞めた方、興味はあるが転職に踏み切れない方などで構成されています。その方たちに、単にメールを定期配信するだけにとどまらず、対面でアプローチできる関係性を作り上げていきたい。継続的に関係性を続け、いつでも入社いただける環境を目指したいと考えています。
【まとめ】
非常にソフトバンクらしい、先駆的な話を多く聞けました。単に目新しいことを始めたという話にとどまらず、例えば、AIの導入では効率化が図れた分は候補者との積極的なコミュニケーションの時間に充てるという、まさに「攻めの狙いと目的」が印象に残っています。AI活用は多くの企業が注目しており、書類選考だけではなく面接など今後導入が期待されています。
また、人事・採用担当者にとって、リクルーターの育成についても非常に大きい関心事ではないでしょうか。源田さんが指摘するように、今後、中途採用は重要性が増す一方と言えます。10年計画でリクルーターを育成するということは、簡単にできることではありませんが、「中途採用を専門に行い、人材にダイレクトにアプローチできる人材」の育成は、今後視野に入れておいた方がいいかもしれません。
(文/中谷 藤士、撮影/シナト・ビジュアルクリエーション、編集/齋藤 裕美子)