パナソニック、LINE、ニトリによる採用×広報(PR)とは【セミナーレポート】
近年では労働人口の減少の影響もあり、既存の手法だけでは企業は人材を獲得することが難しくなってきました。その状況下で、人事・採用担当者の注目を集めているのが「自社をいかに広報していくか(採用広報、採用PR)」ということ。しかし、自社の魅力をどのように伝えていけばいいのか、頭を抱える人事・採用担当者も多いのではないでしょうか。
そこで、パナソニック株式会社 杉山 秀樹氏、LINE株式会社 青田 努氏、株式会社ニトリホールディングス 永島 寛之氏による講演を実施。モデレーターには、株式会社PR Table 取締役 菅原 弘暁氏を迎え、各社の「採用×広報」の取り組みはもちろん、「令和」における人事の在り方についてディスカッションされました。その様子をレポートします。
採用広報において一番のメディアは「従業員の生の声」(LINE株式会社 青田氏)
私はLINEに入社して約1年半が経ちました。主に採用を管轄しております。今日はよろしくお願いいたします。
LINEの2018年入社者は約700名でして、およその内訳は「60%が人材紹介、20%がリファラルリクルーティング、10%が採用サイト、残り10%がその他」となっています。今年もすでに上半期で正社員・契約社員ですと500名の方々にご入社いただいていますが、今後さらに加速させていくためにも、リファラルや採用サイト経由の比率を高めていきたいと思っています。その決意の表れとして今年の7月1日に、完全にダイレクト型採用に振り切る旨を発表いたしました。
LINEの採用広報として特徴的なのは、「社員による自発的な発信」が行われているということでしょうか。たとえば、『LINE の新卒企画職って何してるの? #弊社のPMはこんなふう』や『LINE の新卒企画職として、私がやってきたこと #弊社のPMはこんなふう』は、新卒3年目の社員から「自分たちで発信したい!」と打診されたことがきっかけでした。ハッシュタグをつけることで他企業のPMの方々が同じテーマで書いてくれるなど、広がりを見せていったのは面白かったですね。この影響を受け、さまざまな部署が「うちでもnote書いていいですか?」と手を挙げてくれています。ポイントは「人事(=企業側)からこういった内容で書いてください」と依頼していないことです。もちろん最低限の広報チェックは入りますが、あくまでも「記載されている数字やfact」が間違っていないかどうか、まだリリース前の内容に触れていないか…など、あくまでも最低限の確認しかしません。あとは、「意図せずに誰かを傷つける内容になっていないか」「誤字脱字はないか」という部分です。内容については各々に委ねることを徹底しています。また、Twitterでの自主的な発信も盛んです。たとえば、7月1日のリファラル強化のリリースを役員が積極的にツイートしてくれたり、「LINEの好きなところを100個挙げよう」というテーマでツイートする社員もいたり。社員自ら発信してくれていることは、採用広報において非常に心強いですね。
私は、採用広報における一番のメディアは「社員の生の声」だと思っています。就職・転職を考えている人にとって社員の発信は最も信頼できるし、広がりもある。企業の一方的な発信とは違い、双方向のコミュニケーションも生まれます。もちろん、業種的にやりやすいという側面もありますが、社員に強制することなく、いかに一緒に盛り上げていけるか。これが広報(PR)における大切なポイントの1つではないでしょうか。
企業話者ではない「I(アイ)メッセージ」を届け、エンゲージメントを高める(パナソニック株式会社 杉山氏)
私は2年半前にパナソニックに入社しました。採用マーケティング・ブランディングの部門を立ち上げ、採用チームと協働しながら進めています。
パナソニックの採用において課題はどこにあるのか、一回整理しました。採用の現場にいると、どうしてもロウワーファネル(意思決定)に目がいきがちです。「採用サイトを格好良くしよう」「面接の場所を工夫しよう」などですね。しかし一番の課題はアッパーファネル(認知関心)からミッドファネル(選択検討)へのコンバージョンにあると思いました。いかに認知させて選択肢の1つにしてくれるか、ということですね。新卒採用の場合アッパーとは1〜2年生を指しますが、まずはお客さま(=学生)を理解しなければなりません。相手を知ろうとすると、つい就職イベントや面接での学生の反応に目がいきがちですが、まだ就職活動を意識していない学生とたくさん話すことを徹底しました。ペルソナを立ててみたり、カスタマージャーニーを作ってみたり…。2年間取り組んでみて思うのは、「インサイトの理解がコンテクストの理解である」ということです。インサイトは心の中の洞察ですが、まだやったことのない意思決定は本当に複雑です。つまり、相手の持っているコンテクストを理解して、そこにどうやったら自社と重ねることができるのか、コミュニケーションをしていくことが大事になると考えています。そこで重要になるのが、「らしさの一貫性」です。コンテンツデリバリーを考えることといろいろな打ち手を考えてしまいますが、常に「何のための施策なのか」「誰に向けて伝えたいのか」など、コミュニケーションがどのポイントを押さえたものなのかを意識しなければなりません。またその際には伝えることの一貫性が求められるのです。
大企業の場合はガバナンスが厳しいですよね。確認のために時間もかかってしまいます。ですから、大企業だからこそ取れる手段で戦っていかなければなりません。当社の場合は、働く一人ひとりの「I(アイ)メッセージ」を届けることを何よりも重要視しています。パナソニックという企業を主語にすることはありません。あくまでも個人に寄り添い、個人のストーリーを発信するように心掛けています。結果的に、エンゲージメント(ソーシャル上の「いいね」や「リツイート」などのリアクション)は2年間で約16倍、ブランドリフトの率も約2倍と数値が上がっています。
エンゲージメントに指標を置くと、他社と比較できるのがいいと思います。単純に何かやればいいのではなく、きちんとそれがターゲット(学生)に伝わっているのか、そしてそれが効果として表れているのか。市場と比較しながら活動を評価・判断していくことが大事だと思っています。
マーケティング視点で、「意外性」「共感性」を大事にする(株式会社ニトリホールディングス 永島氏)
私は人事の経験はあまりありません。ずっとプロダクトのマーケティングをやってきましたが、ニトリに入社してからは人事をやっております。流通業の求人倍率は12.5倍と言われ、これはメーカーが2.0倍、金融・ITは0.4倍とであることを考えると非常に厳しい数字です。この数値をどうしていくかが私たち人事の課題です。これをマーケティング視点で解決してきました。本日はその取り組みをお伝えします。
私は勝手に「レバレッジ採用広報」と呼んでいるのですが(笑)、その採用広報に重要なTIPSは以下の3点だと考えています。
・入社後の活躍ストーリーを提示
・「伝える」よりも「問う」広報
・「意外性」と「共感性」でモテよう
私は採用において、「エンプロイジャーニーを一緒に設計する」ことが何よりも大事だと考えています。会社都合ではなく相手都合を何よりも大事に設定することです。
(株式会社ニトリホールディングス 登壇資料より)
当社では、最初は必ず店舗配属になるのですが、「どのような社会課題に取り組んでいきたいか」ということに対して、学生時代のやってきたことと、ニトリで働くことをつなげてあげるのが人事のミッションの1つだと思っております。そしてその際に重要なのが、「問う」「揺さぶる」ということ。「本当にそれでいいのか」「本質ではどう考えているのか?」などと話を振って、どんどん揺さぶっていくわけです。そのため、ニトリでは採用サイトや四季報に載せたメッセージも、かなり尖がったものをあえてチョイスし、「え、どういうこと?」「自分はどう思うんだろう?」と気付きを与え、ご自身で深く考えてもらうように誘導しています。また、当社では、お客様の課題を捉え、プロトタイプまでつくり上げていく「商品開発合宿」というイベントも行っています。これは「企画ためするには、お客さまのことをわからないといけないし、店舗で働くことが重要だよね」というロジックではありますが、「ニトリって小売じゃないの?一体何屋さん?」と思ってもらえるような努力をしているわけです。
このような取り組みを行っていった結果、ニトリを受ける学生の併願先は、メーカー40%、金融・ITが33%と、採用競合の土俵が変わっていきました。入社者の傾向も「会社で目立ちたい」「自分の夢をかなえたい」と、まさにニトリが求める人物に変化してきたんですね。ありがたいことに学生の人気就職ランキングでも圏外から14位にまで向上しています。採用広報において何よりも大事なのは、適切な人を適切に集めていくことではないでしょうか。単純にランキングを上げることに躍起になるのではなく、どんな学生が必要なのかを考える。そのために、当社の場合は「意外性」を突き詰めていったわけです。その結果、会社が求める人材が集まってくるのではないでしょうか。
令和時代の採用キーワード「個が中心となる世の中」(パネルディスカッション)
続いて株式会社PR Table 取締役 菅原氏をモデレーターに、パネルディスカッションが行われました。
杉山氏:いま採用で起こっている変化として、新卒・キャリアという枠組みは溶けていくと思いますし、副業や出戻りなど「働き方」の多様性も増えていますよね。企業を軸として考えたときに、「遠心力」と「引力」という考え方があります。売り手市場というトレンドや、副業やアルムナイは遠心力、つまり外に向かっていく力に関わるものです。一方で、引力がなければ人が離れて終わりです。遠心力が強まる中で、いかに社内外の人に対しての引力を強め続けていくか。そのために、その会社と働く「意味」が大事になってくると思います。労働条件などの「機能的価値」ではなく、働く場としての「情緒的価値」の重要性が高まっていくのではないでしょうか。
永島氏:当社は社員が5,000人いますが、半分が20代なんです。デジタルネイティブと言われる層って変わってきていますよね。一昨年・昨年は約3,000人の学生と面接してきましたが、世の中の情報を選んで組み合わせて、独特な価値観を形成しているというか、個々人がそれぞれの世界観を持っているように感じます。
これからは、人事業務は「組織管理」では通用しないのではないでしょうか。個人個人の道、つまりエンプロイジャーニーを考えていく必要がある。一番大事なのは、オンボーディングではなくプレボーディングになってくるはず。プレからオンまできちんと設計していくことが求められ、これまでのやり方では通用しなくなると思います。
青田氏:活躍している人であればあるほど、「意味」を求めているように思いますね。金銭的報酬よりも、心理的報酬のウェイトが高い。意味が感じられること、ワクワクすることに自分の力を使いたいと思っている。
永島氏:僕らはそういう人たちを見ると打算的だと思いますが、彼らにとってはそれが自然なんですよね。
青田氏:そうなんです。ある意味、どこでも働ける人たちだからこそ、そういった人たちに選び続けてもらえるような企業であることが大切です。だから、企業や人事はストーリーが必要だと思います。私たちは何者なのか、未来に向けてどのようなストーリーを描いていけるかを提示し、「この企業にジョインしたときに楽しそうだな」とイメージしてもらうことができるか、が重要なのだと思います。
永島氏:流通業の場合、自分の仕事に意味を求められます。「商品を作りたい」「インドにニトリを出したい」という個人の意思と、店舗で商品を並べる実際の仕事との間に、ギャップが生じてしまうわけです。つまり、仕事にどうやって意味を与えられるかどうかが重要なんですよね。タレントマネジメントやラーニングの仕組みを醸成していく必要があります。
青田氏:LINEの多くの社員は、LINEで働くことに面白みや意味や挑戦が感じられなければ、社外でも活躍の場所を得る力がある人たちです。なので、場として強い引力や求心力が求められますし、入社したからといって安心ではない。人事は常に危機感を持たなければなりません。
杉山氏:いまの学生の場合、常に「不安」な状態にあるんですよね。どのようなキャリアを描けば「安定するのか」まったく先が見えない世代と言えます。自分の将来がわからないから「いま」を優先する。短期スパンで考える。つまり、企業が「長期でやり続ける意味」を発信しても彼らにとって選択する理由になりにくい。そういう機微を理解した上で私たち人事は発信していかなければなりません。
青田氏:私は10年以上前に、企業の求人広告を作っていた人間です。やはり、広告という時点で「どれだけ信じてもらえるか」をフラットに考えていく必要があると思います。情報の受け取り方がそうなってきており、これは決して無視することはできません。多分、より生々しさやよりレアな情報、そして信憑性が重要になってくるのではないでしょうか。口コミサイトが盛り上がっているのもその例です。
青田氏:ごまかしが利かないんですよね。読み手は「広告用にお化粧はしているけど、すっぴんはこうでしょう?」と見抜いている。読み手は決して甘くはないので、真摯に向き合っていくことが重要ですよね。
杉山氏:個人がnoteやTwitterをやっているだけで信頼性があります。
永島氏:マス向けのメッセージって受け取られなくなっていますよね。そういう意味では、LINEさんのブログって素晴らしいです。書かされた感があると一気に読まなくなりますから。
杉山氏:自分で発信できる人。つまりI(アイ)メッセージですが、これができる人が社内に増えていくことが、そのまま広報力につながっていくと考えます。情報発信を重ねてあらためて突き付けられたんですが、いくら「パナソニックです!」と打ち出しても共感されないんですよね。先に個の想いがあって、共感して、結果それがたまたまパナソニックの人だった、というパターンが圧倒的に多い。「個の価値観や考え」に共感するんです。打ち出し方でエンゲージメントは10倍、20倍平気で数字が変わってきます。個人が自身の想いを語っているだけで一気に変わる。社員の想いがそこにあるかどうかで採用広報の効果が変わってくるのではないでしょうか。
青田氏:日本の人材業界は、顧客の未熟さゆえに成り立っているという側面は否定できないと思います。私たち人事もその丁寧なサポート体制に甘えてしまっている部分もありますよね。手取り足取りフォローいただくから、人事もなかなか学習することができない。私たちはもっと学びを深め、レベルアップしないといけないと思います。
杉山氏:世の中が変化していますよね。オンボーディングではなくプレボーディングから関わっていかなければならない時代。そういう意味では永島さんのキャリアっていいですよね。マーケティングを経験して、HR領域に来ている。その差分で「これってなんでなんだろう?」っていう観点がドンドン出てきますよね。私も社内複業でBtoBマーケティングに携わっていたのですが、そこで大きく知見をアップデートできました。人事って決して人事職だけをやる必要はなくて。マーケターやPRの視点や考え方が活用できます。人事領域だけでアップデートしていくことって厳しい。既存の価値観にとらわれないで、領域を超える経験者が必要になってくるのだと思います。
永島氏:そうですね、採用だけを抜き出してはいけないと思います。学生だけではなく、中途採用、オフボーディング(退職)まで設計していく必要があると思います。それが人事。まさにエンプロイジャーニーにつながっていくのではないでしょうか。
杉山氏:採用を起点に関わる世界が広がっている一方で、軸にすべき指標がわかりにくくなっている現実もあります。例えばブランディング活動において、直接的に採用と相関ある指標はまだ見えていません。加えて、これからは「個社」でやっていてもうまくいかないのではないでしょうか。求職者に向き合っている人たちが共創することで、結果として社会全体の適材適所を実現できるのではないかと思います。
青田氏:ブランディングだけがフォーカスされがちですが、ストーリーを考えていくことが必要になってくるでしょう。「頑張って記事を書きました!」もいいですが、「自社なりのストーリーってなに?」と事業展開を含めて考えていくことが求められていくし、それがHAPPYにつながっていくのだと思っています。
【まとめ】
副業やフリーランス、時短勤務、リモートワークなど、個人の働き方が多様化していく中で、企業は「自社で働く意味」を持たせ、個人ごとに入社後のエンプロイジャーニーを考えていく必要があります。単純に入社してからどうではなく、プレボーディングから捉えていく。まさにマーケティングとしての考え方が求められていくのではないでしょうか。
登壇された企業は、「自社はどういう状態で、これから何を目指していくのか」を踏まえ、各々ができる取り組みを実践されていました。さまざまな施策を行うことは重要ですがそれだけを目的とせず、「これは何を目的にしているのか」「何を実現したいのか」を明確にし、1つずつ取り組んでいくことが大事になっていくでしょう。
自社だけでクローズせず、各社が協業(共業)し採用を行っていく世界は、もう目の前に来ているのかもしれません。
(文・編集/齋藤 裕美子、写真/西村 法正)