専任の採用担当を置かないChatWork。工数をかけてもあえて体験入社を続ける理由

ChatWork株式会社

CLO(Chief Learning Officer) 田口 光

プロフィール

「世界の働き方を変える」というビジョンを掲げ、業務効率改善をサポートするビジネス向けチャットサービス「チャットワーク」を展開するChatWork社。同社のクライアントは、世界200以上の国・地域で約15万社を突破するなど、そのスケールと将来性は国内有数のレベルです。

そんな同社では、現場の声を積極的に取り入れながら、「電話なし」「紙資料排除」など柔軟な発想で効率的な職場環境を構築。こうした前例や既存手法に捉われないスタンスは、採用活動においても一貫していると言います。その一方で、設立当初から採用フローに関しては「1日がかりの体験入社」を徹底しているとのことです。企業にも採用候補者にも時間と手間暇のかかる体験入社をあえて行う理由とは?「採用一瞬、マネジメント一生」と語る、その意味とは? 同社で組織開発を手掛けるCLOの田口さんにお話を伺いました。

「現場主導」の採用活動で、効率的な運用を実現

「現場主導」の採用活動で、効率的な運用を実現

まずは現在取り組んでいる採用プロジェクトと、その達成に向けた採用体制について伺えますか?

田口氏:ChatWorkは現在、海外子会社を含めてスタッフは約81名を数えますが、今後の事業拡大に向けて100名規模の組織を目指しています。ただ採用体制に関して言うと、実は採用専任者というものをあえて置いていないんですよ。

一定の規模に成長したベンチャー企業ですと、採用専任の担当者を配置するのが一般的かと思いますが……。

田口氏:そうですね。かなり珍しいタイプかもしれません。これにはいくつか考えがありまして。ひとつはコミュニケーションコストの削減です。採用専任者をおくと、各部署から情報を収集し、「なぜ欲しいのか?」「どういう文脈で必要なのか?」「欲しい人材像は?」といったニーズを汲み取らないといけませんよね。これは非効率的ですし、社内での調整行為自体がそもそもいらないと考え、当社では採用責任を各部門のマネジャーが持つようにしています。

現場に採用責任と権限を任せているわけですね。

田口氏:少ないリソースで、最大限の効果を生むための発想が、「現場が採用責任を持つ」というスタイルです。2つ目の考えとして、現状の採用フェーズがマスマーケティングに適さないなと思っているんですね。当社の求めるスキルや志向性を組み合わせていくと、一定量の求人広告などを投下すれば、一定量の母集団が築けるといった人物像ではない。ですから、リファラルや人材紹介といったチャネルのほうがマッチしています。

採用要件的に、大規模な採用活動よりも現場主導の採用チャネルが適していると。

田口氏:「母集団をつくる」という業務が発生しないので、専任者が必要ないんですね。媒体の整理ですとか、人材エージェント各社に求人情報を発信するといった管理・整理業務については、人事が1名サポートしています。ただ「マネジャーの本来の職務とは何か? 」を考えた時に、組織における管理監督者ですからね。

これが3つ目の理由になるのですが、職務として労務管理、品質管理、予算管理、工程管理とある中で、人材は大半の要素を占める存在です。そう考えると、「採用」という業務をマネジャー以外の誰かがやっていいのだろうか、ということになりますし、各部門の仕事を最も魅力的に語れて、採用候補者に的確に訴求できる存在というのも、他にはいないのではないでしょうか。

入社段階だけでなく、その後のことを考えてもマネジャー本人が採用を手掛けるべきだとお考えなのですね。

田口氏:人事も深掘りすると専門分野に分かれていきますが、採用だけを切り出した戦略というのはあり得ないなと思っていて。入社前から後々のマネジメントや運用まですべて一貫して考えるようにしています。それに何より、採用した人材と身近でずっと付き合っていくのはマネジャーなので、採用活動に主体的に関わるのはごく自然なことだと思います。

変化の激しいベンチャーでは、カルチャーフィットが重要に

変化の激しいベンチャーでは、カルチャーフィットが重要に

採用責任を現場が持つとなると、面接などの選考方法も各マネジャーに大きく裁量を与えているのでしょうか?

田口氏:面接は現場面談と私や執行役員が行う意思確認面談の2回、その間に体験入社を1日設定するという基本的なフローは一貫しています。ただ、面接自体は「こう組立てよう」といったトークスクリプトは用意せず、マネジャー一人ひとりに任せています。

各マネジャーに一任となると、面接の質にも差異が生まれると思うのですが、その点はいかがでしょうか?

田口氏:当然、個々人で違いは出るでしょうね。ただ、現状と今後の組織フェーズを踏まえると、面接もマネジャーの重要な学習要件だと捉えていまして。多少効率の悪さはありますが、上手くいかない場合にも「どこがダメなんだろう」と考えながら、取り組んでほしいなと。誰かに細かく指示されるよりも、自分で見つけた方法のほうが身になりますから。

全社で共通認識を持つようにしている「採用基準」などはありますか?

田口氏:現在の組織フェーズでは、組織カルチャーや理念にフィットすることが一番重要だと考えています。ある程度成熟した産業に身を置く企業であれば、業務に必要なスキルに大きな変化が起きにくく、「このスキルを持った人材であれば、一定期間パフォーマンスを発揮してくれるはずだ」と計算もできやすい。であれば、スキルや職務フィットが重要になるかもしれません。

一方で、スタートアップやベンチャーですと、これまでにないサービスやプロダクトを開発・提供しているわけですから、外部環境がそもそも不安定です。そうなると、必要なスキルもどんどん変わっていきますし、競争も激しい。とすると、職務フィットは重要ですが、そこだけで判断してしまうと、いずれマッチしなくなる可能性がある。それよりも、会社のビジョンやプロダクトへの共感があれば、社員自身が「変化に対応しよう」と向上心も出てきますし、学習にも積極的になれます。

そうした採用スタイルや採用基準は、以前から明確に固まっていたのでしょうか?

田口氏:試行錯誤や紆余曲折はありましたね。急激に事業拡大した時期などは、効率を重視しすぎるあまり、体験入社の仕組みを取りやめたこともあります。しかし、カルチャーフィットの確認には不可欠だということで元に戻した、という経緯もあるんです。

体験入社制度のベースは、「採用一瞬、マネジメント一生」の発想

体験入社制度のベースは、「採用一瞬、マネジメント一生」の発想

一度は取りやめながらも、あえて復活した体験入社の制度ですが、運用するメリットを伺えますか?

田口氏:メリットは大きく3つあります。ひとつは、先ほどもお話ししたカルチャーや理念に対するフィット感を確かめられること。これは会社・採用候補者の相互にですね。

面接の回数を増やすなどの施策をとるケースもありますよね?

田口氏:面接は、どんなに回数を増やしても1回1時間ほどですよね。短時間であれば、“面接トレーニング”という言葉もあるくらいですから、採用候補者も会社も頑張れば乗り切れてしまいます。ただ、1日一緒に過ごして、ランチをとったり、ディスカッションをしたりすると、トレーニングではカバーしきれない部分が出てくるわけです。そうやってお互いが本質をさらけ出して、“良い悪い”ではなく、“合う合わない”をちゃんと確認しましょうという考えです。

コミュニケーションの時間と機会を1日単位に伸ばすことで、お互いの本質が見えてくると。

田口氏:そうです。それに体験入社を行うと、マネジャーだけでなく、むしろメンバーが主体的に採用に関わることになるんですね。これが2つ目のメリットで、自分たちも採用候補者と一緒に過ごし入社の意思決定をしているので、入社後もきちんとコミュニケーションをとるようになり、面倒見の良さも違います。これは3つ目のメリットにも繋がってくるのですが、入社後のマネジメントコストが低くなるんですね。

マネジメントコスト、ですか?

田口氏:ここ数年、多くの企業が人を採用したいあまりに、採用ハードルをかなり下げている印象があります。そうすると組織文化や職務へのフィット感を確認しきれず、信頼度も低い。その結果、入社後の人材教育はもちろん、「ちゃんと出社しているか?」「業務はどこまでこなせているか?」と、マネジメントコストが膨大にかかります。一方で、体験入社を経て入社したメンバーは、人となりや志向性をきちんと把握できていますから、基本的に性善説のオペレーションで回せるようになる。

信頼に足る人物/会社かどうかをお互いが判断できると考えると、1日かける意味が見えてきます。

田口氏:私がよく使うのが、「採用一瞬、マネジメント一生」という言葉です。採用コストをいくら高くしたところで、せいぜい数週間ですが、入社後のマネジメントにかかるコストって数年単位になりますよね。採用コストを抑えてマネジメントコストが高くなるというのは、本末転倒というか釣り合わない構造になっていると思います。

最後に、採用観点から今後のChatWork社の展開を伺えますか?

田口氏:まずは100名規模の組織になり、上場を目指すというのがひとつの目標です。そうした組織フェーズの変化に合わせて採用手法やツールに関しても、柔軟なスタンスで新しい仕組みを導入したいと思っています。それに、マネジャーの学習に関してもサポート体制を強化していきたい。ですから、組織戦略のあらゆる面で、今後も試行錯誤しながら変化を続けていくのではないでしょうか。

ChatWork社の今後-上場を目指すというのがひとつの目標

【取材後記】

常に効率的な手段を模索しながらも、必要性があれば“非効率”も大切にする。前例に縛られるわけでも、トレンドに乗るわけでもなく、現状の組織フェーズを徹底的に見つめ、最適なオペレーションと手法を選択する。田口さんのお話しを通して感じたのは、目の前のことだけに捉われず俯瞰的な視点=大局観を持つことの重要性でした。変化の続く採用マーケットにおいて、自社はどんな体制を築き、どんな判断をするべきなのか。そうした問いを、常に心に持つことが大事なのかもしれません。

(取材・文/太田 将吾、撮影/石原 洋平、編集/齋藤 裕美子)