世界中から3000応募!日本の中小企業が見出したエンジニア採用の「ブルーオーシャン」
優秀なエンジニアを採用したい。しかし、大手や競合に採用力ではかなわない……。そんな課題を抱える中小企業が増えています。「テクノロジーの解放」を理念に掲げ、法人向けクラウドセキュリティサービス「HDE One」などを開発・販売する株式会社HDEも、数年前まで同様の課題を抱えていた会社のひとつ。
他社と同じ土俵で勝つのは難しいと考えた同社は、「ならば勝てるフィールドを探そう」と独自の“ブルーオーシャン戦略”を実施。東南アジア圏などの人材マーケットを切り拓き、企業成長に繋げています。同社がいかに海外エンジニア採用に取り組んできたのか、人事採用担当と「HDE One」導入/運用部門のマネージャーを兼務する中島義雄さんと、海外エンジニアの採用から入社後フォローまで一貫して対応している細山田理摩さんにお話しを伺いました。
事業メリットにも繋がった「日本語不問」の海外エンジニア採用
中島氏:2013年から検討を始め、2014年に本格的に動き出しました。
中島氏:正直言いますと、最初は海外エンジニアの採用はまったく頭になかったんです。当社は96年の創業以来、IT企業として20年以上、純国産のチーム体制で事業を展開してきました。私が入社した頃は社員数60名程度で、毎年2~3名の新卒採用を行い、中途も年間10名ほどの採用を目指していたと聞いています。ところが、年々日本人の優秀なエンジニアの採用が難しくなってきまして。
中島氏:当社もそのシンプルで大きな課題にぶつかった形です。「当社のカルチャーに合う優秀な開発者を採用したい、でもネームヴァリューのある企業に勝つのは難しい、じゃあどうしようか?」と、お尻に火が付いた状態で解決策を模索していました。
中島氏:とはいえ、「日本語力の高い海外人材」だと、結局日本人エンジニアの採用と似たようなレッドオーシャンが待っていて、また採用力で負けてしまうよねと。そこで、採用要件を「日本語能力は不問」にして、日本に興味を持ってくれている優秀な人材にリーチしていこうという「ブルーオーシャン戦略」が生まれたわけです。
中島氏:正直言いますと、やはり最初は不安の方が大きかったですね。私を含めて既存メンバーが英語力に長けていたわけでもありませんから、「スタッフ同士で意思疎通はちゃんととれるかな?」というのは心配でした。ただ、一方で大きなメリットも感じていました。
中島氏:ITの先進技術って、最初は英語で発表されるんですよね。情報の流れるスピードは爆発的に加速していますが、専門家の手で日本語に翻訳されるまで数カ月かかります。これを待っていては他社に置いていかれてしまいますから、「会社全体で英語力を手に入れる」ということ自体が、テクノロジー企業としてアドバンテージになると考えられました。だからこそ、多少の痛みを伴ったとしても新しい採用戦略に踏み出してみようと決断できたのです。不安だった英語力についても、オンライン英会話やTOEIC受験の会社が負担してくれるので、意欲さえあれば、少しずつ改善できますしね。
東南アジアの学生が教えてくれた「日本企業」という強み
中島氏:まずはアジア・東南アジア圏からスタートしました。ただ、これにはいくつか偶然も重なっていまして。ちょうど当時、日本に留学中の台湾人とインドネシア人の学生がアルバイトで入社してくれていたんですね。当然ですが、彼らはローカルの言語ができて、現地の大学のレベル感も把握していますから、市場調査に協力してもらえないかと相談したのです。
中島氏:本当に幸運だったと思います。そのアルバイトスタッフたちと人事がチームを組んで、情報収集を行いながら、2014年にインドネシア・台湾・ベトナムに飛びまして。現地の大学や学生団体などに飛び込み営業のような形で、「エンジニア採用を検討している」と話を持ち掛けたり、ローカルの採用系SNSなどに書き込みを行ったりと、地道な活動からスタートしました。
中島氏:これが想定以上の高反響だったんですよね。開始後早々にインドネシアのある大学で、「校内で行うジョブフェアに参加しないか」と声をかけていただき、ブースを出してみたところ、まず対抗馬となるような日本企業はほとんどいない状態でした。それに、特にエンジニア層は日本のサブカルチャーやジャパニメーションに興味を持っている人が一定数いまして、企業の知名度はほぼゼロにも関わらず1日に100件以上の問合せやエントリーを得ることができました。
中島氏:これは今も変わらないんですが、例えば本社オフィスを紹介するだけでも、「渋谷?あの渋谷で働けるの?」「秋葉原は近い?」と盛り上がってくれるんですよね。「日本は思った以上に人気があるんだな」と驚くほどです(笑)。
細山田氏:入社してくれた海外エンジニアに話を聞くと、「日本企業」という点が興味のきっかけになり、その上でCEOの小椋がCTOを兼任していることでエンジニア主体の環境づくりがなされていることや、自社製品を開発できることなどが魅力的なポイントになっているようですね。
細山田氏:製品そのものや開発ジャンルよりも、むしろ「常に新しいものを創り続けられる」という開発プロセスや、GOやPythonなど新しい言語を積極的に取り入れる柔軟な開発環境の方が、刺さっている印象です。
細山田氏:他にも、当社では以前から海外のテック系イベントなどに経営者が自ら参加してピッチイベントなどを行っているんですね。こうした取り組みも、地場の学生さんや現役エンジニアとのネットワークづくりや情報収集に大きく役立っているなと感じています。
カルチャーフィットする人材は、世界にいた?!
中島氏:現在は、約180名の従業員のうち2割程度が外国籍のスタッフで、特に開発チームに関しては5割強を海外エンジニアが占めるようになっています。昨年は世界87カ国から年間2000~3000件の応募をいただいて、新卒採用8名のうち7名が外国籍の人材でした。
中島氏:東南アジア圏での採用開始後、ありがたいことに当社の口コミが自然発生的に広がり、応募数も拡大が続いています。これはブルーオーシャンに行ったからこその恩恵だと思いますね。
細山田氏:エンジニア採用では、まずスキルチェックのために応募者全員にオンライン上で「Admission Challenge」というプログラミングテストを受けてもらいます。すべて回答するのに約2日かかるほどのボリュームで、これを通過するのが約1割程度です。
中島氏:課題のレベルも、当社のエンジニアが「かなりの難問」とうなるほどで、これをクリアした人材は技術力もモチベーションも非常に高いです。また、カルチャーフィットするかどうかをお互いが見極められるように、渡航費や滞在費をすべて当社が負担して6~8週間一緒に働いてもらう「グローバル長期インターンシップ」というものも100%行うようにしています。
中島氏:当初はそれも不安材料だったのですが、今は「国内よりもカルチャーフィットする人材が多いな」という印象です。
細山田氏:それは私も同感ですね。当社は「どんどん挑戦して、どんどん失敗しよう、どんどん勉強していこう」という文化なのですが、海を渡って日本で働こうというエンジニアたちは、そもそも挑戦のために大きな一歩を踏み出してくるわけですよね。チャレンジ精神のベースが出来ているので、入社後もどんどん自走していけますし、環境にもなじみやすいのだと思います。
細山田氏:もちろんあります。海外ではなじみのない労務制度などをはじめ、外国籍のスタッフが働く・暮らすうえで不安の種になるものを見える化したり、個別に1on1セッションの機会もつくるなど、フォローアップには力を入れています。それに既存社員の英語力向上にもまだまだ注力していく必要はありますね。現状も、語学研修や打ち合わせに通訳を同席させるなど、状況によってスムーズにコミュニケーションがとれるようにしています。今後は既存社員と外国籍のスタッフがより密にコミュニケーションがとれるような仕組み作りも、さらに強化していきたいですね。
中島氏:多様性の確保は、会社に非常にいい影響を与えてくれます。ですから、外国籍のスタッフに限らずワーキングマザーの方など何らかの制約がある方でも、あらゆる人が働きやすい環境をつくっていきたいというのが、全社的な方針です。そしてこの取り組みが進んでいけば、国内外での採用力向上というのも後からついてくるのではないでしょうか。
【取材後記】
新たな採用マーケットを切り拓くためには一定以上の採用コストもかかるもの。実際、株式会社HDEのような採用戦略を行っている競合はまだ数えるほどです。しかし、「今後、日本の労働人口は確実に減少していくわけですから、10年先を見据えた先行投資と考えれば、十分取り組む価値があります」と中島さんは語ります。海外人材や女性の活躍推進といったダイバーシティへの取り組みが、企業規模や知名度を越えた強力な採用力を生み出すカギになる。そんな時代がすでに始まっているのかもしれません。
(取材・文/太田 将吾、撮影/加藤 武俊、編集/岩田 巧)