無意識な「年齢制限」で優秀人材を見逃していませんか?-元リクナビNEXT編集長 黒田氏
空前の売り手市場と言われる昨今。「よい人材を採用したい」と考えて、スカウトの採用候補者抽出や求人広告の応募資格を細かく設定するものの、思うように応募が集まらず、結果的にやむなく採用候補者を広げることになる。逆に採用候補者を闇雲に広げて応募数は集まったものの、結局外的条件で振り落とさざるを得なくなる…。そんな行ったり来たりのスパイラルに陥っている人事・採用担当者の方の悩みをよく聞きます。そんな中、求める人材を「性別、年齢、学歴、経験などの外的条件で絞ってしまうことは、事業を推進する上で機会損失につながるリスクがある」と、元リクナビNEXT編集長で、ルーセントドアーズ株式会社黒田真行氏は指摘しています。自社で活躍する人材を獲得するためのポイントとは?その真意に迫ります。
根深い「35歳転職限界」の実態-年齢というモノサシを過剰重視し続けるのはなぜか?
黒田氏:理由は4つあると思います。
まず1つ目ですが、かつての日本企業は年功序列で、年齢が高い人を採用するとそのぶん高い給料を払う必要がありました。今では多くの企業で実力主義の評価制度が採用されているので、年齢と給与が連動しないことも珍しくありません。それでも、当時の年功序列の給与体系を引きずっている企業は依然として存在している。特に日系大手企業に多いように思いますが、「年齢が高いとそのぶん多くの給与を払わないといけない」という思い込みが根強く残っているのかもしれません。
黒田氏:そうですね。2つ目は、過去にミドル・シニアを採用してうまくマネジメントできなかった失敗体験のトラウマが企業側に強いケースがあります。社風にあうかどうか…ですね。一般的に、年をとると過去の成功体験や自分のスタイルに固執する傾向は高くなりますが、それはあくまで傾向の話で、実際には個人差は大きくなっています。単に人材の見極めがうまくいかなかった経験に固執しすぎて、ミドル・シニアに拒絶反応を持つのはもったいないと思います。
3つ目は、人事・採用担当者が「30代や40歳前後の管理職に、年上の部下を任せるには荷が重いだろう」「敬語でマネジメントするのは大変だろう」と過剰に忖度してしまうケースですね。これも“年功序列”の考え方が根深く残っている影響かもしれませんが、自社のマネジメント階層に対する自信のなさがミドル・シニア層の拒絶感につながっている可能性があります。「35歳転職限界説」が厳然と維持され、壁の崩壊が進まない裏側には、これらの理由があると考えています。
そして4つ目。年齢・学歴などの「相対評価軸」を用いたほうが、人事・採用担当者にとって作業効率が高く見える、ということも挙げられると思います。部署ごとの業務の詳細やそこで求められるスキルを深く理解していない場合、年齢や学歴といった属性でフィルタをかける方が手っ取り早いということです。経営者、人事・採用担当者、現場責任者など、関係者全員にとって、年齢という軸がイメージを共有しやすいという側面もありますし、若い方が「長く働いてもらえる」という意識が働いてしまう側面もありますね。
しかしながら、自社の事業を推進していく上では、募集時に「今回募集するポジションに、本当に年齢的な制限は必要なのかどうか?」を徹底的に検討していただきたいと思います。職種や組織構成の都合で、どうしても年齢の制約が必要なケースは確かにありますが、むしろそちらのほうがイレギュラーではないでしょうか。こういう機会損失が起こる背景には、経営戦略と人事戦略がリンクしていない課題を抱えている企業も多いようです。
「北風と太陽の話」でたとえれば、太陽であるべき
黒田氏:そもそも、企業がスカウトメールを一斉送信する方法は、北風と太陽の話にたとえれば、完全に北風型のマーケティング手法です。企業が一方的に欲しいと思った人材群に、ラブレターをばらまいていくという、ある種の物量作戦ですね。企業が欲しいと思っている人材が何を求めているかということは無視されてしまっている状態です。
これでは、自分が好きで付き合いたいと思っている人に一方的に、「私はあなたが好きです。一緒に暮らしてください」という一方通行なメールを送っているようなものです。自分が好きな人が本当は何を望んでいるかを聞こうとしたり、想像しようとする姿勢が見えないままに、求婚しても成功しません。本来であれば、相手が何を望んでいるかちゃんと調べてアプローチの準備をしますよね。ペルソナ設定が重要だと言われているのはこのことからです。
経営・事業戦略と人事戦略が紐づいていないまま採用活動を進めると、作業効率が高いように見える年齢や性別などの要件で絞り込んでしまい、さらに相手の気持ちを思いやることのないまま一方通行な情報発信を行ってしまい、結果に結びつかないという悪循環に陥ってしまいます。
黒田氏:企業側もこれからは「自社がほしい人材をどう集めるか」よりも、「自社がほしい能力を持った人材にどうやって選ばれるか」という視点で考えたほうが結果につながりやすいと思っています。
先ほどの北風と太陽の話でたとえれば、太陽型のアプローチが重要です。力技で強引に押し付けるよりも、相手の気持ちを丁寧に考えて提案をしたほうが、求職者に選ばれる可能性が高まる、ということです。
自社がほしいと思う人材に、どんな仕組みがあって、どんなミッション・ビジョンを掲げているかをプレゼンテーションして、能動的に選んでもらえるかどうか。これからの採用には、このプロセスを作り出していくことが不可欠だと考えています。
人事・採用担当者こそ事業成長のエンジンとなるべき
黒田氏:当たり前のことですが事業成長へのコミットは不可欠な前提です。人材要件定義は企業経営の最重要パーツです。「事業を進めるためにこんな人が必要で、その人を育てるためにこんな教育が必要で、組織を活性化するためにこんな評価制度が必要で…」という風に、経営と人事と採用戦略は一気通貫になっているべき。しかし、先ほど申し上げた通り、経営と人事戦略が紐づいていない課題を持つ企業が意外に多い。だから、応募資格を転職希望者の属性で狭めてしまうようなケースが多いのだと思います。
黒田氏:そういう背景事情はあると思います。また、人材紹介サービス会社や求人広告の営業から「どんな人がほしいですか?」と口頭で聞かれると、「性別、年齢、学歴、年収レンジなどを回答しないといけない」という慣習的なバイアスがあるため、ついわかりやすい基準で話しがちです。もしかすると無意識的に「35歳まで」「大卒以上で」と答えておられるケースも多いのではないかと推測しています。
黒田氏:その通りです。そもそも人事・採用担当者こそ、経営戦略や部署ごとの役割を深く理解して組織を構築していくキーパーソンだと考えています。日々変化していく部門の考え方や競合や市場についてアンテナを張り巡らせ、目の前の採用よりもう一つ上のレイヤーに目を向けて、経営陣や現場を巻き込んでいる方もたくさんおられます。
「事業が前に進むためにはどんな人材が必要か」を自分で考えた結果、もしかすると、現場からの要請に反して「人を採用する必要がない」という結論に至る場合もあるかもしれない。既存のメンバーを育てれば十分と判断して、「採用に無駄なお金をかけなくても大丈夫です」という提案をした採用担当者も知っています。その方は、真に事業にコミットしているのだと思います。
黒田氏:もし、今の会社を自分が身銭を切って経営しているとしたら、固定費にインパクトのある人材採用にはかなり慎重になって、採用の必然性を自分なりに考え抜いて意思決定するはずです。それと同じような当事者意識を持つよう意識するだけでも、コミット度の高い採用につながっていくはずだと思います。
【取材後記】
「経営はあくまで経営者の仕事。人事部門はそこまで踏み込むべきではない」。そう考えている人事・採用担当者の方もおられるかもしれません。しかし、求める人材を振り向かせるためには、まず人事・採用担当者が事業の推進にコミットする必要があります。「事業を推進するために、どんな人材が何人必要なのか」を自分で考え、経営層や現場が考えている要件と違うのであれば、周囲へのヒアリングを通じてその要件を言語化して、関係者を説得していく。そういう努力の積み重ねによって、年齢や学歴などにとらわれない「新しい求める人材像」を提示することができるようになるのではないでしょうか。自社にとって必要な人材像の定義をぜひ改めて検討する機会としていただければ幸いです。
(制作協力:サムライト株式会社)