ノーレイティングとは「ランク付けしない」新たな評価制度。事例や導入方法を解説

d's JOURNAL
編集部

従来の人事評価制度とは異なり従業員をランク付けして評価しない、ノーレイティング。

ビジネス環境がめまぐるしく変化する時代の中で、変化への迅速な対応が求められている中で、従来の人事評価制度の問題点を解決するものとして、多くの企業が関心を示しています。

この記事では、ノーレイティングの概要やメリット・デメリット、導入方法などを、実際に導入している企業の事例とともに紹介します。

ノーレイティングとは?

ノーレイティングとは、評価を行わないことではなく、ランク付けしない新しい人事評価制度のことです。従来のように従業員を期末や年度末に「S」「A」「B」「C」といったランク付け(レイティング、rating)するのではなく、リアルタイムの目標設定とフィードバックを実施する中で、その都度評価を行います。ビジネススピードや仕事の進め方の変化、従業員同士でコラボレーションする機会の増大などの背景から、ノーレイティングという考え方がアメリカで生まれました。GEやGAP、マイクロソフトといった大手グローバル企業の多くが既に年次評価を廃止したこともあり、日本の企業もノーレイティングに関心を示しています。

従来の人事評価制度「レイティング」の問題点

ノーレイティングが生まれる前の、従来の人事評価制度であるレイティングには、主に4つの問題点が挙げられます。

従来の人事評価制度「レイティング」の問題点

問題点①:個性のある優秀な従業員が評価されない

既存にとらわれない新規事業の開発など、企業を取り巻く環境が大きく変化している中、特定の分野に長けた従業員など、良い意味で「尖った」人材が求められています。しかし、レイティングでは画一的な基準に基づいて相対的に評価が行われます。そのため、いくら1つ突出しているスキルがあったとしても、会社全体で見ると評価が低くなることもあるかもしれません。適切な評価が行われていないことを不満に感じた場合、自分を評価してくれる企業に転職する可能性があります。

問題点②:大多数の従業員のモチベーションが上がりにくい

従来のレイティングでは、「どのランクに何人の従業員がいる」「それぞれのランクに何人の従業員がいるべき」といった前提で評価をします。仮に5段階のレイティングを行った場合、そうした大多数の従業員の評価は「B評価」や「C評価」といった中間的なものに集中します。中間的な評価では、企業から自分への期待などを実感するのが難しいため、なかなかモチベーションは上がりません。

問題点③:従業員の成長が阻害される可能性がある

従業員の成長を促すことを目的に、として現状の評価制度であるレイティングを導入しているケースも多いでしょう。しかし、ある脳科学の研究結果によると、レイティングを行うことで実際には従業員の成長を阻害する可能性があるという指摘がされています。常に上司や周囲からの評価を気にしたり、想定とは違う納得のいく評価をもらえなかったりすることで、「失敗するのが怖いから挑戦しない」「努力しても必ず評価されるわけでない」「他人の成功を脅威に感じる」といったマイナスの思考パターンが形成され、パフォーマンスの低下につながる恐れがあります。また、同僚への批判など、必要以上に周りへの攻撃が行われ、組織運営に支障をきたす可能性もあります。

問題点④:評価がワンテンポ遅れる

レイティングは通常、期末や年度末といったタイミングで、過去の出来事を振り返りながら行われます。そのため、評価結果は「今の自分」への評価ではなく「過去の自分」への評価となります。過去を評価されることで、「現在の自分」を見てもらえず、評価に納得できない可能性があります。また、今後の企業の中核を担う20代・30代の社員は、SNSを始めとしたリアルタイムでのコミュニケーションに慣れている世代のため、ワンテンポ遅れた評価では、かなり後ろ向きに評価をされているように感じてしまうでしょう。

ノーレイティングに必要な新しい「パフォーマンスマネジメント」とは

ノーレイティングという新しい人事評価制度の根底にあるのは、新しい「パフォーマンスマネジメント」の在り方です。パフォーマンスマネジメントとは、「社員の能力やモチベーション向上」と「成果生み出すためのマネジメント」を同時に行うことを目的とした、企業と個人の持続的成長を促す人材マネジメント手法のことです。目標管理制度と人事評価制度を一括りにしたものとも言えます。ノーレイティングに必要な新しいパフォーマンスマネジメントの5つの原則を紹介します。

原則①:リアルタイム

従来のパフォーマンスマネジメントでは、期末・年度末に行われるフィードバック面談により、半期・年度単位で従業員を評価してきました。一方、新しいパフォーマンスマネジメントでは、半期・年度単位での評価をやめ、必要なときにリアルタイムで目標設定やフィードバックを行うことを原則としています。決まった時間軸に縛られることなく、臨機応変かつ継続的に上司と部下が1on1で対話することが求められています。

原則②:未来志向

従来のパフォーマンスマネジメントでは、フィードバック面談の時間の大半を過去の振り返りのために費やしてきました。一方、新しいパフォーマンスマネジメントでは、一人ひとりの成長を促す目的で、過去の評価をするだけでなく、未来に向けた成長を意識したフィードバック面談を行うことを原則としています。上司と部下での1on1の対話では、短期的な目標だけでなく、キャリアプランなど中長期的な目標についても話し合うことが必要とされています。

原則③:個人起点

従来のパフォーマンスマネジメントでは、まず会社起点で目標を立て、それを部門目標、部署目標、個人目標へと落とし込んでいました。一方、新しいパフォーマンスマネジメントでは、企業を取り巻く環境の変化に迅速に対応するため、個人起点で目標を立てるのを原則としています。個人起点で変化に合わせて目標設定を繰り返しながら、そこに企業の目標も織り込んでいくという柔軟な対応が求められています。

原則④:強み重視

従来のパフォーマンスマネジメントでは、プロセスを重視した画一的な目標管理が重視されてきました。一方、新しいパフォーマンスマネジメントでは、従業員の多様性を前提に、一人ひとりの強みを重視することを原則としています。そうすることで、従業員のモチベーションを高め、自発的な行動を促すことが期待されています。

原則⑤:コラボレーション促進

従来のパフォーマンスマネジメントでは、社員間での競争を促し、成果につなげようとしてきました。一方、新しいパフォーマンスマネジメントでは、目標の共有や強みの相互理解を前提に、社員に競争ではなくコラボレーションを促すことを原則としています。そのためには、スタッフ間のコミュニケーションの活性化を促すといった形で、上司がリーダーシップを発揮することが求められています。

パフォーマンスマネジメントの原則の変化

従来の原則 新しい原則
評価する時期 半期・年度単位 リアルタイム
フィードバック 過去指向 未来指向
目標設定の仕方 会社起点 個人起点
重視すること プロセス重視 強み重視
推進すること 競争 コラボレーション

ノーレイティングの導入方法

実際にどのようにノーレイティングを取り入れればよいのでしょうか。導入方法を紹介します。
ノーレイティングの導入方法

導入方法①:課題の分析

ノーレイティングを導入する際、まずは現在の人事評価制度にどのような課題があるかを認識する必要があります。課題が何かを確認したら、原因を分析し、対策方法を検討しましょう。ノーレイティングにより改善が見込めるようであれば、制度の導入について検討を始めます。

導入方法②:信頼関係の構築

せっかくノーレイティングを導入しても、部下が上司を信頼していなければ制度は十分には機能しません。そのためノーレイティングの導入前には、上司と部下の間で信頼関係を構築しておく必要があります。日々の業務の中で上司が部下に関わる機会を増やす、評価とは切り離した形で上司と部下の1on1での対話を試験的に始めるといった対応をし、信頼関係の構築に努めましょう。

導入方法③:評価する側の意識改革

ノーレイティングはこれまでの人事評価制度とはまったく異なるものであるため、評価する側は変化に対応する必要があります。また、従来の人事評価制度に慣れている場合、評価する側の意識を変えるのが容易でないケースも考えられます。そのため、管理職を対象とした研修や360度評価などの実施により、評価する側の意識改革を行いましょう。

導入方法④:実施内容の検討

次に決めたいのが、実際にどのようにノーレイティングを実施するのかについてです。「移行期間をどの程度設けるのか」「いつ本格導入するか」「面談の頻度や時間はどうするか」など、実施内容を検討しましょう。

導入方法⑤:新たな表彰制度の構築

ノーレイティングには対話を通じて従業員の成長を評価するとい側面もあるため、これまで通りの表彰制度を続けていては、自社への従業員の功労を十分に讃えることができなくなることが想定されます。そのため、従業員同士で感謝の気持ちを伝え合う「サンクスカード」など、新たな表彰制度を構築する必要があります。

導入方法⑥:従業員への周知

ノーレイティングを効果的に運用するためには、従業員一人ひとりが新制度をよく理解した上で賛同している必要があります。そのためノーレイティングの導入前に、従業員に対して「どういった制度なのか」「どのようなメリットがあるのか」といったことを十分に説明することで、一人ひとりの不安や疑問点を解消し、新制度への理解と協力を得ましょう。

導入方法⑦:制度の導入

実施内容が決まって従業員への周知も終わったら、ノーレイティングを導入することができます。実際に導入して初めて課題が明らかになるケースもあるため、何か不都合があるとわかった時点で、制度の改良を検討しましょう。またノーレイティングのスムーズな運用のため、研修の実施やコミュニケーションツールの提供といったサポートを人事主体で行うことが企業側には求められます。

導入方法⑧:決定権の委譲

ノーレイティングでは従来のように明確な評価基準に基づくランク付けが行われないため、従業員の報酬や昇進といった処遇に関する決定権を、評価する側に一部委譲する必要が出てくる可能性があります。上司と部下との信頼関係や評価への従業員の納得感を維持するためにも、必要に応じて決定権の委譲を検討しましょう。

ノーレイティングのメリット

従来のレイティングと比較して、ノーレイティングには4つのメリットがあります。

環境の変化に対応しやすい

企業を取り巻く環境の変化のスピードは速く、従来のレイティングではその変化の速さに実際の評価が追いついていない状況でした。一方、ノーレイティングでは頻繁に上司と部下の1on1での対話が行われるため、環境の変化に対応しながら、リアルタイムに部下を評価することが可能です。そうすることで、「今この部署にはどういうメンバーが必要か」に気付くことができますし、これまで評価されてこなかった従業員が注目されるようになるといった効果も期待できます。

目標設定や評価への納得感が高まる

従来のレイティングでは、従業員は部署目標をもとに半期・年度単位で個人目標を設定し、期末・年度末に評価を受けていたため、「自分でイチから考えた目標ではない」「今の行動ではなく何カ月も前の行動が評価される」といったことに不満を抱く従業員もいました。一方、ノーレイティングでは上司と部下の1on1での対話の中で、リアルタイムに目標設定をし、評価を受けることができます。それにより、「今の自分の状況に合った目標を上司と相談しながら設定できる」「今の行動や頑張りが評価される」と従業員が感じ、目標設定や評価への納得感が高まります。

従業員のモチベーションが向上する

従業員が成長していくためには、高いモチベーションを持ちながら仕事に臨むことが重要ですが、従来のレイティングでは、逆に従業員のモチベーションを下げてしまう可能性がありました。一方、ノーレイティングの場合、リアルタイムに目標設定と評価を行うことで従業員の納得感が高まるため、「もっと能力を高めたい」「もっと会社のために貢献したい」という気持ちが生まれ、モチベーションが向上します。従業員のモチベーションが向上することにより、生産性の向上も期待できます。

働き方の多様化に対応しやすい

近年、裁量労働制や短時間勤務、在宅勤務など、従業員の働き方は多様化しています。従来のレイティングでは、事前に決められた一定の基準のもとに評価が行われるため、そうした多様な働き方に完全に対応しきれないというケースもありました。一方、ノーレイティングでは、上司と部下との1on1の中で、一人ひとりの状況に合わせた目標設定と評価ができます。対話を通じて、臨機応変な対応が可能であることから、働き方の多様化にも対応しやすいと言えます。

ノーレイティングの課題とデメリット

ノーレイティングにはさまざまなメリットがある一方で、課題やデメリットもあります。

上司の負担が増す

従来のレイティングでは、上司が部下にフィードバックや評価を行うのは期末・年度末といった決まったタイミングだけだったため、上司の負担はそれほどありませんでした。一方、ノーレイティングでは頻繁に部下と1on1で対話をするため、そこに多くの時間を費やす必要があります。特に、上司がプレイングマネージャーである場合、その負担感は大きいとされます。しかし、1on1での対話の量と質によりノーレイティングの成否が決まるため、多少負担が増しても必要に応じて周囲のサポートを得ながら、質の良い1on1での対話をある程度の回数行うことを上司に意識させしょう。

上司に高いマネジメント能力が求められる

従来のレイティングであれば、事前に決められた明確な評価項目・基準のもとでランク付けするため、上司が部下を評価することは比較的容易にできました。一方、ノーレイティングでは明確な評価項目・基準が設定されておらず、上司に判断が委ねられています。上司のマネジメント能力が不足していると、下された評価に対して従業員が不満を抱く可能性があることから、上司にはこれまで以上に高いマネジメント能力が求められます。評価する側のマネジメント能力を高めるため、管理職を対象に360度評価を実施して自分に不足している能力が何かを本人に認識させ、コーチング研修などでマネジメントに対する意識改革を行いましょう。

現場が混乱する可能性がある

従来のレイティングであれば、一度決めた目標は変わらないため、従業員が「何をすれば良いのか」「どういった姿を目指すのか」は明白でした。一方、ノーレイティングでは上司と部下の1on1での対話の度に、そのときどきの状況の変化に合わせて目標が変化していきます。そのため場合によっては、従業員が目標・課題を見失い、現場が混乱する可能性があります。何よりも大事なのは常に「部署(チーム・グループ)がどのような目標を目指していくか」というミッションを掲げること。必要に応じて面談の頻度を調整する、目標設定に大きく関わるような状況の変化があった場合にはすぐにメンバー全員に伝えるといった対応をしましょう。

企業によっては適さない可能性がある

ノーレイティングは、従来のレイティングとはまったく異なる人事評価制度です。そのため、場合によっては導入が難しいケースもあるでしょう。例として、歴史の長い大企業でレイティングによる人事評価制度が深く根付いているケース、少人数で会社を回しているため1on1での対話に時間を割くのが難しいケース、業務や職種の特性上さほど変化への対応が必要とされないケースなどが挙げられます。本格導入する前に特定の部署のみを対象に試験的に導入する、本当にノーレイティングを導入する必要があるかを慎重に検討する必要があります。

ノーレイティング導入後、報酬や昇進をどのように決定すればいいのか?

ノーレイティングを導入したいと考えた際、人事担当者にとって気掛かりになるのは、評価に伴う給与や昇進。どのように決めると良いか紹介します。

報酬の決め方

ノーレイティングでは年次評価は行われないもの、頻繁に上司と部下が面談を行うため、上司は部下の働きぶりをよく理解することができます。そのため給与や賞与といった報酬は、上司に原資を渡した上で、部下の仕事への貢献度に応じて、上司が部下一人ひとりに配分する金額を決定するという方法がよく採用されています。評価される側も頻繁な面談により自分への評価を実感することができるため、従来よりも自分の報酬に満足することができます。この他、報酬を決める際に「キャリブレーション」と呼ばれる調整プロセスを行う方法、業績をもとに従業員の等級に応じた金額を一律で支給する方法などもあります。

昇進の決め方

従来のレイティングを行っている場合でも、年次評価のみならず、新たな業務を遂行するために必要な能力やリーダーシップなどを総合的に評価した上で、昇進が決められています。そのためノーレイティングを導入しても、昇進の決め方は変わりません。対象となる従業員を総合的に評価し、昇進の有無を決定します。この他、管理職と人事が従業員一人ひとりの成長シナリオを毎年話し合う「タレントレビュー」を通じて、昇進を決めるという方法もあります。

ノーレイティングを導入している企業事例

カルビー株式会社 ~企業に約束した成果の達成具合を評価~

菓子や食品を製造・販売するカルビー株式会社では、上司と部下の間で全従業員が「Commitment & Accountability (C&A、約束と結果責任)」を結んでいます。従来の人事評価制度をやめ、企業への成果の約束とも言えるC&Aの達成具合によって賞与が決定されます。C&Aが公開されていることもあってか、上司と部下の対話や従業員同士で協力する場面が増え、業績向上につながっているようです。

※その他は随時公開予定

まとめ

従業員のランク付けをしない代わりに、上司と部下の対話を重視する、ノーレイティング。

環境の変化に対応しやすい、従業員の納得感やモチベーションが高まるといった多くの効果が期待できる一方で、これまでとはまったく異なる新しい制度のため、課題もあります。

十分な時間をかけて新制度導入に向けた社内の体制を整え、従業員と企業の成長のためにノーレイティングを効果的に活用しましょう。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)

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