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社員一人ひとりの能力やスキルを、中長期的視点でどのように開発・向上させていくか。優秀な人材の育成・確保、組織の活性化など、さまざまな効果が期待できるため、多くの企業が「キャリア開発」に興味・関心を示しています。今回は、キャリア開発とは何かをはじめ、キャリア開発が企業にとって必要な理由や、その具体的な手法などをご紹介します。
「キャリア開発」(Career Development、キャリア・ディベロップメント)とは、働く個人一人ひとりの職務や能力・スキルを中長期的に計画する考え方のことです。「キャリア」という言葉は、「就職」や「出世」、「経歴」といった意味合いで使われることも多いですが、本来は「業務を行うプロセスの中で、能力や知識、経験を“継続的”に磨いていくこと」を指します。そのため、キャリア開発を行うにあたっては、一人ひとりが自分のこれまでのキャリアを振り返った上で、「どのような能力を得るために、今後どういった経験が必要か」を企業と共に考え、実行していく必要があります。
もともと日本企業でのキャリア形成は、高度成長期に定着した「終身雇用・年功序列制度」の考え方が根底にありました。年齢や入社歴によって昇進する、あるいはさまざまな部署に配置させて経営クラスとなる人材へと育成する…といったキャリアが一般的でした。つまり、企業が意識的にキャリア開発を行う必要はなかったのです。しかし近年では、就業に対する価値観や会社と個人の在り方に変化が生まれ、出世を目指すことだけが「正しい道」ではなくなりました。現在では、「社員も自らのキャリア形成を考え、企業はそれを実現するためにサポートしていく」という考え方に変わりつつあります。そのため、キャリア開発に注目が集まるようになり、注力する企業が増えてきたのです。
ここでは、なぜキャリア開発が企業にとって重要とされているのか?3つの理由について説明します。
上記のように、終身雇用の崩壊や、働き方や働くための価値観の多様化といった社会の変化によって、社員一人ひとりが「働く」ことに向き合い、今後のキャリアについて考える機会が増えてきました。その一方で、企業は景気変動の影響もあり、常に変革を起こして走り続けることが求められています。このような状況下において、企業が社員に求めるのは「仕事に対して責任を持てる、自律した人材」であること。会社からの指示を待つだけでなく、自らの強みが何かを知っている上で発揮できる人材こそ、企業の成長に必要です。キャリア開発を通じて社員自身の強み・能力を開花させていくことで、組織・チームの活性化が期待できます。
新しいキャリアを築きたいと考えている転職希望者にとって、「社員一人ひとりのキャリア支援を積極的に行っている企業は魅力的です。企業としても、「キャリア開発」というアピールポイントがあることで、成長意欲のある優秀な人材が自社に興味を持ってくれることを期待できます。また、キャリア開発支援を行っている会社であれば、既存の社員も「会社のために長く働き続けたい」と思うようになり、優秀な人材の定着につながります。
キャリア開発によって、「自律した社員による組織の活性化」「優秀人材の採用・定着」を実現できれば、社員たちの主体的な行動が期待でき、結果的に生産性向上につながっていくと考えられます。またその結果、企業が新規事業に挑戦できたり、変化を見据えた事業戦略を考えることができたりと、さらに成長を加速する原動力となります。
企業が実施するキャリア開発も、とらえ方や進め方を誤ると効果が出ない可能性があります。そこで社員のキャリア開発に取り組むにあたって、企業が注意すべきことをご紹介します。
「こういう人材が必要だから、こういう能力を伸ばす研修を実施しよう」「何にでも対応できる人材を目指すために、全国各地の部署に配属させよう」などといった、企業目線でのキャリア開発には注意が必要です。企業による充実した能力開発の仕組みづくりは重要ですが、「会社に言われたから参加しました」「本当は、自分はこういうことに興味がないのに…」と受け身で参加してしまい、まったく成長につながらないというケースが多々あります。自律的な社員を育成するためには、たとえ会社が用意した制度であっても、「本人が目的意識を持って自発的に取り組める」ことが大事です。キャリア開発はあくまで社員主体で進めるもの。社員一人ひとりのキャリアを実現するためのサポート環境を整えるものだとして認識しましょう。
「新入社員とベテラン社員」「営業職と技術職」「主任と部長」「マネジメント志向とスペシャリスト志向」といったように、社員の属性や志向が違えば、積み上げていくべきスキルや経験はもちろん、目指すキャリアも異なります。いくら企業が立派なキャリアプランを考えて、それに向けた育成計画を用意しても、それに当てはまらない社員が多くては意味がありません。そのためキャリア開発の際は、社員の属性や職種、役職、年次に応じた細かいサポートが求められます。
自ら明確な目標を定めて自発的に行動できる社員もいれば、「今後の目標を見いだせない」「目標を立てたものの、どのように行動すべきかが分からない」といったように、自身のキャリアに関する悩みを抱えている社員もいることでしょう。社員の不安の解消やメンタルヘルス対策として、社員が気軽にキャリア相談ができる窓口を設ける必要があります。近年では、「キャリアコンサルタント」と呼ばれる国家資格を持った専門職を配置し、「キャリア相談」窓口を設ける企業が少しずつ増えてきているようです。キャリア相談の専門職を設置するにはハードルが高すぎる場合は、新入社員に対して同じ部署の先輩社員がフォローする「ブラザー・シスター制度」や、上司以外の先輩社員が、後輩社員の相談に乗る「メンター制度」を取り入れるのも効果的です。
(参照:『ブラザー・シスター制度は早期離職防止に効果アリ?OJT・メンター制度との違いとは』)
(参照:『メンター制度導入のメリット・デメリットとは。 押さえておきたい制度運用のコツも解説』)
いくら企業がキャリア開発支援を行っていても、社員が社内での今後のキャリアを明確に考えられないケースもあります。それは、「企業と社員が友好的でかつ信頼関係で結ばれているかどうか」が鍵になります。「この会社で自分の求めるキャリアが描けない」と社員に思われて、退職につながってしまっては意味がありません。企業としては、まずは社員一人ひとりについてよく知り、信頼関係を構築することが大事です。「この会社で▲▲のようなキャリアを描きたい」「自社の成長のために、●●●のスキルを高め、貢献したい」といった、社員一人ひとりのキャリア開発が、将来的に企業の成長につながるような環境整備が求められます。
実際にどのようにキャリア開発を行っていけばいいのか、具体的な手法を4つご紹介します。
「キャリア開発」と聞いて、一番イメージしやすいのは「研修」ではないでしょうか。これまでにも、階層別研修やマネージャー研修などを実施してきた企業も多いでしょう。上記のように、キャリア開発を成功させるためには、まず社員が自身と向き合い、「自分にはどのような強みがあるのか、またその強みをどう伸ばしていくのか」「1年後や3年後に、どのような経験を積んでいきたいのか」などといったことを認識した上で、キャリアの目標を考えてもらう必要があります。「何をすればいいのか分からない」「キャリアといってもピンとこない」という社員も多い中、最初のきっかけづくりとして行う研修は、非常に有効です。例として、自らのキャリア目標やそのための実施計画(キャリアプラン)を決める「キャリアデザイン研修」、管理職を対象にした「部下のキャリア開発支援研修」、目標とするキャリアの実現に役立つさまざまな知識・能力を学べる「テーマ別の研修」などが挙げられます。
「面談や面接」を行い、キャリアに関する社員の悩み・不安を解決し、最適な方向へ導くことも、キャリア開発を成功させるためのポイントの1つです。社員が自らのキャリアに対する悩みや疑問を解消することで、前向きに業務に臨むことができますし、また企業としても、社員が抱える悩みや不安、不満を明確に把握することで、キャリア開発支援の課題を捉えた上で、解決策を検討することができます。例として、上司や先輩とキャリアについて話し合う「キャリア面談」、キャリアコンサルタントにキャリアに関する助言をしてもらう「キャリア相談」、定期的にキャリア相談を受けられる「キャリアドック」などが挙げられます。これらは、上司と実施する1on1ミーティングとは目的が異なるものとして、別に設定するのが効果的です。
社員一人ひとりが、研修や面談を通じて自分のキャリアについて考えるとともに、企業が自社で積めるキャリアについて社員に示すことも重要です。社員は自分の組織内にあるモデルしか目に入らない場合も多く、さまざまな可能性に気付くことができないケースも考えられます。そこで、「この企業では、どのようなキャリアプランを用意しているのか」「自分が目指すキャリア開発のためには、どういった経験やスキルが必要か」といったキャリアの道筋である「キャリアパス」を、具体的に社員に提示しましょう。企業が用意しているキャリアパスを見せることで、社員はより前向きに考えることができますし、自分の目指すキャリア実現に向けて、意欲的に行動できるようになります。
同じ部署で長く働いているだけでは、習得しにくいスキルや経験もあります。そのため、社員の中長期的なキャリアを考えて、人事異動を実施することもキャリア開発の一環といえます。例として、社員が業務への自己評価や今後のキャリア実現に向けた異動などの希望を申告する「自己申告制度」、異動を希望する部署に対して、自分が培ってきた経験やスキル、強みをアピールする「社内FA制度」、増員が必要とされる役職や職種を社員に公開して希望者が応募する「社内公募制度」、戦略的かつ定期的に部署異動や担当業務の変更を行う「ジョブローテーション」などが挙げられます。
(参照:『ジョブローテーションの目的とは。メリット・デメリット、効果的な期間や導入方法』)
企業がキャリア開発支援を行う際に、活用できるツールを紹介します。最近では、キャリア開発のワークショップも多くありますので、自社にあったやり方を探してみることをお勧めします。
ジョブ・カードとは、「生涯を通じたキャリア・プランニング」や「職業能力証明」の機能を担うツールとして、厚生労働省が推奨しているものです。形式としては履歴書や職務経歴書に似ており、就職活動のほかにも、企業内で行う社員のキャリア・プランニングのツールとしても活用されています。企業がジョブ・カードを活用して社員のキャリア開発を支援し、国が定める一定の要件を満たしている場合は助成金を受けることができます。
(参照:厚生労働省『ジョブカード制度 総合サイト』『雇用型訓練とは』)
キャリアアンカーとは、自らのキャリアを選択する際に、最も大切で犠牲にしたくない価値観や欲求のことです。アメリカの組織心理学者エドガー・シャインによって提唱されました。「安全性」「管理能力」「技術的・機能的能力」「創造性」「自律・独立」「奉仕・社会貢献」「純粋な挑戦」「ワーク・ライフバランス」の8つに分類され、設問に回答してキャリアアンカーの尺度を測る診断テストもあります。社員に「自分にとってのキャリアアンカーは何か?」を考えて発表してもらうことで、各自のキャリア観を知ることができます。
(参照:『キャリアアンカーとは?診断結果の活用法を1分で解説-すぐに使えるチェックシート付-』)
研修は自社で企画・実施することも可能ですが、社員により広い視野でキャリアを考えてもらうために、外部講師を招いた研修の実施も有効です。ワークショップや社外受講生との交流を通じて、新たな価値観に出会えることも期待できます。キャリア開発支援をどのように定め、どのように行っていくのかをコンサルティングする企業もあります。対象とする社員や実施スケジュール、予算に合わせて検討してみましょう。
(参照:パーソル総合研究所『人材開発・社員研修』)
企業がキャリア開発に取り組んでいる場合、一定の要件を満たしていれば、国から助成金を受けることができます。
(参照:『【社労士監修】雇用関連のおすすめ助成金。メリット・デメリットや条件・申請方法とは』)
企業が社員のキャリア形成を促進するための研修を実施し、国が定める要件を満たす場合に助成金が支払われる制度です。助成の種類として、「特定訓練コース」「一般訓練コース」「特別育成訓練コース」「建設労働者認定コース」の4種類となっています。
(参照:厚生労働省『人材開発支援助成金』)
有期のパートタイマーや契約社員など非正規雇用者に対してキャリアアップの取り組みを行い、正規雇用に転換された場合に助成金が支給される制度です。助成の種類として、「正社員化コース」「賃金規定等改定コース」「健康診断制度コース」「賃金規定等共通化コース」「諸手当制度共通化コース」「選択的適用拡大導入時処遇改善コース」「短時間労働者労働時間延長コース」の7つがあります。
(参照:厚生労働省『キャリアアップ助成金』)
社員が自ら考えたキャリアを企業がサポートをする、キャリア開発。企業が社員のキャリア開発を行うことで、自律した社員の育成と組織の活性化、優秀な人材の確保と定着、生産性の向上が期待できます。社員に寄り添ったサポートをさまざまな形で行い、社員一人ひとりに自分の能力を存分に発揮してもらうことで、企業の成長につなげましょう。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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