アクセンチュアの働き方改革。デジタル時代における採用戦略とは【セミナーレポート】

アクセンチュア株式会社

執行役員 人事部長 グローバルマネジメントコミッティメンバー
武井 章敏

プロフィール

「採用氷河期」とも呼ばれるようになった今、企業は採用活動だけではなく、社員のエンゲージメントやモチベーションを高める施策に積極的に取り組むことが求められています。こうした中、自社に大きな変革を起こし、採用力を飛躍的に向上させているのがアクセンチュア株式会社です。
4年前より組織風土改革『Project PRIDE』に取り組んでおり、採用者数もここ数年で1000人を超えています。同社はどのような施策を行い、どのような成果を上げたのでしょうか。また、今後はどのような取り組みを見据えているのでしょうか。そこで、人事部長を務める武井章敏氏に講演いただきました。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を編集・要約した上で構成しています)

コンサルティングファームは「人」が資産。組織風土改革は、必然の流れ

コンサルティングファームは「人」が資産。組織風土改革は、必然の流れ

Disruption(創造的破壊)という言葉が世界中で使われていますが、あらゆる企業・業界で旧態依然としたビジネスモデルの創造的破壊が起きています。今まで思ってもみなかったような企業が、進化するデジタルテクノロジーを存分に活用して、業界や国境、規模などの既存の垣根を越えて、単なる破壊を超えた粉々レベルの変化をもたらしています。そんな中、多くの企業が「事業戦略の見直しが求められている」、「グローバル化なのかデジタル化なのか、次の打ち手を考えている」、「そもそも何から手を付けていいのかわからない…」など、どのように新しいカタチに組み直していくのか模索されているフェーズにあります。私たちアクセンチュアではこういう時代背景に合わせて、クライアントにどのようなサービスを提供すべきなのか、またそれにあたってどのような人材をマーケットから採用していかなければならないのかを考え、戦略を立てています。

現在、アクセンチュアは世界52カ国に約46万9000人の社員がいる総合コンサルティングファームです。このうち、日本の社員は約1万1000人で、北は札幌から南は熊本まで拠点を構えています。私たちの仕事は、企業や公的機関などのお客さまの変革をお手伝いすること。既存ビジネスの生産性の向上、新事業・マーケットの創出の支援などを行っています。最先端の技術を用いながら、お客さまの能力を発展させ、どのように新しいビジネスをクリエイトするか。私たちは製品を持っていません。商材、武器と言えるのは「人」だけで、人がすべての会社だと言えます。その時々で変化するお客さまのニーズに応え続けるためには、アクセンチュア自身も変わっていかなければなりませんし、「人が根源」であるがゆえに採用が事業戦略において大きなウェイトを占めているのです。

では、良い人材を採用するためには何が必要なのか。私たちは社長を筆頭に、真剣に議論を重ねました。その中で生まれたのが、組織風土を大きく変える『Project PRIDE』と銘打った改革です。この背景には、「採用市場が激化する中、良いい人材採用ができなくなる」という大きな危機感がありました。ご存じの方もいるかもしれませんが、かつての当社は、離職率や労働時間などの面であまり良い評判がなく、採用候補者から敬遠されている時期があったんですね。当時は、人材サービス会社から何度も「貴社に推薦はあげられません」と言われました(笑)。先ほどもお伝えしたように、当社は人がすべての会社です。良い人材がいないことは、すなわち事業の衰退を意味します。そこで、私たちは企業のあり方そのものを抜本的に見直しました。他からアクセンチュアがどう見られているかを考え、変えていくことにしたのです。

Project PRIDE

(登壇資料より。アクセンチュア社より提供)

まず着手したのが、『人としての信頼』を醸成することでした。どんなに格好良いことを言ったとしても、やはり人格ができていなければ「あの人がそんなこと言っているなんて…」と思われてしまいます。今さら泥臭いかもしれませんが、挨拶、ビジネスマナーから徹底的に見直しました。やはりこの基礎となる部分を固めなければ、良い制度をつくっても意味がないですからね。経営陣もここには相当こだわったと思います。その上で『6つのコアバリュー』の浸透に着手しました。コアバリューとは、世界中のアクセンチュア社員共通の価値観であり、一人ひとりの日々の行動のよりどころとなるものです。その後、やっと『ワークスタイル』の改革・改善に取り組んだのです。ここが一般的に言われている「働き方改革」に当たるかもしれません。一見、遠回りと思われるかもしれませんが、ビジネスマナーや働く上での価値観を無視して、働き方改革も何もないだろうとの想いがありました。私たちが目指している働き方改革とは、単純に「労働時間を減らしましょう」「休みをたくさん取得しましょう」ということではなく、「生産性の向上」や「一時間当たりのパフォーマンスを上げる」こと。単なる労働時間の削減や、休日日数の増加ではありません。

時間に対する考え方を根本から変革

時間に対する考え方を根本から変革
先ほども述べましたが、以前の当社には長時間労働をよしとする社員が大勢いたのです。確かに、「コンサルティングファーム=忙しい」ということが格好良いとされていた時代もあったかもしれません。しかし、それは全然格好良いことではない。長期的視野で働き続けるのも難しいでしょう。

例えば、メジャーリーガーは練習量以上に「怪我をしない」「よく寝てよく食べる」など、自身の心と体の健康状態を第一に考えているんですね。だから最高のパフォーマンスを発揮することができるわけです。これは労働においても一緒だと考えていて、「今日も明日も残業続き」「夜中まで忙しい」「終電逃しました」など、こういう会話が会社でなされていること自体がおかしいわけです。この考え方を排除して8時間でパフォーマンスを上げることこそ、本当のプロフェッショナルだとメッセージを発する必要がありました。9時間10時間かかっていたことを8時間に短縮するのですから、そうそう簡単ではありません。働き方改革というと、社員が楽できるというイメージがあるかもしれませんが、当社はむしろ厳しいことへの挑戦となりました。社員は業務のプライオリティを徹底的に考え、業務の仕方そのものを見直さなければならなかったのです。

取り組み紹介

具体的な取り組みを一つ紹介しましょう。当社には「生産性向上(時間の達人)のための方程式」というものがあります。コンサルティング業務はどうしても案件難易度に伴い、時間が必要となってきます。しかし、方程式に乗っ取って案件を可視化し、健康の促進を図ることを目指しました。

この方程式に従うと、仕事ぶりが可視化されるので、改善策を見つけることができ、結果、仕事の能力を高めることにつながります。ただ、この方程式を提示するだけでは、一向に社内に浸透しません。そこで当社では、生産性向上に優れた実績を上げたスタッフを「達人」として推薦してもらうように取り組んでいます。そうした達人の具体的な手法を取材してビデオに収め、社員間で共有。すると、社員同士が「こんな取り組みがあるんだ」とシェアする。結果、ジワジワと社内に浸透していくんですね。他の人は、どのようなツールを使っているのか、タスク管理にプライオリティが付けられているのか、指示やレビューはチームの強みを活かしきれているのか…など、仕事の進め方をチェックポイントに従って共有することで、「自分はこうやっていた」「この部分を取り入れてみたら改善されるかも」と自身の仕事を見直すきっかけにつながっていると思います。

また、コンサルティングファームは入社のハードルが高いと思われることが多いので、これらの取り組みを採用候補者にも伝え、入社へのエンゲージメントを高めるようにしています。例えば新卒研修は350時間、トレーニングの投資金額は1000億円(グローバル全体)にも及ぶほど、この基礎能力は重要だと考えています。これらの方程式を参考にし、ニーズに合わせて研修を細かく設定することで、コンサルティングに必要なスキルを習得できますし、万が一、スキルのアンマッチが発生しても、上記の通り改善箇所を明確に示すことができます。安心して業務に打ち込める環境は整っていると言えるでしょう。

こうした取り組みが功を奏し、実際、徐々にではありますが、改革施策が実を結びはじめています。『Project PRIDE』の発足から4年で、離職率は実施前の半分に、有休取得率は70%から85%に、女性比率は22.7%から今春で48%にもなりました(※編集部注:セミナー当時の数値)。

社外においても、『新卒就職人気企業ランキング』で4年前は圏外だったのが、総合13位にランクインするなど、成果が出てきていると感じています。とはいえ、まだ道半ば。何か施策を実施してすぐに成果が出ることはないんですね。働き方改革に近道はありませんから、コツコツと粘り強く継続して取り組んでいくことが大切です。

アクセンチュアの採用―行動量と成果を数値化し、徹底管理

アクセンチュアの採用―行動量と成果を数値化し、徹底管理
続いて、アクセンチュアの採用戦略や具体的な動き方について説明します。当社では採用戦略としてデータアナリティクスを重視し、採用候補者、面接、各種テスト、広告などの効果・スピードをすべて数値化・分析しています。同時に、リクルーティング業務には細かくKPIが課せられており、その達成にコミットする必要があります。KPI数値が下回った場合はもちろん、上回った場合も改善や警告の対象となり、採用活動がうまくいっていないと判断します。KPIを上回るということは、オーバーワークの可能性もあると捉えるからで、あくまで一定のバリアンス(variance)の範囲に収めていることが大切なのです。

なお、日本には数十人のリクルーターがいますが、採用戦略の実現に向けた管理が中心で、書類選考、面接の日時や場所の調整・連絡、オファーの手続きなどのオペレーション実務は中国・大連の専門チームが手がけています。また、採用のPR戦略、クリエイティブに関することはマーケティングチームが行っています。当社では、それぞれ専門性を持ったチームが連携することで、効果の最大化を狙っているのです。

人事組織

(登壇資料より。アクセンチュア社より提供)

また、リクルーティング部分では、役割を「ソーシング」と「採用候補者とのコミュニケーション」の2つに分けており、ソーシング担当者がSNSやリファラル(リファラルリクルーティング・社員紹介による採用)、採用イベントなどで候補者のプールをつくる。ある程度候補者がプールされてきたら、採用候補者とのコミュニケーションを担うリクルーターが最適な候補者をピックアップし、アクセンチュアの戦略や取り組みといった会社や仕事、働き方などを理解してもらう対話を行う…というように役割を明確にすることで、より専門性を発揮しながら効率化を目指しています。チームによっては一人が兼務している場合もありますが、両方ともが行われていることが重要です。その後、現場責任者につなげ面接へと進んでいくフローになっています。

当社はおかげさまで、リファラルリクルーティング(社員紹介による採用)を行っている企業として有名で、「どのようにやっているんですか?」と質問をいただくケースも多いです。実はリファラルに力を入れだしたのはここ数年。正直、最初は簡単ではありませんでした。意識しているのは「すべての社員に対してリファラルというのが当たり前である」ことを言い続けることでしょうか。できる限り社員の声を聞き、紹介しやすい仕組みづくりを心がけたんですね。例えば、「紹介しても決まらなかったら気まずい」という声に対して、推薦者をオープンにするかしないかを選べるようにしました。また「今回残念ながら」というお見送り結果を共有する場合も、「あなたのスキルだとこういう仕事がいいのではないか」など、ご本人や推薦者が前向きに捉えられるように伝えることを意識しています。

また、いきなり紹介するのはハードルが高いと思うので、カジュアルに招待できる会を開催しています。特に、ハードルが高いと考える傾向が高いワーキングマザーや女性管理職、外国籍の社員などに参加してもらい、ありのままのアクセンチュアについて話してもらう会を毎週のように行っています。こういう「気軽に・抵抗なく」参加できる仕組みは重要だと思いますね。いったんこうした文化ができると、新しく入社する人はリファラルを抵抗なく受け入れるようになるものです。もちろん、日常的にキャンペーンなども実施し、社員が常にリファラルに興味を持つ仕掛けも施しています。

改革は続けることが求められる

改革は続けることが求められる
以上が、現在進行形で当社が取り組んでいる組織改革です。今となっては取り組みが非常にうまくいっているように見えるかもしれませんが、最初からうまくいったのではありません。むしろ、最初はほとんど相手にされなかったのが実情です。各部署にKPIを出しても、無関心な状態が1年半は続いていました。ただ、地道に発信し続けているうちに「これは大事だ」「真面目にやろう」という人が1割程度は出てきます。そういう人たちは、真面目に向き合ってくれるので必ず何らかの成果を上げてくれるものです。結果が出た段階で、私たちは大々的にその成果を宣伝しました。いかに時間当たりのパフォーマンスが上がり、女性比率や離職率が違ってきているかを示したんですね。すると、残業時間やボーナス、昇進に明確な差が出ていますので、社員たちが気づき始めます。すると「このままではまずい」となり、あちこちで取り組みがスタートするわけです。1年目で何らかの成果が出て、2年目で関心のなかったチームや部署が追随をはじめ、3年過ぎたところで大半が好転しました。ただし、100%ではないですし、課題やニーズは変化していくものですので、すべきことはまだ多くあります。今後、当社としてはデジタルを活用した採用にもさらにチャレンジしていく方針です。既にAIを活用した履歴書のスクリーニングなどでは導入済みです。グローバル拠点ではさらに多くのことをデジタルで行っていますので、遠からず国内でも導入されていくでしょう。

最後に、当社で求められるリクルーターの質に言及して、セミナーを締めくくりたいと思います。当社のリクルーターには非常に大きな裁量が与えられています。働く場所や時間などの制約はありません。オフィスへの出社の義務もないのです。それぞれがインディビジュアルコントリビューター(individual contributor)として、自律的に動いています。自らタイムマネジメント、タスクマネジメントをするのはもちろんのこと、必要に応じて必要なコミュニケーションを取り、何かを聞かれる前に情報の共有をしています。こうしたことが最低限できた上でのリクルーティングのスキルや経験ということになります。人事スタッフも特徴ある働き方をしているのが、アクセンチュアということができるかもしれません。

【まとめ】

組織のあり方が、これまで以上に採用に大きな影響を及ぼしています。アクセンチュアでは、社員の考え方や価値観も変える、大掛かりな改革を実施しました。単なる残業時間の削減ではなく、「限られた時間で今まで以上の価値を生み出す」生産性の向上を目指し、取り組みの一つひとつを分析して、数値で評価する徹底ぶりです。その結果、組織風土が大きく変わり、リファラルが増えるなどの効果をもたらしました。しかし、最初からすべてうまくいっていたのではないと、武井氏は強調します。優れた取り組みや目標も続けなくては意味がありません。泥臭いことではありますが、結果が明確に見えなくとも、続けることが何より欠かせないと言えるでしょう。

(文/中谷 藤士、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)