カゴメが進める「生き方改革」とは。100年企業が起こした制度改革【セミナーレポート】

カゴメ株式会社

常務執行役員 CHO(人事最高責任者)有沢 正人

プロフィール

トマトジュースやトマトケチャップで知られる、カゴメ株式会社は2012年から人事制度改革が進められ、現在も継続中です。100年近い歴史を持つ同社の中で、社員の働き方やキャリアパス、中途採用戦略など、大きな変革がもたらされています。改革を主導するのは、人事プロフェッショナルとして数々の実績を残す有沢 正人氏(常務執行役員CHO・人事最高責任者)です。今回は同氏に人事改革の全容をお話しいただきました。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を編集・要約した上で構成しています)

すべての人が生き生きと働く「生き方改革」

採用を考える上で最初にお伝えしたいのが、企業は選ばれる側になったことです。これは、新卒も中途も変わりありません。つまり我々は候補者から「選ばれるだけの理由」を作らなくてはならなくなりました。「なぜこの会社なのか」「なぜこの会社で働くのか」という必然性がなければ、入社どころか応募に至らないのです。本日はどのようにしたら「選ばれる会社」になれるのかを中心にお話します。

すべての人が生き生きと働く「生き方改革」

近頃「働き方改革」という言葉を耳にする機会が増えました。応募者からも「御社の働き方改革はどうなっていますか?」などよく聞かれます。当社でも働き方改革を推し進めており、具体的には、生産性の向上、総労働時間の管理、新たなキャリアパスの構築、副業制度、テレワークの導入などを行ってきました。これらは中途採用の方を引き付ける大きなメリットとなります。しかし、働き方改革を考える上での注意点が1つあります。それは、世間で言ういわゆる働き方改革は「会社視点」であるということ。つまり働き方改革を考える際に意識されているのは、会社がいかに「生産性を上げられるか」という視点ですね。

では、個人にとっての働き方改革とはなんでしょう。それは「暮らし方の改革」です。会社は従業員の労働生産性向上を考えますが、個人は自身のquality of life(QOL)の向上を考えるため、多少のギャップが生まれてしまうのです。

暮らし方の改革

(カゴメ株式会社 登壇資料より)

当社では個人のQOLで一番大事なのは単身赴任をさせないこと、つまり、家族と暮らすことと考え、希望の地域に一定期間定住できる「地域カード」を設けました。これについても後ほど詳しくお話しますが、大事なのは会社と個人のマッチングです。時間やキャリアや場所には個人の価値観があります。これからの時代は、個人の思っていることを会社で叶えることができるか、追求することができるかという姿勢がキーとなってくるでしょう。

そして、働き方改革と暮らし方改革の両方を進めると、「生き方改革」にいきつきます。根本にある考えは、「会社に使い過ぎていた時間を、生活者としての個人に振り向けることでより充実した人生を送ろう」という発想です。生活者としての時間とは、自己研鑽や料理、家族との時間などさまざまです。たとえば、育児。当社の育児休暇は、男性も原則2~3カ月の休暇を取ってもらいます。このように、生活者としての時間を充実させ、より生き生きとした人生を送ってほしいとの想いが込められているのです。

仕組みと制度は作って終わりではない

仕組みと制度は作って終わりではない

当社が着手した生き方改革の裏側にある、長期的ビジョンを示したいと思います。まず1つに、「トマトの会社」から「野菜の会社に」というものがあります。カゴメはケチャップやトマトジュースのイメージが強いと思いますが、事業領域を広げ「健康寿命の延伸」「農業振興・地方創成」「食糧問題」などの社会問題の解決を目指します。同時に、当社は女性に支持されている会社でありますから、組織構成も世の中の男女比率にあわせていかないといけない。そこでもう1つ、社員の女性比率を50%にするという目標も掲げています。私が入社した2012年1月時点では当社はプロパー社員で課長以上の女性はゼロでした。かつ、48歳になるまで部長にはなれないという不文律もあったのですが、中途入社の女性を管理職に採用することで根本からの改革に取り組んでいます。

女性比率の向上はダイバーシティとも関係がありますが、当社のダイバーシティはそこではありません。当社のダイバーシティ推進は「持続的に成長できる『強いカゴメ』を作るための経営戦略であり、そのために「異なった考えを持った人」を集めています。なぜかというと、そこに健全なコンフリクトが生まれ、コンフリクトがあって初めてイノベーションが起こると考えるからです。同一性は会社を滅ぼしてしまうこともある。私が人事の責任者になってからは、敢えて「カゴメっぽくない人」を中途で積極的に採用しています。

当社はこれまで新卒一括採用が基本でしたが、この点も変えています。自社にはない高い専門性や風土をもたらすには、やはり中途採用は有用です。中途の方を引き付ける仕組みや制度を作ることは大事ですが、作りっぱなしでは意味がありません。継続的な運用のためには、社内環境、社員のマインドの変革も必要です。新卒・中途関係なく、多様な価値観を持つ人が相互に理解し、尊重し合える土壌づくりも、改革では必須だと強調しておきます。

また、話は少しそれるかもしれませんが、会社はトップから意識を変えてもらわなければならないと考えています。当社では、役員がもっとも研修を受けていますし、近年は社長の給与も公開しました。私が入社した時は例えば執行役員の給与は全員同額だったのですが、これではいけないと役員評価制度ならびに新たな役員報酬制度を導入しました。トップからこうした姿勢を見せることで、社員の意識も変わっていきます。

なお、評価についてもここ数年で一新しました。従業員が働くうえで一番大事なのは、評価と処遇がしっかりしていること。何をすれば評価されるか社員が共有できているかが大事です。評価基準が明確ではないと、「なぜ私はこういう評価なんだ」「他の人より低いのはなぜだ」などと、不満が発生してしまいますよね。評価とは物差しを誰にでもわかるような透明性をもってはっきり決めることがまず出発点です。人事に携わっている方はまずこの点をしっかりやっていただきたいと思います。

あるべき未来の理想の働き方のために、6つの施策を遂行

では、カゴメとして理想的な働き方を推進していくために実施した、具体的な施策を6つご紹介します。毎年新たなことに取り組んでいますので、導入順にお話しましょう。

あるべき未来の理想の働き方のために、6つの施策を遂行

取り組み1/6:スケジューラーの活用

もちろん時間管理をするスケジューラーは以前からあったのですが、紙での管理で空白の人も多かったんです。現在は訪問先や時間、業務内容などを書き込むように徹底。システムと連携し残業時間などは自動的に算出されるようになっています。きちんと書き込んでいれば、極端な話会社に出てこなくても構いません。私はプライベートの予定も書きこんでいますが、ここには仕事を入れるなという意思表示です(笑)。

取り組み2/6:フレックスタイム制の導入

働く個人と仕事内容に応じた柔軟な勤務スタイルが選べるようにし、労働時間の短縮を目指したものです。コアタイムはありますが、実質従業員それぞれに任せています。月をまたぐ時間調整も可能で「8月働き過ぎたから9月は少なめ」という働き方もできます。勤怠管理という古き呪縛から解き放ちました。

取り組み3/6:地域カードの導入

先ほどもお伝えしましたが、当社は配偶者との同居が本来のあるべき姿と考えており、単身赴任は会社の勝手な考えを押し付けていたものだと理解しています。そこで開発したのが「地域カード」です。

地域カードの導入

(カゴメ株式会社 登壇資料より)

今の勤務地に留まるように「動きません」と意思表示できるものと、希望の勤務地に異動するため「動きます」と意思表示できるもの。いずれも2回ずつ行使が可能で、1回の行使で3年間が有効期間です。つまり、社員は3年×2回×2回、計12年希望の勤務地にいることができるのです。この3年2回というのは、当初は子育てを念頭に置いていましたが、今後は介護のことや様々な個人の事情も考慮しなければなりません。このため、介護の場合は期限にこだわらない運用も行っています。つまり制度として明確な決まりはありますが、運用にも柔軟性を持たせているのです。

取り組み4/6:テレワークを推進

勤務場所を会社に限定することなく、どこで仕事を行ってもよいことにしています。情報セキュリティポリシーを重視できる場所というのが一応の決まりですが、逆に重視できない場所は思いつきませんね。在宅勤務は月に10日認めており事前申請は不要。勤務時間の分割も可能です。隙間時間に仕事をすることもできれば、「電車が止まったから今日は在宅にします」という使い方もできます。工場勤務の方はどうしても難しいのですが、働き方の自由を極限まで高めました。マネジメントはどうするのか聞かれることもありますが、それはスケジューラーがあるので難しいことでありません。基本的にはどこで仕事をしようと個人が申告したパフォーマンスをあげていればいいという考えに切り替えています。会社としては任せる姿勢を決断したので、トコトン個人に委ねることにしたのです。

取り組み5/6:副業(複業)の解禁

やはり今後は、カゴメという企業が個人を束縛することなく、「一か所に限定されないキャリア構築の機会」を提供していかなくてはなりません。そこで副業も解禁しました。副業は「複業」との考えを持っており、もはや個人で複数の仕事を持つのは当然だとみなしています。副業は原則何をしてもかまいません。農業をしてもいいし、コンビニでレジ打ちをしてもいいです。余った時間を自己研鑽に当ててほしいという企業もあるようですが、自己研鑽を命じてしまうとその瞬間にそれは業務になってします。ただし、副業を行うにあたり、年間の総労働時間が1900時間未満の人のみという制限を設けました。なぜなら、当社は主たる雇用者なので社員の健康管理義務があるからです。働き過ぎは困るのですが、一方で、労働時間は管理しきれません。そのため、副業をしている社員は優先的に健康管理士の指導を受けられるように徹底しています。

取り組み6/6:様々なキャリアパス

6つめの施策として、これはまだ検討段階ですが、専門職コースの設置があります。当社では管理職になることだけがキャリアアップというのは会社の押し付けであり、個人の自由なキャリア観をより重要視します。これを受け、①マーケットと比較できること ②企業価値を高め、ノウハウを伝承する人 という軸でスペシャリストコースを検討中です。これからはもっと個人にあったキャリアを選択できるようにしていきたいと考えています。

こうした施策を通じ、当社が実現したいのは、「自分の価値観に応じた多様な働き方」の創出です。会社がキャリアを決める時代は終わりました。会社と個人は対等の立場で、個人は会社に対し自身の市場価値を提供し、それに対し会社は報酬を支払う、という考えに切り替えています。自分のキャリアを自分で決められる仕組みや制度を作らないと、中途の方を引き付けることはできません。もし自社のインフラが整っていないのなら、人事が率先して社内を見直す必要があるのではないでしょうか。

サクセッションマネジメントと次世代経営者の育成―共に成長を目指す

サクセッションマネジメントと次世代経営者の育成―共に成長を目指す

サクセッションプランニング、つまり後継者育成(計画)も、中途入社の方が非常に注視する点の一つです。当社ではここ数年で後継者育成を熱心に進めています。まず、人材ポジションを可視化したうえで、そのポジションはどのような意味合いを持つのか。そのうえで人材要件やキャリアパスを明確化し、経営陣(人材会議)で議論・意思決定する。つまりそれが、人材開発に結び付くと考えています。

サクセッションマネジメント

(カゴメ株式会社 登壇資料より)

ポイントとしては、キーポジションを定め、後継者の選出には外部取締役の意見を重視すること。候補者はポジション別に数名おり、もしいないとなれば、「社内の誰を抜擢するか」「中途の方を採用するか」という検討がなされます。ただし、自社で人材を選出するとなると、独善に陥りがちです。このため、外部取締役の承認を得ないと、候補者が決定されない仕組みにしました。本部長級以上は外部取締役との面接が必須で、外部がNGだったらたとえ社長でも意見が通らない仕組みです。

合わせて、ポジションごとに理想のキャリアも作っています。たとえば社長になるには、この部門とこの部門を経験して…ということが明記されています。ただ、このキャリアパスも個人の価値観と合致していなくてはなりません。候補者の理想と合わないのなら、別の候補者を探さなくてはならないのです。

このように、私たちは社内改革を行ってきました。中途採用において、人が足らないという理由だけでは優秀な人材は来てくれません。当社は採用の段階で、方針や制度、仕組み、展望をすべて説明しています。カゴメに共感していただき、当社で理想のキャリアを築けると確信していただいた上で、入社してもらいます。

社内改革

繰り返しになりますが、中途の方を引き付けるには、仕組みや制度、考え方を、自社内で整えることが大切です。上から目線で恐縮ですが、社内の仕組みや制度、考え方を候補者に自信を持って伝えられるか、自問自答してください。自信を持って伝えられないのなら、改めて見直す必要があるでしょう。当社のやり方をベストだというつもりはありません。しかし、旧態依然とした人事制度を7年かけて変えてきたのですから、皆さんだってできるはずです。本日は、古い会社が魅力的になるために努力してきたことをお話ししましたが、一つでも二つでも得るものがあれば幸いです。

【まとめ】

カゴメは歴史ある企業ですが、7年の歳月をかけて人事制度の改革を実行しました。時間、場所、キャリア、地域の観点から働き方を大きく変え、会社都合のさまざまな制約から社員を開放しています。制度改革の背景は、現状のままでは会社が変わらず、イノベーションが生まれない、先行きが不透明になるとの想い。有沢氏は「改革はおよそ3年で何らかの成果が出てくる」と話していました。即時の効果を求めるのは難しいかもしれませんが、長期的な視野に立ち会社を変えていく上で、同社の実績は参考となるはずです。

(文/中谷 藤士、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)