エンジニアが集まらない理由とは。DX時代の企業ブランディングと採用戦略【セミナーレポート】
インキュベーション推進統括部
TECH PLAY Company マネージャー
武藤竜耶(むとう たつや)
現在、エンジニアの採用に各社が苦しんでいます。DX(Digital Transformation/テクノロジーとデータで生産性高く企業変革や業務推進を行うこと)の加速によってエンジニア需要は高まり続け、現状で30万人不足しているデジタル人材は、10年後には80万人まで不足が拡大するといわれています。もはやエンジニア採用の成否が、今後の企業の命運を握っているといっても過言ではありません。パーソルイノベーション株式会社で15万人のデジタル人材が集まるプラットフォーム「TECH PLAY」のPR事業責任者を務める武藤竜耶氏(以下、武藤氏)に、エンジニア採用がうまくいかない理由や現在の厳しい採用環境、エンジニアに集まってもらうための方法について解説していただきました。
※文末に当日の動画や資料へのリンクがあります。
エンジニアの採用ができていないのは誰の責任なのか?
エンジニアの採用がうまくいかない場合、まずは自社の根本課題がどこにあって、誰がキーパーソンなのかを認識しなければなりません。
課題を把握しやすいように、次のようなチャートを用意しましたので、当てはまるケースを選んでみてください。各状況を変えるキーパーソンとして、経営の変革を進める「Leader(リーダー)」、難易度の高い課題を解決する「Changer(チェンジャー)」、現場と人事をつなぐ「Collaborator(コラボレーター)」、現状を改善する「Challenger(チャレンジャー)」が必要となります。
※当日の資料より抜粋
根本課題を見つけるために、とあるケースイメージを例に説明します。IT化が遅れておりDXによって新しいサービスや事業を生み出すために、エンジニアを必要としている企業です。このような企業のキーパーソンと課題は次の通りです。
「Leader(リーダー)」
まず、リーダーが変革を進めなければいけない課題として、事業や組織の方針が定まらず、経営とエンジニアの間に距離があるケースが挙げられます。たとえば、経営層に技術戦略や技術組織について話をしても理解が得られず、外部から来たCxOが結果的に辞任してしまったというケースもよくあります。これらに対しては、人事部や部門だけでの解決が難しく、CxOクラスの登用や管掌役員による根本課題の解決が必要となってきます。
「Changer(チェンジャー)」
次に、チェンジャーが必要な場合です。たとえば、エンジニアと総合職の評価制度が同じで、技術者の能力を適正に評価できていない。社内規定が技術組織の効率を下げており、合理性や効率性を求めるエンジニアのモチベーションを下げている。こういった課題がよく挙げられます。この課題を解決するためには、人事の責任者クラスによる、組織や制度変更を伴った意思決定が必要となるでしょう。
「Collaborator(コラボレーター)」
そして、コラボレーターが必要な場合です。課題としては、採用にかかわったことのない方が現場のエンジニアに多い、そもそもエンジニア採用がさまざまな職種の一つとして考えられており、社内の重要度が上がらない。またはジョブローテーションで採用担当者が数年で異動してしまうなどがあるでしょう。人事や現場のリーダーによる、部門間連携の強化、採用業務への高いコミットメントが不可欠です。
「Challenger(チャレンジャー)」
最後に、チャレンジャーが必要な場合です。企業は、人事担当者が採用業務と同じくらい給与労務も担っている、エンジニアの採用数が不足していても評価に直接影響しない 、そもそも人事担当が1人だけといった課題が挙げられます。これらの課題は当然のことながら、人事や現場の採用担当者によって、採用業務の継続的な業務改善が最も必要です。
※当日の資料より抜粋
※当日の資料より抜粋
DXと新型コロナによって、エンジニア採用はどのように変わったのか
それでは次に、エンジニア採用に対して、新型コロナとDXがどのような影響を与えたのか見ていきます。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2020年4月の国内の有効求人倍率は1.32倍まで低下しています。直近まで一番高かった2019年度と比較すると、0.4ポイントほど減少している状況です。ですが、2008年のリーマンショック時ほどの落ち込みではありません。
※当日の資料より抜粋
エンジニア採用だけに着目してみると、実は約9割の企業がエンジニア採用を継続していて、採用人数に変わりはなかったとの結果が出ています。弊社でお預かりしている求人でも、若手や未経験に関する求人は下がり幅が大きいですが、エンジニアの求人は、さほど影響を受けていない状況です。
では、DXの影響はどうでしょうか。私自身、エンジニア採用や技術組織の変革といったテーマでさまざまな企業を訪れてきましたが、2016〜2017年まではIT系企業(Webサービス、コンサル、SIerなど)と話すことがほとんどでした。
それが2018年ごろから、小売・物流・メーカー・金融といった企業から相談を受けることが多くなりました。現在はDXに取り組まれている企業との話が月の約半数を占めています。DXをテーマにした調査では、6割の企業がビジネスの変革の危機を認識しているという結果も出ています。
※当日の資料より抜粋
実際、各業界で技術組織の内製化の動きは活発になっています。ここでは、小売・物流・金融・自動車の4つの業界をピックアップしました。
株式会社ファーストリテイリング、ヤマトホールディングス株式会社、Japan digital design株式会社(MUFGグループのデジタル子会社)、株式会社デンソーの4社に共通しているのは、ここ数年の有名IT企業で活躍していた人材をCTOや役員などの重要なポストに迎え入れ、社内の技術組織内製化を勧めていることです。
このような技術組織の内製化の加速は、エンジニア採用の倍率を押し上げている要因の一つです。実際に、dodaの人材紹介データベースを参照すると、2018〜2020年にかけてIT関連全体の求人は119%に伸びていて、そのうちDX系の企業求人は130%も増加しました。これは、IT系企業の求人増加率を超えています。
※当日の資料より抜粋
同様に、SIerやコンサルティングファームでも、顧客のDXニーズを受けて、それに関連した新会社や新拠点の設立が相次いでいます。こちらもエンジニアの獲得競争を活発化させている要因の一つと言えるでしょう。
※当日の資料より抜粋
※当日の資料より抜粋
エンジニア採用とブランディング
ここからは、エンジニア採用を進めていくためのHowの部分にフォーカスを当てて説明したいと思います。
エンジニア採用にあたっては、ブランディング→リクルーティング→ボーディング→エンゲージメントが、一連のフローです。
自社のことを知らない方に認知してもらうためのブランディングから、リクルーティングに移り、その後には入社してくれたエンジニアに活躍してもらうためのボーディングがあります。そして、定着したエンジニアが会社のことを好きになって、会社の情報を発信してくれたり、仲間を集めてきてくれたりするエンゲージメントまでを一連のフローとして捉えます。
※当日の資料より抜粋
この流れを把握した上で、自社の課題がどの部分にあるのかを見極めなければいけません。あくまで一つの切り口ですが、自社のエンジニアの離職率は低いのか、高いのか。そして、採用の人数は少ないのか、多いのか。次のような指標でマッピングできるでしょう。
・【A】カルチャー明文化&ブランド投資型
・【B】組織制度整備&リブランディング
・【C】周囲のファンをつくる
・【D】カルチャー見直し&エンゲージメント強化
【A】カルチャー明文化&ブランド投資型
【A】採用数が多く、離職率も低い企業は、エンジニアが長く働き続けられるカルチャーがあり、なおかつこれからもエンジニア採用は多いでしょう。となると、その素晴らしいカルチャーを明文化し、それをブランディング活動として社外に発信することが、ROI(Return On Investment/費用対効果のこと)の高いアプローチとなります。たとえば、オウンドメディアや記事出稿、カンファレンスに出ていくなどの方法は相性がよいでしょう。
【B】組織制度整備&リブランディング
次に、【B】採用数は多いものの、離職率が高い企業です。私の経験からしても、いくら採用にお金をかけても、なかなか社員が純増していかない企業は非常に多い。この場合は、組織制度の整備、自社のリブランディングに取り組む必要があると思います。たとえば、教育や給与の制度、就業規則、評価の見直しといった部分を改善していかないと、どれだけ採用をしても人材が抜けていってしまいます。
【C】周囲のファンをつくる
そして【C】エンジニアの採用人数は限られていながら、離職率が低い企業も存在します。いろいろな方に知られている派手さはないかもしれませんが、エンジニアにとって素晴らしいカルチャーが根づいているのは確かです。まずは、周囲の方々にファンになってもらい、人材を集めてくるというアプローチが適しています。たとえば、自社にコミットしてくれるエージェントの担当を見つけたり、社員をよりよく知ってもらうためのHPや記事を整理したりするとよいと思います。
【D】カルチャー見直し&エンゲージメント強化
最後に、【D】エンジニアが少なく、離職率も高い企業です。会社の規模感はそれほど大きくなく、エンジニアの方々の重要度が、社内で上がりきっていないケースがこちらに当てはまるかもしれません。また、DXに取り組まれている企業のうち、内製のエンジニアチームが3人しかいないにもかかわらず、メンバーの入れ替わりが激しいといった、ポジションの定着性が悪い企業もこちらに当てはまります。DXをこれから始めようとしている企業に比較的多いケースです。
このような場合、会社が技術投資やデジタル投資にどれほど予算を割き、どのような組織にしていくべきなのか、自社の方向性をすり合わせるための役員面談や社員面談を設けるなど、エンジニアの評価を見直すための足元業務からアプローチしていくことが非常に多いです。
※当日の資料より抜粋
明日から始められるブランディング活動
エンジニア向けのブランディング活動は、しっかりと戦略を練り、KPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)やゴールをどこに置くかなど、大きな議論から始めていくことも重要です。一方で、すぐにでも始められることから取り組み、徐々に足元を改善しながら状況を変えていく企業も多いと言えます。
基本的には、企業のブランディング活動は、自社が持っているリソースを外に発信していくことです。
その際、コンテンツの伝え方についてマッピングをしていくとよいでしょう。具体例を伝えるのか、それとも抽象的な内容を伝えるのか。切り口はどのようにするのか。また、アプローチの方法はイベント、動画、記事、リリースのどれなのか。語れること、語れないことを踏まえて、できるコンテンツから発信していきます。
全てのブランディング活動の基本は、積み重ねです。どの企業にも、明日からでも取り組める手法があるはずです。少しずつでもいいので、伝えたいことを社外の人に伝える。これを継続することが重要なポイントとなります。
※当日の資料より抜粋
取材後記
IT業界は、すでにエンジニア採用難時代に突入しています。より多くのエンジニアに企業活動を認知してもらうための「ブランディング」、人材の活躍・定着に向けて「組織課題の解決」は、企業にとって急務でしょう。ただそこで、本当に「明日から」改善に取り組むほどの危機感を持っているかどうか。それが各企業のエンジニア採用の今後を決める別れ道となりそうです。
取材・文/橋本歩 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部