学習院大学守島教授とAGC人事部長が語る「タレントマネジメントの進化」とは

学習院大学

経済学部経営学科教授・副学長 守島 基博(もりしま もとひろ)

1980年慶應義塾大学院社会学研究科修士課程卒業。1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。1990年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授、2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より学習院大学教授、2018年より同大学副学長。
最近は、戦略的人材マネジメント論、特に企業の競争力に寄与する人材マネジメントのあり方を多様な側面から研究している。米国を中心とした海外研究専門誌の編集委員になっており、政府審議会などの委員参加も多数。

AGC株式会社

常務執行役員人事部長 簾 孝志(みす たかし)

1983年電気通信大学大学院修了後、旭硝子(現AGC)に入社。エンジニアリング部門で、ガラス製造設備保全、工場建設、技術開発に長年従事。インドネシア駐在、経営企画、ディスプレイガラス事業部門を経て2010年にエンジニアリングセンター長、2016年より人事部長、現在に至る。ルールの番人としてよりも、事業のために各部門と共に何をすべきかを考え、外を知り行動する人事部門を標榜している。経営と一体となり、欧米を含めたGlobal One Teamで“人財で勝つ”会社の実現を目指す。

今押さえておくべき、タレントマネジメントの進化とは/守島氏
AGCにおける人財マネジメントとは/簾氏
会場との質疑応答とディスカッション

企業を取り巻くビジネス環境が加速度的に変化する中、人材の重要性が増しています。一方で、はたらく人の価値観の多様化も進み、個々のニーズを尊重したキャリア選択が求められるようになっています。こうした状況下で、企業が戦略を実現していくためには、どのようにタレントマネジメントを進めていけばいいのでしょうか。

パーソルキャリア株式会社では、「タレントマネジメントの進化」と題したセミナーを、去る2月19日に開催。学習院大学経済学部経営学科の守島基博教授に、これからのタレントマネジメントについてご講演いただきました。そして、世界No.1のガラスメーカーであるAGC株式会社より、常務執行役員人事部長 簾孝志氏をお招きし、「人財で勝つ会社」の実現に向けた様々な取り組みについて、お話いただきました。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を要約した上で構成しています)

今押さえておくべき、タレントマネジメントの進化とは/守島氏

日本は「人材不足」の時代へ

本日は、日本企業の中で、タレントマネジメントがどのようになっていくか、なぜ重要なのかをお話ししていきます。まず、最大のポイントとしては、日本はこれから「人材不足」の時代に入っていくということです。

今押さえておくべき、タレントマネジメントの進化とは/守島氏

帝国データバンクが毎年行っている調査によると、2019年は約1万社のうち50.1%で正社員不足、非正規社員も29.3%が不足しているというデータが出ています。また、マンパワーグループが2018年に実施したグローバル調査では、「ビジネス上必要な人材が見つけられない」と感じている企業は、世界平均が45%なのに対して、日本では恐ろしいことに89%。まさに、人材不足の状態がデータ上にも顕著に表れています。このように人材不足に陥る中、企業は採用・評価・教育も含めて、「人を見つける」ための人材マネジメントをしていく必要があります。

人材不足の背景は「戦略の変化」と「人の変化」

日本が人材不足に陥っている理由について、お話ししていきましょう。労働人口の減少は、2000年代初頭には既に進行していました。しかし、日本の企業が人材不足をひしひしと感じ始めたのは、ここ数年のことです。私はそこに、大きく2つの要因があると考えています。

1つは「経営環境と戦略の変化」です。経営のグローバル化や、トランスフォーメーション(DX)、モノ消費からコト消費へなどビジネスモデルの変革の中で、必要とされる人材も変わってきています。そこで今、仕事と人のミスマッチが顕著になっています。その中で人事は、もはや会社の戦略をフォローするだけではなく、その前段にある経営環境の変化をいち早く捉えていかねばなりません。戦略が変わって、それが人事に下りてきてから動くというのでは遅すぎるのです。人事領域の著名な学者、デイビッド・ウルリッチが提唱する、「HR from the outside in」という言葉がありますが、社内の戦略だけを見るのではなく、外部環境から会社の成長を考えていかねばなりません。

もう1つの要因は、「人の変化」です。ここには2つの変化があります。1つは、エンゲージメントが低くなっていることです。今の仕事や組織に対して、徹底的にのめり込んでいる人がだんだん少なくなっているように思います。つまり、1人の人材を、フルに活用できていないということです。そして2つ目に、ワークライフバランスを重視する志向性が極めて強くなっていることです。エンゲージメントの低さとワークライフバランス志向の強さがクロスしている、つまり人の「心」が仕事や組織から離れているという傾向があります。人材マネジメントは、人の心をつかまねばどうしようもありません。「じんざい」には、「人財・人材・人在・人罪」の4つがあるとよく言われますが、これからエンゲージメントを高める努力をしていかないと、ただそこにいるだけの「人在」、そして組織に悪影響を及ぼす「人罪」が増えてしまうでしょう。

このように、(1)戦略の変化により、仕事と人のミスマッチが増えてきた、(2)働く人のマインドが企業や仕事から離れてきた、この2点が、現在起こっている人材不足の要因だと言えます。

優秀な人材だけではない、これから求められるのは全員対象のタレントマネジメント

こうした変化の中で、タレントマネジメントも進化が必要です。これまでは、「タレントマネジメント」と言うと、優秀層を見極めて、そこに厚く投資をしてリーダーとして育てていくこととされていました。それに対し、今後のタレントマネジメントは、できるだけ多くの人を戦力化することが基本になってくると思います。これを私は「全員対象のタレントマネジメント」と称しています。

全員対象のタレントマネジメントを実行するには、いくつかのポイントがあります。まずは「適所適材」です。適材適所との違いは、戦略起点であること。必要な仕事や成果を明確化した上で、人にそのミッションを伝え、配置を行っていくのです。これは企業にとっても戦略達成という意味で重要ですが、人のモチベーションやエンゲージメントという観点でも重要です。今、多くの日本企業で、自分の仕事が何に役立っているのか、どういうミッションがあるのか、わからないという人たちが多いと思います。そこで「適所適材」を行うことにより、自分の仕事のミッションや貢献性を理解した上で仕事に臨むことができるはずです。

そのためには、丁寧な人材把握が求められます。人材の情報を企業の中にしっかりとストックして、ディスカッションを重ね、マッチングを行っていくことが、これからのタレントマネジメントの基本になるでしょう。また、現場での戦略と連動した目標設定や、上司の達成支援やフィードバックなど、「現場での丁寧なパフォーマンス・マネジメント」も大切です。しかしこれは、1on1など現場マネージャーに多大なる負担が掛かります。現場マネージャーがちゃんと機能する体制をつくっていかなければ、戦略性やエンゲージメントは向上することはありません。

優秀な人材だけではない、これから求められるのは全員対象のタレントマネジメント

続いて、「個別ニーズの尊重」です。働く人の意識が大きく変わる中で、一人ひとりのニーズを把握し、それを尊重し、可能な限りの対応をしていかねばなりません。それがかなわなければ、モチベーションが低下し、退職や、「人在・人罪化」を招く恐れがあります。

ただし、こうした取り組みを進めるには、「個の自律」が不可欠です。働く人が自律し、自分のキャリアを自分で作った上で、個別ニーズの尊重をしていかなければ、働く人はどんどん企業に寄りかかるようになってしまいます。これまで日本の企業は、本気で働く人の自律を認めてきたでしょうか。たとえば、キャリア自律の策として「異動の自己申告」を制度化している企業がありますよね。しかし、希望の部署への異動がかなうことは、実際あるのでしょうか。あるサーベイ(調査)では、15%しかかなわないという結果が出ています。これでは、キャリア自律とは言い難く、無気力になっていくでしょう。働く人の自律には、自分の仕事に対して自律的に決められるようなエンパワーメント施策が必要です。

このように、これからのタレントマネジメントは、極めて丁寧なミッションの提供、能力のアセスメント、マッチング、パフォーマンス・マネジメントが不可欠です。それがなければ、これから人材を確保することはますます難しくなっていきます。

最後に、「人材不足」と「人手不足」は異なります。人材不足は「この戦略をやってほしい」という人がいないという状態です。それに対して人手不足は、単に人の数が揃っていないという状態です。これからの日本企業は、前者の「人手はあるけれど、人材がいない」という、ミスマッチの状況に陥っていく。こうした状況における人事の最大のミッションが、タレントマネジメントです。戦略を達成する人、エンゲージメントの高い人を見つけていくことがポイントになるでしょう。

AGCにおける人財マネジメントとは/簾氏

AGCにおける人財マネジメントとは/簾氏

グローバルで5万5,000人が働くAGCグループ

私は1983年に入社し、2015年まで技術畑、そして2016年から人事部に異動しました。多くの企業がそうであるように、人事が人事のためにではなく、事業のために、それから社員にルールを守ってもらうというよりも、一緒に事業を推進していく、エンパワーメントに軸足を置いた人事を意識しています。また、当社では「人財」という表現を用いています。

まずはAGCという会社について説明いたします。AGCは日本・アジア・アメリカ・ヨーロッパで事業を展開し、海外売上比率はおよそ7割です。グループ全体の売上は、2019年12月期で1兆5,180億円、営業利益は1,016億円です。10年前は液晶ディスプレイがグループ全体の8割の営業利益を占めていましたが、現在は化学品が6割を占めるまでに成長しています。こうしたコア事業を確固たる収益基盤としつつ、モビリティ、エレクトロニクス、ライフサイエンスを戦略事業と位置付け、高収益のグローバルな優良素材メーカーとなることが、AGCグループの長期経営戦略です。その上で、グループビジョン“Look Beyond”を定め、使命・価値観・スピリットをグループ全体に浸透させています。

人事制度としては、グループ全体ではジョブグレード制、AGC単体では役職者はジョブグレード制、一般社員はコース別役割機能等級制を基本としています。また、女性比率は総合職で8.7%、役職者では3.5%と、まだまだ低い現状です。

トップが国内外の拠点に出向き、従業員との対話を実施

続いて、AGCにおける人財マネジメントについてお話しいたします。まず、CEOの想いとして、「我々はOne Team」「行動指針はChallenge」「成長の原動力は人財」というものがあります。人財マネジメントへの期待として言っているのが、「多様な個の意欲・思いに真摯に向き合う」ことです。そして、「個々のキャリア開発に対する労力を惜しまない」ことを、発信しています。これにより、「人財で勝つ会社」を目指しています。

成長戦略実現の鍵

(AGC株式会社 登壇資料より ※以下同様)

「人財で勝つ」は、2年ほど前からグローバルでも使い始めている言葉です。多様性の追求と個の強化を進めることにより、一人ひとりが持てる仕事能力を最大限に発揮し、個々人の総和が強い組織をつくりだし、事業戦略や組織目標が実現され、会社と個々人の成長を生みだしているという状態が、「人財で勝つ」ことです。

そのための具体的なアプローチとして、CEO、CTO、CFOなどが、個別でグローバルの様々な拠点に出向き、従業員との直接対話しています。私も国内外問わず足を運んでおります。ここで重視しているのは、トップの考えを押し付けることではなく、あくまで従業員の声に耳を傾けることです。2019年CEOは国内・海外合わせて40拠点に出向き、合計120回もの対話会を行いました。

「AGCリーダーシップコンピテンシー」に基づいた人財育成・配置

次に、具体的な人財育成の仕組みを紹介します。まず、リーダーシップについては、2009年にAGCのリーダーに求められる能力・資質を明確化し、8つのコンピテンシー「AGCリーダーシップコンピテンシー」を設定。43の具体的行動を定義しました。これをベースに、グループ経営人財のレビュー、配置・育成計画、さらにグループグローバル全体における後継者選抜を行っています。各部門・各地域で人財を選抜して育成を行います。その中から、さらにグループグローバルの「次世代経営人財候補」を見出し、全社人財という位置付けで、CxO、人事部長、各カンパニートップで議論を行い、育成計画の策定・実施しています。

一方、当社は事業が多岐にわたるため、事業部をまたいだ異動や、タフアサインメントをもっと若い頃から課す必要があると考えています。昨年からトライアルで実施しているのが、若手ポテンシャル人財をリストアップし、早い段階から中長期の配置・育成を計画すること。そして、人財の戦略的・計画的な配置・育成とタイムリーな供給実現のため、グローバルでクラウドシステムを導入し、人財データの活用について検討しています。

「AGCリーダーシップコンピテンシー」に基づいた人財育成・配置

自律を引き出す「部門横断的ネットワーク活動CNA」

特徴的な取り組みとして、2010年より「スキルマップ」を運用しています。これは、スキル体系に基づいて、各人のスキルをデータ化、そしてAGCグループのスキル保有状況を見える化し、人財の有効活用やコミュニケーション促進を目的に始めました。技術系、営業・事務系の専門スキルの中から、「私はこの領域の専門家です」と、登録してもらっています。

当初はグループの人財把握と人財配置のために生まれたスキルマップですが、その目的で全体を動かすには相当な負荷がかかるため、なかなか活用できずにいます。一方、コミュニケーション促進においては活用が進んでいます。それが、「部門横断的ネットワーク活動(CNA)」です。たとえば、「ガラス成型技術」という専門スキルを持つ人財は、当社の中でさまざまな部門・拠点に散らばっています。そうした人財をスキルを軸として横串でつなぎ、組織の壁を超えて交流・活動しようという取り組みです。

自律を引き出す「部門横断的ネットワーク活動CNA」

これまでの活動事例は、ガラス成型技術を持つ社員たちが非常に薄いガラスでバレーボールを制作、海外グループ会社のメンバーが集まって交流、営業と購買という異なる専門性を持つ人財がディスカッションを行う、といった活動事例があります。

2011年から始まったCNAは、当初一定の成果を上げていました。しかし、成果を求められるプレッシャーから、徐々に「やらされ感」が拡大し、存続の危機に陥ったことがあります。そこで、トップとの対話を経て、より自発的な活動にすべく、「やりたい人がやる」「業績につながる成果を上げなくてもよい」と、大きく方向転換を行いました。そして、個人にとっての学習と、組織にとっての知の創造の場である「サードプレイス」として進化を続けています。

エンゲージメント調査で見えた、強みと課題

エンゲージメント調査で見えた、強みと課題

前述した通りAGCグループでは、 “人財で勝つ会社”を目指し、高い意欲を持つ人財が果敢にチャレンジできる組織風土の醸成に取り組んでいます。そこで、2005年からエンゲージメント調査を開始し、これまで6回調査を行いました。直近の2019年では、43の国・地域から約4万2,000人、88%の回答率を得ました。

調査質問は12のカテゴリーに基づいて作成をしていますが、その中でも「社員の取り組み意欲」と「社員を活かす環境」を、エンゲージメントを左右する重要なカテゴリーとして捉えています。前回2016年に実施した調査と、今回2019年の調査の結果を比較すると、「社員の取り組み意欲」は、62%から67%へ、5ポイントアップ。「社員を活かす環境」については、66%から70%へ、4ポイント上昇しました。2010年から徐々に向上し、2019年はグローバル平均のレベルまで追いついたところです。また、これ以外の10カテゴリーにおいても、すべてが前回調査から改善しています。

しかしもちろん、課題もあります。世界平均と比較すると、「チャレンジする風土」と「認知・賞賛」に改善の余地があることが見えてきました。また日本国内のスコアを見ると、全体的にスコアは前回より改善しているものの、総じて低いです。特に、リソースや業務効率性に大きな隔たりがあります。ただし、スコアはあくまでも結果。大切なのは「どういう打ち手を講じるか」ということだと思います。今回の結果を踏まえ、対話を軸にさまざまな施策を、人事だけではなく全社で考えながら展開して、組織風土改革につなげていきたいと考えています。

会場との質疑応答とディスカッション

講演後は、多摩大学大学院客員教授の須東朋広氏を交え、会場からの質疑応答が実施されました。

会場との質疑応答とディスカッション

守島先生のお話の中で、「日本の企業では従業員のエンゲージメントが低い」というお話しがありました。また、AGCさんのエンゲージメント調査でも、「日本は取り組む意欲が低い傾向がある」ということでした。これは働き方改革の影響があるのでしょうか。

簾氏:日本が総じて低い傾向にあるということは、国民性という側面もあると思います。また、確かに日本は他の海外拠点と比較するとスコアは低いのですが、あまりそれで落ち込む必要はないと思います。前回と比較してどれだけ良くなっているのか、今後良くなる度合いがどうか、という方向で見ていくことが必要です。

守島氏:働き方改革の焦点が、労働時間の削減や有給休暇の取得率向上など、「働きやすさ」に偏ってきたのが一因だと思います。働く人のエンゲージメントを上げるには、もちろん、「働きやすさ」は大事です。しかし同時に、仕事の面白さや成長感といった「働きがい」にもフォーカスして改革をする必要があります。また、エンゲージメントサーベイは、簾さんのおっしゃる通り、スコア自体は単なる結果にすぎません。マネージャーに求められるのは、それをどう変えていくか、上げていく努力をしているかどうかです。そういう意味で、エンゲージメントサーベイは経年変化を見ていくことがポイントだと思います。

CNA活動では、出張費や活動費がかかるかと思いますが、その予算はどこから、どのように管理していらっしゃるのでしょうか。また、社員にも温度差があり、いくつも参加したいという社員もいれば、まったく興味を持たない社員もいらっしゃるかと思います。社員向けの参加ガイドラインはあるのでしょうか。

簾氏:基本的に、出張費や活動費はコーポレートで全ての予算を管理しています。また、業務時間内の活動を認めているため、その間の人件費は各部門が管理しています。おっしゃる通り、社員によってバラツキはありますが、強制ではないため全員参加の義務はありませんし、参加回数の制限もしていません。今のところ、送り出す側の上司や部門もサポートする機運になっています。それも、トップが自ら「人が財産だ」と旗を振ってくれているからだと思います。

守島先生にお伺いしたいのですが、全員対象のタレントマネジメントを実現するには、かなり手間がかかると思います。その解として、タレントマネジメントシステムを入れるなどがあると思いますが、先生はどうお考えでしょうか。

守島氏:全員対象のタレントマネジメントは、経営者にも人事にも組織全体にも負荷がかかります。一番負荷がかかるのは、現場マネージャー。つまり一番やるべきなのは、その人たちがHRM(Human Resource Management)できる体制をきちんと作ることだと思います。たとえば育成もHR tech(Human Resource Technology)の活用もあるでしょう。やることが膨大の中で重要なのは、優先順位付けです。現場マネージャーのタスクが増える中で、経営が「これが最重要」「これはこの程度でいい」という話をしてあげること。そのサポートをするのが、人事の仕事だと思います。

AGCでは行動指針に「チャレンジ」を掲げていらっしゃるものの、エンゲージメントサーベイでは「チャレンジする風土が低い」という課題がありました。なぜこういう結果になり、それに対してどのような策を打っていこうとしていますか。

簾氏:おっしゃる通り、そこは非常に大きな課題です。そもそも「チャレンジ」を標榜しているのは、チャレンジが減っているからです。以前の当社は、数字ノルマ、特に製造コストにフォーカスを当てた経営を行っており、結果みんなが疲弊しました。それが現経営体制に変わり、数字は目標だけれど目的ではないとし、働きがいを高めていくことにシフトしたのです。結果的に、若手有志が活動を自発的に始めるようになり、社長も巻き込んだ議論も行うまでになりました。そして最近はその動きに、各工場を巻き込んでいこうとしています。一方、守島先生もおっしゃるように、現場マネージャーの負担が増えだしているのも事実です。今年の私の課題としては、もっと現場と対話をして、糸口をつかむことだと考えています。

お二人に聞きたいのですが、昨今、若い世代の会社や仕事に対するアタッチメントが低下傾向になっているというお話しがあります。一方で、自律したキャリアを一人ひとりがつくる重要性も増しています。その中で、キャリア形成の自律を高めるために何が一番効果的なのでしょうか。

簾氏:組織への帰属が、全員薄れているかというとそうではないと思います。あくまで多様化しているという中で、「一律でこうしろ」ということが通用しなくなっている所以だと思います。また一方で、キャリアに縛られすぎている人も多いと思います。自分で作ったキャリアパスに固執するがゆえに、それがかなわない時に焦って辞めてしまうケースも散見されます。あまりがんじがらめにならず、キャリアパスを柔軟に修正することも大事だと思います。いずれにせよ、自律は重要ですから、多様性の中でいかに持っている力を発揮してもらえるか、取り組んでいきたいと思います。

守島氏:今の若手は、ものすごく安定志向です。そして、今の企業は人を囲い込み、安定を与えすぎです。心理的安全性という言葉が浸透していますが、心理的安全性と安定は違います。自分で変えていく力をエンパワーすることが、心理的安全性の大きなポイントです。そういう意味では、「揺らぎ」を与えることが重要です。たとえば、社内兼業や、タフアサインメント、本人のスキルや経験にマッチしないプロジェクトへのアサインなど、「Comfort Zone」では得られない経験を提供する。それが、個人のキャリア自律においてとても大切なことだと思います。

>自分で変えていく力をエンパワーすることが、心理的安全性の大きなポイント

【まとめ】

守島先生の講演の中で、「経営環境や事業戦略の変化を、人事はいち早く捉えて動くことが必要」だというお話しがありました。AGCでは、まさに長期経営戦略と人事戦略を連動させていると感じました。また、CNA というサードプレイスを設けることで、社員の自律やイノベーションが生まれる風土を醸成していることも印象的です。こうした人財戦略を積極推進できるのは、トップコミットメントがあるからこそ。CEOが旗を振り号令を掛けるだけではなく、拠点に出向き社員と直接対話する機会を持つことからも「本気度の高さ」が見て取れます。さらには、エンゲージメントサーベイにより、細やかな対策を打とうとしています。まさに今回のテーマである「タレントマネジメントの進化」を感じました。

(文/佐藤 瑞恵、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)