「働きやすさ」より「働きがい」。メンバーの提言が育んだ企業文化
ICTコンサルティングからシステム構築・運用までの一貫したサービスで幅広いニーズに応えるICTサービスコーディネーター、株式会社JSOL。近年は、DXビジネス推進を支援するビジネス企画やサービス企画にも積極的に取り組んでいます。そんな同社が「働きがいのある会社」ランキングに 2015年から参加。ICT業界にありがちな長時間労働の是正に始まり、企業文化づくりに着実に取り組んだ結果、2019年版の同ランキング(大規模部門)にて15位、2020年版では9位に選出されました。HR本部長の茂木淳夫氏(以下:茂木氏)に、働き方改革や企業文化づくりに取り組んだ経緯や狙い、そして成功のポイントについてお話を伺いました。
トップダウンによる労働時間改善などの制度の限界
茂木氏:弊社が設立されたのは2006年のことです。ICT業界にはありがちなことですが、その後数年は、どうしても売上や利益が優先になり、長時間労働はある程度仕方ないという環境になってしまいました。
2014年に持続的に業績を上げられる会社の基盤づくりをしようと、経営理念、行動指針を整備しました。その際に、当時の社長が長時間労働の問題を重要な経営課題として取り組むと宣言したのです。長時間労働でも売上が出ていればいいという考えは認めない、と。
茂木氏:各部門の長時間勤務状況をモニタリングしました。目標の達成状況について、人事や経営側から毎月各事業部長に対して確認がなされます。それを受けて、各事業部長がメンバーの作業の見直しをする事で少しずつ改善を進めていきました。
こうした積み重ねで長時間労働が改善されていけば、社員満足度も上がり、その結果働き方改革もうまくいくと経営側はもくろんでいたわけです。
茂木氏:実際に長時間労働は改善されました。2014年には残業時間年平均が45時間を超える社員が136名でしたが、2015年には32名と76%も減りました。このときはとにかく残業をしてはいけないと、ひたすら残業時間の管理をしたからです。
でも、「なぜ残業をしてはいけないのか」という理由を明確にしていなかった事もあり、社員は十分な納得をしていない状況でした。その結果、長時間労働の改善は進んだものの、社員満足度は上がりませんでした。
市場の変化に対応するためにも、社員の“働きがい”に注目する
茂木氏:管理をすることによって残業を減らしても、働きやすい職場にはなっていかないと認識せざるを得ませんでした。単に労働時間削減を強制するだけでは、取り組みに対して社員が受け身になってしまう。制度・環境についても多少は手を入れていましたが、社員の意識が受け身である限り活用されません。自分の働き方を変えて業務効率を上げようという意識が重要だということに気がつきました。
茂木氏:一方でマーケットの変化に対応する必要も出てきました。お客さまの意識が、「ビジネス変革にICTを使っていこう」という方向に変わってきたのです。私たちICTサービス会社はもともと仕様に沿ったシステムを、セキュリティーを担保しながらしっかり作るということが求められていました。そのための組織としては階層構造型の指揮命令系統がふさわしかった。
しかし、ICTを駆使してビジネスの差別化をするという取組に対しては、多様なアイデアやスピードも求められるようになってきます。そうなると組織もネットワーク型で高い自律性、個人の自発性が要求されてくるのです。
茂木氏:方針を改めて捉え直しました。社員満足度の向上のためには、「働きやすさイコール満足」ではうまくいかないのではないか。温(ぬる)くても満足してしまうことがありますから。マーケットの変化に俊敏に応じながら挑戦していけるようにしたいという考えもあり、働きやすさや社員満足度から“働きがい”に指標を移すことにしました。そこでGPTWが行っている「働きがいのある会社」ランキングに参加することを決めました。
社員の意見を採用し、文化をつくる
茂木氏:働きがい向上への取り組みの指針として「JSOL Vision」を策定しました。これには、「私が変わる。」「会社が応える。」「感動が生まれる。」というフレーズがあり、社員満足を中心にしながらそこから顧客満足を導き出して業績を上げていくモデルを目指しています。取り組みのやり方も、それ以前のようなトップダウンではありません。
(JSOL 提供資料)
(YouTube動画:JSOL VISION)
全社方針をそのままではなく、各部門がそれぞれの事業特性に合わせた施策として作り直し、社員に提供。それに対して社員も提言し、それが本部施策に盛り込まれることもありました。社員が社長に直接、提言できる取り組みも生まれたのです。
茂木氏:JSOL Visionを浸透させる取り組みとして、全社でのオフサイトミーティングや、若手社員のための座談会などを行いました。社長への提言はそういった機会に実施しています。また、J-BOXという投書箱も設けました。意見交換を重ねる中で、長時間労働についてもこのままでは良くないという意識が醸成されたといえるでしょう。
全員参加の動画をつくることで、企業文化を再認識する
茂木氏:動画をつくりました。各本部が5年以内に達成したい目標を動画にすることで、「うちの会社ってこういう文化だったよね」という意識が浸透していきました。また、この動画はYouTubeに投稿しており、お客さまにも弊社のことをよりご理解いただけるようになったと考えています。
(YouTube動画:JSOL 今後5年間のチャレンジ)
もちろん業務自体の効率化も推進中です。現在は新型コロナの問題があり一般的になりましたが、ウェブ会議を増やして出張を減らすということも前々から取り組んでいます。社員自身による自発的な社内事務の改善活動も行った結果、2015年4月には90名いた残業時間年平均40時間超の社員は2016年3月には12名と86%削減されました。
多様な働き方と業務効率向上を両立
茂木氏:残業時間に関してはかなり改善してきましたので、目標を総労働時間削減へと変更する事にしました。良い会社というのは労働時間が短くても利益を上げています。同時に、働く時間、場所にとらわれない多様な働き方も目指しました。
具体的には、代休を事前取得可能にしたり、年次有給休暇を時間単位で取得可能にしたりするなどの人事制度改定です。時間単位での有給休暇は、お子さんの送り迎えなど、半休にするまでもないちょっとした用事のときに活用されていて好評です。
茂木氏:社員が利用する端末を新たにし、また在宅ワーク用のネットワーク機器も提供することで、どこにいてもセキュリティを保って社内システムを利用できるようになっています。これは新型コロナ感染拡大が影響しているわけではなく、2017年ごろから環境を用意していました。それというのも、弊社は晴海にあって東京オリンピック選手村のすぐ近くです。オリンピック開催時には出社規制がかかる可能性がある為、1カ月出社しなくてもよいようにと準備していたのです。それが、今回のコロナ禍で役に立ちました。
茂木氏:私自身は以前、お客さまに対して働き方改革のコンサルティングをしておりましたから、リモートワークを勧めておきながら、自分たちが経験していないと説得力がないですね。私がやってみて感じたことは、リモートワークで生じるコミュニケーションの問題は、マネジメントが動けば解決するということ。周囲に人がいる場合にはマネジメントは報告を待つほうでした。それに対し、リモートワークの場合はマネジメントが積極的に情報を取りに行く必要があるのです。そうすれば多くの課題が解決していきます。
マネジメントの働きかけが、社員の自主的なチャレンジを後押しする
茂木氏:働きがいの延長線上で、組織の方向性と社員のやりたいことをすり合わせて自律的な動きをより強固にしていこう、という考えが社員エンゲージメントです。同時にお客さまエンゲージメントという考えも打ち出しました。単純にお客さまに満足していただくだけでなく、お客さまのビジネスに貢献するためにどうしたら良いか考えるのです。
茂木氏:働き方改革は、一般的に考えられているよりはるかに難しいということですね。小手先ではうまくいきません。制度や運用上の仕掛けだけ変えてもだめです。大切なのは意識をいかに変えるか、意識にいかに働きかけるかです。
制度や環境は働きやすさにはつながっても働きがいにはつながらないことは、身をもって知りました。新しい働き方をするためには、マネジメントが率先して社員に意識づけをして、後押しをする必要があります。それによって社員の自主性、チャレンジへの意識も変わるでしょう。企業文化はそうやってつくられると思います。
取材後記
「働きやすさ」から「働きがい」へ。企業文化を変えるには、制度や環境を整えるだけでなく、人の意識を変えること、そしてマネジメントが率先して動くことが重要だというお話は、職場環境の改善を考える上で、多くの人の参考になるのではないでしょうか。
働き改革が単なる掛け声に終わっていないのは、先端のICTを駆使するビジネス特性に加え、個人の自発性、組織の自律性の追求という明確な変革の意識があったからではないかと感じました。
取材・文/宇田川しい、撮影/大金 彰、編集/森 英信(アンジー)・d’s JOURNAL 編集部