貢献できるのは「好き」より「得意」?『アオアシ』に学ぶチーム作り

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ユースチームでプロサッカー選手を目指す人々を描く小林有吾先生の『アオアシ』(小学館)。第1回では、ユースチームのメンバーの選び方を見ながら、変革に対応できるチームの作り方をまとめました。第2回では、個人の「好き」と「得意」が異なる場合、会社や組織としてはどう向き合っていけばいいのかを考えます。

【作品紹介】『アオアシ』(小林有吾/小学館)

Jリーグの下部組織であるユースチームを舞台にしたサッカー漫画。地方でスカウトされた青井葦人を中心に、癖のあるユースのチームメイトらがプロのサッカー選手を目指す物語。選手の成長だけでなく、高校のサッカー部や欧州のクラブユースチームと対比させながら、日本におけるプロサッカー選手の育成の現状を描き出す。

個人の「得意」を見抜き、「好き」へとつなげる

『アオアシ』の主人公である青井葦人(あおい・あしと)は愛媛県から単身上京し、東京にある強豪Jクラブ「東京シティ・エスペリオン」のユースチームの寮で生活しながら、プロのサッカー選手になるための練習を重ねていきます。中学時代はサッカー部でフォワード(FW)を担っていた青井は当然、ユースチームでもFWとして点を取る役割を担うことを目指します。

しかし、葦人に声をかけたユースチームの福田監督の狙いは当初から違うところに。葦人のフィールド全体を見渡せる俯瞰の力(視野を限りなく広くする力)を有効活用するため、守備の要であるディフェンダー(DF)に転向することを求めます。ユースチームはプロになる選手を育てる場所。DFに転向しなければ居場所はないと言い切ります。

個人の「得意」を見抜き、「好き」へとつなげる

©小林有吾/小学館(『アオアシ』7巻P5)

この転向は、葦人の考える自分の強みと、監督が見抜いた強みがズレていたからこそ起きたこととも言えます。ただ、物語が進むにつれ、読者は監督の判断が正しく、葦人の思いとは裏腹に、彼の能力が守備に向いており、葦人本人にとってもプロへの道が近づくことがわかってきます

こうした「自分の強みと周りの認める/期待する強み」のズレはビジネスの場面でも起こり得ます。自分で向いているもの/好きなものを判断し「これが得意で、この分野に向いている」と考えていても、もっとレベルの高い人やマネジメント層から見ると「この人のこの能力/特性はこの分野で活かしたい」と判断される。葦人がFWで点を取りたいと考える一方で、チーム全体を見る監督からすると、彼の俯瞰の力は守備でこそ活きると考えたように。

新しいことへの挑戦や変化への対応が求められる今、組織としてはこうしたチームメンバーの得意を積極的に見抜き、その能力が最大限発揮できる場所を用意することが求められます。特に新しい分野に挑戦する場合、経験者などをうまく見つけられないこともありえます。また、個人からの申請だけでは実際に何が得意なのかはわからないもの。作中の監督のように、ビジネスの現場でもチーム全体を見渡す人が、個々人の得意を見出し、チーム全体としてできることを増やしていくのも大切な役割だと言えます。もちろんその「得意」を期待とともに適切なタイミングで相手に伝え、納得して取り組んでもらうコミュニケーションも不可欠です

この動きは個人にとっても損なことではありません。「自分の好きなこと/得意なことを究めよう」という風潮からすると矛盾するかもしれませんが、必ずしも誰もが自分の得意分野を一番よくわかっているわけではない。葦人のように、周りからの助言で意外な自分の能力の使い方が見えてくることもあります

ユースに残るためという理由はあるものの、葦人自身もまずは守備の力を付けることを目指します。まだ物語の先はわかりませんが、監督やユースチームの先輩の期待通り攻撃・守備のできる司令塔となれれば、結果的には葦人の新しい道を切り開くことになります。自分が想像していなかったような指摘や、役割を任せられることが、その人自身の転機になることは十分あるのです。

個人が「得意」以外の基礎力を積み上げられる環境を用意する

前述の自分の得意なことや特性とは違い、時間をかければ個人が鍛えられる分野もあります。自分の考えを人に伝えるための言語化力や思考力、そして全体を見渡す俯瞰力などです。

いずれの力もサッカーだけでなくビジネスシーンで求められる能力です。チームで動く以上、自分の考えやアイデアは相手に伝わる言葉で伝えなくてはいけませんし、チームがあるといっても現場では個人の判断が求められる場面はあります。変化の速度が速い今だからこそ、より一人一人に考える力が要求されます。

『アオアシ』に登場するキャラクターは、当初これらの能力が不足していたキャラもいますが、練習の中で少しずつ身に付けていきます。

言語化力と思考力を鍛えるのは主人公の葦人です。自己流でFWをやっていた葦人。高校からユースチームに所属することになって最初にぶつかったのが、感覚で動いてきたことのデメリットです。セオリーを身に付けてきた選手が多いユースのチームでは、練習中も試合中も選手が言葉やアイコンタクト、ときにはパスの強弱を使ってコミュニケーションしながらボールをつなげていきます。感覚で動く葦人は、当初はこのコミュニケーションに入ることができません。

思考力も同様に葦人に欠けていた能力でした。監督がフィールド上で細かく次の動きを指示できない以上、選手は対戦相手と味方の選手の動きを見て、自分の次の動きを考えることが求められます。サッカーでは「個人戦術」と表現されます。

逆に葦人が持つ、鳥が上空から見下ろすように空間全体を把握する俯瞰力を身に付けようとするのは、葦人と同世代で福田監督にスカウトされた富樫慶司(とがし・けいじ)です。俯瞰力は富樫が任される守備のポジションには不可欠な能力。富樫は葦人に指導を頼み、ほかのチームメイトも巻き込みながら自主練習を続けます。

個人が「得意」以外の基礎力を積み上げられる環境を用意する

©小林有吾/小学館(『アオアシ』14巻P97)

葦人が学ぶ言語化力や思考力、富樫が学ぶ俯瞰力のいずれも、日々の練習の中での積み重ねを通じて後天的に習得できる能力です。前述のようにこうした能力はサッカーだけでなく、ビジネスシーンでも基礎力と言えるもの。チームに加わったときにこれらが不足しているメンバーがいれば、早いうちにこの基礎力を引き上げる環境を作ることが組織には求められます。そのときには、葦人が富樫に俯瞰力を教えたように、お互いの得意・不得意をオープンにしてチームのメンバー同士で教え合うように促すことも重要でしょう。

思考力と言語化を通じてメンバー同士のノウハウ共有を促す

思考力と言語化力は個人の成長だけでなく、チームの成長をも促すことになります。この2つの能力が、チーム内のメンバー同士の知識や知恵の共有を促すからです。

第1回では、指導者から選手らに教える方法として、指導する相手に対してどう動くべきか具体的に指示するティーチングと、問いかけを通じて指導相手にどう動くべきか考えさせるコーチングについて解説しました。しかしチームに貢献する個人を育てるのは指導者やマネージャーの教育だけではありません。むしろチーム全体の力の底上げには、同じように悩み、考え、学んでいる者同士の知識や知恵の共有が大きな役割を果たします。そのためには思考力と言語化力が必要になります。

このようにメンバー間で教え合うことは、実は教える個人にもメリットがあります。葦人が富樫に自分がある試合で、どのように全体の動きを見ていたかを伝えるシーンでは、むしろ葦人が説明することで自分のプレーへの理解を深めていることを実感します。教えることで、自分の感覚を言語化し、一つひとつのプレーに対して偶然ではなく、確実にできるようになる。教え合うことが個人を強くし、ひいてはチーム全体の力を強めます。

思考力と言語化を通じてメンバー同士のノウハウ共有を促す

©小林有吾/小学館(『アオアシ』14巻P75)

組織としてできるのは、個人の学びをチーム内で共有することを奨励する環境作りです。知識や知恵を多く持つことが個人の優位性を高める社会では、どうしても個人は学んだことを独占したいという誘惑に駆られます。組織内の評価制度などを通じて、全員が積極的にノウハウなどをチームに提供したいと考えられるようになれば、自然とチーム全体に蓄積されるノウハウを増やしていくことにもなります。教える側に、教えることが自分自身のノウハウの整理につながり、勉強になることを訴えるのも一つの方法です。

特に心掛けるべきなのは、この教え合いがチーム内のメンバーの仲の良さなどに左右されないようにすることです。仲のいい人を集めたわけではない組織では、どうしてもチーム内に気の合う人・合わない人が出てきます。しかしチーム内の教え合いはこうした個人的な感情を抜きにし、チームのメンバーが足りないものを補える相手に聞きに行ける仕組みが必要になります。

【まとめ】

『アオアシ』の物語としての面白さは、主人公である青井葦人が「自分のやりたいこと」と「周り=指導側が求めること」の間で葛藤するところです。漫画の主人公としては珍しいですが、現実のビジネス社会では決して珍しいことではありません。好きだけれども向いていないと言われたり、ほかの分野での活躍を求められたり。しかし、得意なことを周りが指摘し、チームへの新しい貢献方法を示唆するのも会社や組織の役割であり、面白さでもあります。個人がノウハウを共有しながら得意なことを好きにできる場所が、いいチームと言えるのではないでしょうか。

【連載一覧】
第1回「強いチーム作りは、サッカー漫画『アオアシ』指導陣に学べ!」はこちら

文/bookish、企画・監修/山内康裕