忙しくなってもストレスは強くなる。感染症対策は企業や組織でこそ行うべき

新潟大学・危機管理本部危機管理室

災害・復興科学研究所(兼務)教授
博士(情報学)
田村 圭子氏

プロフィール

BCP(事業継続計画=Business Continuity Plan)で対象とされていた災害は、主に大規模地震や水害、あるいはテロやシステム障害。これらの災害がもたらす危機的状況に対応し、事業継続を図るための対応策がBCPです。誰もが想像できなかった地球規模の災害であるコロナ禍に対して、企業はどのように対応したのでしょうか。結果的に、コロナ禍に対してもBCPは機能していました。そんな緊急調査結果をまとめたのが、新潟大学危機管理室の田村圭子教授です。田村教授らの研究チームは、緊急事態宣言下に第1回調査(5月)、緊急事態宣言終了後に第2回調査(6月)を実施しました。その結果から読み取れるBCPの有効性や、調査で明らかになった、従業員の意外なストレスなどについてお話を伺いました。

新型コロナウイルスは予期せぬ災害

■企業存続の鍵となる「レジリエンス」

新型コロナウイルス感染症の流行による緊急事態宣言と、それに伴う外出自粛要請は、多くの企業にとって予期せぬ事態でした。

田村氏:私が研究に携わっている首都圏レジリエンスプロジェクト(防災科学技術研究所)において、想定しているリスクの第一は自然災害です。コロナ禍の発生が全世界に影響を与える状況については、現実感をもって想定できていませんでした。とは言え、企業におけるBCPの目的は、事業の継続性を図ることです。従って、襲い来る危機が何であったとしても、その対応策を考えておく必要性はあるわけです。感染症に関しては、過去にSARSや新型インフルエンザなどもありましたが、これらによる被害は日本国内ではまだ軽微でした。けれども今回のコロナ禍により、改めて感染症の脅威が広く認識され、今後は感染症対策もBCPに盛り込まれていくと思います。

通常のBCPで想定される自然災害と、今回のコロナ・パンデミックの違いは何でしょうか。

田村氏:たとえば、南海トラフの大地震と今回のコロナ・パンデミックを比べてみましょう。発生時期の予測可能性については、南海トラフが今後30年以内に発生する確率が70~80%程度と推定されるのに対して、コロナの発生を予測するのは困難でした。直接被害を受けるエリアは、南海トラフが主に日本の西半分であり、コロナは全世界の特に都市部です。災害が引き起こす直接被害は、南海トラフでは、最悪の場合、日本の想定死者数は約32万人です。コロナに関しては日本の死者は実績ベースで2,165人(11月30日時点)となっています。

そして事業継続に関しては、南海トラフは超広域で地震発生から2年後ぐらいまでの長期間にわたって甚大な影響を与えますが、一方のコロナは、IMF(国際通貨基金)が2020年6月24日に発表した試算によれば、今後2年間で予想される経済被害は世界で約1,300兆円、日本では最大90兆円と推定され、さらに事業継続に関する不確実性の増大が見込まれます。自然災害とコロナのような感染症には影響に違いがあるものの、いずれも企業に甚大な影響を及ぼす点は同じであり、備えが必要であることに変わりはありません。

※平田 直(防災科研)、首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト 2020年度第一回データ利活用協議会シンポジウムより<資料は2020年6月時点>

災害が何であれ、企業が事業継続を図る上で重要な概念として、「レジリエンス」が注目されています。

田村氏:レジリエンスは、「対応力」「予測力」「予防力」の3つで構成されます。予測力は、発生前から災害を予測する能力であり、防災の分野では南海トラフ地震のような自然災害については検討を重ねてきましたが、感染症の発生予測を事業継続計画に適用することは、進んでいませんでした。予防力は、予期せぬ災害に襲われる状況を事前に想定した上で、被害を最小限に抑える能力です。たとえば、地震においては、建物を耐震化して被害を出さないようにします。感染症においては、ワクチン接種が予防力にあたります。ただ、地震でも感染症でも全ての被害発生を抑止することは困難ですから、被害を最小・軽減化する対応力が求められます。これらの観点を踏まえるなら、災害であれ感染症であれ、3つの力を強化してレジリエンスを高めていた企業は、この状況下においても、レジリエンス力の中でも、特に対応力を活用して、ある程度の対処ができたのではないでしょうか。

※平田 直(防災科研)、首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト 2020年度第一回データ利活用協議会シンポジウムより<資料は2020年6月時点>

■感染症対策としても機能するBCP

コロナ発生後、早い段階から企業に対する調査を実施した理由は何だったのでしょうか。

田村氏:これまでのBCPモデルが、果たしてコロナ禍にも通用するのか。今後のウィズコロナ、さらにはアフターコロナの時代へと移っていく中で、不確実性の増大が見込まれ、社会全体のレジリエンス向上が求められます。そのためには、どのようなイノベーションが必要になるのか。個別企業においては、廃業を防ぐのは当然ながら、事業縮小も極力押さえて、可能な限り早く操業率を100%に戻す必要があります。そのためには何をすればよいのか。こうした問題意識の下に、精密な調査フレームを設計して調査を2回行いました。

具体的には、各企業の属性を把握した上で、コロナ対応状況として感染症対策、出勤対策、出張対策に加えて、構成員のストレスについて調査を行っています。さらに、コロナ対応体制とBCPの実態についても調べています。

コロナ発生後、早い段階から企業に対する調査を実施した理由は何だったのでしょうか。

それぞれの調査から、どのような結果が読み取れたのでしょうか。

田村氏:意外だったのは、今回のコロナ禍が、あらゆる企業に対して一律にダメージを与えたわけではなかったという事実です。「危機こそチャンス」と、積極的に新規事業を展開した企業があり、ほかにも既存事業の中から休眠中だった事業を復活させて、新たな売上につなげた企業もありました。危機的な状況の中でも、それをバネとして新たな事業展開につなげた企業の事例からは、学ぶべき点があると思います。

今後のために考えるべきなのは、災害から復興までの道筋の描き方です。我々は阪神・淡路大震災の復興過程を調査した結果に基づいて、生活の再建に必要な7つの要素を抽出しています。すなわち、「すまい・つながり・まち・こころとからだ・そなえ・くらしむき・行政とのかかわり」であり、これら7要素の重要性は世界的に認められています。

この7要素をひと通り満たせば、復興は完了します。ただし復興を考える際に注意すべきなのは、ストレスが決して「こころとからだ」だけの問題ではない点です。家計がダメージを受けて「くらしむき」が悪くなるのもストレスですし、町が閉ざされてしまい、買い物に行けないような状況もストレスになります。こうしたストレスは、コロナ禍の状況でも共通しています。

企業に対しては、BCPの策定状況についても調査しています。

田村氏:地震などのBCPと感染症のBCPについて、2019年度の時点での策定状況を調べてみました。その結果、地震などに対するBCPを策定し定期的に見直している企業でも、内約2割が感染症のBCPは策定せず、今後の策定予定もないと答えていました。訓練の実施状況については、火災や地震災害を想定した訓練は、約8割の企業が実施していました。けれども感染症を想定した訓練については、ほぼ毎年実施している企業が3.3%、不定期実施が5.3%、実施したことがあるが5.7%で、86%の企業が実施したことがないと答えています。

ただ、地震などを対象としたBCPを策定して訓練を実施していると、感染症のような災害に対しても、一定の耐性ができるようです。すなわち、危機発生時に誰が何をするのかがあらかじめ決まっていれば、想定とは異なる災害発生時にも応用が利きます。たとえばBCPにおける物資担当者が消毒液の調達に動き、建物担当者は3密を考えた空間配置を考えるといった要領です。わずかこれだけのことでも、事前に誰も何も考えていなかった企業と比べれば、初動体制がまったく違ってきます。あらゆる災害を想定したBCPを策定するのは、特に中小企業などでは現実問題として不可能です。けれども、想定対象を一つだけでいいので、対応策を考えておくと応用が利きます。

新型コロナウイルス感染症COVID‐19に係るBCPに関する緊急調査結果

※中澤幸介・木村玲欧・田村圭子(Journal of Disaster Research 論文投稿中) 事業継続計画策定が感染症対策に与える影響―新型コロナウイルス感染症COVID‐19に係るBCPに関する緊急調査結果―より

コロナ禍は簡単には収まらない。だからストレスを感じない新しい働き方を

■トイレ感染症対策は約3割の企業が実施していない

感染症対策についての調査からは、どのような結果が明らかにされたのでしょうか。

田村氏:トイレの感染症対策が最も後回しにされていることが、気になりました。トイレは高頻度接触箇所が多く、また糞尿からエアロゾルが発生する危険性があるため、直接感染のリスクもあります。換気扇は回っているものの、それだけでは換気は不十分かもしれず、かといってドアを開けっ放しにするような場所でもないため、ハイリスクとなりがちです。トイレに入った靴のままで外を歩くと、靴の底に付着したウイルスを拡散させてしまう恐れもあります。マスク着用、消毒液による手指消毒、行動規則の実施などについては多くの企業が注意し、体温測定も徹底されていながら、トイレの感染症対策は約3割の企業でしか実施されていませんでした

こころとからだのストレスも気になるところです。

田村氏:売上の変化、新生活様式への対応などについて、からだのストレスとこころのストレスについて聞いてみました。まず売上に注目すると、コロナ禍前と比べて4割以上減った人たちは、こころとからだに強いストレスを受けています。一方で、売上が同じから3割以上伸びた人たちも強いストレスを感じていて、こちらは特にからだのストレスが強いのが特徴的でした。おそらく仕事量が増えたためでしょう。要するに、プラスにせよマイナスにせよ、急激な変化はストレスになるのです。

時間の経過によるストレスの変化については、阪神・淡路大震災の調査結果が参考になります。この震災時には、男女で大きな違いが見られました。震災直後は女性の方が気丈なのに対して、家が崩壊するなどの被害により男性の方が強くストレスを感じていました。ところが、時間が経つにつれて男性は気持ちを切り替えるのに対し、今度は逆に女性の方がストレスを溜めていました。その理由は、震災により住まい方が変わることで以前築かれていた人と人とのつながりが失われ、喪失感に見舞われる女性が多いからだと思われます。

他に何か特徴的な調査結果はありますか。

田村氏:新生活様式がもたらした、こころのストレスについては、意外なことに「手洗い」が強いストレスになっているようです。トイレの対策が不十分なことも影響しているのかもしれません。新しい働き方のスタイルや日常生活、買い物といった、他者との関わりの中で接触程度が左右されざるを得ない活動にもストレスを感じる人が多かったようです。

新生活様式がもたらした、こころのストレス

※中澤幸介・木村玲欧・田村圭子(Journal of Disaster Research 論文投稿中)事業継続計画策定が感染症対策に与える影響―新型コロナウイルス感染症COVID‐19に係るBCPに関する緊急調査結果―より

■これまで日の当たらなかった人がWebで平等に

テレワークについては、どんな反応だったのでしょうか。

田村氏:第1回調査の段階では、営業系の業務は控えられていた所が多く、財務系は財務系等の組織内部での活動は通常に近い形で継続、という感じでしょうか。これが第2回の調査では、通常に戻りつつある様子がうかがえます。業種による違いも大きく、たとえば医療関係や、コンサルタントなどは、医療ニーズやも業務サポートの相談などでかなり忙しくなっていたようです。おそらくは急遽、BCPを考えなければならなくなった企業が、コンサルタントにアドバイスなどを求めたのだと思います。

コロナ禍が簡単には収束しないと仮定すれば、いわゆるウィズコロナの時代の働き方は、どう考えればよいでしょうか。

田村氏:ハイブリッドがキーワードだと思います。対面と非対面のハイブリッド、バーチャルとリアルのハイブリッド、こうした組み合わせに新しい働き方の可能性を感じます。みんなでアイデアを生み出すブレーンストーミングなどは、対面によるやりとりが欠かせませんが、一方で業務の進捗などを確認する会議はWebの方がうまくいくでしょう。対面だと、どうしても声の大きい人、魅力的な言葉を操る人に注目が集まりがちですが、Webだとこれまで日の当たらなかった人も平等に注目されるようになります。対面で行う時間を短くする一方、その場で話して決めた内容を展開していくのは非対面に、といった切り分けができると思います。

BCPに取り組む意義が再認識されたようです。

田村氏:BCPの重要性は、改めて強調しておきたいと思います。何か起こったときのための組織体制を整えておけば、有事の際にはその対応を考える事務局が直ちに立ち上がります。各担当が自覚を持って早い段階から動けると、その後の対応が大きく変わってきます。そして仕事や売上が減った部門はもちろんですが、忙しくなった所でもストレスが強まっていることを意識する必要があります。

新たな働き方を考える、よいキッカケとすべきですね。

田村氏:ハイブリッドな働き方を、どのように構築していくのか。BCPについても、コンサルタントなど外部の専門家の意見を聞くのは重要ですが、まずは社内のチーム単位で考えてみてはいかがでしょうか。新潟大学では学生たちの課外活動再開に際して、チームごとに感染症対策を考えてもらい、それを審査して実施するやり方を採用しました。これにより、みんなが「自分事」として対策を意識するようになります。

現時点で欧州や北米には新たな感染の波が襲いつつあり、日本も第三波が到来しています。これから寒くなるにつれて、状況が悪化する懸念は拭えません。まずは目先の対応をきちんと考える必要があり、その先にはウィズコロナ時代の新たな業務の進め方、新しい生活様式を想定した働き方を用意していく。こうした備えが企業のレジリエンスを高める、新たなBCPになると考えます。

田村氏

【まとめ】

この記事を書いている段階で、日本では第三波の感染拡大が起こっています。アメリカでは一日当たりの感染者数が20万人に迫る勢いで、さらに増加する気配もあります。一方で、ワクチンや治療薬の開発も急ピッチで進められており、いずれコロナ禍は収まると期待できそうです。けれども、次は何が起こるでしょうか。田村先生の研究テーマの一つである「南海トラフ地震」に対する備えは、十分にできているでしょうか。あるいは次の新たな感染症が発生した際に、企業としてどのように対応すべきでしょうか。「going concern(継続企業の前提)」は、株主や取引先との関係を維持する上での、企業の大前提です。そのためには、どのような備えをすべきなのか。今回のコロナ禍をキッカケとして、自社の事業継続について改めて考える必要があると思いました。

取材・文/竹林 篤実、編集/d’s JOURNAL編集部