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あらゆるものを取り巻く環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が困難な状態を意味する「VUCA」。
現代は「VUCAの時代」と呼ばれています。VUCAの時代では、変化に取り残されないよう、どのような対応が企業や組織に求められるのでしょうか。
この記事では、VUCAの定義やVUCAの時代における企業・組織の在り方、変化に取り残されないために求められるスキルなどをご紹介します。
「VUCA(ブーカ)」とは、ビジネス環境や市場、組織、個人などあらゆるものを取り巻く環境が変化し、将来の予測が困難になっている状況を意味する造語のこと。「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」という、4つの単語の頭文字から成ります。VUCAはもともと、冷戦終了後の複雑化した国際情勢を示す用語として、1990年代ごろから米軍で使われ始めた軍事用語です。2010年代になると、ビジネスシーンでも使われるようになりました。
用語 | 状態 | 例 |
---|---|---|
Volatility:変動性 |
「これからどのような変化が起こっていくのか」が予測不可能な、変動が激しい状態 |
●「スマートフォン」や「SNS」の急速な普及 |
Uncertainty:不確実性 |
不確実な事柄が多く、「この先、私たちを取り巻く環境がどう変化していくのか」がわからない状態 |
●「地球温暖化による気候変動」 |
Complexity:複雑性 |
さまざまな要素・要因が複雑に絡み合っていて、単純な解決策を導き出すのが難しい状態 |
●国によって差がある「キャッシュレス化」の浸透度合い |
Ambiguity:曖昧性 |
「どうしたら、問題を解決できるのか」「本当にこの方法で解決できるのか」、絶対的な解決方法が見つからない曖昧な状態 |
●大手企業がベンチャー企業向けに投資する「ベンチャーキャピタル」 など |
VUCAの語源となった4つの単語の示す状態について、それぞれ例を挙げながらご紹介します。
「Volatility:変動性」とは、「これからどのような変化が起こっていくのか」が予測不可能な、変動が激しい状態のこと。近年、IT技術の急速な進展により、新しい商品・サービスが次々と生まれ、それに伴い、市場のニーズや消費者の価値観も多様化しています。変化に対応できないとビジネスが衰退してしまう可能性がある反面、早急に変化に対応できれば新たな価値観や社会の仕組みを創出するチャンスともなるでしょう。例として、ここ十数年の「スマートフォン」や「SNS」の普及、それに伴う「営業・マーケティング手法の変化」などが挙げられます。
「Uncertainty:不確実性」とは、不確実な事柄が多く、「この先、私たちを取り巻く環境がどう変化していくのか」がわからない状態のこと。個人にとっても、組織にとっても、不安定な状況と言えるでしょう。不確実性が高いと、事業計画や販売計画といった形でビジネスの見通しを立てるのが困難になるとされています。例として、「地球温暖化による気候変動」や「副業解禁や高齢者の活躍といった少子高齢化に伴う動き」「年功序列から成果主義への移行」などが挙げられます。2020年に入り、世界中で流行している「新型コロナウイルス感染症」による経済への影響も、不確実性の一例と言えるでしょう。
「Complexity:複雑性」とは、さまざまな要素・要因が複雑に絡み合っていて、単純な解決策を導き出すのが難しい状態のこと。「Complexity:複雑性」が高いと、「ある国・企業での成功事例を、他の国・企業にそのまま応用できない」「一つの国や企業だけでは、問題を根本的に解決できない」といったことが起こります。一方で、既存の枠組みを超えた事業や革新的なアイデアが生まれることもあります。例として、「世界的に普及しているものの、日本では浸透しきっていないキャッシュレス化」や、これまでにはなかった「高級車の配車サービス」や「一般の人による、空き部屋の貸し出しサービス」などが挙げられます。
「Ambiguity:曖昧性」とは、「どうしたら、問題を解決できるのか」「本当にこの方法で解決できるのか」といったように、絶対的な解決方法が見つからない曖昧な状態のこと。先ほど紹介した「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」が組み合わさることで、「Ambiguity:曖昧性」な状態になるとされています。「Ambiguity:曖昧性」をビジネスに活かしている例としては、大手自動車会社や大手通信会社などがベンチャー企業向けに投資する「ベンチャーキャピタル」が有名です。
「VUCA」の時代とは、VUCAの状態が続き、既存の価値観やビジネスモデルなどが通用しない時代のこと。IT技術の急速な進展や新型コロナウイルスの影響などにより、世界的にVUCAの度合いが増している近年は、「VUCAの時代」だとされています。そのことが広く認識されるきっかけとなったのは、2016年に開催された「世界経済フォーラム(ダボス会議)」です。ダボス会議で、「VUCAワールド」という言葉が使われ、「今はVUCAの時代だ」ということが、世界的な共通認識となりました。
「VUCAフレームワーク」とは、VUCAの世界を体系化したフレームワークのこと。VUCAフレームワークにさまざまな事象を当てはめて分析することで、課題が明確になり、どうビジネスを展開していくべきかを決めやすくなります。
(参考:入江仁之 著「『すぐ決まる組織』のつくり方 OODAマネジメント」(フォレスト出版)を基に作成)
VUCAの時代に必要不可欠な思考法とされているのが、「OODAループ」です。VUCAと同様、こちらも米軍によって提唱されました。「想定外の状況が起きない」という前提の下、「Plan(計画)」から始める従来の「PDCAサイクル」に比べ、「OODAループ」は変化に柔軟かつ迅速な対応が可能な思考法と言われています。じっくり計画を立ててから行動に移す「PDCAサイクル」は業務改善に適したフレームワークであるのに対し、的確な状況判断に基づく迅速な実行を目的とした「OODAループ」は意思決定に適したフレームワークです。そうした違いがあるため、不確実性や曖昧性の高いVUCAの時代では「OODAループ」を基に意思決定を行うのが望ましいとされています。
「OODAループ」は、以下の4つのステップを回す(ループする)形で進められます。
OODAループの4つのステップ
ステップ①「Observe(観察)」:市場や顧客といった外部環境をよく観察し、生データを収集する
ステップ②「Orient(状況判断)」:収集した生データを基に、現状を把握・理解する
ステップ③「Decide(意思決定)」:具体的な方針やアクションプランを決める
ステップ④「Act(実行)」:決まったことを、迅速に実行する
日本政府は、VUCAに対してどのように向き合っているのでしょうか。VUCAに対する日本政府の動きをご紹介します。
経済産業省が2019年3月に発表した『人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて~』では、3つの「大原則」とそれに基づく6つの「具体的な方策」が提言されています。その中で、VUCAは「大原則」の一つとしての位置付けです。提言では、経営トップに対して、「率先して、VUCA時代におけるミッション・ビジョンの実現を目指し、組織や企業文化の変革を進める」ことを求めています。VUCAの時代では、「世の中に変革を起こすリーダーが、保守的な減点主義や過度な完璧主義にこだわり、イノベーションの芽を摘んでいないか」を確認する必要があるという認識のようです。
(参考:経済産業省『人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて~』)
文部科学省は、OECDが主導する「OECD Education 2030 プロジェクト」に、2015年から参画しています。同プロジェクトの中間的な概要報告である『OECD Education 2030 プロジェクトについて』では、VUCAの時代における教育の在り方が提言されています。VUCAの世界では、「教育の在り方次第で、直面している課題を解決することができるのか、それとも解決できずに敗れることとなるのかが変わってくる」「(教育の)カリキュラムも、おそらくまったく新しい方向に進化し続けなければならない」と考えられているようです。
(参考:文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室『OECD Education 2030 プロジェクトについて』)
「Society5.0」とは、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」のこと。「Society5.0」が実現すれば、イノベーションで創出された新たな価値により、格差なくニーズに対応したモノやサービスが提供され、経済発展と社会的課題の解決を両立することができるようです。内閣府のHPや資料を読み解くと、VUCAの時代に目指すべき社会の在り方として、「Society 5.0」を提唱していることがわかります。
(参考:内閣府『Society 5.0』『Society 5.0とは』)
VUCAの時代、企業や組織はどうあるべきなのでしょうか。経済産業省が2019年3月に発表した『人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて~』を基に、企業や組織に何が求められるのかを考察します。
グローバル競争の激化やIT技術の進展が著しい近年、日本企業は急速・急激な変化に直面しています。特に、少子高齢化による労働人口の減少は、今後より深刻な問題となっていくでしょう。また、市場のニーズや価値観も多様化・複雑化しており、これまでの「勝ち筋」は通用しなくなると考えられます。このように、「変動性」「不確実性」「複雑性」「曖昧性」が増している中、「いかに変化を起こしていくか」という変革への対応力が求められています。
日本企業はこれまで、「終身雇用」を前提とした長期的・安定的な雇用システムの下、社員が一致団結し、競争力を強化してきました。しかし、企業を取り巻く環境が急速に変化しているVUCAの時代においては、多様な価値観・バックグラウンドを持つ人材を活用する「ダイバーシティー」の考えが重要となります。多様な人材が組織に集まり、多様な価値観を認め合う風土が醸成されることで、「変動性」「不確実性」「複雑性」「曖昧性」に対応し、変革を起こしやすくなるでしょう。そのためには、経営層自らが率先して、人材マネジメントの刷新に乗り出す必要があります。
例として、「職務やスキルに対応した、柔軟な人事制度の構築」や「新しいビジネスを進めるための、社員の再配置・再教育」「少子高齢化や人生100年時代を見据えた、自律的なキャリア構築の支援」などがあります。
(参考:『ダイバーシティーとは何をすること?意味と推進方法-企業の取り組み事例を交えて解説-』)
VUCAの時代を生き抜く術の一つとして、多様な価値観を持つ人材を集めることが挙げられます。そして、このことから競争力の源泉となるのは、「人材」であることがわかります。そのため、経営陣には「人材戦略は経営戦略の中心に位置付けられる」ということの再認識や、その認識に基づく「具体的なアクション」の実行が求められます。「複雑性」「曖昧性」が増すVUCAの時代では、さまざまな立場の人々の力・知恵が必要です。多くの人々の協力を得られるよう、経営陣は「社員」「資本市場」「労働市場」といったステークホルダーに対し、人材戦略を積極的に情報発信し、建設的な対話を図っていきましょう。
VUCAの時代のリーダーには、さまざまな面で「率先して動く」ことが求められます。VUCAの時代に必要とされるリーダーシップやマネジメントについてご紹介します。
まず必要とされるのが、「ビジョンの設定」です。これまでも企業理念やミッション・ビジョン・バリューは重視されてきました。不透明性が高いVUCAの時代では、今まで以上に「組織として、どこに向かっていくべきか」ビジョンを明確にすることが重要です。ビジョンを示すことにより、メンバー一人一人が自分の役割を再認識でき、イノベーションの創出につながっていくでしょう。
これまでは、蓄積したノウハウや知識を基に、プロジェクトを進めていくことができました。しかしVUCAの時代においては、従来のノウハウや知識のみに頼るのではなく、日々アンテナを張ってさまざまなニュースに触れ、今世界で何が起こっているのか、常に把握することも重要です。同様に、新しいテクノロジーや経営手法について学ぶ必要もあるでしょう。VUCAの時代のリーダーには、このように「新しいことを常に学ぶ姿勢」が求められます。
従来のマネジメントでは、上司から部下への一方的な「指導」「教育」が行われる傾向にありました。しかし、メンバーそれぞれの価値観や能力を活かしていく必要があるVUCAの時代では、対等な立場での「対話」が求められます。組織のビジョンを実現させるためにも、各々の意見に耳を傾け、メンバーのモチベーションを高めることが重要です。メンバーの本音を引き出すためには、上司と部下の1対1の面談である「1on1」を定期的に実施するとよいでしょう。
(参考:『【1on1シート付】1on1で何を話す?失敗しない方法を実施前に知っておこう』)
これまでも、「決断力」や「行動力」はリーダーに必要な要素と考えられてきました。しかしVUCAの時代では、これまで経験したことのない課題に対して迅速に対応する必要があるため、今まで以上に決断力や行動力を発揮することが重要です。リーダーにはこれまで以上に難しい判断や的確な行動が求められるため、時には、自分一人で全てをやろうとせず、周囲のメンバーの力を借りることも必要になるでしょう。メンバー一人一人がリーダーシップを発揮できる状態をつくることも、VUCA時代のリーダーには求められます。
VUCAの時代を生き抜くため、メンバー一人一人に必要とされる4つのスキルをご紹介します。
企業を取り巻く環境が目まぐるしく変わるVUCAの時代において、計画を立てたり、行動に移したりすることに時間をかけていては、ビジネスチャンスを逃してしまいます。そこで求められるのが、意思決定や迅速な対応です。的確な判断を迅速に行えるよう、常にアンテナを張って、最新のテクノロジーや経営手法、ニュースなどを学んでおきましょう。意思決定をしたら、速やかに行動に移す必要があります。
VUCAの時代においては、「計画通りに物事が進まない」ということも多くあります。そのため、今まで以上に状況の変化に対応する臨機応変さが求められます。日頃から、想定されるリスクを事前に把握した上でその軽減策を考える「リスクマネジメント」を意識的に行い、臨機応変さを養いましょう。
先ほどご紹介した通り、VUCAの時代を生き抜く鍵とされているのが、多様な価値観を持つ人材の受け入れです。しかし、さまざまな価値観・バックグラウンドを持つメンバーが集まることにより、人間関係のトラブルが発生し、業務が滞ることもあるでしょう。メンバーの力を最大限発揮してもらうためには、多様性を受け入れるコミュニケーション力が必要です。リーダーは、恐怖や不安を感じることなく自分の意見を伝えられる状態である「心理的安全性」の担保を意識するとよいでしょう。
(参考:『心理的安全性の作り方・測り方。Google流、生産性を高める方法を取り入れるには』)
VUCAの時代において、問題・課題に対する明確な答えがすぐに見つかることは、ほとんどありません。誰も明確な答えを知らない中、必要となるのが、最もよい答えを導き出す問題解決力です。日頃から、問題の本質を見極め分析する力を養ったり、将来起こり得る変化に対するシナリオおよびその対応策を考える「シナリオプランニング」を行ったりすることが重要でしょう。
メンバーそれぞれが上記のスキルを伸ばしていくことで、より変化に対応しやすい組織へと変わっていくことが期待できます。
VUCAの時代を生き抜くためには、社員の教育・人材育成の在り方を改める必要があります。VUCAの時代で変わっていく、教育・人材育成の在り方についてご紹介します。
これまでの研修は、座学形式での「OFF-JT」や、現場での実務を通じた「OJT」が主流でした。しかし、はっきりとした正解がないVUCAの時代では、単なる講義や実務研修だけでなく、「自分で考え、行動する」体験型の研修が求められます。体験型の研修を実施することにより、柔軟性や思考力が養われ、自発的・自律的に行動できる人材の育成につながるでしょう。例として、外国の企業で実際に仕事を行い現地の課題解決を図る「体験型グローバル人材育成研修」や、自社と対極にある企業と行う実地型の「大手・ベンチャー相互交流型研修」などが挙げられます。
VUCAの時代を生き抜くためには、常に新しいことを学ぶ姿勢が重要です。これまでも、社員の自己啓発支援は行われてきましたが、これからは今まで以上に自発的な学びを支援する必要があります。例として、「語学学校やe-learningの受講料補助」や「留学や大学院進学などを後押しする、休職制度の新設」などが挙げられます。このような支援を行い、生涯にわたって教育と就労のサイクルを繰り返す「リカレント教育」の実現を図るとよいでしょう。
(参考:『リカレント教育とはいつどんなことを学ぶもの?企業が導入するメリットと取り組み事例』)
VUCAの時代においては、市場や顧客のニーズの変化に素早く気付き、迅速に決断・対応する必要があります。その際、鍵となるのがリーダーの存在です。現場の声を吸い上げ、経営陣に情報を伝えるリーダーの重要性は、これまで以上に増していくでしょう。そのため、リーダーの育成に注力することが重要です。先ほどご紹介したVUCA時代に必要とされるリーダーシップやマネジメントの習得を図ることのできる研修プログラムを検討するとよいでしょう。
VUCAについて、より理解を深めたい方にお勧めの書籍を3冊ご紹介します。
『99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ』の著者でもある河野英太郎氏が、VUCAの時代に合った「新たな仕事のコツ」について紹介した1冊。VUCA時代に活躍するための働き方の新ルールを提案しています。10年、20年先も通用する「仕事の武器」を手に入れたい方にお勧めの本です。
世界規模の調査研究で得られたデータを基に、VUCA時代を生き抜く「7つの条件」を紹介している1冊。「誰にも真似できない価値」のつくり方や「VUCAの世界で生き抜く力を鍛える」方法についても解説しています。成長し続けられる人材になりたい方にお勧めです。
「オールドタイプは現代の問題を拡大再生産している」「ニュータイプは問題を『発見』できる人」という考えを基に書かれた本。VUCAの時代を生き抜くための思考や行動様式について紹介しています。VUCAの時代の「生存戦略の決定版」とも称される1冊です。
現代はまさに、VUCAの時代です。VUCAの時代においては、「新しいことを常に学ぶ姿勢」や「メンバーの動機付け」といった「率先して動く」リーダーシップ、マネジメントが必要です。
そして、メンバー一人一人には、「意思決定や対応の迅速さ」や「状況の変化に対応する臨機応変さ」など4つのスキルが求められます。
「体験型学習の実施」や「自発的な学びの支援」などを重視した教育・人材育成を行うことにより、VUCAの時代を生き抜ける人材を育ててみてはいかがでしょうか。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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