理屈だけではない、絶対解はない。人事にできることは何か。”100のツボ”を読み解く

株式会社壺中天

代表取締役 坪谷邦生(つぼたに・くにお)

1999年、エンジニアとしてIT企業(SIer)に就職。人事部門へ異動後、人事担当者、人事マネージャーを経験。2008年、リクルート社で人事コンサルタントとなり50社以上の人事制度を構築、組織開発を支援。2016年、アカツキ社で人事企画室を立ち上げる。2020年、「人事の意志を形にする」を目的として株式会社壺中天を設立。

50社で人事制度を構築し、初めてわかった「人材マネジメントの勘所」
採用のツボ「求人(母集団形成)方法」
採用のツボ「適性検査」
人事制度運用で大切なことは、型(カタ)をつくって血(チ)を通わせること
人事のプロフェッショナルを体現したい

ベストセラー書『図解 人材マネジメント入門 人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。「人材マネジメント」の入門書であり、改めて基礎から学びたい人事経験者も、体系的に理解ができる書籍です。今回は、同書の著者である坪谷邦生氏へインタビューを行いました。

本インタビューでは、著書では語られていないさまざまなエピソードや、坪谷氏のパーソナリティー、考え方を伺うことができました。人事・採用担当者、マネージャー当事者はもちろん、どの階層の方にも学びが多い、人事ノウハウ・ナレッジをお届けします。

50社で人事制度を構築し、初めてわかった「人材マネジメントの勘所」

 

――1999年、SIerにエンジニアとして入社して2年後に、人事部に異動されています。どのような経緯があったのでしょうか?

坪谷氏:エンジニアになったのは森博嗣さんの『すべてがFになる』という小説に出てくる天才プログラマーに憧れたからです。でも、配属先の現場はまさに「デスマーチ(※)」そのもの。技術うんぬんではなく、マネジメントがまったく機能していませんでした。

(※)IT業界における、過酷な労働環境を課されるプロジェクトの現場を表す俗語

当時の僕は、これに問題意識を感じて、社長にその想いをぶつけました。すると「じゃあ、一緒に組織を変えていこう」と言っていただき、人事部門に異動となりました。

エンジニア時代は「現場がひどいのは会社が悪い、つまり社長のせい」だと、勝手に決めつけていたんです。しかし、話せば話すほど、社長は会社を良くするために最善を尽くしていることを知りました。それにもかかわらず、状況が一向に改善しないことは不思議でした。そこで僕は、人事で組織を変えることを決意したんです。

採用した社員の退職。突き付けられた「人事の無力さ」

――当時、人事として「組織を変えている」という実感はありましたか?

 

坪谷氏:どんなに一所懸命やっても、何も変わりませんでしたね。その中でも強烈に心に残っているのが、初めて新卒採用を担当したときのことです。

自分で初めて採用した社員は、思い入れがあるのでみんなかわいいんですよね。しかし、いざ彼らが現場に配属になったら、当然壁にぶち当たり始めます。あるとき、一人の社員が体調を崩して退職することになってしまいました。入社したときは意気揚々と「頑張ります!」と言っていたはずなのに、彼女が退職のあいさつに来たときには、すごく弱って見えました。そのときに「坪谷さんや、人事の方はいったい何をしてくれたんですか?」と彼女から言われているような気がしたのです。これは僕にとって「人事にできることって何だろう?」と考えるようになった原体験です。

――その後、化粧品メーカーを経てリクルートに転職されています。

坪谷氏:1社目のSIerは100名ほどの中小企業でした。「小規模だから人材マネジメントの勘所がわからないのか」と思い、もっと規模が大きい会社に行こうと、従業員3000名ほどの中堅メーカーに転職しました。しかし、規模が大きくても、起きていることは一緒で、組織を変えるノウハウを身に付けることはできませんでした。そこで、リクルートの事業会社であり、人材マネジメント業界のナンバーワンであるリクルートマネジメントソリューションズのコンサルタント求人を見て、ここなら人事の知見を養うことができるのではないかと思い、転職したんです。

――実際に、リクルートに入社して、「人材マネジメントの勘所」をつかむことができたのでしょうか?

坪谷氏:はい、転職して良かったです。社内にさまざまな知見が蓄積されており、活躍し続けているベテランも数多くいて、彼らから本当にいろいろなことを学びました。リクルートでは、人事コンサルタントとして50社ほどの人事制度構築や組織開発支援を担当しました。

リクルート各社には多くの表彰制度がありますが、リクルートマネジメントソリューションズにもナレッジグランプリという500名規模(当時)の社内表彰式があります。そこでは各年、優れた仕事をした人が発表されるのですが、入社して7年目に、「あるべき人材像を実現する人事制度」というテーマで優勝することができたんです。

でも、その瞬間に「魔法が解けた」んですよね。僕は、働いている人がイキイキとできる知見を学びに来たはずで、社内で表彰されたかったわけじゃないと気付いたんです。

そのころから、自分がリクルートで学んだことを世の中に還元するべきじゃないかと考えるようになりました。人事コンサルタントとして1社を良くしても、その1社が良くなるだけ。その過程で得た情報を展開しようと思っても、クライアントワークで守秘義務があるからできない。

そのときに出会ったのがアカツキという事業会社です。アカツキは若い2人の創業者が経営していて、「人事企画をやるから一緒に組織を良くしていこう」と意気投合しました。さらに「アカツキでやっていることは、世の中を良くするために全部発信していいよ」と、笑顔で承諾してくれました。

 

――著書『図解 人材マネジメント 入門 人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ 』は、これまでの経験を発信できる、その想いで書かれたのでしょうか?

坪谷氏:僕はもともとエンジニアとして困り、人事の道を歩み始めました。しかし、新卒の社員が辞めた経験から「人事の仕事って何だろう」と悩みます。さらに社内人事としても困ったので、リクルートに転職し、人事コンサルタントとなりました。拙著は、このように僕が当事者として困ってきたことを体系的にまとめたものです。完成までに6年かかりました。人事の仕事って正解がない、理屈だけじゃないんですよね。それをどのように理屈で言うか、本当に大変でしたよ(笑)。

採用のツボ「求人(母集団形成)方法」

――ここから著書のChapter6「採用」について伺います。ツボ56では「求人方法」について書かれています。企業は、メディアとエージェントをどのように使い分けるべきでしょうか?

 

坪谷氏:今後の採用は、企業が働く人を選ぶのではなく、働く人が企業を選ぶように変化していきます。ですから企業は、まず自社の状況を伝えるためにはどの方法が適しているかを考えましょう。またメディアとエージェント、どちらにも共通して大切なのは、企業の内情を包み隠さずオープンにするということです。こうすることで、自社の強みや弱み、個性や特徴をはっきりと見せることになり、ユーザーやエージェントに求める人材像を明確に伝えることができます。

――最近では、リファラル採用を積極的に導入している企業が増えていますよね。

坪谷氏:選考通過率と定着率が高い、コストが抑えられるなどメリットの多いことが増えている理由です。リファラル採用では、その企業のミッション・バリューに共感し、働きがいを感じていて、さらに「友人や知り合いに勧めたい」と思ってくれる社員がいるかどうかが重要ですね。

――協力社員を増やすために「紹介インセンティブ制度」などの外発的動機を設けることは、「友人・知人に勧めたい」という内発的動機を阻害してしまうことにはなりませんか?

坪谷氏:それも十分にあり得ると思います。とはいうものの、人間の考え方はみんな一緒ではありません。一番賢明な考え方は「外発的動機ってそういうことが起こりがちだよね」と知った上で、手を打つことだと思います。また、最初は外発的動機で始めたけれど、自社の魅力を伝えていくうちに、内発的動機が強まるということもありますから。

僕の場合、リクルートのナレッジグランプリに挑戦し続けた要因の一つに、賞金が高かったことも絶対にあると思っていますよ(笑)。人間って、何によって心に火が点くかわからないので、「内発的動機が大切だから、外発的要因を取り除きましょう」という議論は、やや表面的だと思います。

採用のツボ「適性検査」

――ツボ57では「適性検査」について書かれています。「能力検査」と「性格検査」のうち、後者の性格検査においては「応募者が意図的に印象をコントロールできるのでは?」という声も聞きます。企業はどのくらい性格検査を信用すべきでしょうか?

 

坪谷氏:基本的によく練られた性格検査では、応募者が印象をコントロールできないようにつくられています。むしろ、そうすることによって自分を良く見せる傾向があるという結果が出たりします。

たとえば、僕は「理想主義者」で「物事を深く考える」タイプです。これは、性格検査ではっきりした傾向として出るはずです。そうすると、面接に行ったときに「坪谷さんは、理想主義者で物事を深く考えるから、弊社のこういう仕事は向いているかもしれませんね」という会話から、スタートすることができます。性格検査は総合的な人格理解の大事な判断材料の1つとして、信頼してよいでしょう。

性格検査は強みと弱みの両方がわかるからこそ、結果をきちんと応募者にフィードバックし、それを参考に仕事内容の擦り合わせを行ってほしいと思っています。

――実際には、性格検査の結果が応募者にフィードバックされないことも少なくありませんよね。

坪谷氏:企業が応募者よりも立場が上だと思い込んでいるのではないでしょうか。働く人が企業を選ぶように変化していくとは言ったものの、まだ応募者を選ぶスタンスの企業が多いのが現実です。

アカツキ社のCX(カスタマー・エクスペリエンス)チームは、ユーザー対応の姿勢から、ファン心理に寄り添う「神対応」「神運用」だと言われています。あるとき、CXチームが採用に関わったんです。彼らはその経験を生かして「応募者はどんな情報を求めているのか」を採用チームと一緒に考え、応募者に対してていねいにフィードバックを返してくれました。

やがて採用でも神対応と言われるようになり、ソーシャルゲームのノウハウが採用でも活きることに感動しました。お見送りメールへのお返事で「こんなに細かく結果のフィードバックをいただけて、今後のキャリアの参考になりました」といった声が寄せられるようになったんです。採用CXの意味でも、企業のスタンスを変化させていくことは重要だと思いますね。

人事制度運用で大切なことは、型(カタ)をつくって血(チ)を通わせること

――著書では、人事の100のツボが紹介されています。坪谷さんの20年にわたる人事キャリアにおいて、一貫して課題だと感じていることはありますか?

坪谷氏:組織を変えられるかどうかは、結局経営者の「意志」にかかっているということです。僕は、人事制度をつくるときには「型」をつくって「血」を通わせることが大切だと考えています。経営者からの相談の多くは人事制度をつくりたい、つまり「型」の話ですよね。実は「型」をつくることは簡単にできます。世の中に知見はたくさんありますから。しかし経営者が「意志」を持ってそれを実践して「血」を通わせないと、人事制度は形骸化します。

――「血」を通わせるところまで、人事が担当すべきなのでしょうか?

 

坪谷氏:まさに、そこが人事の腕の見せ所ではないでしょうか。そして、人事がそこをできるようになってくれることが、コンサルタントとして関わる僕のゴールです。

「血」を通わせることは、正直に言って、できるときとできないときがあります。ここで重要なことは、経営者や人事にこちらの本気度を知ってもらうことだけではなく、組織の実態を知って、いかに生々しい話ができるかだと言えるでしょう。ですから、現場に行って生々しい実態を把握しておくことが求められます。

コンサルタントとしての自分は、どこまで実務に入り込み人事を引っ張るべきなのか。これは僕の考えですが、「自分がやるべきではないけれど、自分がやらなければならない」と思っています。ギリギリの二項対立です。「いい教師はハートに火を点ける」と言いますよね。

――著書の内容を実践すれば、人事は組織を変えられるのでしょうか?

坪谷氏:前提として「絶対解」というものは存在しません。拙著に書かれていることも、先人が経験から学んだ知恵と、僕が経験してきたことを集めて「型」にしているにすぎません。たとえば医療に置き換えると、さまざまなエビデンスを積み上げた結果、患者の多くを助けることができるが、実際には助からない患者も多くいるという厳しい現実があります。大切なことは、拙著に書かれている「原理・原則(型)」を繰り返し実践して、検証するサイクルを回すことです。そうしているうちに、その企業としての判断基準が育まれ、組織は成長していくでしょう。

僕が人事コンサルタントや顧問として企業に参加すると、必ず人事責任者から「答えを教えてください」と言われます。答えを教えることは簡単ですが、それでは人も企業も育ちません。私は、人事には「人事としての持論」を持ってもらうべきだと考えています。そのために、その人自身が頭で考え、行動し、経験し、内省してもらえるような、並走者としての関わり方をするように心掛けています。

人事のプロフェッショナルを体現したい

――著書の刊行にあたって、さまざまな反響があったと思います。そこから得た新しい考えや洞察はありますか?

 

坪谷氏:意外だったのですが、「まとめ買い」が多かったようです。企業の人事部長などがまとめ買いをして、メンバーに配布するケースがあるようですね。最初の企画では1500部くらいを見込んでいたのですが、現時点(※)で5刷、2万部を超えています。僕と同じように人事のノウハウを他者に広めたいという方がたくさんいることを考えると、非常にうれしいです。同志のお役に立つことができたのか…と、とても感慨深いですね。

(※)2020年10月時点。

人事とは「人を生かして事を成す」こと

――人材マネジメントのやりがい、魅力は何でしょうか?

坪谷氏:「人を生かして事を成す」に尽きます。まず僕は「人」が生かされていない状況が嫌なんです。前半で、体調を崩して辞めていった社員の話をしましたが、そのような経験は非常に苦しいですよね。「すごく活躍しなくてもいいから、せめて元気でいてほしい」と思いました。だから、今でも頑張りすぎている若い社員を見ていると心配になります。

一方、人は元気でも「事」を成せていない組織もあります。このような組織は、経営陣も社員たちも、会社の利益や地位にぶら下がって、ぬるま湯につかっていると思うんですよ。彼らの意識を変えることは難しいので、これからの未来に可能性がある若い社員たちに力を注いで、若い世代が活躍する社会をつくりたいです。

――20年間、人事一本で貫き通してきた坪谷さんの今後の展望を聞かせてください。

 

坪谷氏:「人事のプロフェッショナル」を体現したいと考えています。僕のような動き方をしている個人は、あまりいないんですよね。人事のキャリアの最終地点は、CHRO(最高人事責任者)だけではないと思うんです。僕は組織になじむタイプではなかった一方で、難しい概念をわかりやすく編集して発信するところには強みがあると考えています。

従って、さまざまな企業の支援をしながら、その理論と実践を人事について発信を続けていきます。そして、おこがましいことではありますが、人事に関わる人たちにとって1つのキャリアの参考になれればと考えています。

取材後記

坪谷氏へのインタビューを準備するにあたり、『図解 人材マネジメント 入門 人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ 』を熟読しました。正直なところ、ここまで網羅的かつ体系的に人事のノウハウをまとめた本は他にないでしょう。その著者にお話を伺える今回の取材はとても楽しみでした。

当日は、事務所のバランスボールに座りながらの取材。カジュアルな空気感に対して、内容はシリアス。坪谷氏の慧眼に幾度となくハッとします。やはり、人事に20年を捧げてきた人の言葉は重みが違い、自分の勉強不足を痛感。坪谷氏は「人事のプロフェッショナルを体現したい」という意志を、きっと実現していくことでしょう。

取材・文/師田賢人、撮影/安井信介、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部