人事が副業で他社人事に貢献。スキルシェアでプロ人事集団をつくる採用モンスターズ

株式会社採用モンスター

代表取締役社長 鴛海 敬子(おしうみ・けいこ)

プロフィール

一度目にしたら忘れそうにない「採用モンスター」という社名。実はこのネーミングは、代表取締役社長である鴛海敬子氏の異名が基になっています。前職ではCHROとして1年で約70名のエンジニア採用を実現し、独立後はフリーランス人事として複数の企業で活躍した鴛海氏。

「人事のスキルシェア」に可能性を見いだし、副業プロ人事が他社人事に貢献する事業を立ち上げました。その旗印の下に集う副業プロ人事パーソンは約200人。人事が企業や業界をまたいで知見を提供することには、どのような意義があるのでしょうか。採用モンスターとしてのノウハウを交えて語っていただきました。

離職率を下げること、辞めたい社員を引き留めることは、本当に必要か

 

――鴛海さんが、人事・採用担当者としてのキャリアを歩むことになったきっかけを教えてください。

鴛海氏:人事の仕事につながる原体験は、大学時代に頑張っていた「合コンの幹事」かもしれません。合コンの幹事は参加者みんなが楽しめるように環境をつくり、その上で人を集めていく必要があります。そうやってマッチングをさせるのが、合コンに参加すること自体よりも楽しかったんです。

人と人の間に立って、みんなが幸せになれるように動く。そんな仕事ができたらいいなと思って、大学卒業後は人材派遣会社に入社しました。人材派遣の仕事を通して、人の教育にも興味を持つようになり、いくつかの会社で人事を経験しました。その中でも特に貴重な経験ができたと思うのは、採用が難しい不人気業界へ飛び込んだ時期ですね。

――ご自身から、あえて不人気業界へ?

鴛海氏:そうです。当時は「不人気業界で採用に成功してこそ、人事として本物だと言えるのでは」と思っていました。その企業は採用が難しいことを理解してしっかり予算を確保していたので、いろいろなことに挑戦できる環境でもあったんです。

私は新卒採用を担当させてもらいました。同じ企業でも年度によって求める人物像は変わります。ある年は「現場ですぐに活躍できる人材を」、ある年は「経営人材になれるような人材を」といった形で、その時々の採用方針に応じて発信するメッセージの内容や打ち出し方を変えました。説明会の演出はもちろん、採用候補者層に応じてスライド資料の背景やフォントの色も変えていましたね。そうした仕事が楽しくて、5年ほど続けました。

――独立前にCHROを務められていたメイプルシステムズ社では、「離職率100%を目指す」という型破りなメッセージを発信し、1年で70名のエンジニア採用に成功しています。この採用活動の背景についても教えていただけますか?

鴛海氏:「離職率100%」は、メイプルシステムズのCEOである望月祐介さんがずっと抱いていた想いなんです。

「会社は個人の成長を応援するのが当然。個人がその会社で成長し切った先に退職という選択が生まれるなら、それは健全なことだ。会社ができる究極の成長サポートは、退職を応援することじゃないか」

私はその想いを聞いて深く共感しました。人事として充実した採用業務を行う一方で、社員から「退職したい」と相談されることが悩みの種だったからです。人事という立場では、会社の離職率を下げるように努力しなければならない。辞めようとしている社員がいれば、何とかして引き留めなければならない。それが苦痛でした。

「一つの職場に個人を無理やりつなぎ留めようとするのは悪」だとさえ思う

――辞めたい社員を引き留めることが苦痛。理由は何だったのでしょうか?

鴛海氏:退職相談を受けて「あなたはこの会社で3年間も頑張ったんだから、転職した方がスキルも収入も伸びるかもしれないね」と、本音を言えば思うこともあるわけですよ。相手が自分の友だちだったら、絶対にそうアドバイスするはず。でも私は人事の立場だから、社員にはそう言えないんです。そのことにずっとモヤモヤしていて…。

だから「離職率100%を目指せばいいじゃん」という望月さんの考えは、まさに私のやりたい人事像と合致するものでした。それを採用メッセージとして発信し続けたところ、学びと成長を求め続けるたくさんのエンジニアが共感して集まってくれました。これはエンジニアに限らず、いろいろな職種に当てはまる真実ではないでしょうか。

今は終身雇用が崩壊しかけていて、個人はどこでも働けるスキルを身に付けなければならない時代です。「一つの職場に個人を無理やりつなぎ留めようとするのは悪」だとさえ思います。

人事はさまざまな業界を知っている方が強い

 

――鴛海さんは独立後、「人事が副業で他社の人事に貢献する」事業を展開されています。このビジネスモデルに至った経緯とは?

鴛海氏:メイプルシステムズを辞める際、ありがたいことに60社ほどの企業から「うちで人事をやらないか」と声を掛けていただきました。そのときには起業するつもりはなくて、フリーランスとして気の合う社長さんの会社で人事を務められれば、と思っていました。

でも、60社もの企業からオファーをいただいているのに、私1人でお手伝いできるのはその一部だけ。それで「副業でスキルをシェアしてくれる人事の方はいませんか?」とTwitterでつぶやいたんです。すると一気に100人近い人事・採用担当者が反応してくれて。「これなら60社とマッチングできる!」ということで、事業と会社を立ち上げる決意をしました。

――ものすごい数の方から反響があったんですね。「副業プロ人事」というスタイルが、多くの方々から興味を持たれたのはなぜだと思われますか?副業でスキルシェアをすることは、人事・採用担当者にとってどのような意義があるのでしょうか。

鴛海氏:私自身は前職までの仕事やフリーランス人事としての経験を通じて、「人事はさまざまな業界を知っていた方が強い」と感じています。

フリーになって最初にお手伝いしたのは美容関係の会社でした。初めての業界で不安もあったのですが、それまでに異業種で実践してきたことが活かせたんですよね。培った経験はポータブルスキルになるし、それをカスタマイズしていけば、コンサルタントとして価値提供できると思いました。

人事・採用担当者の中には「自分はこの会社でしか力を発揮できないのではないか」という不安を抱えている人も少なくないはず。「業界や会社が変わっても同じ成果を出せるのか、通用するのか」という悩みがあると思うんです。だからこそ自身のポータブルスキルを異業種で発揮する体験をしてもらいたいです。

人事の仕事は技術職。良い組織をつくるときには最適なプロの人事が必要

――異業種の企業でも活かせるスキルがあると自覚できれば、人事としての可能性が広がっていくわけですね。

鴛海氏:はい、人事としての自信につながっていきます。私は、世の中の多くの企業で、人事の評価がものすごく低いと感じているんです。個人的にはそれがとても悔しくて。

採用数などは定量的に評価されますが、採用した人が活躍しているかどうかなど、定性的な成果は評価されづらいもの。他社で成果を出すことができれば、自社で信頼を得られやすいし、自信のある人事になれるはずです。「人事の地位向上」が私の使命だと思っています。

例えば「面接は誰でもできる」と考えている人も少なくないですよね。「場を盛り上げて楽しく会話して面接できればいいんでしょ」とか。とんでもない話だと思いませんか?人事は技術職だと、私は思っています。良いサービスをつくるときに最適なエンジニアを集めるように、良い組織をつくるときには最適なプロの人事が必要です。

ちょっと荒い言い方になってしまいますが、エンジニアの仕事には素人が入っていかないのに、人事の仕事には簡単に素人が入ってしまう現状があるのではないでしょうか。

「人事のスキルシェア」を必要とする企業の特徴

 

――副業プロ人事を迎え入れて活用しているのは、どのような企業でしょうか。

鴛海氏:組織を大きくしていこうとするフェーズのベンチャー・スタートアップが中心です。社長や営業責任者が人事を兼任しているケースも多いですね。人事のプロを自社で雇用するのはお金がかかるし、実は1年中必要というわけでもない。そんな理由から「社外のプロを必要な期間だけ迎え入れた方がコストパフォーマンスはいい」と考える企業が多い印象です。

人事担当者がいるものの、いわゆる「ひとり人事」で経験が浅く、社内に相談できる相手がいないというケースもあります。社外のプロにメンターとして付いてもらい、ノウハウを吸収して正しいやり方を身に付けてもらうのも有効だと思います。

――そうした意味では、副業プロ人事をずっと活用してもらうだけでなく、早期にノウハウを内製化し「自立」してもらうことも目的であると。

鴛海氏:そうですね。私は「人事の仕事はトライ・アンド・エラーをしてはいけない」と思っているんです。「採用したものの、ウチとは合わないから解雇」というのは簡単にできることではないし、何よりも不幸な個人や会社を増やすことにつながってしまいます。だからこそ、企業のフェーズごとに人事のプロが支援し、環境を整えていく必要があると考えています。

中途採用は、対象を絞ったメッセージで1人の応募者を採用する

――コロナ禍の影響によるトレンド変化があるとは言え、今後も採用難が続いていくと思います。この時代に採用モンスターではどのような提案を行っているのでしょうか。

鴛海氏:採用は外向きの仕事ですが、そのためには企業の中の状態を良くする必要があります。私は、新規の依頼を受けた際に、まず社内の状態を確認させていただくようにしています。例えば「離職が多いから採用したい」という企業の場合は、離職の原因を突き止めなければ動き出せません。

社員数30人ほどのとある企業では、全社員面談も行っています。第三者が面談することで、社員が社内では言いづらい課題が明らかになってきます。そのように社内の状態を変えていきながら、インナーブランディングや採用広報などにつなげています。

――採用広報の在り方に悩む企業も多いと思いますが、陥りがちな罠は何でしょうか?

鴛海氏:メッセージを発信する際に、万人受けする内容を狙い過ぎることでしょうか。「みんな仲良く」といったような言葉では、結果的には100人に数人しか振り向いてくれないかもしれません。できるだけ多くの人に届けたいという想いから、万人受けする発信の仕方をするのかもしれませんが、そもそも私は「母集団形成」という言葉に違和感があって。

大量採用が必要ならまだしも、中途採用の場合はできるだけ絞ったメッセージを出して、たった1人の応募者を採用する方が重要だと思います。その方が自社のカルチャーに合う人を採用できるし、工数も省くことができるので、幸せですよね。

だから、臆せずに企業のカラーを押し出した方がいいと思います。「離職率100%」のように尖ったメッセージは反応が分かれると思いますが(笑)、自社らしさをきちんと伝えていくことは大切です。私たちは第三者の視点で企業の魅力を整理し、個性を引き出して発信するお手伝いも積極的に行っています。

――変化の続く時代にコロナ禍が加わり、人事を取り巻く環境はますます厳しくなっています。今、人事・採用担当者にはどのような姿勢が求められると思いますか?

鴛海氏:リモートワークが一般化したことで、「自社雇用だけにこだわらない、人材のリソースの確保の仕方」も広がってきていると感じます。人事は、雇用形態に縛られない組織のつくり方にも目を向けてみるタイミングではないでしょうか。

副業人材やフリーランス人材の活用にも、まだまだ可能性があると思います。採用モンスターが実際に行っているように、「採用は難しくても副業やフリーランスの人なら来てくれる」というケースは多いです。今後はそうした人材にもコミットしてもらうための環境づくりが重要となり、人事側も今までにない仕事が求められていくのではないでしょうか。

そんな時代だからこそ私たちは、「プロの人事が手掛ける組織づくり」という価値を広めていきたいと考えています。この想いに共感してくれる人事の仲間をどんどん増やしていきたいですし、世の中の「人事の価値の向上」に寄与したいですね。

 

取材後記

飾らない言葉で受け答えをしていただいた鴛海さんから感じたのは、人事・採用担当者としてのプライドでした。終始明るい雰囲気で進む取材となりましたが、「人事が低く評価されていることが悔しい」と語るときには険しい表情も。ご自身の想いを真正面から伝えられる力強さこそが採用モンスターと呼ばれる所以なのかも…と感じました。

「採用モンスターズ」に加わる副業プロ人事パーソンは増え続けているそうです。そう遠くない将来に、人事業務を自社で抱え込まないことが当たり前になる時代が来るのかもしれません。

取材・文/多田慎介、撮影/安井信介、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部