属人化解消・権限移譲のチャンス。メルカリは男女育休で個人と会社の成長につなげる

株式会社メルカリ

People Experience Manager 望月 達矢(もちづき・たつや)

大学卒業後、外資系生命保険会社、エンタメ企業、ITベンチャーを経て2017年12月メルカリ入社。People Experience Teamのマネージャーとして、EX向上に向けた人事戦略の策定や人事制度の企画などを担当。現在はメルカリのニューノーマルワークスタイルプロジェクトのオーナーも担当している。

「誰もがオープンに制度を提案できる」仕組みで、個々のライフプランを支援
男性社員の育休取得率が80%の理由とは
育休に向けた業務整理と移管で「属人化」を解消する
メルカリのこれからの制度設計は、メンバーの「共感」「創造」を高め続けること

“Go Bold”(大胆にやろう)。メルカリが大切にするバリューとして広く知られるようになった言葉です。同社では、その実践に向けて社員が安心して思い切り働けるように、さまざまな制度が整備されています。

今回特に注目したいのは、「merci box」(メルシー・ボックス)と呼ばれる出産・育児支援の一連の制度です。一般的に人事制度では「運用」が課題となりがちですが、merci boxは多くの社員に活用され、なんと男性社員の育児休業取得率が80%を超えると言います。さらには「育休取得をきっかけに、それまでの業務環境を見直すことで、本人の成長の機会につながっている」とも。

多くの社員のニーズに応え、活用される制度の設計・運用には、どのような秘訣があるのでしょうか。人事部門でマネージャーを務める望月達矢氏に聞きました。

「誰もがオープンに制度を提案できる」仕組みで、個々のライフプランを支援

――「merci box」は2016年、メルカリ社としては設立4年目のタイミングでスタートしています。導入の背景を教えてください。

望月氏:私の入社前の話で、あくまで聞いた話ではあるのですが、導入の中心となった小泉文明(現・取締役President)が、「スタートアップはブラックというイメージを変えたいよね」という考えがあり、検討し始めたと聞いています。

 

――制度を見ていると、「復職一時金」や「妊活サポート」など、一般的な日本の大企業よりも手厚い内容が並んでいるように感じます。制度設計はどのような考え方で進められているのでしょうか。

望月氏:メルカリでは採用や福利厚生に対する考え方など、大切にしている価値観を明文化しています。多様性はメルカリの強みの一つですが、多様な組織だからこそ会社が大切にしているカルチャーやポリシーについて、ガイドラインとして「Mercari Culture Doc」をつくりました。これは社員に共有されています。

福利厚生については、多くの人たちが直面する可能性のある出産や育児については、制度をつくってサポートします。一方で「ジムに通って健康増進をしたい」など個別のニーズもあり、これについては報酬を増やすなどしてサポートしていきます。ただし、福利厚生もWebサービスと同じように適宜更新していくものだという考え方なので、その意味では手当の金額を下げることもあるかもしれません。こうしたスタンスについてMercari Culture Docに明記し、共有することが制度設計の入り口となっています。

――出産や育児については議論の余地がないかもしれませんが、それ以外の部分で「多くの人たちに共通するニーズ」を人事側でつかんでいくのは難しくありませんか?

望月氏:確かに簡単ではないですよね。メルカリでも完全に社員のニーズを把握できているとは思っていません。

ただ、工夫できることはあると思います。私たちの場合は、社内で使用するSlackのやりとりを通じて具体的なニーズを確認できるように、オープンなチャンネルで誰もが制度の提案や相談をできるようにしました。例えば新型コロナウイルスに対応した在宅勤務手当などは、多くの人たちが負担を強いられている状況だったことから、発案後1カ月以内に実現しました。

People Experience Teamは、そうした提案や相談に対し、責任を持ってオープンに応えていくことをミッションの一つとしています。上長を経ることなく、制度担当者に直接声を届けられることから、現状では素敵な意見やアドバイスをたくさんもらっているんですよ。組織規模が拡大して人数が増えても、対話を重視した制度設計や見直しを続けていきたいと考えています。

男性社員の育休取得率が80%の理由とは

――出産・育児に関する支援について具体的にお聞きできればと思います。以前のメルカリでも「浦島太郎状態」の悩みがあったとのことですが、休業中の社員が不安を解消できるように取り組んでいることはありますか?

望月氏:休業中でも「見ようと思えばいつでも会社の状況を見られる」状態をつくっています。多くの会社では、社員が産休・育休に入るときにはアカウントを一時停止したり、パソコンを返却させたりするかと思います。メルカリの場合は、アカウントをそのままにして、社内の情報にいつでもアクセスできます。

とは言え、頻繁に通知が届いていたら負担になってしまうので、Slackの使い方に関するガイドラインをつくり、個人で適切な設定ができるようにしています。ポイントはあくまでも「見ようと思えば見られる」状況であるということ。もちろん「見てください」と強要することもありません。

育休中の社員も、お子さんの写真をSlackに投稿するなどしてコミュニケーションを図っていますね。「休んでいても相変わらずコミュニティの中にいる」と実感できることが大切なのだと思います。

――男性社員の育休取得率「80%超」にも驚かされます。

望月氏:merci boxのおけげで、経済的な負担が小さく、男性でも女性でも育休が取りやすい状態になっていると思います。

現在のメルカリではむしろ、男性が育休を取りにくいチームは責任を感じてしまうかもしれません。「全力で育休を取らせてあげたい」というカルチャーがあり、「育休を取らないと気まずい」くらいの雰囲気もあります。もちろん、取得するかどうかは個人の自由なのですが。

「長期的な休みが取れない会社はイケてないよね」

――その「カルチャー」や「雰囲気」の秘訣がとても気になります。「制度を整備したのになかなか活用されない」と悩む企業も少なくありません。

望月氏:今は行っていませんが、以前のメルカリでは週に一度、全体の定例ミーティングを開いていたんですね。その場で経営トップの山田進太郎(代表取締役CEO)や小泉はよく、「長期的な休みを取れない会社はイケてないよね」と発言していました。カルチャーや雰囲気を醸成する上で、トップの発信はやはり重要だと思います。

また育休取得についても、「休みに入る準備は、業務の属人化を解消するための良いきっかけだね」と伝えていました。そのうちに小泉自身が育休を取得することになり、意思決定を権限移譲するなどして体制を整えたんです。「トップが取れるんだから、みんなも取れるよ」というエビデンスになりました。

育休に向けた業務整理と移管で「属人化」を解消する

――「業務の属人化を解消する」という部分について、詳しく教えてください。

望月氏:長く働いている人ほど、担当業務に関する知見が蓄積されていきます。同時にその知見が属人化し、「ほかの人はなかなかまねできない」という状況になりがちです。育休取得は、こうした状況を変えるための良いきっかけだと考えています。育休は数カ月前の段階から予定が立てられますし、計画して業務の引き継ぎを進めることもできますから。

――育休に入る人の分だけ戦力ダウンが発生するのは事実だと思うのですが、どのように対応しているのでしょうか?

望月氏:個々に抱えている業務の状況は、毎週行っているメンバーと上長の1on1で把握しています。その上で、目標設定については本当に必要な領域にフォーカスして、「これもできたらいいね」といったあいまいな目標は、日ごろから勇気を持って捨てるようにしています。

「この業務は2カ月間捨てよう」。上長もGo Boldに判断

望月氏:育休に入るメンバーの仕事についても同様です。「この業務は2カ月間捨てよう」「違う部署にお願いしてしまおう」など、上長もGo Boldに判断しています。場合によっては組織を改変してでもピープルファーストを貫きます。この判断軸を持って仕事を整理していけば、「これは本当に必要なの?」と思うような業務も出てくるんですよね。

――それまでの業務を整理して他のメンバーへ移管した結果として、「復帰後に活躍する場がない」といった状況になることはありませんか?

望月氏:復帰後のチームアサインや担当業務については、各事業のディビジョンでHRビジネスパートナー(HRBP)を置き、本人と一緒に考えるようにしています。休んでいる間に会社の方向性が変わることもありますし、本人の志向が変わることもありますから。

HRBPは日ごろから各部門のメンバーと面談し、個人の「やりたいこと」や「キャリア志向」などを聞いてデータを蓄積しています。育休をきっかけに新たな可能性を見つけられる側面もあるんです。HRBPは立ち上げてから間もない段階なので、まだ試行錯誤を繰り返していますが、部署間で業務を移管するときにも重要な調整役として機能しています。

メルカリのこれからの制度設計は、メンバーの「共感」「創造」を高め続けること

――今後、メルカリの制度設計や運用はどのように進んでいくのでしょうか。

望月氏:外国籍の社員も増え、人材の多様化がどんどん進んでいます。だからこそ社員と対話し、個々のニーズを理解していく組織の在り方は、これからも維持していきたいと考えています。

「100人のときは出来ていたけど、1000人、2000人の規模では出来なかったね」とは言われたくないですし、どんなに大きな組織になっても成熟期に入るのではなく、「これからのメルカリが一番面白い」と言われる存在でありたいと思っています。

――人事が果たすべき役割はますます大きくなっていきますね。

望月氏:かつての人事は「ヒューマンリソース」という言葉の通り、人事異動などを通じた人員管理がメインミッションだったと思います。その世界では、個人のパフォーマンスは誤差に近く、人はいわゆる定数とされていました。

しかし今は、人のパフォーマンスは定数ではなく変数だと感じています。一人一人のメンバーと向き合い、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整え続けていくことを人事は考えていく必要があります。前提にあるのは、多様なメンバーのWell Beingにちゃんと向き合うことではないでしょうか。それができない会社ではメンバーのエンゲージメントを高めることができず、結果として中長期において競争力が下がってくるので、社員の共感や創造を高めるという現代の人事の役割はとても重要だと思います。

多様なメンバーのWell Beingに対応する制度があり、戻ってきても活躍できる環境が整えられていることは、社員の中長期的なパフォーマンス向上に寄与するはずです。数カ月〜1年の戦力ダウンとてんびんにかけても、よほどメリットがありますよね。性別にかかわらず、育休取得はもっと戦略的に、積極的に進めていくべきではないでしょうか。

取材後記

望月さんへのインタビューで強く感じたのは、生きた制度運用の背景にある「人事としてのスタンス」でした。「組織を改変してでもピープルファーストを貫く」という言葉からは、多様な個人、一人一人を尊重するという強い意志が伝わってきました。

2010年代以降を象徴するベンチャーであり、海外マーケットへも積極的に挑戦しているメルカリ。そんな同社の取り組みに触れて、「メルカリだからできるのでは」「自社では難しい」と感じてしまう人も少なくないかもしれません。しかし、ツールを活用した制度ニーズの吸い上げや育休中のコミュニケーション、業務の見直しに向けたプロセスなど、考え方一つで取り入れられる知見も多々あるのではないでしょうか。

メルカリ社の働き方シリーズ第2弾は3/16(火)公開予定です。
「同じ舞台で障害者が活躍する意味。メルカリがこだわる「企業と社員」の関係性」

取材・文/多田慎介、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL 編集部